「何で……」
日付はすでに代わっており、時刻は午前2時になっていた。高木は何処をどう通ったのか、普段なら30分はあれば帰れる道を、そんな時間になるまで外を彷徨っていた。
そして、ようやくその身を自室に置いたが、ベッドで両足を抱えて半ば震えているようでもあった。その目は朦朧とし、空を仰いでいる。全身から生気を失ったようで、その様は、すでに自分を失っているようで、『警察、警察庁それぞれの上層部(うえ)がヤマに関わっているから』龍から発せられたその言葉を引き金に、本城から語られたこと
―― それを高木の胸を締め付ける。
「………何でなのよ………」
その言葉を聞く前は、高木(わたし)も、龍の言った『警察、警察庁それぞれの上層部(うえ)がヤマに関わっている』と言う、言ってしまえばここ数年続いている上層部や政治家の不正だと思っていた。だが……その真相は私の考えの更なるモノだった……。
「先に全容だけは簡潔に言っておく――」
その言葉に龍は軽く頭(かぶり)を下げ、私も無意識のうちに身構えていた。
「――まず、この件、厳密にはこれから起こるであろう国家単位の件(ヤマ)に関わりのある人物達の名前を挙げる。筆頭は、『神取孝昇』知っての通り、今の日本を支えている強大企業神取カンパニーの会長だ――」
………そうなんだ。私も神取カンパニーの名前は当然知っている。政治や医療は当然とし、食料や電機メーカーなども、その組織中で持っている。また、学校や、食品店なども幾つも経営し、外国へのボランティア活動なども率先している会社だ。そうか、アレはいわば表の顔だったんだ。で、裏の顔が、龍が言っていた関東一帯を仕切っている裏組織……。なるほどねぇ………。
私がそんなことを考えている中も、課長は話を続けていた。
「――その次官とも言えるのが『曾我(そが)新弌(しんいち)』――」
「え!?」
私はその聞き慣れた名前に思わず声を上げた。曾我新弌 ――
それは現内閣の官房副長官で、なおかつ前厚生労働省の大臣をやっていた男の名前だ。声を上げた私の顔を一別してから、課長は言葉を続けた。
「――これも知っての通り、現内閣の官房副長官だ。さらに次の要人として、事件全容及び、組織全体の作戦操式参謀といえるのが、『森薗謹子(もりぞのちかこ)』――」
課長から発せられたその名前が、私を苦しめることになる第一歩だった。
この名前にも聞き覚えがある……。でも、あの人が……。そんな、神取なんかに協力するわけ、きっと、同姓同名の別人よ……ねぇ……。
しかし、そう考えた私の思いは届かず、前の二人同様、その人物の肩書きが課長から告げられた。
「――この方は――」
この方……課長の相手に対する呼び方が変わった……。まるで上役に対するような……でもまさか……。
「――………警視庁警備課、内閣警備参謀室の室長だ……」
『!!?』
私はその言葉を聞いた時、自分の両目が無意識のうちに見開かれているのに気付いた。
「うそ……」
やはり無意識のうちの思わず言葉がこぼれ落ちる。
「事実だ……だから幸香には言いたくなかったんだがな……ホントはよ……お前が森薗室長に憧れて、尊敬してるのは知ってたしよ……」
龍はゆっくりと目を閉じ私にそう言った。
「……高木……森薗室長のことは龍が言った通り真実だ。だが、上から、そして本人からの圧力によって組織内でもまだ告発はされていない。だが、このヤマが片付けば、おのずと室長のことも明るみに出る……」
「………」
……そんな……森薗さんが……。
私が森薗謹子室長と出会ったのは、まだ私が警察に入って間もない頃だった。その頃は室長もまだ今の私のポジション、捜査一課にいた。派出所勤務から警視庁の捜査一課に私を迎えてくれたのは、森薗さんだった。たまたま私の身辺で起こった強盗事件の犯人を私が上げたのがきっかけで、その事件の担当刑事の森薗さんが私を取り立ててくれたのだ。そして、警察官の、いえ、それ以上の人の何たるかを教えてくれた。
その頃は、森薗さんは大村警部とチームを組んでいた。まぁ、まだ大村警部も警部補の頃だ。それから3。年森薗さんは警務課に移り、出世街道を上り詰め、内閣警備参謀室室長の地位まで手に入れている。
私の印象で言う森薗さんの性格は……とにかく正義の代名詞みたいな人だ。具体的には……正直私にもよく分からない。でも、一つ言えるのは、全ての命を平等だと思うまるで聖人のような人だ。どんな極悪人でも、あらゆる人から慕われるような生き仏のような人でも、その命に重さの比はないと言っていた。私は、あの人がそう言う人だと思っていた。
それなのに……。
「……か!幸香!!」
「!……龍……」
「大丈夫か……お前の気持ちは分からなくはねぇよ……」
龍がそう言って私の肩に触れようとした時、私はその手を払いのけた。
「あんたに何が分かるって言うの!!」
「幸香……」
「……ごめん、龍……」
何か、私、変だなぁ。何でここまで取り乱してるんだろう……。確かに森薗さんのことはショックだけど……。でも、それだけじゃ、こんなに私って、弱かったのかなぁ……。
「高木……………傷心のところ悪いが、まだ数人伝えておかなければならない者の名前があるが、聞いていくか……」
私の顔色を見てだろう。一瞬躊躇したように言葉を切ったが、課長はそう言って私の顔を見た。
「………はい」
私は、頭の中で一瞬葛藤が起きたのを覚えた。一切を信じずに、ここから逃げ出すか。それとも、警察官としての自分を貫くか。
答えは、後者だ。
「そうか……なら、続けよう――」
そう言って、私と龍の顔を見ると次の組織員の名前を出した。
「――残る要人は後三人だ一人は『柿嵜(かきざき)漣(れん)』――」
カキザキ?この席に立たされて初めて知らない名前が出た。どんなヤツなんだろう……?
そんな私の顔色を見てか、龍が口を開いた。
「防衛庁の装備課の課長だ。いわば日本の武器の全管理人と言ったところだ。官崎のヤロウも有名人だけじゃなくそう言うところも押さえてやがるのさ……」防衛庁……つかり、自衛隊のトップか……。
「そうだ。更にその他にもう一人……名前は……『埜田勝弥(のだかつや)』……」
「ノダ、カツヤ……?」
「……俺の、相棒だった男だ……」
そう言うと、課長は私たちに背を向けガラス越しの夜景を見ながら目を伏せるように顔を落とした。
「えっ!」
課長の相棒……!?
「埜田は、元警視庁の人間だ……」
「そう ―― 埜田勝弥警部 ―― 約20年前、本城課長が、まだ刑事になり立ての頃のことだ」
目を開きながらそう言う龍。
「そうだ。その時、私と一緒に捜査一課に転属になったのが埜田だった。ヤツは、何をやらせても私の上を言うヤツだった。拳銃の腕はトップクラス。逃亡犯や連続犯に対するプロファイリングも専門家並みだった。当然推理力や観察力も完璧と言っていいほどの……まさしく本当の天才だった。一時は総監候補とまで言われていた程だったからな」
「そうらしいですね……」
そう言って合図地を打つ龍。
そんな人が警視庁に……でも何でそんな凄い人なのに私一度も名前すら聞いたこと無いんだろう……?
「それで、今は、その人何処にいるんですか……?」
「………」
私のその質問の答えなのだろうか。龍は私の顔を見ながらゆっくりを上を指差した。
上?本当に警視にまで成ったってこと?……でも、今、課長は過去形で話して……。
「……埜田は、死んだよ。あれは事故だった。ある強盗事件の犯人の撃った弾が当たって、だが、あれは私を狙ったものだった。埜田はその流れ弾に………」
課長はそう言うと、再び私たちの方に顔を向けた。
「!」
銃弾に当たって、死んだ……?
「でも、その埜田って人も、神取たちの仲間なんですよねぇ」
アッ!言わなきゃよかった……見ている間に私の言葉に反応して課長の顔が曇る。
「……そうだ――」
課長の代わりにそう答える龍。そして……。
「――ただし、今言ったようにすでに死亡しているから本人じゃねぇはずだ……」
「まさか、クローン……でも、人間のクローンは国連で禁止されてるはずじゃ……」
「そうだ。だが、そんなこと守る奴等じゃねぇ……けどな、俺は埜田がクローンだとは思っちゃいねぇ……俺の考えが正しければそれよりも厄介だけどな……」
それって……
「まぁ、それは気にするな。それより、課長……最後の一人を……」
「あ、ああ、そうだな……」
私のせいで、顔を曇らせていた課長が、そうそれまでよりも気を落としたような声で最後の要人について語り出した。
「最後の一人は、警察庁公安委員会の者だ。もっとも、そう言うよりは、自民党の副代表と言った方が解りやすいか……それとも、その人のあと二つの顔、敏腕弁護士と、法医学者と言った方が解るか……」
自民党の副代表で、弁護士で法医学者って……央朝真弓(おおときまゆみ)……?!そんな人まで……!?
央朝 真弓 ――
現所属組織としては自民党の副代表をしている。しかし、その席だけは警察庁の公安委員会に置き、弁護士、外科としてのところから法医学者としての資格も持ち、その席に出ることもある。いわゆる、完璧主義者のエリートと言ったところだろう。さきの埜田のこともそうだが、官崎の要人の中でも上層の重役だ。その権威とも言える実力を買われたのであろう。その自身の実力から殆どあらゆると言っていいほどの世界に顔が利き、表向きでも神取コーポレーションから何度も引き抜きが来ている。
「これが神取の組織の要人だ」
その声が室内に聞こえたにはすでに午前0時を少し過ぎていた時だった。
私はこのメンバーを聞き、なぜだか急に全身に疲れを感じた。きっと、ショックと疲れから来てるんだろうな。
「………それで、私にこれを聞かせてどうするつもりなんですか?」
私は全身から感じる疲れを振り払い、そう課長に半ば尋問のような口調で聞いた。そして、そこで言葉を切ったつもりだった。しかし、私の意思とは関わらずに、いや、私の意思なのかもしれない。私の口は言葉を続けていた。
「どうして森薗さんや、央朝真弓なんて人まで入ってるんですか!それに、課長のパートナーだった人まで………何故なんですか!」
「………相手がどんな人間でも、どんな状況下にあっても、法に触れる者を捕らえ、犯罪を防ぐ。それが、我々警察官としての、職務だ………」
私の問いに対する答えだろう。課長の口から出た言葉はそれだけだった。
そして、課長は黙って部屋を退出していった。そんな姿を見ながら、私の拳は小さく震えていた。
「………」
そんなことは言われなくても解ってる。でも、そんなことありえちゃいけない……。
「ねぇ、龍……」
課長が部屋から完全に退出すると、私はそこに居るもう一人、龍の方に視線を向けていた。
「そんなの嘘だよねぇ」
私の言葉が、真実を受け入れたくないが為の虚言であることは自分でも分かっている。でも、それでも信じたくない……。
「うそ……でしょ………嘘って言って!!」
そう言った私の顔は驚き、と言うよりは、恐怖に近い表情をしていたと思う。
「真実だ」
龍から出たのはその一言だけだった。
「でも、何で……何でそんなことに!!」
「人間とはそう言うモノだ。どんなに人を傷付けようとも、自分だけは安全な位置にいようとする。あまつさえ、欲深いモノだ……それが、この結果を招いた………」
「そんな……」
「何でなのよ……」
高木は先ほど捜査一課の課長室で聞かされたことを脳裏に描き苦悩していた。
そして、瞳を潤ませ、体を倒したしばらく後に、いつの間にか眠ってしまった……。
翌朝、昨晩刑事課に残っていた三人に呼び出しの通達が入った。その主は、心霊課課長の斉藤仁である。
それぞれに警視庁の地下 ――
迷宮・怪事件心霊捜査課に向かう龍、本城、高木の三人の姿が時間をずらし警視庁の各所で見受けられた。
昨晩、龍は結局家には帰らなかった。課の自分のデスクに戻り、明け方近くまである調べ物をしていたからだ。その為、呼び出された時間は早朝であったが、龍はいち早くそこに向かうことが出来た。
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