『先(せん)主官(しゅかん)雑居ビルオフィス、弁護士殺人事件』昔から変わらない深緑色の捜査資料の表紙にはそう何のオリジナリティーもないタイトルが記載されていた。もっとも、こんなものにオリジナルティーを期待するだけ無駄ではあるが……。
龍はそれを手に取り中に乗せられている電子写真、記載されている文面に目を通している。
その資料によると、事件が起きたのは、一週間前、6月12日木曜日の深夜0時のことだ。殺害されたのは、遠藤(えんどう) 創(はじめ)32歳。現場(げんじょう)は先(せん)主官(しゅかん)という場所の高層ビル街にある雑居ビルの三階に位置する遠藤氏が自宅と事務所とを兼用している『遠藤弁護士事務所』。
死因は首の頸動脈を切断されての失血死。その手には何故か、手鏡が握られていた。室内は時間が時間だけに密室で、全ての扉には鍵がかけられていた。指紋は複数発見されたが、その人物全員のアリバイは成立している。また、汚れなどの証拠物件もめぼしい物は一歳見つからなかった。
捜査一課が、これを他殺と判断した要因は、害者の首に残された傷跡が明らかに前方から切断されたものだと判ったからである。
「なるほど……一週間前ねぇ……これじゃ、一課(こっち)がまだ犯人に当たってねぇのも解る気がするけどなぁ、ま、上の考えることは解らねぇや。さて、どうすっかなぁ。さすがに遺体(仏さん)とは対面できねぇだろうし……。大村さん……」
捜査資料を見ていた龍が顔を上げたのは、手塚、大村とのやり取りが終わって30分程経ってからだった。
「どうした、静戒」
「まさかとは思いますけど、もう遺体は残ってないですよねえ」
「いや、まだ霊安室に安置されているはずだ。引き渡しの書類が来ていないからな」
「え?だって、もう事件から一週間も経っているんでしょう。なのに、何で?」
「害者は一歳の身寄りがなくてな。だから誰も引き取り人がいないんだ。もうじき無縁仏として署内で弔い(とむらい)はする予定らしいがな。まぁ、天涯孤独というやつだな」
「ああ、そうだったんですか……解りました。じゃあ、霊安室行ってきます」
龍はそう言うと、席を立ち、資料を閉じた。
「静戒、もういいのか?」
「はい、ありがとうございました。では」
龍はそう言うと捜査一課を後にして、署内の地下にある霊安室に向かった。
「今更遺体など見ても仕方ないと思うが……」
そんな龍の背中を見ながら大村はそう呟いていた。まぁ、それも頷けることであろう。害者の特長はおろか解剖結果も捜査資料に事細かに掲載されているのだから。だが、それは一般的に、と、言うか、普通に考えればの話である。
しかし、龍にはそれでは見付けられないモノを見付ける力、すなわち、霊能力がある。
霊安室に着いた龍は、直ぐに捜査資料で見た棺(ひつぎ)の番号を探し、それの取っ手を取り、軽く引いた。その中に横たわっている遠藤は経(きょう)帷子(かたびら)を着せられ、その横には当事の所持品であろう、ハンカチや財布、眼鏡と言った物が白い箱に入れられ置かれていた。
「……これが死因の傷か」
すでに縫い合わされ塞がった傷口を見て、龍は誰に言う出もなくそう呟いた。そしてその傷口を多少睨むような感じで見ながら、軽くそこに手を翳(かざ)した。その瞬間龍の周囲を半透明の紅いオーラのような物が包んでいくのが周りの暗さも手伝って判った。それは霊気を一時的に具現化したものである。
「………はぁ、幽か(かすか)だがまだ霊(れい)痕(こん)、霊(れい)傷(しょう)が残ってやがる……ってことは俺を向かわせた課長の考えは正しかったって事か……」
霊痕――霊的なものによって振れられたりもしくは、側に近付いたりしたときにできる痕跡。その具体例を挙げると、呪いの類(たぐい)が一番多いだろう。相手を呪う念が体に外的症状として表れる。それが霊痕である。
霊傷――霊痕同様、霊的なものによって付けられるもの。ただ違うのは、それが振れただけなどではなく文字通り傷付けられたことによって生じると言うことである。その例としては、術師が心霊スポットなどで冒される吐き気や頭痛と言ったもの。また、よくある話だが、トンネルなどで、車のフロントガラスを叩かれたなどと言って、跡が残るのもその例である。ついでに言ってしまうと、霊痕、霊傷共に事故現場や殺人現場、自殺現場などによく確認される。言ってしまえば死者の半数以上から、霊的に何らかの干渉を受けていると言うことである。
手を翳す(かざす)のを止めると、龍は目を伏せこの先の捜査方針を考え出した。
「……さて、どうするかなぁ、このまま何の当てもなく彷徨(さまよ)うのも疲れるだけだしなぁ。いっそのこと、この死体に反魂(はんごん)でも使って直に本人に聞いてみるってのも、おもしれぇかもしれねぇけどなぁ。ま、そう簡単に使える術じゃねぇしなぁ、だいたい上の承認も必要だろうし。さて、と、そうすると、何から取りかかるかなぁ……」
龍はそう言いながら腕を組んで、再び死体を目にすると、何かに気づいたように薄い笑みを浮かべた。
「そうか……まだ凶器は見つかってねぇって書いてあったなぁ、まぁ、これなら一課が見付けられなかったのも仕方ねぇか……。凶器はあの傷口と霊傷から言ってまず間違いなく……“爪”……って事は、凶器(犯人)は……十中八九、アイツ、だな……しかし、だとしたら、どうやって密室の空閑に入り込んだんだ……いくら何でも物質である以上完全な密室に入り込むなんて事…………そうか、確か死体の手には、アレが。アレを使えば………だが……それでも……ン?待てよ……」
龍はそう呟きながら考え込む様を見せ、死体の横の遺品箱の中を見た。
「……なるほどな……しかしよくこんなこと思いついたなぁ。まさかこんな方法を使って召還するとは……」
龍はそう言うと、棺を元に戻し、霊安室を後にした。
「……大村さん、どうやらこの賭け、俺の方に少々分があるようですね。また、俺の勝ちみたいですよ……」
龍はそう薄い笑みを浮かべながら薄暗い廊下を地上に向かって歩いていった。
龍が霊安室で遠藤(死体)に対面していた頃、捜査課でも手塚が解決の糸口を見付けていた。
「警部!!」
そう叫びながら手塚が一課内に駆け込んできた。その声に室内の者達の視線が手塚に集中する。そんな中、手塚は慌ただしく、大村の元に向かって歩いていった。
「どうかしたのか、手塚?」
大村は手元のコーヒーカップに口を付けながら手塚にそう声をかけた。
「警部!今度こそ静戒さんに勝てるかもしれないです!!」
「ほう、さっきお前が言っていた勝算が形になったのか?」
「え、ええ、あれはまぁ、その場の勢いで……………、まぁ、そんなことより害者が握っていた鏡の中から前のある指紋が出たんです」
「鏡の……中?」
大村の直ぐ横でその言葉を聞いていた手塚の同期の佐々木(ささき) 俊(しゅん)巡査長がそう口を開いた。
「あ、ああ。害者が握っていた手鏡の中……つまり柄の部分と鏡の部分を分離したら普通なら表に出ない鏡の内部に指紋が出たんだ」
「ほう。それで、その前のあるヤツというのは誰だ?」
「城島(きじま)です!」
「城島ぁ!あの逃亡中の城島兼司(けんじ)か?!」
「城島だと!確かにヤツなら動機もあるが……」
城島 兼司――2週間前、狂気殺人の判決で無期懲役を宣告され、現在は刑務所に服役中のはずの人物。その裁判で、城島を弁護したのが遠藤弁護士だった。しかし、結果は敗退。最高裁まで持ち込んだが、結局極刑
――
死刑を間逃れるのがやっとだった。勿論、それすら並大抵の弁護士では無理であろう。城島が犯したのは20人にも及ぶ男女、それも幼児から老人に渡るまでの連続バラバラ死体殺人、狂気殺人である。その上、その内数人にはレイプ行為まで行っている。さらに、犯行理由が「憂(う)さ晴(ば)らし」の一言である。そのような状態なので当初遠藤氏も精神鑑定を依頼したが、その結果にも特に異常は見られなかった。そこで、検察側は勿論、遠藤氏自身も当然ながら十分に自己判断能力はあったと確信。その上で、判決に至ったのだ。
しかし、それからわずか三日で真夜中に突如独房から失踪。しかしその手口はおろか、刑務所内で逃亡時の姿を見た者すら居ない。仕方なく、組織は脱獄で全国指名手配をかけた。そして、今現在も逃亡中である。
「……城島が勝手な逆恨みで……と、言う訳か。よし、手塚、佐々木、お前達は城島の足取りをもう一度追ってくれ。他の者は現場付近の聞き込みをしてくれ。現場近くで城島を目撃した者が居ないかだ。それと、駅とタクシー会社、それにバス会社もついでにもう一度廻ってくれ!」
立ち上がった大村は、そう課の面々に一括した。
『はい!!』
大村の言葉にそこにいた全員がそう活辺(へんじ)をし、それぞれに部屋を出て行った。
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