#14

次なる動きは……?
「聞こえてるか、所轄!」
マイクに向かって斎藤はそう第一声を上げた。
その声に小声ではあるが、侮蔑を意味する言葉を吐く南署の刑事達。
「御託は聞き飽きてんだ。文句あったらはっきり言いやがれ!……まぁ、聞こえてはいるようだな」
新宿南警察署の大会議室。
そこが、未確認生命体関連事件対策本部として置かれた場所だった。
その最前席に大勢に対峙する形で席に着き、左右に何人かの者を従えさせて話しているのは、警視庁刑事部刑事課の斉藤(さいとう) 仁(じん)警視長である。
そして、その丁度真迎えに静戒、そしてその横に杜若の姿があった。
「状況報告、その他の義務は一切いらねぇ……テメェ等の判断で事件を未然に防げ。各員拳銃の携帯も自由だ。ただ一点、星を見つけたヤツは消せ。不可能と思った場合や応援が欲しい場合はここに連絡しろ。以上、散会しろ!」
何ともいい加減な発言である。
そして、その言葉に当然ながら警視庁の刑事も南署の刑事も戸惑っていた。
が、斎藤の言葉に笑みを浮かべながら聞いている男が二人。
杜若と静戒である。
そして、ゆっくりと杜若が手を挙げる。
「何だ?小僧」
睨み付けるように杜若を見ると斎藤は低い声を一層低くして言った。
「いや……確認がとりてぇだけだ。今言ったことに間違いはないな?」
「貴様、誰に向かってダベってンだ、えぇ?」
「……つまり、肯定だな……怒らせるつもりはなかったんだけどよぅ」
「そもそもだ……敵は人間じゃねぇんだろ?だったら、下らねぇ法律論も無効だ。違うか?小僧」
「ああ、そうだな……と……俺は小僧じゃねぇ……杜若湧輝だ」
「知ってるさ。上のジジイ共が作った下らねぇ民間の部署だろ?専門家か何だか知らねぇが、餅は餅屋って言葉を知らねぇのか?」
「そう言うこと言うンなら尚更俺等に任せて欲しいねぇ。少なくても、俺はこういったののプロだぜ?」
「は……ぬかしヤガレ」
他の捜査員達が、そのやり取りを困った顔をしてみていたのは言うまでもない。

「静戒久しいな」
数分後、対策本部には静戒、高木、斎藤、そして杜若だけになった。
「ええ……二年ぶりくらいですか、警視」
「おっと、俺はもう警視じゃねぇぜ……警視長だ」
「あ、済みません、警視長」
「……しかし、面白れぇ事件だよなぁ」
「そうですか?なら、俺は引かせて貰いたいですね。正直やってられませんから。“餅は餅屋”でしょ?」
「構わんが……風見志郎の行方を聞きたくないのか?」
ソレを聞いた静戒の表情が一変した。
「風見志郎!?」
「そうだ。もっとも、そいつを知りたいのは、お前じゃなくて、後ろの小僧だろうがな」
杜若を一瞥しながらニヤッと笑ってみせる斎藤。

「で、どう言うことなんだ?」
杜若と斎藤は部屋を移した。
「どう、と、言うと?」
「下らねぇ事言ってンじゃねぇよ……風見志郎のこと、聞かせて貰おうか?」
「風見志郎なぁ………」
「…………」
「ま、いいぜ。だがな、コイツは第一級秘密事項だ。ソレを聞くと言うことは……分かってるな?小僧」
「御託はいらねぇんだよ……」
「オーケイ、良い反応だ……なら、教えてやるよ……ウチの公安が探った莫迦みてぇな情報をよぉ」
そう前置きすると、斎藤はおもむろに瞳を閉じた。

「………………面白れぇじゃねぇかよ」
話を聞き終えた杜若は一呼吸置くとそう言った。
その額には汗が浮かべられ、顔にも疲れが伺える。
しかし、その口元だけは嬉しそうに笑っていた。
「そうか、面白いか……なら、行くか?」
「何?」
「南極にだ」
「ほぉ……」



「奏魏さん……コーヒー煎れましたから、どうぞ」
「あ、済みません……」
「いえいえ、どうせ暇ですか……」
暇なのか?
奏魏の頭にそんなちょっとした疑問詞が浮かんだが、あえて気にせず、手渡されたコーヒーをすすった。
「正木さん、斎藤さんって、どんな人なんですか?」
「斎藤さんですか……そうですねぇ……本来はエリート街道まっしぐらって言う方だったんですよ……」
「だった?」
コンバータのメンテの手を休めて、奏魏は正木の話に耳を傾けた。
「ええ……あの人は、人に言われるのが嫌いで滅多に口にはしませんが……――」



「じゃ、行ってくら……」
「しっかし、ホント突然だよな」
「しょうがねぇだろ……環境省の南極観測隊が丁度出るって言うンだからよう。それに、行くなら早い方がいいしな……」
「ああ……ま、死ぬなよ」
「俺を誰だと思ってンだ?最強の改造人間だぜ……」
「そうだな」

杜若が日本を離れ南極に向かったのは、捜査本部が設置された翌日だった。
偶然なのか、それとも何らかの関与があったのか。それは分からないが、環境省の南極観測のための一団がその日に東京湾を出向すると言うことを聞き、ソレに乗船させてもらうこととなったのだ。
そして、その船には斎藤も同乗した。

杜若を乗せた船を見送りながら、奏魏は正木の言葉を思い返していた。



「人に言われるのが嫌いで滅多に口にはしませんが……警察のためと思ってやったことで牙を抜かれてしまった狼なんですよ」
「牙を、抜かれた?」
奏魏の疑問詞に頷きながら正木の口は動く。
「五年ほど前ですかねぇ……警察内で汚職事件が起こった事は知っていますか?」
「汚職事件?」
「………当時の刑事部捜査二課の課長と公安の人事の間で癒着があったんです。それも、ソレを操っていたのは、明自党の幹事長である大城議員でした。その事件そのものはあらゆる方面に手を打ったので、公にはあまり知られていません。なので、ソレを解決した刑事の名も然りです」
「ソレが……斎藤さん……」
「そうです。まぁ、正確に言うならば、斎藤さんはその証拠となる現場を押さえた。実際に動いていたのは、公安のキソウです」
「公安のキソウ?」
キソウというのは、刑事部機動捜査隊の略称である。
「そう。公安の……つまり、俗に言うところの裏キソウというヤツですよ。表立って捜査できない事件を担当する公安部のキソウ」
「つまり……公安のヤマになったんですよねぇ?だったら……何故斎藤さんが……」
奏魏の疑問はもっともだ。
警視庁及び警察庁の暗黙の了解で、内部捜査や大物政治家などの捜査はその事件上、あまり表立った行動ができない。その為に国家公安委員会直属の公安部が動くのが自然である。
さらに、その事件に一般警官が捜査はおろか立ち会うことすらも許されていない。ほんの些細な面からでも情報の流出を防ぐためである。
それに何故斎藤が関われたのか……。
「斎藤さんは、一課のデカですよねぇ?希に、公安と一般部署と兼任している刑事がいるというのを聞きますが……斎藤さんもそうなんですか?」
「いいえ。あの人は捜査一課の刑事です」
「なら、どうして……」
「それは……分かりません……公にならない事件なので、斎藤刑事の件も表だった処罰はありませんでした。しかし、命令違反で動いていたのは確かなので、査問委員会だけは開かれました。ですが、その場で何の弁明も言葉もなく……斎藤さんは全てを自分の中に葬ったのかも知れません」
そう言うと、正木は手に持ったコーヒーカップを机の上に置き窓から外を眺めた。
と、そこで奏魏に新たな疑問詞が浮かんだ。
「……何で、正木さんはそんなに詳しいんですか?」
「…………そんなに難しいコトじゃありませんよ。私も、彼と同じ道に立っていた。それだけのことです」



「斎藤って人は……どっちにしても凄い人なんだろうな……個人の力で刑事一人とは言え、環境省の船に乗せられるはずがない……しっかし、こんなコトなら、結城さんも一緒に行けばよかったなぁ……ま、今更だけどな……さてと、じゃあ、俺も、行くか……」
海に背を向け、自らのマシンに足を進めた。
と、奏魏がバイクを見ると、一組の男女の姿があった。
静戒と高木である。
「あ、どうも……」
短い挨拶をしながらヘルメットに手を掛ける。
「行っちゃったわね、杜若君」
「ええ……」
ヘルメットを被り、グローブをしながら受け答えをする奏魏。
「で、お前はこれからどうするつもりなんだ?」
「どうって……俺はここで出来ることをするだけですよ……杜若も結城さんも行っちゃいましたからね……今日本を守れるのは俺しかいないじゃないですか?違いますか?」
「違うな」
「え?」
そう言うと、静戒はバイクのカウルに手を置きながら言った。
「斎藤さんがなぁ……行く直前に面白いモンを作ってくれたんだよ……」
「面白いもの?」
「そ……貴方や杜若君にとってもきっといいものよ」
「いいって……どういう意味ですか?」

一時間後、奏魏は警視庁の一角にいた。
「………」
無言で立ちつくす奏魏。
「どうした?驚いて声も出ねぇか?」
茶化すように言う静戒。
「……貴方達は……警察はいったい何を考えているんですか!!!」
普段静かな奏魏の声のトーンが一気に上がった。
ソレに反応に困る静戒。そして高木。
「奏魏、くん……?」
奏魏が連れてこられた場所は警視庁の刑事部の中にある捜査一課。その部屋内に仕切られた小部屋だった。
その入り口には尋常ではない看板が掲げられていた。
“刑事部捜査一課対未確認生命体捜査係準備室”
中にいるのは、私服警官が数名。それに、科警研の面々だ。
「未確認生命体って言うのは……冥界の魔物達のことですよねぇ?」
「まぁ、今のところそうなるな」
「それを……普通の人間がどうにかできると思ってるんですか!」
「オイオイ……勝手な勘違いは困るぜ。何もここにいる連中は戦闘のスペシャリストとかそんなんじゃねぇンだ……見た通りの草臥れたオヤジ連中と、恋人は試験管って科学者だけだ」
「おいおい静戒……草臥れたオヤジ連中はないだろう……ただ単に今の若い連中のやり方よりも足での捜査が好きなだけだぜ」
「あ、はは……済みませんね……どうもここにいると口が悪くなっちまって……ま、それも先輩方譲りってコトで……」
「…………それで……静戒さん、ここに俺を連れてきてどうするんですか?」
「どうする?妙なことを聞くなぁ。お前だって単なる民間じゃねぇんだ。ここの参謀がお前だ」
「そう。部屋は小さく見えるかも知れないけど、一時的に全員の顔合わせのための部屋だし。見た通りデスクもないでしょ?正式な部屋は一課の隣の空き部屋よ。元々は資料室だったらしいんだけど、今は使って無くてね。ちなみに長は斎藤さん。副長は私。そして、今龍が言ったように、君がこの部屋の実質上の行動権限者よ」
「………そう言うことなら、尚更解散して下さい。あまりにも危険すぎる……」
「だから言ってンじゃねぇかよ……双十、戦うのは俺と、お前だ。他の連中は情報収集を中心とする基本捜査だけだ。危険はねぇ。それに、もし危険があったとしても、お前が作ったコンバータの量産型はみんな持っている。最も防御面ばっかりで殆ど戦闘向きじゃねぇけどな」
「俺の……FGコンバータの量産型!?」
「ええ、私たちが作ったの……維獅碕さんの指令でね」
そう言い立ち上がった白衣姿の女性はゆっくりと奏魏に近づいた。
「貴方が奏魏双十君ね。子供のオモチャとか思ってたけど……凄いじゃない。あたし達プロの眼から見てもかなりの物だわ。それだけの腕が在れば、NASAとか行って宇宙服作れるんじゃないの?」
まるでからかっているような口調で女性は奏魏の目の前まで来て言った。
「あ、自己紹介がまだだったわね。あたしは科警研の……神谷玲子(かみやれいこ)。静戒君や高木さんとは同期よ」
「………神谷?」
眉をひそめるようにしながら奏魏は神谷の顔を見た。
「神谷って……あんた、まさか結城のおやっさんのトコの研究所にいた神谷さんの……」
「……やっぱり知ってたか。そ、あたしは神谷一郎の娘よ」
「何だ、双十、知り合いか……」
「いえ、知り合いと言うほどじゃ……でも、そうですか……あの時は……すみませんでした」
「別に。それに貴方が謝るコトじゃないわ。ただ単に、ウチの父に運がなかった。それだけのことなんだから」