「斉藤……」
「……ああ、そうだな――」
埜田が退いてしばらくした時、斉藤は龍と高木を帰させ、本城と今の紅蓮側の動きについて対談していた。
「――一度上と掛け合った方がいいだろう……」
「だろうな……だが、森薗、央朝の二人が相手側の手中にある以上、報告したところで、容易な策が取れるとは思えない……むしろ、揉み消されるのが落ちだ」
「それは分かっている。だが……現状のままで紅蓮に喧嘩売るのにはかなり無理があるだろう……」
「それはそうだが………」
埜田が警察に奇襲をかけた頃、神取側 ―― 紅蓮にも一つの動きが見えてきていた。
そこは霧嶋の事務所、極神会の会長室……。
「――な!本当ですか……」
『そうだ。総帥の言葉を無視して、埜田が勝手に動いてしまった。その分、警察側によけいな警戒が増えるだろう』
見た目は普通の電話だが、その中身は張りぼてに近いモノで出来ている。それは、紅蓮内部の者にのみ配布された特殊な通信機。あらゆる配線や電波の類は使われていないため、どんな機関にも探知されることが無く、基本的には神取カンパニー内からの一方通行の呼び出ししかできない。それが、今使用している『霊信音声器』である。
「はい……しかし、そうなると……」
『言わなくても解っているだろう。事を急げ、現在東京にいる静戒と斉藤だけでも即急に始末しろ……出来ないとは言わさんぞ……』
「は、はい。しかし、柿嵜官、奴等が動くのを待っているわけにも行きませんし………」
『当然だ。そこはうまくお前が奴等をおびき出せ……自分の首を考えれば容易いことだろう、霧嶋、いや、城島……』
「………解りました………」
『奴等は、完全にお前が死んだと思い込んでいる。この期を逃したら、次はないぞ……』
そう言うと、通信の主 ―― 柿嵜は通信を切断した。
「……しかし、どうする……うまく霧嶋に成りすましている今なら確かに奇襲もかけやすくなる。だが……いや、今しかないな……この体も、総帥の霊力で成り立っているからな……反逆すれば、俺は死ぬことすら出来なくなる……」
霧嶋、いや、城島はそう呟くと後ろを振り向いた。その視線の先には、操兵と鬼士華の二人が薄笑いを浮かべながら跪いていた。
「幸香、いったいどうしたんだ……」
龍は高木の肩を揺さぶり先ほどから何度と無くそう語りかけている。しかし、高木の目はただ遠くを見ているようで、龍の言葉には全く反応を示さない。
『………』
埜田に発砲してから、全身の気が抜けたように崩れ落ちてしまったが、その後しばらくしたらその状態だけは直った。しかし、今度は龍や本城が何を話しかけても一切の反応をしなくなってしまった……。
「どうしちまったんだよ……」
高木の肩から手を放すと龍はそう呟き、自分も高木の横に腰掛けた。
そこは、警視庁の捜査一課の隣にある空き部屋。元々は取調室のようだったが、今は長机と数個の椅子が置かれているだけの小部屋だ。斉藤に席を外すように言われた後、心霊課を出てここにやってきたのだ。
高木は椅子を三つ繋げその上で横にしている。そんな様を見ながら龍はため息混じりに言葉を発した。
「……はぁ……確かにさっきの幸香からは霊気を感じた……。しかし、今までそんなことはなかったはずだ。少なくとも、俺の知ってるこいつは……」
ポケットからタバコを取り出し、その内の一本を銜え火を付ける。そして、それを吹かしながらため息混じりにたぶん無意識であろう疑問詞を連ねた。
「それに、あれは霊気だけじゃない。微かだが明らかに瘴気もあった。確かに人にも瘴気はある。瘴気自体欲とか負の感情から成り立つモノだからな。だが、余程の極悪犯でもさっき感じたモノの十分の一ほどしか人間ではあり得ないはず……だいたい、どっから銀に銃弾なんか手に入れたんだ。俺たちなら備品として補充されるが、それは一般の警官には入手不可能なはず……それに、一番気になるのは、さっきの幸香の言葉……『私はただ、邪を滅するだけ』……いったいこいつの身に何が起こってんだ……クソッ!」
くわえタバコのまま、そう言いながら自分の膝を打つ龍。
「けど、まぁ、取り敢えずは今の幸香の状態を直さねぇとな」
そう言うと、タバコを手元の灰皿に押しつけ、高木の顔を見た。
「……にしても、どうしたもんかなぁ……」
「……現状をどうにかするのは限りなく不可能に近いと思う」
「それは同感だな……」
「だが、上は俺達五人での解決を強要してきた」
「確かに。しかし、それはあくまでも便宜上にすぎんだろう……」
「だろうな。神取のヤツからこのヤマの捜査員の中の要員を消すように言われたんだろうよ。森薗と央朝の二人を通してよう……」
「多分そうだろう。そうでなければ、上層部も城島の脱獄や遠藤氏の件でもっと大々的な捜査をするはずだ。それに何より……相手が能力者ならば、斉藤、お前の部下を収集するのが筋ではないか?」
「ああ。アイツ等もそれぞれの捜査に着いているとはいえ、呼べば来ないことはねぇだろうからな……。この紅蓮のヤマは完全に俺達のヤマだ。あんたの捜査一課や公安なんかが手を出すヤマじゃねぇ……」
――もっとも、俺のことを拒絶するヤツもいるがな――
斉藤はそう心の中でそう付け加え本城の次の言葉を待った。
「そうだ。残念ながらな……」
そう言い口を噤む本城。そしてその様を見て同様の行為を取る斉藤。
そして、しばしの沈黙……。
〈誰、なの……〉
――言わなくても分かっているはずだ。私は、お前だ――
〈だからどういうことなの!〉
――言葉通りの意味だ。私はお前、お前は私なのだ。単純に言ってしまえば精神の陰陽の関係にある――
〈精神の、インヨウ?〉
――そうだ。私は普段表に出ない『陰』のお前。そして、お前の本質なのだ――
〈私の本質って……。私は私よ!それ以外の何者でもないわ!!〉
――高木幸香(『陽』の私)よ……お前は、自分の出生について何か知っていることがあるか?――
〈えっ?な、何よ、急に!〉
――答えることが出来るならば答えてみよ……自らのことだ――
〈と、当然……あれ……私……〉
――記憶がない、か……しかし、それも当然。お前、いや、必然的に私も“造られし命”なのだからな……――
〈なっ!!?それって――〉
「――どういうことなのよ!!」
そう叫びながら、突然高木はその半身を起こした。
「……それは俺のセリフだ!」
突然息を吹き返した高木に一瞬たじろいだ龍だったが、一呼吸置くとそう怒鳴った。
「……え?龍……?」
「そうだよ。ったく、いきなり分け解んねぇこと言って倒れたかた思うと、また分け判んねぇこと言って飛び起きやがって……寝ぼけてんのか……?」
「……う、ううん。何でもない……なんかちょっと疲れちゃって……」
「そうか?ならいいけどよう……何ならもう帰って休むか?課長たちには俺から言っとくからよう」
「え、いい。ホント、大丈夫だから」
「………まぁ、お前がそう言うんなら無理強いするつもりは毛頭ねぇけどよう……」
そう言い、軽くため息をつくと龍は改めて高木の顔を見て……。
「なら、飯でも食い行くか?丁度昼頃だしよう」
自分の腕時計を見ながらそう言った。
「え?うん。いいけど………」
「よし!じゃ、決まりな。行くぞ」
そう言うとすかさず自分から部屋の扉に向かって歩き出す龍。
「……ちょ、ちょっと待って、龍!」
「で、何処行くの?」
「いいから黙って乗ってろって……」
二人は龍の愛用の意思あるバイクに乗って警視庁を出た。
「たまにはいいだろ?こういうのも……」
そう言いながら、手にしたグラスを軽く揺すってみせる龍。
「まぁ、ね。でも、何でこんなところ来たの?昼食ぐらいだと思ってたから……」
「俺はそのつもりなんだけどな。ま、もっとも、こんなところじゃ嫌ならしょうがねぇけどな」
「そう言うこと言ってるんじゃなくて、こういうところじゃなくて、もっと喫茶店とかさぁ、そう言うところの方がよかったんじゃないの……?」
「充分喫茶店だろう。ねぇ、マスター?」
龍に言葉に口元に蓄えられたひげを触れながら笑みを浮かべるマスター。
警視庁を出て二十分ほどバイクを走らせたところに、その店はあった。店名は……ない。
断っておくが“ない”というのが名前ではない。本当に店の名前がないのだ。位置も大通りから離れた裏路地にあり、それほど大きいわけでもない。言葉通り知る人ぞ知る隠れ家なのである。内装は、店の中心にあるカウンターがよく目立ち、その他の机と椅子は一対二のものが四セットのみ。こぢんまりした木製の建造物だ。
龍は喫茶店だと言っているが、実際はカフェバーと言った感じの店である。
そこのカウンター席に龍と高木は着いた。
龍が注文したのは……よく来ているのだろう「いつもの」と、言う一言のみ。
その言葉を聞き、マスターはカクテルと創り、そして、差し出した。
「“Between Timer ―― 時の狭間”です」
そう言ったマスターの顔を見るとゆっくりとグラスを手に取り一口だけ口に含み高木にも勧める龍。しかし、その名前を聞いてだろうか、グラスに注がれたその血のような赤い液体を前に、高木はかなりの抵抗があった。
「龍、今仕事中なんだし、だいたい、あんたバイクだし」
「大丈夫だって、それに毒なんか入ってねぇからよう。俺の特注なんだから」
「そう言うことじゃなくて、仮にも警官が、飲酒運転ってのはまずいでしょ?」
「気にするなって、よくやってるぜ。だいたい、バレなきゃいいんだよ。ってか、幸香だって、たまにやってるじゃなぇかよ。まぁ、お前の場合はノンアルコールとか、チョコだけどな。アルコール分は、それに等しい程度しか入ってねぇよ。な?」
「う、うん……。ビテゥイン・タイマー……直訳すると、時の間……どういう意味?」
そう言いながら、半ば振るえるような手付きでグラスに手を伸ばす。
「文字通りの意味だよ。強いて言えば“唯一の暇”そんなとこかな……デカやってると、実際に暇なんかねぇだろう……だから非番と時は、ここ来るんだ……」
「……………美味しい……」
何故かそう得意げにしている龍の言葉を聞きながら、恐る恐るグラスに口を付け一口それを口に含むと高木はそう言った。
「……ベースは赤ワインに……ミント、パイナップルセイジ、それにグレープフツーツの絞り汁……」
「よく分かったなぁ……けどちょっと惜しかったな……」
そう言い、マスターを一瞥する龍。
「はい。隠し味に少量の焼酎と、人参を摺り下ろし、それを絞ったものを入れております。中身から言いますと、女性の方がよくお飲みになるようなものなのですが、静戒様に自分のものだと、他のお客様に出すのを禁じられていましてね……あなたのように、たまに連れてくる方にだけしかお作りできないんですよ」
「ねぇ、龍、何でここに私を連れてきたの?」
「お前が、らしくなかったからだ……」
「え?」
「基本的に、いつでも勝ち気で完璧主義者のお前が妙に沈んでた。それに……さっき発砲した時のお前、人間に見えなかった……」
「………」
そう言いながら再びグラスに口を付ける龍。そして、黙ってそれを聞いている高木。
「まぁ、どうしたのかは知らねぇが、仲間が沈んでンの見て放っておけるほど俺は冷徹じゃねぇってことだよ」
「何それ、それじゃ、それじゃまるで、私が龍に………――」
そう言いながら目を伏せる高木。
「――龍に、心配してもらいたいみたいじゃない!だいたい私は完璧主義者なんかじゃないわ。ただ、自分に出来ることをやっているだけ……」
「………よかった……それがお前だ……マスター、悪いんだけど、何か腹に溜まるもん作ってくんねぇか」
「はい。かしこまりました」
龍の言葉にそう返すと、カウンターの下からフライパンを取り出し、慣れた手付きで料理に取りかかった。
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