「さぁ、死ぬ準備は出来たか?」
「…………月並みなこと言ってんじゃねぇよ………」
そう言うと、龍は高木の方を振り返り、笑みを浮かべた。
「お前の命、俺の預けてくれ。ダメもとだがやってみる………」
「………」
龍の言葉に神妙に肯く高木。
「なら…………先――」
そう言いながら、再び城島の方を向き―――。
「――両――」
右手に赤い光を灯し―――。
「――圓――」
少しずつ城島に向かって歩を進め―――。
「――斎――」
軽くその手を握りながら―――。
「――浄――」
次の瞬間、龍の手には一振りの剣が霊製(れいせい)されていた。
「――行くぜ!!!」

「どういうことだ!?」
龍が高木に知らせたことは、ほぼ同時刻に斉藤たちの元にも通達が来ていた。
「城島の遺体が消えただと……?」
誰に言う出もなく二人 ―― 斉藤と本城はそう言う。報告に来てくれた制服警官はそでに退出しており、その場には二人のみ。
「チィッ、状況が凶へ凶へと進んでやがる……どうする?」
「どうすると言われてもなぁ……斉藤、一気に神取を落とす手はないか?」
「有ったらとっくに打っている……俺が言いてぇのはそう言うことじゃねぇ……戦闘についてだ……」
「戦闘?」
訝しげな顔をして本城は斉藤を見た。
「俺の、いや俺と龍のカンが正しければ城島はまだ生きてやがる。そうなれば、ヤツはかなりの能力者だ、まともに戦って勝てるとは思えねぇ。勿論、あんた等のような基本的な警察の体勢じゃ不可能だ」
「つまり……戦闘……か?」
「そうなるだろう。それとも、現状の証拠から裁判所に札要請して、それ持って神取ンとこ行くか?何かの間違いで札を取れるまではいいとしよう」
「札?ああ、令状のことか……だが、それでも神取はおろか、その末端の城島すらそれに応じることはない。それどころか、こちらを消しにかかる。そう言う分けか」
「そうだ……」
そう言い二人は黙り込んだ。
打つ手無し。そんな言葉が二人の頭を過ぎる。
「はぁ、黙っていてもどうしようもねぇ……とにかくやるだけやってみようぜ。さっきの埜田の行動を敵の宣戦布告と見てまず間違いねぇだろう……そうなると、法則には反するが、手を出すしかあるまい。殺られる前に殺る………」
「……斉藤……」
「それを上も待っているはずだ。何せどうせ踊されて命令だしてんだからよう……あんたは好きにすればいい。俺は龍と共に神取を叩く」
「フッ……その無鉄砲なところ全然変わらんな……分かった。お前に付き合おう……」
『それはうれしいなぁ……』
本城の言葉に重なるようにして、そう低い声がした。
「どうやら、また向こうから来てくれたようだな……」
「らしいな……姿を見せろ、埜田!!」
叫ぶ本城の声が室内に響く。
『ハハハハ……そうわめくなよ、本城……』
言いながらのだが空間を割ってその姿を見せる。
『なんだ?あの高木とか言う女はいないのか……せっかく、礼の一つもしてやろうと思ったのによう……まぁいい。お前等二人を殺ったら殺りに行けばいいだけだ……』
「………」
埜田の言葉に後ずさりをする二人。
ゆっくりとではあるが、確実に近づいていた。それは――
「クタバレ……」
そう言いながらトリガーを一気に絞る斉藤。
ロッカーに近づき、中から取りだした電動式エアガンである。エアガン?そう疑問詞を上げる人もいよう。だが、それはただのエアガンではない。
P−90。二十世紀末に某社から発売された玩具で、その現物は同時期から数年遡る頃のペルー日本大使館監禁事件でその名を一気に上げた特殊班用のサブマシンガンである。そして、斉藤が手にしているのはそれ。が、その内容は玩具と言うには程遠いモノだった。
「やはりな。モデルでは実銃より改造が楽だっただけ威力は落ちる……だが、貴様ごときならこれで十分だ……」
そういい、薄笑いを浮かべる斉藤。斉藤が手にしているのは、外部素材こそプラスチックで見た目は玩具なのだが、中身は、常人には理解しがたいモノが詰まっていた。
基本は呪符。そして聖霊玉((せいれいぎょく)。簡単に言えば勾玉(まがたま)である。それらの成分を元に霊製されたものだ。しかし、弾丸を発射するシステムはもとのままなので、発射速度や一発一発の攻撃力などは実銃のそれに比べかなり低い。しかし、打つのは勿論エアガンで使うプラスチック弾などではない。霊気弾(れいきだん)。それは傀儡の一種で、大量の気を一気に凝縮して銀に込めて作られたものである。
その弾は、そちらに一切の注意をしていなかった埜田を直撃した。
『グアアァァ!』
けたたましいまでの叫び声。そして、埜田はそれまで浮いていた空中から落ち、床に倒れ伏した。
「どうした?俺等を殺るいじゃなかったのか?」
「斉藤……」
「心配すんな。所詮死んでいる人間を一時的に召還しているにすぎねぇ。消したところで問題はねぇ」
「……斉藤……」
『チィ……ヤってくれるじゃねぁかよぉ!流石だ……神取がくれた遊び道具だけはあるぜ……だが、まだぬるいな……死ねええぇぇ!!』
叫び声と共に、斉藤が手にしていた銃が粉砕された。文字通り、粉々に砕かれたのである。そこにあるのは、黒ずんだ灰のようなものだけ。
「なっ……!」
思わず言葉を漏らす斉藤。
「埜田ぁぁ!!もう止めろ。お前が殺したいのは私だろう……」
『ああ。だがなぁ、俺は神取と協定を結んだんだ。お前等邪魔者を消す代わりに俺を蘇生させるっていうなぁ!だから悪いが、お前等には死んでもらう』
そう言う埜田の顔には明らかに殺戮を楽しんでいる狂気殺人者の笑みがこぼれていた。
「埜田……お前……もう刑事(デカ)じゃあ、ないんだな……斉藤――」
本城は辛そうに言葉を出すと、斉藤の方を向いた。
「――埜田を……眠らせてやってくれ……」
「ああ……」
「ン、ガァ!!」
斉藤の返事と、その呻きが重なった。その声の主は本城である。
本城が後ろを向いた瞬間を見逃す埜田ではない。一瞬にして、その手に霊製した霊気弾を本城の背中にぶち込んだのである。
「!!」
目を見開き、斉藤の方に倒れ込んでくる本城。慌ててその体を支えようと走り込む斉藤。
ギリギリで斉藤が本城の体を受け止めた時あざ笑うような、しかし失望にも似た感じの声が聞こえた。
『ハァ……嫌(や)だねぇたったこれだけの霊気弾でこれほどのダメージ……人間ってぇのは脆すぎる……』
「………貴様……」
ゆっくりと本城を幸香に寝かせると下を向きながらそう呟く斉藤。
「本城さん。ちょっと待っていてくれ……俺じゃあその傷は治せねぇ、コイツ殺ったら龍に治させるからよう……埜田……テメェが元デカだって言うからいくらか穏便に消してやろうかと思ったが……その必要は欠片(かけら)もなさそうだなぁ……おとなしくバラケロ!!」
言うと同時に脇のホルスターから拳銃を取りだしトリガーに手を掛ける。しかし――
『遅(おせ)ぇよ……』
埜田の言葉は斉藤の耳元で聞こえた。
「ウッ!」
『ほぅ……躱せるのか……少しは楽しめそうだなぁ……』
斉藤がナイフを避け、自分の横に転がったのを見て嬉しそうにそう言う埜田。
「チッ、完全にナメられてるようだなぁ」
『そんなこたぁねぇよ……それより、喋る暇はねぇんじゃねぇのか!!』
言うが早いか、直ぐにその手にされていたナイフが斉藤に飛んでくる。
「ナメるなぁ!」
叫びながら手にした銃でそれを叩き落とす。
『ハハハ……そうじゃなくちゃなぁ……』

『無駄だ……我らにはその程度の剣技では勝てん……それよりも龍とやら。それよりも我らと手を組まぬか?それだけの気があれば、この男以上に我を使えるぞ。勿論剣としてもな……』
「ハッ!俺を引き込む気か?だが、悪いが俺がデカでお前等が犯罪者である以上それはありえねぇんだよ!!」
轟霊角の爪に剣を挟みながらそう叫ぶ龍。
『莫迦め……力こそが全て。そう言う時もあるのだ……』
「かもな……」
言いながら爪を弾いて後ろに飛び退く。
しかし、後ろからは鬼士華の剣が迫っていた。それを即で受け止めはじき返す。
そして、その後ろか来る操兵の攻撃も同様に……。
「凄い……」
そんな龍と敵三体との立ち回りを見て、高木は思わずそう言葉を漏らした。
本来戦いの場に遭って見ているなどと言うことは不可能だろう。しかし、龍の文字通り必死の攻防で何とか高木を敵の射程から守っている。
「幸香ぁ!じっとしてんならせめてこれ持ってろ!」
そう言い龍は高木に数枚の札を投げた。
「なに、これ?」
それを受け取りながらそう言う高木。
「敵の攻撃が行ってもいくらかは防げるはずだ。自動的に結界が張られる」
言いながらも、そして札を投げる時も、その片手は鬼士華と操兵の刀、轟霊角の爪を受けている。
「クッ!」
しかし、その隙をつかれ、龍は高木の直ぐそばに飛び退いた。
「幸香、悪(わり)いけど、コイツも持っていてくれ」
言いながら手にした刀を高木に渡す龍。
「え、ええ?」
少し理解できずにもそれを受け取る高木。
「やっぱり……」
そう呟きながら、薄い笑みを浮かべ警察手帳を取り出す龍。そして――
「先・両・圓・斎・浄……妖制光雷、朱理、将信、法に仟し者よ、我が気を食らい姿、現見せん!!怨久招来!!」
「その呪は……!!」
龍の組んだ印を見て、唱えた呪を聞いて、そう言葉を発す城島。
「そうだ。さすがに一人じゃキツイんでねぇ、こっちも加勢を頼ましてもらうぜ……出ろ、網剪!!」
その言葉と同時に魔法陣が展開され、それが空中に映し出された。そして、それが紅く光ると、そこには、廃工で見た巨大な海老のようなモノが姿を見せていた。
「網剪!貴様裏切ったか!?」
叫ぶ城島。
「裏切っただとよ、網剪。お前等召還で出てくる妖魔は強い力に憑くんだよなぁ。さっき、轟霊角が言っていたようにな」
「クゥ……」
悔しそうにそう息を漏らす城島。
「そういやぁよう、城島、確かお前もう一体何か飼ってるだろう……光狼川で、民間人襲ったヤツがよう……出せよ」
「え?民間人って、大久保さん?だから、あの時この件と関係があるって……」
「ああ……」
「………いいだろう……出してやるよ。所詮お前に捕られたそいつは捨て駒だ。コイツが俺の本当の手駒だ」
そう言い、城島が両手を上に挙げた。その瞬間、その場の空間を縦に引き裂き一体の魔物が出現した。
「ほぅ……なかなか良いヤツ引き込んでんじゃねぇか……」
「りゅ、龍……何、あれ……」
指差しながら声を震わせそう問う高木。
「見た通りの薄気味悪いヤロウだ。名前は“アエシュマ・ダエヴァ”。俺も見るのは初めてだが、言い伝えの通りの姿だぜ。キリスト教では、アスモデラスと呼ばれ、古代ヘブライジンはアシュマダイと呼んでいたらしい。名前は違うがモノはアイツさ……」

アエシュマ・ダエヴァ――伝承に寄れば、『彼は偉大で強力な王である。雄牛と人間と羊の三つの頭を持って現れる。彼は、鵞鳥の足と蛇の尾を持っている。口から火を吐き、地獄の龍に跨っている。彼は槍と旗を携えている』となっている。
それは、予言者ゾロアスターの精霊群の本源の一つ、闇の王子アーリアンの主な手下六人の大魔の内の一体である。
また、ゾロアスターというのは、紀元前七世紀にアッシリアと言う国の王アシュルバニパルの時代のメディアの予言者のことである。

「そうだ。さすがによく知っているな。この大魔を加えたこいつ等四体に、お前は勝てるか?」
「さぁな、だが、その化け物は俺が貰う。たしか、そこまで大物になると、魔法陣は契約者次第だったよなぁ……なら、貴様から召還手を聞き出さなくてもいい訳だ……なぁ、アエシュマ・ダエヴァ、俺と組まねぇか?」
「馬鹿め、コイツが網斬のように落とせると思ってるのか?行け、アスモデラス!!」
龍を小馬鹿にしたように見ると、アエシュマ・ダエヴァにそう命じた。
それに反応し、アエシュマ・ダエヴァを含む四体の魔物が龍に襲いかかった。
『そろそろ、逝け……』
「クゥ………」
龍が唸りを上げた時、その目の前で火花が散った。それは―――
「幸香……」
高木が龍い渡した剣に札を巻き、結界を張っていたのだ。
「……リュウ……アエシュマ・ダエヴァを取り込め、私が時間を稼ぐ……」
その時の高木は―――埜田を退けた時の―――冷たさを感じる者だった。
「幸香……?」
「早く!」
「……あ、ああ………」
高木の変貌に一瞬自分すら見えないようだったが、直ぐにそう言い、印を組む。
「先・両・圓・斎・浄……妖制風仙(ようせいふうせん)、朱理、修急(しゅうきゅう)、呪に従(じゅう)し者よ、我が気を食らい身(しん)、渡籠(とろう)しえん!!行振契連(こうしんけいれん)!!」
龍の印が完成した時、網斬を召還した魔法陣が輝きだし、再び空中にその影を映し出す。
「アエシュマ・ダエヴァ……汝は元々神の側の者のはず……我は、オルマズドを信従(しんじゅう)せし者なり……汝の悪役(あくえき)“激怒”を光役(こうえき)“救済”に変換せよ!」
そう言い放つ龍。それに応対し魔法陣が放っていた光が紅から黄色がかった白に変化した。
オルマズド――正確には、光の王オルマズド(別名:アフラ・マズダ)。闇の王子アーリアン(別名:アングラ・マイニュ)の表の姿。予言者ゾロアスターの精霊群の本源。
準備は整った。
「来い、アエシュマ・ダエヴァ!!」
「無駄だと。言っているだろうがあぁぁ!!」
龍の召印(しょういん)にそう言いながら、高木の張っている結界に気を送り込む城島。
「キジマケンジ、無駄なのはお前だ。その程度の力では私の妨呪(ぼうじゅ)することはかなわん……」
高木は剣を掲げながらそう冷たく言葉を返す。
「貴様ごとき………」
唇を噛み、そう叫きながらも気を送り続ける城島。
「無駄だと言っている。お前の気が消耗するだけだ……」
「幸香、もういい。勧誘できた……」
そう言う時、龍と高木、城島を漆黒の光が包んでいた。しかし、そこにアエシュマ・ダエヴァの姿はなく、魔法陣が黒い輝を帯びているだけだった。
「そうか……」
言うと、高木は結界を解き、龍の元に飛び退いた。
「馬鹿な……アスモデラスが……」
すでに困惑。そう言った表情が見て取れる。城島は片手で顔を押さえながらそう納得できない思いを漏らす。
「城島、俺の語(ことば)を聞いてなかったみてぇだなぁ……お前がどんな方法でアイツを引き入れたかは知らねぇが、アイツは元々、光の王オルマズドの腹心だ。その本来の者の力を借りれば造作ねぇ……」
「……フハハハハ………そうか、アフラ・マズダの力を借りたか……だが……それで勝ったと思うなよ!俺にはまだコイツ等がいるいだからなぁ!!」
そう言うと、両手を広げ自分の周囲にいる三体の魔物を称した。
「ああ、分かってるさ。なら、そろそろ第二ラウンド始めっか……」
その言葉にそっと肯く網剪、そして高木。