「おう、早いじゃねぇか龍」
「ええ。昨日は帰っていませんから……」
「そうか。そうだ、丁度いい、お前の耳に入れておきてぇことがあんだけどよう……」
「そう言いますと……?」
「ああ……」
斉藤はそう言うと、ゆっくりと口を開いた。
斉藤は龍に何を言ったのか……。
「………そうですか……」
話を聞き終わると龍はそう言って斉藤の顔を見た。
「なんだ、あんまり驚いてねぇみてぇだなぁ……まぁ、ヤツと対峙する時それがどう出るかだな……まぁ、何なら忘れてくれても構わねぇけどよ……」
「ええ。これでもそれなりに気丈夫な方ですから……しかし、神取が………まぁ、俺にはたいした問題じゃありませんから……」
「そうか?ならいいがな……ん?どうやら一課の二人が着いたようだな」
「一課の二人……?」
「そうだ」
斉藤はそう言いながら、自分のデスクに戻り、普段通り出入り口に背を向けるとうにイスを回した。
ノックと共に、心霊課室内に一組の男女が入ってきた。本城一課長と高木警部である。
「……斉藤、何か用か?私と高木を呼び出したりして……」
「当然だ。用もないのにあんたを呼ぶほど俺も暇じゃないんでな」
「そうか。それで……」
「率直に言う。今、ここにいるメンバー四人ともう一人がヤマの捜査員に決まった。これは警察庁からの命令だ」
「そうすると、私が言われた人員はどうなる!?」
「当然なかったことになるな。ついでに言うとだ、捜査一課の手塚巡査、佐々木巡査長はしばらく謹慎になっている。理由は、拳銃の無断所持。あの二人は先日城島兼司を追っている最中に銃を携帯していたそうだな。だが、拳銃と交換されるはずの札が装備課にはなかったそうだ。それと、このヤマは今後一切表だった捜査は規制される。その理由は……判るな」
『…………』
斉藤の言葉に口を噤む三人。
「何か問題があるか?」
「……図ったな、斉藤……」
「そんなことはない。と、言いたいところだが、そうだ。あの二人にはこれ以上このヤマには関わらせたくはない。無駄死にするだけだ。その事は龍には伝えたが、聞いていないのか?」
「………それで、昨日、二人を帰したの、龍?」
「そうだ……俺も出来るだけ人員は増やしたくねぇ。最悪、本当に無駄死にするかも知れねぇしよ……なら、幸香も逃がせばよかったか……?」
「……そんなことない、そんなことないけど……」
「………済まない、斉藤……」
何か言いかけた高木の言葉を遮ってそう言って頭を下げる本城。
「俺は何もしていない。ただ、規則を守らせただけだ……」
「……その、もう一人のメンバーってのは誰です?」
斉藤の言葉が終わってしばらく後、恐る恐るという感じでそう口を開く龍。
「公安部の山岳弘修巡査長だ」
「山岳さん!?何故ですか、山岳さんは確か麻薬取り締まり班のはずじゃ……」
「そうだ。だが、捜査一課から公安に移った直後、山岳が何をしていたか知っているか?」
「……?直ぐに、ヤクの取り締まりに入ったんじゃないってことか?」
斉藤の問いに、そう聞き返したのは本城だ。
「そう言うとこだな。山岳は、内部査察をやっていた時がある」
山岳が捜査一課から公安部に移ったのは約三年前。その頃はもっとも警察内の汚職や情報流用などの不正が多発し、そして摘発された頃だ。その不正の大半を暴いたのが山岳である。正式名称警視庁公安部警察内真捜査部、通称影の警察〈サクラ〉。それが山岳が麻薬取締班に移る前の部署名だ。職務内容は主に全警察組織、その中でも警視庁を中心とする内定査察。そして、外部と職員との裏取引が発覚し次第無断逮捕(令状が要らないこと)及び状況射殺(抵抗、または逃走の際、一般にことが知れる前に殉職させる)という特殊権限。それが、サクラの役割。
「そうか……それで、山岳が保安課に入った頃もっとも汚職が摘発された分けか……確かに、山岳の実力なら造作ないことかもしれんな……」
「………」
斉藤、そして本条の言葉に黙って耳を傾けている龍と高木。
「それで、どうするつもりだ、斉藤?何の策も無しにこんな任務を引き受けるお前じゃないだろう」
「ああ」
そう言うと斉藤は立ち上がり、三人の前に向かった。
「お前等も知っての通り、奴等の……神取カンパニーの裏の顔【紅蓮】の組織はかなり強大だ。せめてもの救いはまだ海外にはその組織網(あみ)は広がってねぇってことだけだ。だが、ヤツは確実のその勢力を伸ばそうとしている。放って置けば、過去のようにまずは日本全土の下衆どもを結託させるだろう。つまり――」
「今しかない。ってことですね」
「当然、いや、必然だ……」
口を挟んだ龍を一別すると斉藤は最後にそう言った。
「つまり……何も考えはないと……?」
そう言いながら斉藤を半ば睨むように見る本城。
「さすがだな。残念ながら一切の考えはねぇ。それを考えんのはあんただからな」
本城の視線にそうあしらうような口調で返す斉藤。
「……お前なぁ……お前は昔っからそだう。考えはないのに突っ走る。だが、運良くその無鉄砲さが吉と出て、事件を解決させる。本当に……私の部下だった頃と何も変わらんな。お前は……」
『え!?』
龍と高木は今の本城の言葉に口を広げた。
「どうした、龍?」
「課長、刑事課に居たことがあるんですか!?」
「ああ。お前、俺の経歴知らなかったのか?」
「え、ええ……」
「斉藤はな、お前がここに移る半年前まで捜査二課にいたんだ。その頃は私もそこの課長をしていた。それは知っているだろう?」
「はい。課長が捜査一課の課長になったのは一年ぐらい前でしたよねぇ」
「そうだ。それまでは、斉藤は私の部下だったということだ。だが、その頃昇進試験に合格し、今の階級を手に入れた斉藤は、その権限で上に直談判をし、迷宮・怪事件心霊捜査課を、組織し、そこの課長に収まったというわけだ。そうすると、この課の設置時期と時期が重なるだろう」
「………はぁ、そうですねぇ……」
「まぁ、そんなことはどうでもいい。それよりも、今の状況から出したこのヤマの捜査員の任務内容を説明する。まず、総指揮官は俺。次に、作戦参謀はあんただ本城警視――」
そう言うと、斉藤は本城の顔を見た。それまで、軟らかかった本城の顔が一変し、厳しい表情を見せる。
「――そして、行動捜査員は、静戒警部補、高木警部。最後に諜報官に山岳巡査部長。これが、各員の配置だ。依存は……ねぇな?」
「ちょっと待ってくれ、斉藤。山岳は内部査察部での実力があるからいいとして、他の人員の理由は何だ?」
「それは至って簡単だ。まず、俺とあんたは責任者としてだ。俺はここの課長をしているが超常現象には疎くてな、よって、龍を捜査員に……あんたは、高木警部の責任者だ。高木警部の任命理由は――」
そう言いかけた斉藤が急に口を閉ざしたのは、課の扉が開く音を耳にしたからだ。
「誰だ!」
すかさず、龍が拳銃を抜き放つ。
龍がそのような行動に出たのは、この部屋の扉には、心霊課のメンバーがかけた特殊な霊力の鍵 ――
呪鍵(しゅけん)がかけられているからである。それは、そう簡単に破れるものではなく、普通の人間であれば、本城や高木のように課の人間が許可を出した者でなくては何人たりとも通さないはずである。それが、開かれている。
『………久しぶりだなぁ………本城………』
何処かくぐもっていて、その声からでは男女の区別は付けられない。姿も、逆光でただ影としか見ることが出来ない。
「止まれ!」
近づいて来るその者に対し、ハンマーを下ろしならが、龍はそう叫んだ。
『無駄だ。俺にそんなモノは効かない……』
そう言うと、それは一瞬姿を消し、次の瞬間本城の前に現れていた。
「!!」
思わず言葉を失う本城……。
そんな本城の眼前にいたのは………。
「埜田……」
『ほう、覚えていてくれたか、本城……』
その者 ―― 埜田は、再び姿を消すと、次は本城の後ろを取った。そして――その背中に何かを押し当てた。
「グッ!」
息を殺し、そう唸る本城。
『本城、俺はお前のせいで死んだ……お前もこっちに来いよ……』
「チィ!」
龍は、歯の間から息を押し出すと、間髪入れずに自分に背を向けている埜田に発砲した。
『………』
しかし、その弾は埜田には届かず、その振れる寸前で消滅した。
「!結界……バカな……」
『……俺には効かない。そう言ったはずだ……』
「貴様、何が目的だ!」
そう怒鳴る斉藤。
『目的……か。本城の死、ついでに言えば……お前等全員の死だ……』
「………死、だと……なめるなぁ!!」
龍はそう叫ぶと埜田に向かって飛び掛かった。
「テメェ、死んでんだろう……だったら、おとなしく成仏しろや!!朱理(しゅり)、現朱(げんしゅ)、外朱(がいしゅ)、削(さく)、連充(れんじゅう)!ハッ!!」
掴みかかると同時にそう印を組み唱えた龍の呪は埜田の体を焦がした。そして再び姿を現した埜田は、自分が入ってきた課の扉のところにいた。
『グウッ!なるほど、神取が早めに始末したい理由が分かった……ここは一度引こう』
「逃がすかよ!!」
そう言い再び銃を構える龍。その瞬間銃声が室内に木霊した。しかし、それを撃ったのは龍ではない。その主は……。
「………高木………」
『グゥ……銀の弾丸か……さすがにこれは痛みが走るな……』
そう言葉を残すと埜田は姿を消し、もうその姿は現れなくなった。
「幸香……お前、何で……」
「私は……ただ、邪を滅するだけだ……」
高木はそう言うと、その場に崩れ落ちた。
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