龍を見送った後、二人は一応ビニル袋をそのまま警視庁の鑑識に持っていき、その後それぞれに覆面パトカーで別の目的地に向かっていた。
それは、手塚が城島の実家。佐々木が城島の元恋人だった川澄(かわすみ) 佐(さ)智(ち)の家だ。もちろん、すでに何度となく聞き込みには訪れている。しかし、これと言って収穫はなく、その日その日が過ぎていってしまうだけと言ったことになってしまっている。
なので、今度の目的は聞き込みではなく張り込みである。
それぞれの家からは見えにくいがこちらからは比較的見やすいという微妙な一に車を止め、それぞれの家の周囲を偵察する。そして、玄関裏口などで入り口となる場所では、一定時間張り込んで出入りを確認する。そんなものが張り込みの主な内容である。
しかし、基本的に張り込みは二人一組でするというのが常識である。ならば、それなのに、何故とも思うだろう。勿論この二人とて、個人で張り込みなどするつもりはない。まだ、それぞれの、もう一人のパートナーが来ていないだけの話である。

二人が張り込みを始めた頃、龍は廃工についていた。
「さて、昨日手塚が見付けた箱の山はっと………あ、あったあった……」
龍はその木箱の山に駆け寄ると、元々魔法陣が置かれていたであろう場所に、上着の内ポケットから取り出したそれを置いた。
「だいたいこの辺りにあったんだよなぁ。俺の考えが正しければ、この魔法陣はこの場所じゃねぇと完全な意味がねえはずだ」
龍はそう言い、魔法陣の周りの箱を取り払い印を組む。
「先・両・圓・斎・浄……妖制光雷(ようせいこうらい)、朱理(しゅり)、将信(しょうじん)、法(ふらん)に仟(せん)し者よ、我が気を食らい姿(し)、現見(うつつみ)せん!!怨久(えんきゅう)招来(しょうらい)!!」
その龍の言葉に魔法陣はそれまでとは一変した。
文字、円、記号、その全てが紅く光り出し、その光が中央で交差したとき、海老のような形をした影が招来した。しかし、海老と違うのはその両手に備えられた巨大な鋏(はさみ)、そしてその全身が二メートルをも超えていると言うこと……。
「ふぅ、やっぱお前だったか………あの城島(悪党)に力貸した妖怪(ヤロウ)は……」
龍はその姿を見てそう言った。その口元に微かな笑みを浮かべながら。

龍が召還に取りかかった頃、手塚、佐々木それぞれのもとに本庁からの応援が到着していた。手塚のもとには、大久保を龍に押しつけられた、高木 幸香警部。佐々木のところには、甕内(かめうち) 鷲(しゅう)巡査長が駆けつけた。

「や、手塚クン。で、どう何か手がかりとかつかめた?」
手塚の車の助手席に座った高木が単眼鏡を片手にそう訪ねた。
「いえ、まだこれと言って何も……でも、何で高木警部が来られたんですか?もっと他の人でも向かわせてくれればいいのに。警部クラスが来るような仕事じゃないですよ」
「フフ、私はね、デスクワークって苦手なの。もっと現場で成果を上げたくてね。それと、いちいちそんな階級付けて呼ばなくていいわよ。あ、これ差し入れ」
そう言うと、高木はパンと缶コーヒーの入った紙袋を手渡した。
「あ、ありがとうございます。高木警部」
「だから……」
「あ、すみません。高木…さん……」
「ま、言いにくいなら無理にとは言わないけどね。それより、手塚クン………」

「………ン?」
不意に肩を叩かれて振り向いた佐々木の後ろには見慣れた顔があった。甕内であ
る。「よう、頑張ってるか?」
「見た通りだ。それより何でお前が来んだよ」
「そう言う言い方ねぇだろ。それより、何か成果あったのか?」
「いや……だからこうやって川澄の家の周囲を回ってんだろう」
「そうか、ま、頑張れ。俺は車で待ってるから」
そう言うと、甕内は佐々木を追い抜いて、佐々木が乗ってきた覆面パトカーの方に駆けていった。
「………まったく……でもま、行っても鍵はここに………」
そう言って、自分の上着のポケットに手を入れた途端、佐々木の顔色が変わった。
「……甕内………スリやがって……待ちやがれ!」
そう叫ぶと、甕内の後を追う佐々木。
「そんなに大声上げんなよな」
佐々木がもう少しで追いつくと言うところで、振り向いてそう言う甕内。
「お前、俺から鍵スッただろう!」
「だから大声出すなって。って、オイ、見ろよ、川澄の家の玄関………」

「アレって、城島じゃない?」
「あそこにいるの、城島じゃねぇか?」
そう言う高木、甕内の声が丁度重なった。まぁ、場所はまったく違うのだから時間的に重なったと言うだけではあるが………。
そのそれぞれの声に視線を向ける手塚、佐々木両名。
『………城島!!』

「どうします、高木さん……」
「そうねぇ、ちょっと待ってみない?もうちょっと泳がして、もう少し隙が出来たら飛び掛かりましょ。今度のヤマ、どうしても城島一人の犯行とは思えないのよ……」
そう言う高木に黙ってうなずく手塚。

「佐々木、パクルか?」
「そうだなぁ……だが、ヤツが川澄家から離れたらだ。あまり迷惑をかけたくない」
「そうか?俺は今すぐ押さえたいんだが……まぁ、お前がそう言うならそうするか……」

手塚・高木、佐々木・甕内の二組が城島の姿をまったく別の場所で確認した頃、龍もまた城島が自分の近づくのを感じていた。
「………この霊気………どうやら城島が来たようだなぁ。こいつでも取り返しに来たか…」
龍はそう言いながら、その召還されたモノに目をやった。
「なぁ、お前、俺に憑(つ)かねぇか?」
そう言い、上を見上げる龍。その答えなのかそれは開いていた両腕のハサミをゆっくりと閉じた。
「そうか、なら交渉成立だな」
龍の言葉からそれの答えは『了解』を意味するモノだったようだ。
「なら……一緒に城島を迎え……ン?」

「高木さん………」
「………どういう、事……?」
手塚、高木が車の中からそう驚愕の声を上げたのは龍が何者かとの交渉に成功したときだった。
「今、確かにいたよねぇ……」
「はい。間違いないです……でも―――」
二人の言葉から、目の前で城島の姿が消えたようであることが考えられる。
「―――今、確かに、玄関のところで消えましたよねぇ……」
「え、ええ。でも、何で……そう言えば、龍(アイツ)の報告の中に城島が霊能力者だってのがあったわねぇ」
「ええ。それに、城島が潜伏していたと思われる場所で、ヤツの所有物らしい魔法陣も確認しました」
「って、事は………」
「このヤマは本当に静戒さんたち向きのヤマって事ですか?」

「オイ、佐々木……」
「あ、ああ。今のって……消えたんだよなぁ」
「間違いねぇだろう。けどよう―――」
言動から察するに、佐々木と甕内も手塚たちと同じ状況に陥ったようだ。
「―――どうする……?」
「どうするって………とりあえず、川澄家に行こう。痕跡ぐらい残ってるかもしれない」
「あ、ああ、そうだな……」
そう言い、二人は川澄家の玄関の前に向かった。
「………濡れている………」
「ああ、でも何でここだけ……」
そう言って二人が立ち止まったのは、川澄家の玄関前の置き石の上だった。
「まぁ、採取だけでもしとくか……」
そう言うと、甕内はポケットから一つのスポイトを取り出し、その水分を採取した。
「?何でお前はそんなモン持ってンだ?」
「まぁ、そう言うなよ、役に立ったんだから。それに、そう言う日もあるって」
「そう言うって、スポイトを持ってる日って………ん?なぁ、甕内、アレ、あの紙」
そう言って、佐々木の指差す先には、人の形に似せて切られている紙が落ちていた。
「紙?」
そう言って、その方向を向く甕内。
「どうする、これも持ってくか?」
「そうだな。見た感じから言ってこの家のモノじゃないだろう」
「だな」
そう言うと、佐々木はポケットからハンカチを取り出し、その紙を掴んだ。

「………城島の、気が消えた……」
四人が城島消失を目撃した頃、龍もその存在を確認できない状況に立っていた。もっとも、龍の場合は、姿ではなく、城島の霊気を追っていただけなので、それを人為的に城島が消したという事も考えられるが……。
「気を消したのか……いや、だが、それにしては唐突すぎる……まてよ、もしかしたら…」
龍はそう呟くと軽く指を鳴らした。それと同時にそれの姿も魔法陣の中に消失する。
「義(ぎ)・真(しん)・朱(しゅう)・前(ぜん)・臨(りん)・急仙妙(きゅうせんみょう)、立栫(りっせん)!!」
印を組んだ龍の声が廃工内に木霊すると同時に、それまで光源は日光だけだった廃工内が光に満ちた。
「式子(しきし)、城島(きじま)、駒姿(くし)、轟(ごう)!」
再び印を組、そう叫んだ龍の言葉に応じたのか、龍のもとに一枚の人型(ひとかた)が飛んできた。
「やはり、式神(まやかし)か………こりゃ、思ったより城島のヤツは出来(でき)るらしいなぁ……」
そう言いながらその人型を手に取り、中央の文字『呪(しゅ)』と『雷(いかずち)』を見ると龍は目を閉じた。

「どちらにしても、この状況じゃ手の打ちようがないわ。とりあえず、署に戻りましょ」
「そうですね。静戒さんなら何か判るかもしれませんし」
「ええ。悔しいけどそうね………」
そう言って、手塚に車を出すように促す高木。
手塚がそれに応じてエンジンをかけようとしたとき、手塚の中で違和感を感じるモノが視界に入った。
「高木さん、ちょっと待ってて下さい」
手塚はそう言うと、車を降り、城島邸に向かって走り出した。
そして、佐々木、龍が目にしたのと同じ人の形に切られた紙を手に車に戻ってきた。
「すみません。ちょっとこれが気になったもんだから」
そう言い、その紙を高木に見せる。
「………式紙(しきし)………」
それを見た高木の表情が硬くなって、口からはその言葉がこぼれた。
「色紙?」
「え?ううん。何でもない。ほら、行くわよ」
高木はそう言って、平静を装っては見たが、その顔から言って何かを考えているのは確かのようだ。
そんな高木を気にしながらも、手塚は車を出し、精円庁に向かって走らせた。

「どうする、甕内」
「どうするって、せっかくこれ取ったんだから、それにその紙も気にはなるからなぁ。一度署に戻らないか」
「そうだな。証拠は早めに鑑識に回した方がいいからな。それに、もうここには城島も現れそうもねぇし……」
「ああ」
そんな会話を交わし、二人の足は車に向かった。
そして、佐々木が乗り込んだのを確認すると、甕内はエンジンをかけ、車を警視庁に向かわせる。

そんな車を見て不敵な笑みを浮かべる者の姿が、手塚、佐々木双方の場所で見受けられた。

「さて、どうする………」
龍がそう、今後の行動について考えようとしたとき、龍の携帯が着信をコール音を鳴らした。その着信の主を確認すべく、画面に目をやる龍。
「ん?課長?」
画面の『斉藤 仁』の文字を見て龍は携帯を通話の状態にした。
「すみません。お待たせしました」
『龍、何処にいるか知らんが早急に戻ってこい。それなりに重要なことがある』
斉藤はそう言うだけ言うと通信を切断した。
「………それなりにってのが気になるけど、重要な事ねぇ。まぁ、逆らったら後が怖いからな。それに、式神のこともあるし、一度戻るか」
龍はそう言うと、魔法陣を手に取り廃工の外に向かって歩き出した。

手塚、高木、佐々木、甕内の四人が捜査一課に、龍が迷宮・怪事件心霊捜査課に戻ったとき、双課の課長から今後の捜査方針が述べられた。それは、捜査課、迷宮・怪事件心霊捜査課の完全共同捜査だ。

「何故ですか、課長!!」
その言葉に時間的に一番に異を唱えたのは龍であった。
「何故だぁ?いいか、龍、俺は元々捜査課に協力しろと命じたはずだ。それをいつものことだと思って目を瞑っていてやったらくだらねぇ賭けなんぞ始めやがって………」
「それは………」
「分かったならそれでいい。とにかく、これは命令だ。勿論俺からじゃねぇ、上が決めたことだ。おとなしく従いな。それとも、お前の首賭けて上に直談判するか、えぇ、龍?」
「…………分かりました。なら、俺は一度一課に顔を出してきます」
「ああ、それがいい。まぁせいぜい早く解決してこいよ」
龍はその言葉に怒りを感じながらも、課を出、捜査課に足を向けた。

「共同捜査ですか」
「ああ。何か問題があるか。静戒もそう言ってここに来たはずだが……?」
そう言い、一同の顔を見渡しているのは捜査一課長の本城である。
「あ、はい、ただ………」
そう言い、目を泳がす手塚。その視線は大村の姿を探していた。
「あの、大村さんは?」
「ああ、大村警部はちょっと別件で出て行ってもらっている」
「そうですか……で、この人員ってのは何ですか?」
そう言い、電子板に書かれた数名の名前を差す手塚。
そう、組織の上層部は、双課の共同捜査だけではなく、捜査に関与する捜査官まで指定してきたのだ。そして、そこに書かれている名前は、一課からは『手塚武巡査佐々木俊巡査長、高木幸香警部』迷宮・怪事件心霊捜査課からは『静戒龍警部補』と言うものだった。
「その四人が『先主官雑居ビルオフィス、弁護士殺人事件(このヤマ)』の上が決定した担当刑事だ」
「………これじゃ共同も何もないじゃないですか!!」
そう言って声を上げたのは手塚だった。
「まぁ、それは私もそう思う。だが、上の命令は絶対だ。それに、元々オカルトGメンには人員が少ない。悪いがな……」
そう言ってすまなそうな顔する本城。
「そういうこと。とにかく早めに片付けましょうよ。ね、本城課長」
そう言って、戸口のところで、捜査課内を見渡している者が中に足を進めてきた。
「どうも、御無沙汰(ごぶさた)しています」
そう言い、軽く頭を下げる者――龍。
「それとも、俺一人に任せてもらっても構いませんよ」
龍は一同の顔を見ながら、笑みを浮かべそう言う。
「悪いがそうはいかないな。お前も斉藤課長から聞いているだろうがこれは共同捜査だ。ついでに言うと、この指揮を取るのは高木警部だ」
「え?」
本条の言葉にそう疑問視を上げたのは当の高木だった。
「なんで、私なんですか?」
「『基本的に捜査の指揮を取るのはそのチームの中で最高の階級者』だからですか?」
そう言い、低くし、上目使いで本城を見る龍。
「そういうことだ。まぁ無理にとは言わないがな。高木、お前には少し重いか?」
「そんなことありません!努めさせていただきます!!」
そう言い、半ば睨むような視線で龍の方を見る高木。それを見た龍は笑みを浮かべながら高木の視線を軽くあしらった。
「ならば、早々に捜査に入ってもらいたい。分かっているだろうが、逮捕ではなく事件の拡大阻止が我々の目的だ。無理な行動は慎むように」
「お言葉ですが、本城課長―――」
そう言い、肘より上だけ手を挙げて見せたのは、言うまでもなく龍である。
「―――俺たち迷怪心霊課(オカルトGメン)は事件解決及び犯人逮捕を目的とした組織です。それに向かってそういうこと言われましても……」
「ならば、手錠(ワッパ)はお前が掛けろ。それで文句はないだろう」
「ええ、そうさせていただければ」
「ならば、これでその問題は解決だな。では、総員捜査に出てくれ」
その本城の一言で、課内に緊張が走った。そして、任命された四人は課を後にして、地下の駐車場に向かった。