「さて、これからどうする?」
軽いと言うには少々抵抗のある昼食を取って、店を出た龍は、ヘルメットを投げて寄越しながら、そう高木に尋ねた。
「どうするって……?」
「どっか行くかって聞いてんだよ」
「何言ってんの!今仕事中じゃないの!!それにとっくに昼休みも終わっちゃってるし、当然、署に帰るわよ」
「やっぱそう言う答えが返ってくるか。ハァ……了解。なら早く乗れ………ん?悪いちょっと待ってくれるか。課長から入電だ」
自分の通信端末を取り出しそう言う龍。
「入電?事件なの」
「さぁな。だから待てって……はい、お待たせしました」
『遅い……ツー・コール以内に出ろと言っているはずだ』
機械の向こうからそう、いつもの低い声が聞こえる。その主は、言うまでもなく、斉藤である。
「あ、はい。済みませんでした……それで、何かありましたか?」
『ああ。この上なく下らねぇが、その分進展のある知らせだ』
「と、言いますと……?」
『お前が敵視してた、極神会のな……霧嶋が自首してきた』
「!!!」
斉藤の言葉を受けて、龍は一瞬耳を疑った。
「龍、どうかしたの?」
明らかに顔色の変わった龍を見て、心配そうにそう言う高木。
「………」
高木に黙って首を振る龍。そして……。
「分かりました。直ぐに戻ります」
そう言うと通信を切断した。
「龍……?」
「霧嶋が、自首してきたらしい……」
「え?!」
「理由は分からない。だが、課長から直ぐ戻ってこいとのことだ。早く乗れ」
いつの間にか龍はバイクにまたがり、そう高木に促す。
「う、うん……」
返事をしながら龍の後ろに乗ると、両手を龍の越に回した。
「……ンじゃ、飛ばすから、そのつもりでいろよ!」
霧嶋が自首してきたのは、龍たちが警視庁を出て三十分ほどした後のことだった。
その時、警視庁捜査一課には大村一人が残っていた。他の者は、現在龍たちが追っている事件ではなく、昨晩起こった通り魔事件の捜査に向かっていた。昨晩午前0時から、立て続けに起きていて、被害者数は二十人を超している。そして、その被害者は全員が心臓を一突きの即死の状態で見つかっている。更に、その事件発生地の範囲は、警視庁から半径三キロ以内……。
この挑戦的な状況から警察の威信にかけて捜査しているわけだ。また、余談になるが、このヤマについて、龍、高木両刑事は通達は一切受けていない。現在の紅蓮のヤマに専念させるためである。
さて、通り魔事件に関しての話はこのぐらいにして、本題に戻そう。
「済みません。静戒さんはいますか……?」
そう言いながら一課のドアを叩いたのは、極神会会長の霧嶋享士だった。
「いえ、今は出ていると思いますが……と、言うよりも、静戒は今、捜査一課の者ではありませんからねぇ……」
「そうですか……私(わたくし)、極神会の会長の霧嶋と言う者ですが……実は、自首しに来ました」
「………?」
大村は一瞬霧嶋の言葉の意味が分からなかった。仮にも暴力団の会長が構成員の一人も連れずに警察に来るなど、それも自首をすることなど、まずあり得ないからだ。しかし、そこはベテランの刑事、直ぐに状況を整理し、霧嶋を捜査一課室内から行ける取調室の入れ、自分は取調室の外から本条に連絡を取った。
「………あ、課長……極神会の霧嶋が……自首してきました」
そこから、霧嶋の取り調べが始まったのだが……。
「もう一度聞くが、殺害時の状況を詳しく話してくれるか」
そう言い、大村は霧嶋の顔を見た。大村はこの質問をもう三度している。
そして、その答えも前の二度と同じもの。
「……ですからですねぇ、遠藤も、城島も私が殺りました」
霧嶋は半ばため息混じりといった感じでそう言う。
言うことはただそれだけ。その他、その時の状況などは一切黙秘をしている。
その言葉を聞いた大村は一度部屋を出て、元々龍のところに来たと言うところから、その上司である斉藤に一報を伝えた。そして、その結果が、龍に対する帰還命令になったのだ。
「済みません、課長。戻りました!」
そう言い心霊課(部屋)に飛び込んできた龍の姿を見て、斉藤は口を閉ざした。その時はまだ本城との対談の最中だったからだ。つまり、当然その場に本城もいたことになる。しかし、その時の本城の雰囲気は何処か少しおかしかった。別段外見に変化はないのだが、本城全体の雰囲気が普段の落ち着いた指揮官といった格をなくさせ、妙に落ち着きがないようなモノを帯びていた。勿論、今後の方針などからそうなっている可能性はある。しかし、それとは別のモノが本城の中にはその時、存在していた……。
「静戒、高木はどうした?」
部屋に一人で入ってきた龍を見てそう言う本城。
「取り敢えず意識もちゃんとしたようなので、今は一課にいるはずです」
「そうか。ならばいいが………」
そう言うと本城は何故か口を濁し、目を伏せた。
「……?」
「龍、お前も直ぐに捜査一課に向かえ。大村が顎取りをしている。お前の客だ」
疑問詞を浮かべたような顔をした龍に、そう言う斉藤。
註釈になるが、『顎取り』というのは刑事用語で取り調べのことである。
「は、はい……」
まだ、本城の言葉や表情に納得がいかないと言った感じの龍だが、斉藤の言葉に従い、その場を後にし、捜査一課に向かった。
「これはこれは、たしか、高木、さんでしたよねぇ……」
取調室に入ってきた高木の姿を見て霧嶋はそう言った。
「だったら何?」
霧嶋の言葉にただそう冷たく言う高木。
「いえ。ただ、他の刑事さんが出払っている中で、あなたに会えるとは思っていませんでしたから」
「ああ、そう……それで、大村刑事の質問にはちゃんと答えてくれてないみたいだけど、私になら答えてくれるのかしら?」
「さぁ……」
霧嶋はそう言うと、軽く目を閉じて見せた。
「無駄だぜ、そんなこと言っても軽く口を割るようなタマじゃねぇからな」
高木が霧嶋の言葉にあきれたような表情をしながら椅子に座ろうとした時、部屋の扉を開きながらそう声がした。龍である。
「なぁ、霧嶋……」
「………」
龍の言葉にまるで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる霧嶋。
「………」
「何黙ってンだよ……二人とも」
「……龍……」
声を低くしてそう言いながら龍を見る高木。そして、立ち上がり………。
「ん?」
「出てけ!!」
いきなりそう言い龍の体を突き飛ばすと、即座に扉を閉め鍵をかけた。
「………」
その行動に一番驚いたのは、その場でただ一人座っていた霧嶋だった。
「あの……高木さん……」
「何!」
恐る恐ると言った感じでそう高木に話しかける。
それに有無をも言わさない勢いでそう言い放つ。
「いえ……静戒さんと何かあったんですか?」
「何もないわよ!だいたいそんなことあなたに関係ないでしょう。あなたはただおとなしく自首してきたんだら事件の全容を語ればいいの。分かった!」
「……はい……あの、でも、何で静戒さんを……」
「何で?簡単なことよ。あなたは捜査一課に自首してきたのよ」
「いや―――」
私はそう言うつもりはなく、本当は静戒さんのところに。と、続けようとしたが、高木の次の言葉に遮られた。
「だから、私にはあなたを取り調べる権利があるの。で、当然一課の人間じゃない龍にはその権利がない。だからよ」
「はぁ……」
どこか腑に落ちないと言った感じで一応そう肯く霧嶋。
それも当然かも知れない。何故なら、高木の言ったことは嘘である。確かに高木にはその権利はある。しかし、龍にそれがないというのは偽りである。理由は簡潔。この件の捜査員にその権利があるからである。なので、当然龍にもその権利は存在する。
しかし……そうなると何故高木は龍を追いだしたのか……。
「さて、それじゃあ改めて……それぞれを殺害した時の状況を聞かせてもらいましょうか。霧嶋さん」
「……お断りします。私は心霊課の方に聞いてもらいたい。静戒さんを呼んできて下さい」
「………何でよ!」
「オイ、幸香!!」
高木が叫んだ時、たぶんピッキングをしたのだろう、扉を開けて龍が入ってきた。
「城島の遺体が消えてる!」
「え?」
龍の言葉に一瞬硬直してみせる高木。
「だから、遺体安置室にあったはずの城島の遺体がなくなってんだよ!」
『遺体が……消えた?』
そう疑問詞を上げたのは高木ではなかった。
『……なるほど、あの男はそういう手で来たか……』
疑問詞を上げたモノはそう更に言葉を続ける。そう言っているのはむろん霧嶋でもない。しかし、声は霧嶋から聞こえてきた。声を上げているのは……。
「あの男?神取のことか」
『フフフフ………』
龍がそう言った時それはそう含み笑いを浮かべ、その姿様(すがた)を明らかにした。それは、いつの現れたのか、霧嶋の前に浮いている刀である。
「テメェ!何モンだ!!」
龍が叫びながら、その手に紅い霊気を込め始める。
『霧嶋、いや、城島。我を手に取れ』
「ああ……」
刀の柄に何処か優しいような手付きで触れる霧嶋。その瞬間、刀は霧嶋の手に飛び込んできた。
「なるほど……これは確かに少々ヤバイ代物だな……」
そう呟きながら、剣を軽く振ってみせる霧嶋。その瞬間 ――
取調室の体積が急激に拡大した。
「何、これ!?」
そう素直な疑問詞を零す高木。
「チィ、異空間に引き込まれた――」
高木の言葉に応えるようにそう言う龍。
「――幸香、無理かもしれねぇけど、注意しろ。完全に俺向きの状況に変わってるからよう……」
「う、うん」
「霧嶋、テメェ、自分が何したか解ってんのか?」
「ああ。静戒……戦いやすい場所を創ってやっただけだ。それと一点修正するけどなぁ、俺は霧嶋じゃねぇ、もうあいつの振りをしている必要もねぇからな。俺は城島だよ。お前等警察が血眼になって探してたよう……楽しかったぜぇ、俺の式神に振り回されたり、総帥が作った俺の死体の傀儡に惑わされたりよう……見てて馬鹿みてぇだったよ……」
「ハッ!吐(ぬ)かしやがれ。お前が霧嶋じゃねぇのは気づいてたよ。ヤツにゃあ霊力がない。だが、貴様にはあった。それにな、城島の遺体が偽物ってのもな。けど、俺が思ってた最悪のシナリオになったのは事実だ……あぁ、ついでだから俺も一点訂正させてもらうぜ。お前がしたことだ。お前がしたことはなぁ……俺を怒らしちまったって言う万死に値することだ……城島、お前、死ぬぜ……」
「龍……」
「解ってる。殺すなって言うんだろう。出来るだけそうは努めるが、殺っちまうかもしれねぇよ。なんせ、自分でも理性を保ってんのが不思議なぐらいに怒ってるからよう、俺。まぁ、心配すんな。けど、いざとなったら止めてくれよ」
「静戒……くだらねぇ心配してんじゃねぇよ。死ぬのはお前等だ。だから俺を殺しちまうなんてことは考えなくていいんだぜ……そろそろやろうヤ……静戒……」
霧嶋 ―― 城島はそう言うと、剣を片手のまま構えた。
「城島、お前剣なんか使えたのか?」
「いや、残念ながら戦うのは俺じゃねぇ。俺が総帥から預かった傀儡だ……出てこいよ!操兵、鬼士華!!」
城島の言葉に、空間を割って二人の傀儡が召還された。
「ミサオにキシカだと!!」
「龍、知ってるの?」
「ああ………」
式神もそうだが、傀儡にもいくつかの精製パターンが存在する。その中の攻撃や守備など、つまり、戦闘を目的とする傀儡の中で上級呪法と言われるのがこの二つだ。そして、それらは古(いにしえ)より伝わる妖刀を元に精錬される。その刀事態も、並々ならぬ力を持つ。そんなトップクラスの傀儡を相手に龍と高木は対峙しているのだ。
「かなり厄介な奴等だぜ……俺一人じゃキツイ……」
その時、龍の脳裏に先ほどの高木の姿が過ぎった。しかし、それには龍はあえて触れなかった。その後の高木の姿を即座に思い出し、高木のみを案じたからである。
「奴等?オイオイ、勘違いされたら困るなぁ。まだ終わりじゃねぇぜ。コイツも居るんだからなぁ」
そう言うなり城島はてにした妖刀を突き出した。
「何?まさか、その刀!?」
「ハハハ、予想通りだと思うぜ、静戒………見せてやれよ、轟霊角(ごうれいかく)!!」
『…………』
言葉に反応し、手にされた妖刀が本来存在しえない光――黒い光を帯びた。
そして、柄が、刃が、鍔が――変形して行く。その姿は ―― 黒龍。漆黒の龍である。
「…………!!!」
それを見た龍の顔には、いくつもの感情がみれた。驚愕、恐怖、焦り………そして、絶望。
「どうした、静戒?」
あざ笑うように言う城島。
「………クゥ………」
やっとの思い。そう言った感じでようやく歯の隙間から息を押し出す。
「幸香……悪い。死んでも恨むなよ……」
「龍……?」
「マジでヤバイ……まさか、“染刀”の内、参刀が奴等の手にあったとは……」
染刀――正確には『妖撰染冠宝刀(ようせんしちかんほうとう)』。
創られたのはいつか定かではないが、古の昔より伝わるとされる最高峰の妖刀。鷲降(しゅうこう)、操兵、漣仁斬(れんじんざん)、摂妨巌(せっぽうげん)、鬼士華、妖弓丸(ようきゅうまる)、轟霊角。
それぞれにそう呼称されている。これらは、闇より見いだされたモノとされ、それまでの歴史の分岐点で少なくも力を発揮しており、多くは、非道な独裁者の主要勢力源とされた。また、古の時代では、ムー大陸を沈め、所謂四大文明を滅亡に導いたとまで言われている。その大半が仮説の域を出てはいないが、それほどの凶刀ということは確かなようだ。
|
|