龍が現場を立ち去った頃、佐々木を先に帰した手塚は、改めて廃工内を詮索していた。
そして、そろそろ最奥部、という辺りまで来たとき、手塚は明らかに何かを隠すような不自然な形に積まれたいくつかの木箱を見付けた。
「……何だ、これ?」
手塚は特別気には止めていなかったが、何の気なしにその積まれていたものを解体していった。
「………ん?」
手塚が四、五個の箱を下ろすと、中に薄汚れた紙が挟まっているのが見えた。とりあえず、それを目指して更にいくつかの箱をどかす。
「……!これは………!!」
ようやく紙が手で取れる程度のところまで箱の山を崩し、それを手に取った手塚は一瞬たじろいだ。何故なら、それは以前龍に見せて貰った“魔法陣”と呼ばれるモノだったからである。
当然、手塚にはそのようなモノを扱う力はおろか、機会すらない。しかし、知識中にあるその物が、これは城島が何か霊的に使ったモノだということを悟らざる得なくしていた。
「よう、手塚、何か見つかったか?」
手塚が魔法陣を見付け、戸惑っていた中そう陽気な声を廃工内に響き渡らせる者が現れた。それは言うまでもなく龍である。
「!!せ、静戒さん……」
「何だよ、バケモンでも見たような顔してよう、俺が来ちゃ悪かったか?」
「い、いえ……それよりどうしてここへ?俊に聞いてきたんですか?」
「いや、城島の霊気を追ってきた」
「………そうですか……」
そう言うと、手塚は持っていた魔法陣を広げ、龍に見せた。
「これ、あの箱の山の中に隠すように置いてありました。城島の物、ですよねぇ……?」
龍はそれを受け取りながら、言葉通り一瞬だけ、目を閉じた。その行為は何をしたのか判る者が見ても瞬きぐらいにしか思えないモノではあったが………。
「……だろうな。九分九厘これは城島の物に間違いねぇ」
そう言った龍の顔を見て手塚は訝しげな顔をした。
「時々思うんですけど、静戒さん、何で、そんなふうに断言できるんですか……」
「ん?ああ、今、一瞬目閉じただろう。あの時に霊視したんだ。かなり濃い城島の“気”を感じた。もっとも、それだけが俺が強く断言できる理由じゃねぇけどな」
「……“気”ですか……その辺のことは俺にはよく分かりません……。でも、城島が、その、何かそういうことをしていたことは確かなんですよねぇ……?」
「だろうな。で、他には何かあるか?」
「いえ……あ、一点いいですか」
「何だ?」
「このヤマは、本当に城島の単独犯なんでしょうか……」
「何でそんなことを思う」
「いえ、ただの直感(カン)です。刑事としての」
「デカのカンか……そのカン忘れんなよ。このヤマでの人間は確かに城島だけだと思う。だが、それ以外に、ちょっとやっかいな妖怪(ヤツ)が絡んでやがる。城島が凶器代わりに召還して使ったヤロウだ」
「召還、ですか」
「何だよ。腑に落ちねぇような顔してんなぁ。ま、お前等、一課から言わせれば、そんなモノその物が嫌なんだろうがな。まぁ、そう言うわけだ。このヤマは俺に任せな。捜査一課じゃちっと手に負えねぇだろうからよ……それから、これは俺が預からせて貰うぜ」
龍はそう言うと、魔法陣を折り畳み、自分の手帳に自分の物同様に挟み、しまった。
「はい。それはお預けしても構いません……しかし……このヤマはについてはお断りします。このヤマは俺たち一課のヤマです。誰にも譲るつもりはありません!!もちろん、そう上からの命令があっても。俺一人ででも捜査します!」
「………それでいい。その刑事根性、いつまでも持ってろ。さて、じゃ、俺はそろそろ戻る。一度署に戻って、今日の報告をしねぇとなんねぇしな」
そう言い、背を向ける龍に続く手塚。
「……はい。そうですね……」
二人はそのまま廃工を後にした。
「戻りました……」
そう言い龍が入ってきた部屋は、警視庁の地下に位置する一室――迷宮・怪事件心霊捜査課の室内だった。
そこは外部に比べてやけに暗く、空気すら重く感じられる場所。見た目には灯も点灯しているのだが、床と壁に描かれた奇妙な模様や魔法陣がそれを手伝って雰囲気が妙に重い。更にそれは、人の進入を拒んでいるようですらある。そんな部屋の奥の机の前に龍に背を向けて座っている者が一人いた。その人物こそ、この組織の発案から設立までを一人で行った人物。そして課の長を務める斉藤 仁(さいとう じん)警視正である。
「どうだった、龍……」
斉藤はそう横柄な態度で背を向けたまま龍に話しかけた。
「すでに報告は受けていると思いますが―――」
「なら言うな。ここが管轄するヤマかどうかだけでいい……」
「は、はい。事件の犯人(ホシ)と思われる城島は術師でした。それについて、これを……」
そう言うと、龍は斉藤のデスクに近づき、先ほど手塚が見付けた魔法陣を取り出し、その場に置いた。
「………これを城島が………」
斉藤は背を向けたまま、ただでさえ低い声の持主ではあったが、いっそう低くすると、そう言った。
「はい。やはり、ヤツも……」
「そのようだな。だがな、龍……これ以上変に深く関わるな。お前は城島押さえりゃそれでいい」
「了解しています」
「分かってんならもういい。ご苦労だったな……」
「ハッ、では、お先に失礼します」
龍はそう言うと、魔法陣を再び自分の手帳に収め、斉藤に背を向け、部屋を出た。
龍が課に戻った頃、手塚も捜査課に戻ってきていた。
「――戻りました」
「おお、手塚、戻ったか、で、城島の居所はつかめたか?」
「いえ、それが、まだ特に詳しいことは……」
「そうか、まぁ気長にやればいい」
「はぁ、あ、そうだ。このヤマ、もしかしたら静戒さんたちの方が適しているかもしれません。城島が潜伏していたと思われる廃工から“魔法陣”を発見しました」
「……そうか、ならば一応向こうの課長に話しておく必要がありそうだな」
手塚の言葉にそう言ったのは大村ではない別の者だった。その人物は、ここ、捜査課の課長、本城 洋一(ほんじょう よういち)警視だ。
『課長!』
突然の上役の登場にそう声を挙げる捜査課一同。
「そんなに驚くことはないだろう。私はここの責任者なのだから」
「は、はぁ。でも突然どうしたんですか?普段は滅多に顔も出さないのに」
「まぁな。だが、そう人聞きの悪いことは言うな。まぁ、ほとんどは大村警部に任せてあるからな。今日は逃亡中の脱獄犯城島兼司についての緊急収集があってな。今からそれに行くところだ」
「城島ですって!!」
そう叫んだのは、自分のデスクで、今日の報告書を書いていた佐々木だった。
「な、何だ、いきなり。それに大村も、手塚も妙な顔をして、城島がどうかしたのか?」
「実はですねぇ………」
そう手塚は口を開き、今日の成果を報告した。
「……なるほどな……城島が……分かった、会議でその辺のことについて話してみよう。では、私はそろそろ時間だから行くが、今後の捜査もよろしく頼む」
『ハッ!!』
本城の言葉にそう言い敬礼をする刑事たちの姿が捜査課内に見えたのは、すでに時刻も夜の十時を廻ったときのことだった。
署を出て、自宅マンションに戻った龍は食事も早々に自室に籠(こ)もり、手塚から預かった魔法陣を眺めていた。
「…………まぁ、やってみるか………見てても何も判らねぇしな………」
誰に言う出もなくそう呟くと、それを床に置き、現場の遠藤事務所のとき同様に両手で印を組んだ。
「先・両・圓・斎・浄……この法陣残りし呪丞者、丞秦霊の瘴、呪姿仰せん!五来招来!!」
そう叫んだ龍の手からうっすらとだが、紅い光が見えた。そして、それは魔法陣の中央に向けられ、その瞬間、魔法陣が目映い光を発した。
「……この気は……やはり………」
龍はそれだけ呟くと、また、軽く指を鳴らした。そして、それと同時に、光もまた同様に消えていく。それを見た龍はゆっくりと横にあったベッドに横になった。と、言うよりも、倒れ込んだと言った方が正しいようにも見て取れたが……。
同じ頃、手塚もまた警視庁の仮眠室で横になっていた。
「はぁ、このヤマどうなっちまうのかなぁ。静戒さんの言っていたようにやっぱ任せた方がいいのかなぁ……でも、それじゃ………そうだ、明日念のため、もう一度城島の実家を訪ねてみるか。使っていた部屋でも見せてもらえれば、何かの収穫はあるだろう……しかし、なんで、急に城島のことで管理職に収集なんかかかったんだ……まさか、組織の上層部が絡んでんじゃ………ま、俺みたいな平(ひら)が考えてもしょうがねぇか………」
こういう時の独り言という者は本人の意識とは別にどんどん続くものだ。手塚の状態も丁度そう言ったところだろう。
……手塚が天井を見上げながら色々と頭を悩ませていたとき、突然携帯が鳴った。
「……ん?誰だ、こんな夜中に……」
そう思い、送信者を確認しようとしたが、画面(ディスプレイ)には、ただ着信のメッセージしか出てはいなかった。
「……まぁいいや、間違いでも一人で色々悩んでるよりは時間潰しんなるだろう……」
そう思った手塚は、普段のくせで、何気なしに録音ボタンを押してから通話ボタンを押した。
「……お待たせしました……」
『……警視庁ノ手塚武ダナ……私ダ……昼間、お前ニ、情報ヲヤッタダロウ。ソレニツイテハ済マナカッタ。コチラノ情報収集不足ダッタ。デハ、今回ノ用件ダガ、単刀直入ニ言ウ……』
通信の相手は昼間も手塚の携帯にタレコミを入れてきた者だった。
「!!ちょっと待て、お前何者だ!!」
そう抗議した手塚ではあったが、声はそれを無視し、言葉を続けた。
『……現在ノ城島兼司ノ居所ハ……光狼川ダ…健闘ヲ祈ル……』
そう言うだけ言うと、声は通信を切断した。
「………光狼川の橋の下………でも、誰なんだ。それに……何故、俺のところに……」
手塚はそう呟きながら、天井を見上げた。
その後、手塚が眠りについたのは、午前3時過ぎになった。
翌朝、と、言ってもまだ日がうっすら出てきた頃、警視庁に向かいバイクが一台見受けられた。速度は時速規制を大幅に上回る速さである。しかし、バイクのフレームに張られた取り外し可能なステッカー『警視庁』の文字のせいで、もういくつか通り過ぎた捜査派出所の面々も止めることができない。ようは、パトカーのサイレン、ランプと同様の効果があるからだ。
そんな速さで、我が物顔で、道を行くバイクに乗っているのは警視庁迷宮・怪事件心霊捜査課捜査の龍である。
龍は昨晩魔法陣の検証を行っている途中で急激な疲れに襲われ、そのまま眠りにつき朝を迎えた。そして、早々から捜査に乗り出すべく、とりあえず挨拶がてら警視庁に向かっているのである。
「ふぅ〜、やっぱこの時間は道が空いてていいなぁ、それにこいつのおかげで、うるせえ交通課の連中も寄ってこねぇし、このままどっかツーリングでもいっちまいてぇ気分だなぁ……」
龍はそんな独り言を言いながら、いっそうアクセルを強く入れた。
「はぁ、妙に疲れてるなぁ………それにしても城島はいったい何処に居るんだ……?」
コーヒーカップを手にそう呟きながら電子板を見ているのは、捜査課の手塚 武捜査官である。
「……ん?今日はやけに早いな、手塚」
そう言いながら入り口のところから声をかけたのは、大村だ。
「あ、警部、おはようございます。でも、早いなって、警部こそどうしたんですか?まだ四時ですよ。自分は昨日から帰っていないので、目覚めついでに部屋まで来ただけですが……」
「ああ、ちょっとな……」
大村はそう言うと、手塚の顔から視線を外し、自分のデスクに向かっていった。
「あの、警部……」
手塚は大村の背に向かってそう声をかけた。
「城島兼司って何者なんですか?自分はその捜査には着いていなかったので、もう一度城島の事件の調書、読んでみたんですけど、普段の行動や、周囲の者の反応からして、そう簡単に人を殺すようなヤツじゃないような気がするんです。それに、日常では、これ以上ないって位に真面目だったそうじゃないですか。まぁ、そう言うヤツ程一度切れたら手が付けられないのかもしれませんが……」
「…………」
手塚の言葉に大村はただ黙って目を伏せるだけだった。
「おはようございます……課長……」
昼なお暗い室内に、そう龍の声だけが響いた。
そこは、警視庁の地下に位置する一室――迷宮・怪事件心霊捜査課。そして、龍が対面している相手は、この課の長、斉藤 仁警視正だ。
「………龍か……丁度いいときに来たな……」
「………」
斉藤の言葉に、と、言うよりも、その威圧感に、一瞬たじろいだが、その場で正規を崩さずに立っている龍。
「……どうかしたか……」
「いえ、それで、私に何か……」
「昨日、城島の件で上が俺たち管理を収集した。それは知っているか?」
「いえ、初耳です」
「そうか。まぁそんなことはどうでもいい。問題なのはその内容だ。少々やっかいなモノだったんでな。簡潔に言って、どうやら組織のトップ何人かが、城島のような狂気殺人を犯すようなヤロウを育成しているらしい。それも、霊的にな……これが何を意味するか分かるか……龍?」
「………」
斉藤の問いに言葉を失う龍。まぁ、当然と言えば当然の反応であろう。本来市民の安全を守り、犯行を犯す者を裁く立場の者達がそれを育成している。そんなことを上司から聞かされたらたいていの者は言葉を失うであろう。しかし、それは一般的な捜査官の場合である。龍が言葉を失った理由は他にあった。それは、斉藤の言葉にそれなりの心当たりがあったからだ………。
「まぁ、無理に答えろとは言わねぇ。どうせ解っちゃいるんだろう。ヤツらが、組織内部にまで土足で踏み込んできたってことだ……」
「………すみません。少し体調が優れないのでこれで失礼させていただきます……」
「……そうか……まぁ、気を付けろよ。色々とな……それから、下手に手ぇ出すなよ。俺もお前を庇いきれるつもりはねぇからな……」
龍はその斉藤の言葉を聞くと、敬礼をして、部屋を出て行った。その表情にはどこか悲しみにも似たものが窺えた。
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