川はすでに赤く染まり、夕日の反射でそこにいる者の頬も赤くなっている頃。
龍たちより一足早く聖鈴川についた手塚たちは遺体にかぶされたシートをめくり上げるところだった。
「ひでぇなあ……」
遺体を見た手塚が漏らしたのはその一言だった。
「ウッ……」
次いでそれに目をやった佐々木も口を押さえて直ぐにそれから目を離した。
それもそのはず、その遺体はすでに腐敗が侵攻しておりとても見られるモノではなかったのだ。
「鑑識さん、死後どのくらいですか?」
手塚は遺体の側で現場検証を行っている鑑識官にそう尋ねた。
「そうですねぇ、詳しくは解剖の結果を待ってからですけど、だいたい二週間ってとこだと思いますよ」
振り向きながらそう答えると、またすぐに地面に視線を落とし作業に戻る鑑識官。
「二週間か……でもそれにしちゃあ腐敗状況がひどいなぁ……」
「いや、この現状では妥当だと思うが」
呟く手塚にそう答える男の声がその直ぐ後ろから聞こえ、その主は直ぐに手塚と遺体の間に割って入ってきた。
「いえ――」
『そんなことないですけど』と、佐々木が言葉を続けようとした時、後ろからそれを否定する声が聞こえてきた。
「……なら、早々にお引き取り願おうかな。山岳巡査部長」
「ん、静戒……」
「どうも、久しいですねぇ、俺が警部補に昇進して直ぐだからもう二年近く会ってませんでしたからねぇ」
龍は周囲に目をながらそう言いって現れた。
「静戒さん……」
その龍の登場をあまり快く見ていなかったのは佐々木である。
「どうかしたのか、佐々木?」
「いえ……あ、そう言えば高木さんは……?」
「幸香か、来るときは一緒に来たんだけどなぁ……えっと……あ、ほらそこにいるじゃねぇか」
そう言いながら、現場の囲の外で他の刑事たちと話している高木を指差した。
「あ……」
佐々木はそれだけ言葉を漏らすと静戒に背を向け、高木の元に足を運んだ。
「何なんだ、アイツ?まぁ、いいけど。ところで、本当は何しに来たんですか山岳さん」
龍は佐々木の背を見送った後、山岳の方に体を戻し、そう切り出した。
「それは、どういうこと……ですか……警部補殿」
「そんな無理して敬語なんか使わなくていいですよ。組織に入った頃みたいに接してくれれば、俺もそのつもりですし……それはそうと、あなたはさっき自分で言ってたみたいに、そんないい加減に現場に首を突っ込む人じゃない」
「つまり、何が言いたいんだ?」
「何かあるんですね、このヤマに。公安が動かなくちゃならない何かが……」
「それは詮索しすぎだ。と、言いたいところだが、その通りだ。もっとも、まだ確信が持てる状態じゃないんでな。解剖結果を待ってからだ」
「そうですか……なら、俺はその遺体と対面してきますかね。すみませんが、少しここにいてくれますか?」
「それは構わないが、どうしてだ」
「ちょっと、仏に心当たりがありましてね」
龍はそう言うと、またシートの被せられた遺体に近寄った。
「……鑑識さん、死後どのくらいですか?」
「そうだねぇ、詳しくは解剖の結果が来ないと分からないけど、腐敗状態とかからいって、だいたい2週間ってとこかなぁ」
「そうですか……ありがとうございました」
そう言いながら遺体に目をやる龍。
「……なるほど……確かめる価値はありそうだな……」
龍はそう言いながら、遠藤氏の時と同様に、遺体に軽く手を翳した。それと同時にこれも同様、龍の周囲を半透明の紅いオーラのような物が包んで行く。やはり、それは霊気を一時的に具現化したものである。
「……チッ!」
手を翳すのを止めると、龍は目を伏せそう軽く舌打ちした。「まったく、当たって欲しいことは当たらねぇで、何でこう言うことばかりこうも当たるかなぁ……ったく、最悪のシナリオだぜ……」
そう言うと、龍は取り敢えず、山岳の元に戻った。
「山岳さん……ちょっと事態が嫌な方向に向かってますよ……たぶん公安(そちら)の考えは正しいでしょうね。皮肉にも……」
「と、言うことは……」
「ええ、あの仏は、キジマ、城島兼司でした………」
「やはり、そうか……そうなってしまえば話すがな―――」
そう言って、山岳が語り出した城島の裏とは、だいたいこういったモノだ。
城島は、極神戒にいた頃から薬の常用者だった。もっとも、決定的な証拠は出なかったようだが。そんな状態のモノが精神鑑定で正常なんて結果が出るはずがない。その為、公安は城島の裁判自体に何かあるんじゃないかと踏んだ。そうしたら、期待通り、遠藤弁護士にも極神会の手が回っていた。挙げ句の果てには、精神鑑定をやった医師である佐枝 久美(さえぐさ くみ)にまでも……。そちらのほうも、決定的な証拠は挙がらず、二人を押さえることは出来なかったが。なので、城島は脱獄して直ぐに、極神会に消されたと考えていたのだ。
「―――そしたら、これがその結果だ。まったく、自分でも情けない……」
そういって、悔しそうに目を伏せる山岳。
「なるほど………その事は上には……」
「まだ報告してはいない。これは私個人の捜査網の上での話だ」
「そうですか……それで、どうするんですか、このヤマ?」
「そうだなぁ、取り敢えずはまだ公式の場には出すつもりはない。だから、お前もこのことは他言無用にしてくれ」
「ええ、それは勿論……それじゃ、俺はこれで……」
龍はそう言うと山岳に軽く会釈をして、高木達のところに向かった。

「……ええ、私は構わないわよ」
そう答えた高木の意味するものは、先ほど手塚、佐々木が言っていたチームの組み合わせについてのモノだった。
「そうですか、ならそう静戒さんにも伝えないと……あ、静戒さん、実は―――」
高木が返事をしたとき、丁度そこに龍がやってきた。
「ダメだ」
「へ?」
「だから、そんなチーム分けは断る」
どこから聞いていたのかそう言いながら数歩、手塚達の方に足を進めた。
「何でよ、龍!」
ただ反発したいだけなのか、それとも何かの意思があるのか、高木はそう言い龍を睨んだ
。「何ででもダメだ。俺は断る」
「だったらどうしろって言うの!」
「そうですよ、そうやってお二人が喧嘩するから言うんですよ」
『喧嘩じゃない!!』
仲裁したであろう手塚がそう言ったとき、龍と高木の二人は声を揃えてそう言いきった。
「…………」
その勢いに圧倒されて、たじろぐ手塚。
「ならこうしようぜ、俺は幸香と組む。そうすりゃ『いい加減で自分勝手』な俺の監視も出来るし、お前等も俺と幸香の『喧嘩』に付き合わなくて済むだろう」
「ちょっと引っ掛かるところがあるけど、龍がそれでいいなら私は構わないわよ。で、手塚君たちはそれでいいの?」
「…………ええ、お二人がそれでよければ。なぁ、俊」
「え、あ、ああ……」
「なら決定ね」
「だな」
そう言うと、二人は自分たちが乗ってきた覆面パトカーに向かって仲良く(?)歩き出した。
「……なぁ、俺たちって、いったい………」
「さぁ、な……」
そんなことを呟いている手塚と佐々木の姿が、現場検証をしている他の刑事たちの中から、妙に浮いて見えたのは言うまでもあるまい。
「で、龍、さっき山岳さんの姿が見えたけど、何しに来てたの」
車を走らせはじめて早々に高木はそう龍に切り出した。ちなみに、ハンドルを握っているのは龍である。
「ああ、実はな……って言うより、結果だけ言うけどよう、あの遺体――」
「城島だったのね」
龍の言葉が完全に終わる前に腕を組みながら高木がそう先言(せんげん)した。
「あ、ああ。でも何で分かったんだ?」
「カンよ、カン。まぁ、全くそればっかりじゃないけどね」
「ああ、そう。まぁ、深く理由は聞かねぇけどよう。それで、な、その件でちょっと行きてえとこがあるんだけどよう」
「ええ、いいわよ。どうせ捜査でしょ。場所は……極神会の霧嶋のところね」
「………また、カン?」
「まぁね」
高木はそう言うと、両手を組み、伸びをしながら笑みを浮かべた。しかし、その表情も直ぐに厳しいモノに変わる。
「でも、これでまた振り出しに戻ったみたいね……」
「ああ、今のところは、そのようだな。だが――」
「霧嶋なら何か知ってるって言うんでしょう?」
「ああ、それに……いや、これはまだいい」
そう言って、会話を打ち切ると龍はただひたすらに車を走らせた。

「よう、度々悪いな。それもこんな遅くよう……」
そう言い、極神会の門を龍たちが叩いたのは、すでに夜が更けてからだった
「………それはいいですけど、どうかしたんですか、静戒さん?こんな時間に……」
「いや、早急にお前に聞きたいことが出来てな。ただそれだけだ……しかし、居てくれてよかったよ。もう、こっちにはいねぇのかと思ってよ」
「ええ、今日はちょっと、残業がありましてね」
「そうかい。それにしちゃあ、やけに社員の数が少ねえじゃねぇか……」
「それは、あなたが言ったように、城島のヤツを捜せているからですよ。私どもとしましても、少しでも捜査に協力できたらと思いましてね……」
「ほう、そうかい………」
「ええ…………」
そんな会話を交わしている龍と霧嶋の二人を見て、高木は自分が居ては行けない空間なのでは、とすら感じていた。まぁ、口調もさることながら、この二人が言っていると内容もかなり悪くかつ、ヤバく聞こえるからそれも仕方のないことかもしれないが……。
「それで、そちらのご令嬢も、静戒さんのお仲間ですか……?」
急に自分のことに会話が行き、一瞬戸惑う高木。
「あ、ああ。そうか、幸香は霧嶋とは初対面か。…まぁ、そう言うことだな。こいつ、いや、こちらは高木裕美警部。まぁ、あんまりこんなところには来ねぇだろうけどよう」
「それはそれは、私が、この事務所の会長の霧嶋 享士(きょうじ)と言う者です」
そう言うと、霧嶋は恭しく高木に名刺を差し出した。それを受け取りながら反射的に頭を下げる高木。
「……ささ、お掛け下さい」
霧嶋はそう言いながら、近くのソファに二人の送るような手付きで向かえた。
「それで、ご用件は……?」
龍と高木がソファに腰掛けたのを確認すると、近くの者に飲み物を要求して、そう話を切り出した。
「ああ、さっきお前が若い者に探させてるって言った城島なぁ、さっき、って言っても夕方ぐらいになぁ、遺体で見つかったぜ」
「ほぉ、そうですか。なら、うちの者にも帰ってくるように言った方がいいですねぇ」
そう言うと軽く指を鳴らしてみせる霧嶋。それを合図に近くにいた女性社員が、裏口から出て行くのが見えた。
「……それで、その件で私に用ですか?」
「ああ、そう言うことだな。単刀直入に言うぜ。お前、城島を消したな?」
「………言っている意味がよく分からないんですけど……」
「言葉通りの意味よ」
高木がそう言いながら立ち上がった。その様に、つい視線を向ける龍と霧嶋。
「そう言われましても……城島のヤツの居所さえ私たちは知りませんでしたからねぇ」
「ってことは、お前等を取り仕切ってる「神取(かんどり)」なら知っていたってことか……?」
「!!」
龍のセリフを聞いてそれまで余裕さえ浮かべていた霧嶋の顔色が一変する。
「……どうしたの?」
その様を見て、心配そうにそう龍に訪ねる高木。
「……さぁな、なぁ霧嶋」
「…………」
言葉を出さない霧嶋。と、言うよりもむしろ出せないと言った方がいいかもしれない。
「黙り(だんまり)か?まぁいいさ。今日は帰るわ。夜も遅いしな。邪魔したな……」
そう言うと席を立ち出口に向かう龍。そして、それに慌てて続く高木。
「ちょ、ちょっと待って、龍!」