時は西暦2024年。
日本警察は、今、手の打ちようのない難問に頭を悩ませていた。このころになると、迷宮入りやお宮入りと言われる事件の件数が組織全体に増加してきた。そして、それらを見直す者の数が減ってきてしまった。さらに、その中を割ってみるとその大半が殺人事件なのである。
そんな世界での、日本警察組織、警視庁の捜査一課の中。そこには数人の私服警官が捜査資料を見たりホワイトボードにペンを走らせたりして、いくつもの事件の真相を考察していた。
そんな室内を廊下から伺っている一人の人影があった。
「警部、また来ましたよ」
「来た、誰がだ?」
「ほら、扉のところ」
奥のデスクの前に立っている若い刑事――手塚(てづか) 武(たけし)巡査とそのデスクに座っている中年の刑事――大村(おおむら) 和義(かずよし)警部が、一歩室内に足を踏み入れた男の姿を見てそんな言葉を交わしている。
「ん?……ああ、アイツか……」
「ええ……あのペテン師です……」
青年はそんな会話を聞きながら、そのデスク――大村の元に向かった。
「……どうも、大村さん。しかしそう毛嫌いしないでくださいよ。いくら何でもペテン師はないでしょう。なぁ、手塚。俺の居るところはあくまでも、『迷宮・怪事件心霊捜査課(オカルトGメン)』なんですから」
この時代(ころ)になりになって、一番変わった点はやはり、この日本警察組織であろう。上記に上げたように、そんな事件の数々に頭を抱えてきた組織トップが白羽の矢を立てたのが、二十世紀中でも米国(アメリカ)やEU(ヨーロッパ)などでは以前から実戦されていた心霊捜査だった。そしてそれらを参考にした上、組織されたのが通称『オカルトGメン』正式名称『迷宮・怪事件心霊捜査課』なのである。そこの捜査した霊的証拠も当然刑事事件などの物証と同じくして指紋声紋等と同様に扱われることも決まった。そして、そのチームには組織内の霊能力者と呼ばれる人種8人のメンバーが選ばれた。その一人が、静(せい)戒(かい) 龍(りゅう)警部補である。
「それで、静戒、今日は何のようできたんだ」
大村は明らかに嫌そうな口調でそう龍に話しかけた。
「だから、そう言う言い方ないじゃないですか、あからさまに迷惑そうって言うか、まぁいいですけど。それに俺だって本当ならゆっくりと昼寝でもしていたいんですから。それでも、上がこちらで今扱っているヤマが行き詰まってるから応援に行ってやれって言われたから来たんですよ。そんな訳ですから、とりあえず捜査資料でも見せてください……」龍はそういい加減な口調で大村を見た。
「悪いが断る」
「そう言わないで下さいよ。まぁ、俺が手を出さなくてこちらのヤマが片づくって迷宮・怪事件心霊捜査課(うちの上)に説明してくれれば話は別ですけどね……」
龍はそう言うと口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「…お前、そう簡単に言うけどなぁ、まだ事件が起きてから一週間しかたってないんだぞ」
「まぁ、それは俺にも解りますけどね」
「……しかしだなぁ……」
大村はそう言いながら手元のタバコに火を付け再び口を開こうとしたとき、横から手塚が口を挟んできた。
「ねぇ、警部、別に見せてもいいんじゃないですか」
「あのなぁ、手塚、これはあくまで一課(うち)のヤマなんだ。それを……」
「それは承知しています。だから静戒さん、ここは一つ、勝負(賭け)、しませんか?このヤマをどちらが早く片づけられるか」
手塚はそう言うと自信に満ちた顔で龍の方を見た。
「かけ?」
鸚鵡返し(おうむがえし)にそう答える龍と手塚を大村が疲れ切った顔で見ている。
「手塚、それはもう止めろ。今まで静戒(こいつ)に何度負けてると思ってるんだ」
「それは、解っています。でも、いえ、だからこそ、俺は今度こそ勝負に出ます」
「ほう、今度はマジで、金でも賭けるのか、手塚?だとしたら笑い事じゃ済まないぞ。『現職警察官の賭博』B級雑誌記者が食いつきそうなネタだよなあ」
「……もうそう言う手にもいい加減嫌気がしてきましたよ。そうやって人を小馬鹿にして……俺が賭けようと言ってるのは『首』です!」
手塚は龍を見据えるとそう言い放った。
『何?!』
龍と大村の声がハモる。
「首を、賭けるってのか……」
「やめろ手塚!静戒相手にそんなこと言ったら、負けたら本当に警察(ここ)を辞めることになるぞ!!」
「覚悟は出来てます、ほとんど無謀だと言うこともべ……。これまでの事件や静戒さんがここにいた時からの功績から、その実力(ウデ)は解っています。でも、俺は、人は窮地に陥れば自分の実力以上のことが出来ると信じています!」
「俺の影響か?」
手塚の言葉に龍がそう茶々を入れる。
「違います!!ただ、単なる俺の考えです。でも、俺はそれ(自分)を信じます。だから、この首、賭けます……」
「……」
その決意の固さに龍はしばしの沈黙を守った。
そして、大村はと言うと、何故か落ち着き払った様子でデスクの上に手を組んで手塚の方を見上げてこう言った。
「……手塚……勝算はあるのか?」
「……!!」
その言葉にどこか不安にも似た勝ち気さを持った表情がゆがんだ。そして、それは笑顔に変わった。
「はい!」
「そうか、ならばあと一息と言ったところだな。よし、この賭けは私が承認しよう。だが、お前の首は賭けさせん。部下を傷つけるぐらいならば私は自身の首を駆ける」
「そんな、何も警部が、そんなこと!!」
「そうですよ、大村さんが居なくなったら、一課はどうなるんですか?!」
龍もこの時は台詞通り手塚の言葉に賛同した。それは龍は元々捜査一課の人間だからだ。
半年ほど前、龍は捜査一課から今の職場心霊課に配属が変わった。それは、組織内で行われた人選審査の結果によるものだった。元々幼少から霊感の強い龍にとっては当然と言えば当然の配置換えだったかもしれない。だが、本人はもとより、同課の面々はその配置換えを決してこころよくは思っていなかったのが事実である。その中でも、大村は最後まで上を説得し、龍を居とどめようとした者だ。さらに、龍にとっても大村は一課時代に捜査官の何たるかを叩き込んでくれた上司であり、良き理解者なのである。
「………」
手塚、龍双方の言葉に耳を貸す様子のない大村に龍は口を開いた。
「……大村さん、それなら俺はこの賭けはおります。手塚、悪いな。でも、もし、そちらがこの賭けに俺が勝ったら今後の捜査資料一歳を無条件でうちに見せてくれるというのなら受けます。勿論、俺は負けたらここを去ります。ま、上がそうさせてくれるか解りませんがね」
「静戒さん……」
龍のその言葉にさすがに手塚も顔を暗くした。
そんな手塚の心情を察してか、今度は大村の口が動いた。
「すまないがな、龍、その条件では私は承認できん。どうだ、お前が負けたらここに帰ってこい。上は私が必ず説得してみせる」
「………大村さん……俺なんかがここに戻ってもいいんですか?」
「ああ、当然だ。元々お前はここの人間(もの)だろう」
「……手塚がよければ、俺はそれで構いません」
「嫌なわけないじゃないですか!静戒さんが戻ってきてくれたらこっちも百人力ですから!」
手塚のその言葉で、静戒 龍、手塚 武の賭けは承認された。