「しかし、何で今更そんなとこから指紋が出てきたんだ?」
走る覆面パトカーの中でハンドルを手にした手塚に佐々木がそう尋ねた。
「さぁな。ま、言えることはあの部屋に城島が入ったもしくはあの手鏡が城島の物だったってことだ。早い話、どちらにしても城島と遠藤は依頼人と弁護士以外の何らかの接点があったって事だろう」
「まぁ、そうだな。それに、どうせ城島捕らえりゃ分かることだしな」
「だな」
「そういや、お前また静戒さんと賭けしたんだってな」
「ああ」
「しかし、お前も懲りねぇなぁ、普通そう何度も負けたらあきらめるぞ」
「それは警部にも言われた。けどな今度は賭けの対象が違うからな」
「ほう、金でもかけたか?それとも女か?」
「あのなぁ……、そんなんじゃねぇよ。俺がってか、課が勝ったら静戒さんは一課に帰ってくる、んで、静戒さんが勝ったら、今後の要請の際の資料を無条件で見せる。これが賭けの対象だ」
「何?!あの人静戒龍が一課に復帰するってのか!」
「あ、ああ、何だよ、そんな声出して、お前静戒さん嫌いなのか?」
「いや、そりゃ上官としてはいい人だとは思う。けど、あの人、何か俺たちのとこ捜査一課にいたときより今の方が何か自分を持ってるって言うか、あの人の素が出てる気がするんだよなぁ」
「そうか?」
「ま、俺の気のせいかもしれねぇけどなって、武、お前何処行くきだ、どんどん都心から離れてるぜ」
「城島のところさ」
「城島の?場所が分かるのか?」
手塚が走らせる車は、もうすぐ山梨の県境と言うところまで来ていた。ここら辺りまで来ると周りには木々も茂り、道によってはほとんど人がいないところになってしまっている。
「ああ、まぁな。実は警部には話さなかったんだが、さっき俺の携帯にタレコミがあったんだ」
「タレコミ?」
「ああ、これだ」
手塚はそう言うとポケットから中身の入った録音ディスクを取り出し、それを佐々木に渡した。
『先興川ノ奥、仙頭鍾乳洞付近ノ廃工ニ城島ハイル。早急ニ捜査スルコトダナ』
中にはどこか片言にような機械音でそう入っていた。
「これ、誰なんだ?何か変声機で声変えてあるみたいだけど」
「ああ、らしいな」
「らしいなって、こんなの信用していいのかよ?!」
「良いも悪いもねぇだろう。今は城島の居そうな心当たりがこれしかねぇんだからよう」
「そりゃそうだが………もし罠だったら」
「ま、そん時はそん時だ」
「………そうだな」
「ああ……っと、そんなこと話してる間に着いたぞ」
そう言い手塚が車を止めたところはもうこれ以上ないといった感じの廃工だった。窓ガラスはきれいに割れ落ち、鉄製の物は赤サビによってほとんど元の色は残していない。そんなどこか倉庫のようでもある廃工が一軒建っていた。
手塚は車を止めると、懐に手を入れ、中から6連式リボルバー拳銃を取りだした。
「オイ、武、そんなもんなくてもいいだろう。どうせ逃亡中のヤツだ、十分な武器なんか手には入らねぇよ」
「まぁ、そりゃそうかもしれねぇけど、備えあれば憂いなしってな。それに何より遠藤弁護士を殺してるんだぜ」
そう言い手塚は持っていた銃のシリンダーを開くと、ポケットから薬莢を一発取り出し、空砲になっている初弾に挿弾した。
「ったく、お前が打ちたいだけだろう。ま、俺もつきやってやるよ」
佐々木もそう言うと拳銃をホルスターから抜き取り、同様にシリンダー内の空きスペースに薬莢を挿弾する。
「よし……行くぞ」
「ああ……」
拳銃を元のホルスターに戻すと手塚はそう言い車を降りた。それに続いて助手席の佐々木も扉を開ける。

そのころ、霊安室を後にした龍は、鑑識にいた。
「………そうですか……手塚がそんな物を……あ、そうだ、その鏡って何処にあったか分かりますか?」
「何処って、だいたい部屋現場の中央あたりだよ。あ、ちょっと待って……」
そう言うと鑑識官はデスクの引き出しを開け、現場の見取り図を取り出し、そのほぼ中央に赤いペンで円を描いて見せた。
「だいたい、この辺りだと思うよ」
「……そうですか………ありがとうございました」
龍はそれを見るや、そう言うと鑑識を出て行った。その足の向かう先は警視庁の地下にある駐車場である。
「よし!今の鏡から相当な反応があった。これで確証は得られた。だが………」
龍はそんなことを言いながら、足を急がせた。

「よしっ!!」
駐車場に着くや、普段自宅と署との往復に使っているバイクに飛び乗り、ハンドルに掛けておいたヘルメットをかぶる。
「ん?……よう、龍」
龍がエンジンを掛けようとした時、そう話しかけてきたのは、ここ駐車場の管理人をしているみやうち宮内 としかず聡一だった。
「よう、おやじさん!」
「どうしたんだ、龍?また、事件か」
「ああ、まぁね。んじゃ、そう言うわけで、ちょっと急ぐんで、またな」
「おう、気を付けて行けよ」
「分かってるって。ンじゃなァーー!!」
その言葉と共にアクセルをふかし地上に飛び出した。その目的地は現場――遠藤弁護士事務所。

「城島!!出てこい!お前がここにいることは分かっているんだぞ!!」
手塚の声がそう廃工内に木霊する。
「なぁ、武、本当にヤツはこんなとこにいるのか?」
「さぁな。タレコミ情報はガセだったかもな。けど、とりあえずはここを探すしかねぇだろう」
「そりゃそうなんだけどなぁ……!武!!」
「どうかしたか、俊?って、これ?!」
佐々木の言葉に手塚がその方を見ると、そこには数本の空き缶とたばこの吸い殻、弁当の残骸等が散乱していた。明らかにここに誰かがいた物証である。
「なぁ、これって、まさか……」
「さぁな、それはどうだかな。だが、調べてみる価値はあるだろうよ。俊、悪ぃけどこいつ、署に持って行ってくれねぇか」
そう手塚は佐々木に促した。
「何で、お前が行けばいいだろう」
「俺が行ったら、静戒さんとの勝負に不利んなるだろう」
「あのなぁ、たぶん静戒さんは一人で捜査してると思うぜ……」
「ま、そうだろうな。けど、俺は、勿論静戒さんもそんな条件付けてないぜ。一人で捜査するのは静戒さんの勝手だろ。ま、あの人は一課にいたときもそうだったけどな」
「………分かった。俺が行く」
「何だ?やけに素直んなったじゃねぇか」
「何か言うだけ嫌ンなっただけ……」
「あっそ、じゃ、頼むわ。はい、これ車の鍵」
手塚は佐々木にそう言い車の鍵をポケットから取り出して渡した。
「………」
佐々木は黙ってその鍵を受け取るとポケットからビニル袋を取り出し空き缶やたばこの吸い殻をそれぞれ袋に入れ、それ等を持って止めてある車に向かった。

二人が物証とおぼ思しき物を見付けた頃、龍は現場遠藤弁護士事務所に着いていた。
外部から部外者の進入を防ぐための、黄色に赤字のテープが貼られ、3,4人の警官が立っている。
龍はその警官の一人に、警察手帳を見せテープを潜った。そして、即座に害者が発見された部屋に向かう。
「ここか………まだ思ったよりしょうき瘴気がの残ってんなぁ……とりあいず、やるだけやってみるか……」
龍はそう言うと出入り口のところで出したまま、ずっと手に持っていた手帳の裏表紙を開き、そこから小さく折り畳まれた一枚の紙を取り出した。そして、それを広げ、部屋の中央まで行くと自分の足下に丁寧に伏せて置いた。その紙に描かれていたモノは陰字と記号、それに、ごぼうせい五芒星。早い話それは、陰陽道で使うような魔法陣である。

陰字――一般的(?)には、隠し文字すなわち、暗号に用いる文字もしくは暗号そのものを表すのに使う言葉である。しかし、この場合は、魔法陣に書く方位文字、もしくは陰陽師が使ういんようしゅじ陰陽呪字(一般的には分からない記号のような物。主にお札などに書く)のことを表す。また、余談ではあるが、その配列、書き順を変えるだけでも、魔法陣は幾つにも内容を変化させる。

龍は魔法陣の上に、ポケットから取り出したルビーに似た紅い石を置くと、空中に五芒星を描き、いん印を組みしゅ呪を唱えた。
「先・両・圓・斎・浄……五鳳の鬼気よ、この地に残りし霊性を概種し、その姿様、具現化しえん!!」
龍の声に反応し、魔法陣の中の五芒星が輝きだし、その光は中央の霊石に集まった。その瞬間、それは紅い光を帯び、その輝は見る間にひとかた人型へと姿を変えた。
「………この野郎か、遠藤をや殺ったのは………」
龍は光が完全な人型になるのを確認すると、その姿を見てそう呟いた。
「ン?まてよ、このつら面、確かどっかで……あ、そうか、手配書だ。一週間ぐらい前に配られたヤツに描いてあったなぁ……えっと……確か脱獄犯で、名前は……キジマ……城島兼司……」
龍はそう言うと、肯きながら軽く指を弾いた。その瞬間、城島の姿をしていた人型がもとの紅い光、そして五芒星の光となって魔法陣の中へと戻っていく。
「よし、後はこの霊気を追っていけば、だいたいは絞り込めるな。しっかし、城島も術者だったとはなぁ……ま、それなら獄中にいたヤツが警備のいた中、独房から消えた謎も解けるけどな。まぁ、今はそんなこと考察してる場合じゃねぇか。さて、んじゃ次、行くとするか」
龍はそう言うと、魔法陣をもとの通りにしまい、部屋を飛び出し、外に出た。
「あ、もういいんですか?」
出てきた龍の姿を見て、外で警備をしている警官がそう話しかけてきた。
「ああ」
龍はそう言うと、テープの外に止めてあるバイクに飛び乗り、ヘルメットをかぶった。
しかし、ふと思い出したようにポケットに手を入れると、近くの捜査官に手招きをして見せた。捜査官が近くまで来たのを確認すると、龍はポケットの中から、先ほどのルビーに似た紅い石 ―― 霊石を取りだし、それを別のポケットから取りだしたビニル袋に入れ捜査官に投げ渡した。
「お前さぁ、悪いんだけど、これ持って本庁の鑑識行ってくれねぇからなぁ」
「え?あ、はい、構いませんが。あなたは……?」
「あ、そうか、えっと、ンじゃあ、龍が持ってけって言ってたって言えば判るからよう」
「はい、分かりました。鑑識ですね」
「ああ、じゃ、頼んだぜ。後のことは向こうでやるだろうからよ」
「は、はい……」
「じゃな」
そう警官の返事にそう答えると、龍は軽く片手を挙げながらエンジンをかけ、その場を立ち去った。