「………事態がこうなっては賭けも中止ですね」
手塚はそう言うと龍の顔を見た。
「まぁ、それも仕方ねぇだろう。けど、そうするとお前等の捜査資料、見せてもらった件の礼ができねぇなぁ」
「そんなの始めからする気なかったくせに」
龍の言葉を聞いた高木が、そうきっぱりと言い放った。
「何だよそれ、幸香。それじゃまるで俺がいい加減なヤツみてぇじゃねぇかよ」
「違うの?」
「…………」
高木の即答に思わず黙る龍。
「お前なぁ………もういい、こんなヤツと一緒に捜査なんかできるか!俺は俺で勝手にやらしてもらうからな!」
そう言って、龍は一人自分のバイクに向かって早足で歩き出す。
「へぇ、あんたがそう言う態度取るんだから、こっちにも考えぐらいはあるんだからね」
そう言うと高木は自分のバッグに手を入れ一枚の紙を取り出した。
「龍、これ、何だ?」
その声に体をひねり振り向く龍。
「………何だ、それ?………!!お前、まさか!!」
「おや、何か分かったようだねぇ。これ斉藤課長に見せちゃおっかなぁ〜」
「ま、まて、課長(うえ)にそんなモン見せたら俺が殺される」
「だったら、私に逆らわないようにね。この班の指揮権は私にあるんだから」
「くぅ………」
龍は完全に高木の方に体を向けると、苦虫を噛み潰したような顔をして、高木を睨む。
そんな二人のやり取りを、半ば楽しそうに見ている手塚と佐々木であった。
「あの、高木さん?」
「何、手塚クン」
龍がバイクに、手塚、佐々木、高木の三人が覆面パトカーに乗り込んで地上に出てからまもなくそう手塚が高木に話しかけた。
「さっき静戒さんに見せた紙って何なんですか?」
「え、あれ?うぅ〜ん、下手に見せると絶対龍怒るからなぁ、どうしよっかなぁ―――」
そうは口では言っているが、高木は悪戯っぽい笑みを浮かべ、バッグの中に手を入れる。
「―――まぁ、別に見せてアイツの人権がどうこうってもんじゃないからいいか。はい、これ」
そう言い手塚に先ほどの紙を手渡す高木。
「…………?これ、請求書じゃないですか」
「そう。アイツが使い込んだ自称『研究費』の不正の証拠。ちょっと前に経理の不正があったみたいでね。まぁ、それはたいした額じゃなかったらしいんだけどさ。その時偶然見付けちゃったのよねぇ〜。まぁ、一応正統に処理されてるみたいだから、表向きは何ともないだろうけどさぁ、龍のところの課長さんが結構厳しい人でね、勝手に経費から落としたのがバレルと龍がちょっとやばいのよ。龍って、ああいう風に振る舞ってるけど内面結構上司には頭上がらなくてさ」
「はぁ、でも、研究って何の研究してたんですか?」
「さぁ、そこまでは私もよく知らないけど、まぁあの課にいるヤツの研究だからどうせそう言うことでしょう。それはまぁいいとして、さっきからやけに飛ばしてない、っていうか何処向かってるの?」
高木はそう思い出したように運転席の佐々木に言った。
「ええ、俺もそれは分かってるんですけど、静戒さんが………」
「ええ〜、龍!!」
高木は佐々木の言葉を聞いて、助手席の直ぐ横のレシーバーに手を伸ばした。そして……。
「前方のバイク直ちに停止しなさい!」
いきなりそう言ったのだ。その声はいつ押したのか判らないが外部スピーカのボタンが押されていることから車両の外に聞こえているだろう。
「!!って、いきなり何してるんですか!!」
「え?制したの。無線で言ったぐらいじゃ聞かないでしょ、だから……ダメ、だったかな?」
「当たり前じゃないですか!!」
手塚はそう言いながら高木から拡声器を取り上げた。
『こちら本城、高木、聞こえるか?』
高木から手塚がマイクを取り上げたとき、直ぐその横で無線に回線がつながれた。
『高木、手塚、応答しろ!』
「……すみません。手塚です。課長何かありましたか?」
『早急に行って欲しいところがある』
「行くところ?」
『そうだ。一昨日お前達が行った廃工だ。あの場所にまた城島が現れたらしい、その近くの派出所からそう言う報告があった』
「了解しました」
『わかった。では吉報を頼む』
「はい」
手塚はそう言うと、無線と中断し、高木の顔を見た。
「高木さん、どうしたんですか?何か疲れたような顔して」
「逃げられちゃったのよ」
「え?」
「静戒さんに」
そう佐々木が高木に代わって答える。
「えぇ!!」
「まぁ、いいわ。私の監督不行届ね。それより、今は課長から命令があった廃工に向かってちょうだい」
「は、はい。でも、いいんですか?静戒さんは」
「ほっとくしかないでしょう?それとも、何処に行ったかも分からないアイツを追うの?」
「………廃工に向かいましょう」
手塚はその高木に気迫に押されてか、もしくは、龍を追うことは完全に無駄だと割り切ったのか、そう言いきり、車線変更をした。
「はぁ、ようやく巻けたか。まったく俺は時速違反の現行犯かよ」
手塚達に無線連絡が入った頃、龍はそう言いながら、ただひたすらにバイクを走らせていた。勿論、それなりの目的を持ってのことだが。
「さて、やっぱここは城島を飼ってたヤツのとこ行くのが最適だろう」
龍はそう言うと、アクセルをより強きふかし、速度を上げた。
その目的は、もと城島が入会していた会社 ――
と、言えばいくらか聞こえはいいが、ようは暴力団組織『極神会(ごくしんかい)』。
「邪魔するぜ……」
そう言って、龍がそこの門を叩いたのは、手塚達から離れて小一時間ほどしたからだった。
「何だテメェは!」
そう言って敷井をまたごうとした龍を妨害したのは、二,三人の見た目屈強な男達。
「ちょっと、お前等の頭(かしら)に用があってな。霧嶋(きりしま)、いるよな?」
そう言いながら、妨害の男たちをあしらいながら、龍は室内に入る込む。
「よう、霧嶋」
「これはこれは、静戒さん自らお出ましになるとは、今日どのようなご用件で?」
「ちょっと、お前のとこの構成員について聞きたいことがあってな」
「構成員なんて言わないで下さいよ。うちには真面目な社員しかいませんからねぇ。それに、これでも結構忙しいんでねぇ」
「ほう、それは悪かったなぁ。なら、単刀直入に言うがな、そのお前のとこの真面目な社員の城島兼司、知ってるよな?」
「ええ、そんなヤツも以前はいましたねぇ。しかし、ヤツはもう破門しました」
「辞めた?俺たちがパクッたからか?……まぁいい。ヤツが行きそうなとこ当たってるだけだらな。もし、アイツが来たら、俺に連絡くれ。下手に隠したり消したりしねぇ方が身のためだぜ。ま、判ってるだろうがな」
「ええ、それは勿論。うちでも脱獄犯なんぞ、匿(かくま)う謂(い)われはありませんからね」
「そうか、なら、頼んだぜ。邪魔したな」
龍はそう言うと、二人の周囲を取り囲んでいた構成員………社員をかき分け、出口に向かった。
「…………霧嶋。何度も言うようだが、変な真似すると、お前も城島と一緒に豚箱行きになるから、気を付けろよな。俺も好きこのんで、犯罪者なんぞ増やしたくねぇからよう。じゃあな」
「………」
そう言って出て行く龍の背中を明らかに怒りの表情を浮かべて見送る霧嶋。
「テメェ等!城島のヤロウ連れてこい!!」
龍が出て行ってから間もなく、霧嶋の顔色が変わり、社員たちにそう一括する。それに対し、ほぼ反射的に事務所を飛び出していく十数人の社員たち。
「あのヤロウ、俺にどれだけ恥かかせたら気が済むんだ!!」
そう言いながら壁に強く拳を叩き込む霧嶋を窓越しに外から見ている龍の姿があった。
「………どうやらホントにここには姿見せてねぇようだなぁ………」
その頃、手塚達はようやく廃工へと到着していた。
「―――でも、ここに何があるって言うんですかね?」
佐々木がそう零すような口調で誰に言うともなく呟いた。
「さぁな。でも、課長が行けって言うんだから、それなりに何かあるんだろうよ」
「そうね。ま、どちらにしても、特に当てがある分けじゃないから、ここをもう一度あらいましょ」
高木はそう言うと、手塚達より一歩先に立って歩き出した。
「あ、そうだ、高木さん―――」
そう言って高木に後ろから話しかけたのは、佐々木だ。
「―――さっき、時間が無くて報告できなかったんですけど、川澄家に城島が姿見せたんですよ」
「え?!」
佐々木の発言にそう言って顔を見る高木。
「なぁ、俊、まさかとは思うけどよう、それ消えたりしかったよなぁ」
「……!何で知ってんだ。それは俺と、甕内しか知らないはず………」
その言葉を聞いて、手塚と高木は『やっぱり』という表情をした。
「俺たちの方、ってか、城島の実家にも現れたんだよ。もっとも、それも消えちまったけどな……」
「はぁ!?」
口に出さずとも、どうしてだと言うことが判る口調でそう反応をする佐々木。
「ねぇ、佐々木クン、その城島が消えた後に何か残ってなかった?」
「え、ええ、何か人の形に切ってある紙と、後、そこだけ少し濡れてました。それは甕内が採取して鑑識に回したはずですけど……」
「そう………」
佐々木の言葉を聞くと顎に手を当てながら半ば考えこむようにする高木。
「あの、どうかしたんですか、高木さん?」
「あ、ごめん、ちょっと思い当たることがあってね………二人とも、いったん戻るわよ」
そう言うと高木は二人の言葉も聞かずにたった今入ってきたところに向かって歩き出した。
「昔、アイツから聞いたことがあるのよ」
廃工を出て、車に乗り込むと高木はそう切り出した。
「聞いたって、あの消えた城島に関係のあることですか?」
「アイツって言うのは静戒さんですよねぇ」
高木の言葉に対し、そう言う手塚、佐々木。
「そ――」
どちらに対しての答えとも付かない言葉でそう言いながらただ前だけを見ている高木。
「――龍ってね、二人とも知ってるとは思うけど、一課にいた頃から今みたいな捜査法してたのよ。何って言うか……心霊捜査って言うのかなぁ――」
その言葉を黙って聞いている二人。そんな二人の素振りを知ってか知らずか、高木も淡々とした口調で視線はどこか遠くに置き、話し続けた。
「――その時ね、“式神”って言うのを見せてもらったんだ。龍が取り出した人の形の紙が急に龍そっくりになってさぁ、で、それに聞き込み行かせて、自分は課のソファで寝てるんだもん。ま、私もその時は一緒に休ませてもらったけどさ。でね、後から龍にそれについて聞いたんだけどさ、それって、霊気を紙に入れて、それを具現化させるのに使う聖水がいるんだってさ。だから………」
『……城島も式神を使った』
高木が話している中、急にそう無線に言葉が入ってきた。
『!!』
その突然の介入者の声に驚きを隠せない一同。
『違うか、幸香?』
無線の声は更にそう続ける。
「………そうよ。私はあなたと同じ捜査方針は取りたくないから、これは報告するつもりはないけどね。それより龍、あなたいったいどこに行ってたの?まぁいつものことだけど、勝手な行動は慎んでくれない!」
『それは済みませんでしたねぇ、高木警部殿』
声はそうわざとらしく、言うと、それと同時に高木の隣り ――
車の助手席の横に一台のバイクが並んだ。もう、分かってはいるだろうが、それは龍である。
龍は軽く手を挙げて手塚達に合図を送ると、車を抜いて一歩先に出た。
極神会を後にした龍は、霧嶋の反応を確認した後、無線の周波数を手がかりに手塚達を追ってきたのだ。
「佐々木クン、龍、追って……」
「は?」
「いいから、龍の単車を追って!」
「は、はい!」
佐々木は返事と同時にアクセルをより強く踏み、龍のバイクを追う。
「……まったく、アイツは何考えてんのよ……」
|
|