辺りはようやく日が昇り、時計は午前8時半を指していた。
それでも、十分に普段ならば早いのだが、何故か今日に限っては、捜査一課内にもう三分の二以上の私服警官たちが集まっていた。その要因は、全国指名手配の城島兼司の痕跡発見という、昨日の手塚、佐々木の影響だった。少なくても、光城内にはまだいる可能性が強い。そう思う者が多くいたからだ。
「武!昨日のモノから城島の指紋が出たぞ!……って、アレ、何か皆さん早いですねぇ。何かあったんですか……?」
そう言いながら室内を見回しているのは、佐々木捜査官である。
「どうって、みんなその物証を待ってたんだよ」
そう言いながら佐々木に近づく手塚。
「あ、ああ、そうなの……まぁいいや……あの、皆さん……そう言うことです」
その言葉に、一課内が一気にわき上がる。
「!!そうか、よ〜し、後一歩だな!」
そう言い、佐々木の肩を叩いたのは言うまでもなく手塚である。
「……そうか、城島の物証があがったか……」
そう言い、一課内に入ってきた人物がいた。龍である。心なしかどこか元気がない。しかし、口調はいつもの強気なモノのままだ。
「……静戒……」
その大村の言葉を合図にしたかのように、それまで沸いていた捜査課内がシンとする。
「何ですか、この「何しに来た」って感じの空気は?俺だって、こちらに情報を持って来たんですから。城島の」
「情報……?」
「ええ、昨日手塚から預かった魔法陣から、城島と同じ霊反応が確認できました。ついでに言うと、もう一つ、現場にあった鏡、遠藤氏の遺体からも感じた妖気も関知しました」
「妖気?」
「ええ。まぁ、論理と節理、それに物証を中心とする捜査のこちらにはどうでもいいことかもしれませんがね。まぁ、俺の方にも摂理はありますけどね」
「………」
そう言う龍の言葉に課内に何か変わった空気がよぎる。
「まぁ、俺の方はこれぐらいです。では、失礼します」
龍はそう言うと一課を後にし、鑑識に向かった。
「どうも、昨日見せてもらった手鏡、借りたいんですけど」
龍はそう言いながら鑑識の中に入っていった。
「ん?ああ、いいよ。指紋も採取したし、もう別に出るものもないだろうから。あ、でも一応、袋からは出さないでおいてくれよ」
「ええ、解りました。ではお借りします」
龍はそう言いながら机の上にあった手鏡の入っているビニル袋を手に取り、鑑識を出て行った。
そして、次に龍が向かったのは、警視庁の玄関だ。今日は足で捜査するつもりだろうか。それとも………。
「……はぁ、しかし城島は何処にふけちまったんだろうなぁ……ま、今はそれよりも、子の、俺を誘うような“気”だ……」
そう言うと腕を組む龍。そして、玄関前の階段を下りようとしたとき、丁度その時前から上ってきた一人の男とぶつかってしまった。
「ん?あの男か?……ってぇ、って、オイ、大丈夫か?」
龍は後ろに倒れそうになったがギリギリで片手を付いて体勢を立て直したが、前の男は見事に頭から後ろに転倒し手下で伸びている。まぁ、龍も、言葉から解るように軽く手の筋を痛めたらしいが……。
「オイって!」
龍は下まで降りると、男を座らせる格好のようにして軽く首筋を叩きながらそう再び訪ねた。
「………ン…うん……。あ、すみません!」
「いや、俺の方こそ、ちょっと考え事してたもんでな。大丈夫か?」
「え、ええ。あ、そうだ。それより、あなたココの方ですか?」
「あ、ああ、まぁそうだが。何かあったのか?」
「た、助けて下さい」
男は龍が肯定すると、一気に緊張が解けたように震えながらそう訴えかけてきた。
「分かった、分かったからその手を離せ」
「あ、すみません……」
男はまるで興奮したように龍の肩にかけていた両手を話すとその場に座り込んでしまった。
「まぁ、いいからとにかく中入んなよ」
龍はそう言うと、何気なしに男の手を取り、その腕を見た。
「!!なぁ、あんたもしかして、何かに襲われたのか?」
龍がそう言ったのは、男の腕には明らかに何かで斬られたような傷があり、それは今でも赤々とした血を流している。それだけならまだしも、その傷は龍が『何か』と言ったように、明らかな霊傷だと判断できたものであった。
「……………」
龍の言葉に、何故か黙る男。龍は、そんな男に肩を貸し、取り敢えず、一課に連れて行った。
「大村さん。ちょっと部屋借りたいんですけど」
そう言いながら入ってきた龍と男を見て、大村は呆然とした。
「静戒……その、そちらの方は……?」
「今、玄関のところで、行き当たっちゃいましてねぇ、ちょっと怪我してるのと、何かに襲われたみたいなんですよ。正直状況はうちの関係みたいなんですけどね、まさかあの地下(部屋)連れてく分けにもいかないんで、すみませんけど、ちょっといいですか?」
「あ、ああ……」
「んじゃ、ちょっと、借りますね」
龍は感じたもの、男と出会ったあらましを軽く話しそう言うと、出入り口の直ぐ右にある衝立の裏にあるソファに男を座らせた。
「……んで、あんたどうしたんだ?」
「いきなりそう言う風に話す、普通?」
龍が男に話しかけたとき、衝立に後ろから、そう声がして、一人の女性が顔を出した。
「まぁ、あんたは捜査課(ここ)にいるときからそうだったけどさぁ……」
「なんだよ、幸香。俺のやり方にいちいちけち付けんなよな」
龍に高木と呼ばれたのは、捜査一課の婦警で、龍の同期の、高木 幸香(たかぎ ゆか)警部だ。
「けち付けた訳じゃないわよ。ただ一般常識を教えてあげてるだけ。それから、私の方が階級上なんだから、敬意を込めて、高木さんとか高木警部って呼んで欲しいな」
「呼べるか!バカバカしい。だったら、お前が相手してやればいいだろう。俺はもうしらねぇからな!!」
龍はそう言うと席を立ち、捜査課を出て行ってしまった。
「まったく、あの男はいつになっても子供なんだから……どうもすみませんね。これじゃ何の為に来ていただいたんだか……あ、お茶どうぞ」
高木はそう言いながら自分が持ってきた湯飲みを男の前に置き、今まで龍が座っていた場所 ―― 男の正面に腰を下ろした。
「えっと、まずお名前聞かせてくれますか?」
「………大久保、勇(おおくぼ いさお)、です……」
「じゃあ、大久保さん。龍、いえ、先ほどの者に助けを求めたそうですが、どうされたんですか?それと、その怪我」
高木はそう言いながら男 ――
大久保の破れたシャツの部分の傷に目をやった。しかし、そこにはもうすでに血は流れておらず、大久保も大して気にならないのか、痛みもなくなっているようである。
「………直ってる……?龍の仕業ね…まぁいいけど……」
そう高木の言う通り、先ほど玄関で出会った時点で龍は大久保の腕の傷を霊的に治療していたのだ。まぁ、もっとも、それは一時的に皮膚の修復組織を活性化させただけなので、今の科学力なら十分に可能な処置ではあったが……。
「実は……この近くの河原で、空き缶などのゴミを拾っていたんです。そしたら――」
大久保はようやく落ち着いたのか、ゆっくりとではあるが、そう話し出した。その大久保の話を総称すると、だいたいこのようになる。
大久保はブルーバーズというボランティア団体に所属していて、そこの活動で、今日はこの近くの光狼川(こうろうがわ)で、ゴミ拾いをしていたらしい。そして、ゴミを拾っている最中、一つの、割れた鏡を拾ったときにそれは起きたのだという。
大久保が鏡を拾おうとしたとき、突如目の前が明るくなり、その光が無くなったとき何か異形なモノが現れたという。そして、それは突如として、その両手に付いたハサミのような刃物で大久保に斬りつけてきた。それが腕にできていた傷である。
「はぁ……」
大久保の話を聞いた高木は、半信半疑と言った感じで、そう返事をした。
「あの、やっぱり、信じてもらえてません……?」
「いえいえ、そんなことないですけど、ちょっとなじみがない話だもので……まぁ、事情は分かりました。じゃあ、これに一様記入して下さい。詳細が分かり次第ご報告はしますので。あ、私ちょっと席外しますんで、終わったら適当に近くの人呼んで下さい」
「あ、分かりました……」
大久保はそう言うと、高木に出された書類に必要事項を記入しだした。
「……で、あの大久保さんが言ってたことは今追ってるヤマと何か関係があるのかな、静戒龍クン?」
捜査一課から出てきた高木は自分の前からそそくさと立ち去ろうとしている人影を前にそう言った。
「…………まぁな……」
その人影 ―― 龍は振り向きながら、そう、どこか気だるそうに返事を返した。
「でも何であんたはいつもそうかなぁ。聞きたきゃ素直に横にいればいいじゃないの。それを課の外から除くような視線でこっち見てんだもん。絶対挙動不審だよ」
「まぁ、そう言うなって、同期のよしみだろ」
龍はそう言うと、高木に近づき直ぐそばで足を止めた。
「関係ない。まったく……ところで龍」
「ん?」
「あの人から事情聞く前からそっちの件だって判ってみたいだけど、何かあったの?」
「ああ、まぁな、さっき大村さんにも言ってただろう……でだ、俺はその何かを追わなくちゃならない。その大久保さんのためにもな」
「だから何?」
「後、任せた!!」
龍はそう言うと、高木に背を向け、早々に地下に降りていった。その目的は当然今のことでの課への報告などではない。愛用のバイクを取りに行くのが目的である。
「本当は今日は署の周りに結界でも張って敵を誘き出そうかとも思ってたんだけど、まぁ、ちょいと、状況が変わったからな……よし、行くか!」
地下の駐車場から地上に出た龍はそう自分に一括すると、アクセルをより強くひねり光狼川に向かってバイクを走らした。
「さて、ここで一番気の強い場所はっと………」
龍はそう呟くとそっと目を閉じ、周囲を霊視しだした。
「………あそこ、か………」
そう言って龍が視線を向けた場所は、草の丈が高く普通ならばちょっと入りにくいような場所だった。龍はその場所に歩き出しながらポケットから白い手袋を取り出し、それを両手にはめる。
龍が草むらの中に入って中を捜索しだして12,3分も経っただろうか。何かが当たる、感覚から言うと、金属のような反応をその手に感じた。
「何かあるらしいなぁ……」
龍がそれをそっと持ち上げると、それはビニル袋に入った割れた鏡と空き缶。どうやら大久保が拾っていた物らしい。龍はその中から鏡の破片と一つの缶ビールの空き缶を取り出した。
「なるほど……この鏡からアイツが召還されたのはまず間違いなさそうだなぁ。ンでもって、この缶、城島とは別だがやけに強い霊気を持ったヤツが飲んだ後みてぇだ」
そう言って草むらから龍が出てきたとき、見知った顔が直ぐ近くにあった。
「静戒さん!?」
「ん?」
声に龍が振り向くと、そこにいたのは手塚と佐々木のコンビだった。
「よう、お前等もここに来てたとはなぁ。幸香に聞いてきたのか?」
「高木さんに?違いますけど。俺たちは……実はまた俺の携帯にタレコミがありまして」
「ほう。で、ここだって」
「ええ」
「なんかよう、俺もだけど、誰かに踊らされてる気がしねぇか?」
『え?』
龍の言葉に二人の声がはもった。
「そのタレコミがどういう内容だったかはしらねぇけどな、城島はもうここにはいねぇようだぜ。まぁ、見りゃ判るだろうけどな。一応、これが痕跡ってとこだな」
龍はそう言いながら草むらの中からビニル袋を引きずり出した。
「俺の検証だが、この鏡とビールの空き缶から、妖気と霊気が感じ取られた。まぁ、お前等には関係のない証拠かもしれねぇけどな」
龍はそれだけ言うと、それを手渡すような形で手塚の前に突き出した。
「あの……何ですか?」
「今言ったようにこれから取れる俺の出来ることはもう終わったから後はそっちで使え。何か出るかもしれねぇからな」
そう言うだけ言って、それを地面に落とすと龍は自分のバイクにまたがり、ヘルメットを着用した。
「じゃな、俺、行くとこあるから。後は勝手にやってくれ」
そう言うが早いかアクセルをひねり、その場をアッと言う間に去って行く龍。
そんな龍の行動を見て呆然としている手塚、佐々木両名の姿だけが草深い河原に残されていた。
手塚たちと別れ光狼川を後にした龍は、昨日行った廃工に向かっていた。
「(今の鏡から微量だったがあの廃工で感じたモノに限りなく近い霊気が感じられた。行って損はねぇだろう)」
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