「ねぇ、龍、カンドリって誰なのよ!」
霧嶋の事務所を後にして、警視庁に戻ろうという車の中。ハンドルを握りながら、そう龍に言う。「神取孝昇(たかのり)。ここら、いや、一時は日本のヤさ一手に仕切っていやがった野郎だ。今じゃ、いくらかその勢力も落ちて、関東から北陸、まぁ、早い話東日本だけになったようだがな。それでも、まだ、今も霧嶋のようなヤツを手足に暴れ回ってやがるその世界の大物だ」
「………そんなヤツが関わっているって言うの?このヤマには……」
「まだ可能性の段階だった。だから霧嶋にカマ掛けてみたんだ。思った通り、顔色変えやがった。だから、多分そうなんだろうよ……」
「ねえ、それで、それは報告書には……」
「書かねぇよ………厳密には書けねぇんだけどな………」
「え?」
そう疑問詞を漏らす高木。しかし、聞こえていないのか、あるいは聞こえないふりをしているのか、それに何の反応も示さない龍。
そして、車はそのまま警視庁に入っていった。

「ねぇ、龍、城島のことはまだ報告しないんでしょ」
「ああ。科学的根拠がいずれ出るだろうからそれまではいいだろう。だが、お前の方から本城課長と手塚、佐々木には言っておいてくれ」
「ええ、それは構わないけど……」
駐車場からそれぞれの部屋(課)に戻る途中、二人はそんな会話を交わしていた。

「――それで………」
戻ってきた龍の報告を聞き、いつも通り背を向け、くわえタバコのまま斉藤はそう言った。
「いえ、まだそれ以上のことはしていませんが、正式には報告していないことですし……」
龍はそう言うと、斉藤の背中を凝視した。
「どうかしたのか、龍?」
「いえ……ただ………」
龍はそう言うと斉藤の背中から視線を外し目を伏せた。
「ヤツらのことか……」
「………………はい」
斉藤の言葉に、一瞬戸惑いを見せた龍だったが、そう返事をすると、再び斉藤の後ろ姿を見た。そして………。
「俺は……どうすればいいんですか!」
「お前はどうしたい?」
龍の強い疑問詞に、そう間髪入れずに言葉を返す斉藤。
「………俺は………神取を……いえ、すべての、この件の関係者を排除したいです……」
「そうか……抹殺か……それもいいかもしれんな」
斉藤はそう頷きながら立ち上がり、龍の前に移動した。
「……まぁ、すべてはそれなりの証拠を手に入れてからだ」
「はい…………」
それだけ言うと龍は敬礼をし部屋を後にした。

龍同様、高木もまた捜査一課に戻ってきていた。そして、一通りの形式的な報告をすませた後、手塚と佐々木を呼び、課長質に向かった。その意は、城島の死亡を報告する為だ。
「……失礼します」
手塚のノックに中から返事があったのを確認すると、高木はそう言ってドアノブに手を掛けた。
「どうかしたのか、三人とも……?」
「はい。実は――」

「なるほど、城島は死んだか……その上、神取が関わってきているとなると……事態は急を要するな……」
高木の言葉にそう言って渋い顔を見せる本城。
「それで、お前達はどうするつもりなんだ?」
「………」
「まだ決まっていない……それとも、決められない状況か……?まぁ、どちらにしても、上からそれなりの指示はあると思うがな………」
「………」
本城の言葉に更に黙ってうつむく高木。そして、そんな姿を見て戸惑っている手塚、佐々木両刑事。
「高木……何故、この城島のヤマに捜査本部が設置されなかったか分かるか?」
「………分かりません。でも……そう言えば、龍もそんなこと……」
「やはり、静戒は気になっていたか……その訳は――」
「警察、警察庁それぞれの上層部(うえ)がヤマに関わっているから。違いますか、本城課長?」
本城の言葉にそう言ったのは、ノックも無しにいつの間に入ってきたのか部屋の片隅で腕組みをしながら立っている龍であった。
「!………そうだ……」
突然の龍の登場にか、ズバリ言い当てられたことにか、一瞬驚いた表情を見せた本城だが、そう言って軽く首を縦に振った。
「龍!いつの間に!!」
そういって、龍に掴みかからんばかりの体勢で見据える高木。
「まぁ、そう怒るなよ。それと、手塚、佐々木、ちょっと外してもらいたい」
そんな高木を軽くあしらうと、そういって、手塚と佐々木に視線を向けた。
「……え、ええ、構いませんよ。なぁ……」
急に自分に会話が振られたことに、どもった手塚だが、直ぐにそう返事をすると佐々木に方に顔を向け同意を促した。
「ああ、それじゃ、俺たち、課にいますから」
「………いや、お前達はもう帰っていいぞ。ご苦労だったな」
龍の考えに気づいたのか本城はそう言うと二人に向かって軽く手を挙げた。
「そうですか……?なら、お先に失礼します」
そう言って出て行く二人。

「……静戒」
二人が部屋から出て行ったのを確認した上で、そう龍を見据えた本城。
「………」
「どういうつもりよ!何のつもりか知らないけど、あなたにそんなことする権限はないはずよ!!」
本城の問いに解答を出さない龍を見て、食って掛かろうとする高木。
「………ちょっと聞かれたくない内容だもんでな………課長、俺が何言いたいか判りますよねぇ?」
「………!」
「そうです……」
驚愕と言った顔の本城を見てそう一言だけいい顔を伏せる龍。
「……え?何なのよ!……ねぇ、龍!課長!」
自分一人省かれたといった錯覚に襲われている為だろう。顔に焦りが出て、高木は本城と龍に向かって声を上げ
た。『………』
しかし、沈黙を守ろうとする二人………。

「そうか………それでどうするつもりかな、霧嶋……」
その声が聞こえたのは、龍たちが極神会の事務所を後にしてから間もない頃だった。
そして、その声の主は突如として霧島の前にその姿を見せた。それは、言葉通りに何も存在しない空間から現れたのだ。
全身を黒一色のマントで覆い、顔は窓から入る光の逆光でよく分からない。
「は、はい……し、しかし、まさかそこまで嗅ぎ付けられているとは……」
そう怯えてはいるが、それは、その出現に対してのものではなかった。
「どちらにしても、全てはお前の不祥事だろう、違うか霧嶋?」
「…………ッ、しかし、しかしこちらには警察(向こう)の上層部も関わっています。いかに静戒といえども……」
「それが甘いと言っているのだ!!」
「!!」
突然出したそれの大声に目を見開く霧嶋。
「いいか、三日間だけくれてやる。その間に、奴等全員を、始末しろ!」
「ぜ、全員……?!」
「そうだ。それともヤツらの証拠の一端であるお前を消すか……?」
「い、いえ、それだけは……カン――」
「私の名は呼ぶな!!」
「!!は、はい……すみません……し、しかし、三日というのは……」
「心配するな……今のお前の力だけで殺れとは言わん……これを使え……」
そう言うと、男は自分が出てきたの同様に、空間から数枚の紙と剣を取り出した。
「これは……?城島の式神を作った……」
「そうだ。それには私の霊力を込めてある。具現化すれば、相当の魔物ができあがるはずだ。それから、その剣は妖刀だ。それで、ヤツらを滅せよ」
「……は、はい………」
そう歯切れの悪い返事をして顔を上げた霧島の前にはすでにそれの姿はなかった。
そして、それまでそれが居たところには、和装の男が二人立っていた。一人は青白い髪をし、その顔はまるで死人のように蒼白。もう一人も顔は蒼白ではあったが、髪は純白だった。その二人は霧嶋を見据え、口元に微かな笑みを浮かべた。その顔からも分かるが、その二人は人成らざる者であることは、霧嶋にも見て取れた。それは――傀儡。
また、そのそれぞれが手にした刀の柄には『操兵(みさお)』『鬼士華(きしか)』と書かれていた。おそらくそれが、神取に対しての絶対服従の封印でもあり、殉ずるモノの名であろう。

「ねぇ、龍、ちゃんと話してよ!」
「……分かっている。まぁそう焦るな……」
龍はそう言うと、本城の顔を見た。
「課長……いいですよね」
「ああ。いや、むしろ私が話そう」
そう言って、語り出した本城の口から出てきたことは驚くべき事実だった。

「……うそ……でしょ………」
一通り話を聞き終わった高木の顔は驚き、と言うよりは、恐怖に近い表情をしていた。
「真実だ」
そっと、囁くように、しかし強い口調でそう言う龍。
「でも、何で……何でそんなことに!!」
「人間とはそう言うモノだ。どんなに人を傷付けようとも、自分だけは安全な位置にいようとする。あまつさえ、欲深いモノだ……それが、この結果を招いた………」
「そんな……」
「幸香……今日はもう遅いから帰った方がいい」
龍はそう言うと、高木の肩をそっと抱き課長室を出た。高木は龍に身を預けているように連れられて部屋を出て行く。その肩は、わずかに震えていて、表情は強張ったままだった。
「もうこんな時間か――」
そう言いながら何の気無しに、柱にかかっている時計に目をやる龍。
いつの間になってしまったのか、時刻は午前0時半を回っていた。
「――……幸香、送ってくか?いくら刑事(デカ)でも、女の一人歩きは危険だぜ。確か、お前電車だろう」
「………」
ただ黙って首を横に振る高木。
「そうか。ま、無理にとは言わねぇよ。でもまぁ、気を付けて帰れよ」
「………」
龍の言葉が聞こえていないのか、ただ黙々と帰り支度をする高木の姿を見て、龍はそっと一課を後にし、自身も帰路についた。