選果される俺たち

ガラララ、ガシャーン!
轟音とともにシャッターが開き、朝日が俺を射た。すぐに冷たい風が、びゅうと吹き込んでくる。寒い。眠たい。体に力が入らない。ここはどこだ?一体何が起こったというのだ?

 一人の若者が近づいてくる。坊主頭に無精ひげをはやし、くたびれた青い作業服を着ている。そうだ。俺はこいつを知っている。
 昨日、この若者と眼鏡をかけた老人が、突然我々を切りとってはかごに入れ、山を降りたのだ。そして俺はこの真っ暗な倉庫にぶち込まれ、そのまま眠ってしまったのである。

 それまで俺は長い間、畑にいた。のどかな毎日だった。遠くでは海に注いだ光りが、ちらちらとゆれているのが見えた。すぐ目の下では、草が風にそよいでいた。何日かおきに冷たい雨が降って、そのたびに俺はぴかぴかになった。時おりこの男が現れて、何にもいわずに食い物や医薬品を施していった。
 それが当たり前だった。そんな日々を、苦しいとも幸せとも感じていなかった。ただこれが繰り返されていくのだなあと、漠然と思っていた。
 今、はっきりと分かることがある。俺はもう二度と、あの世界にはもどれないのだ。あの眩しい木漏れ日、懐かしい草いきれのにおい、白くひかる空からはらはらと落ちてくる雨・・・。今になって分かる。あのころはすばらしかった。見るもの全てが、輝いていた。俺は幸せだったのだ。
 美しい過去ばかりが、浮かんでは消えていく。
カチッ―
なにやら聞き覚えのない音で、俺の妄想はかき消された。同時に「ウィーン」「ガラガラガラガラ」と、倉庫は不気味な音で満ちた。
「なっ・・・なんだ!?」
たちまち体が沈んでいく。どうやら運命は俺に、ゆっくりと感傷に浸るいとますら与えてくれぬようである。俺はなすすべもなく、わが身に訪れる次なる変化を待った。
目の前に、エスカレーターが現れた。前のやつらが、どんどん吸いこまれていく。いよいよ次は、俺の番らしい。もうどうにでもなれと思った。過去を嘆いていても仕方がない。与えられた運命の中で、思いきり生きるしかないのだ。
 「ままよ!!」俺はエスカレーターに飛び乗った。どんどんと上のほうに上がっていく。ふっ切れたら、何だか楽しくなってきた。


上り詰めたと思ったとたん、今度は下に落とされた。次なるステージの幕開けらしい。見上げると、眼鏡をかけた老人の顔がある。この老人も知っている。
 老人は、仲間たちの中から傷のあるもの、不恰好なもの、青いものを取り上げては別のコンテナに放り込んでいく。俺には傷も青みもなかったので、このステージは、無事通過することが出来たようだ。

竹やぶやおいノベル 第一号

ガラガラというけたたましい音が近づいて来る。今度は何をされるのだろうという不安は、ないでもない。しかし一つ、気づいたことがある。我々は、しごく丁寧に扱われているのだ。決して引っかかれたり、押さえつけられたり、高いところから落とされることはない。彼らは俺たちを、必要としているのだ。
 ならば俺たちも、彼らの期待にこたえるべく精一杯がんばるのみである。出来るだけおいしそうにしていよう。

 

盛られる俺たち

エスカレーターを上る俺たち

色、形、傷を厳しくチェックされる俺たち

大きさごとに分けられる俺たち

 そんなことを考えているうちに、俺はコンベアを降り、ゆるい坂を転がり、穴ぼこの開いた地面がぐるぐると動いているところに差しかかった。一番目の穴は小さくて抜けなかった。二番目の穴で、俺は下に落ちた。結構な高さである。このまま落ちたら、打撲はまぬがれない。しかし不安はない。彼らは僕を必要としているのだから、よもや打撲などさせるわけがない。
トサッ 
俺はコンテナの中に落ちた。下には、やわらかい座布団がしいてくれてあった。予想はしていたけど、うれしさがこみ上げた。
どんどん選果がすんで、コンテナがつみあがっていく。いよいよ俺たちも、出荷されるのだ。俺たちを必要とする人のもとへ、送り届けられるのだ。幾多の試練が待ち受けていよう。しかし俺はへこたれない。みかんとしてこの世に生を受けた以上は、みかん本来の意義を全うすべきその日まで、腐ることなく凛としていたいものである。

                
つづく

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