井の中の蛙大雪原に消ゆ・中編
14:00室堂
視界が少しだけだけど、晴れる!いいぞいいぞ!
一気に滑るポイントが見えてくる。
どうやら、一度山を途中まで登り、そこから山の斜面に沿って
ゆっくり下に向かう形らしい。
ちらほらと、その登った足跡、滑った形跡が見える。
よっしゃ!行くべよ!と、慌てて板を置いた場所へ板を取りにいく。
だがしかし、取りに行く途中でまたしてもガスがたちこめてきた。
その間、ものの数分のできごとであった。
見えないよ!この最悪の濃いいガス!あああん!
でも遠目ではあるが、確かに滑るところは確認できた。
意を決し、行ってみることにする。
スキーブーツにはきかえ、板をかつぎ、荷物をリュックに押し込めて山を登る。
ガスは濃いいが、足跡を頼りに登っていける。
途中、エアをやってるボーダーの横をすぎていく。
見ると、けっこうでっかいエア台がいくつかあるようだ。
いやーしかし。板をかついで登るのはなんともしんどい。
地面は圧雪されていない雪。1歩ずつ歩く度に、ズボズボ埋まっていく。
しかも標高は2500mを越えている。心なしか空気も薄い。
息もぜーぜー。こうなると、もう気分は旧陸軍の八甲田山演習である。
いつのまにか、頭の中にもう一人の自分、隊長殿が現れる。
けろ二等兵(以下兵)「隊長殿!もう体力の限界であります!いつまで登るのでありますか!」
かわず隊長(以下長)「行軍はまだまだ!足跡が多数あるではないか!この跡をたどるのだ!」
兵「しかし隊長殿!この足跡の行く先は、自分達の目標とは違うようであります!」
長「なんだと!」
見ると、今まで目標にしていた足跡は、これから向かいたい天狗平とは
まったく逆方向に滑りだしているではないか!これでは指針にならない!
兵「隊長殿!この濃いいガスの中、これ以上の行軍は危険です!しばしの撤退を!」
長「貴様ぁ!それでも軍人かぁ!!何泣き言をぬかすかぁ!歯を食いしばれぇ!」
パーン!(飛ぶ平手打ち)
兵「こ、この足跡も何も無い雪原を、ガスの濃いい中を、行くでありますか!」
長「当然だ!貴様の目的は何だ!言ってみろ!」
兵「はっ!雄大な立山での春スキーの満喫であります!」
長「その通り!よし!板をはけ!ストックを持て!いざ全軍進めぇぇ!!!」
とりあえず方向はわかっているので、恐る恐るではあるが滑りだす。
しかし、視界の全てが雪とガスで真っ白。
10m進んだだけで、わけがわからなくなってしまった。
兵「隊長殿!何も見えないであります!もう方向がわかりません!」
長「たわけが!耳をすませ!五感を研ぎ澄ませ!」
じっと静かにたたずむと、さっきまでいた室堂のバスターミナルから
バスのエンジン音が聞こえる。
そう、ガスで見えないものの、室堂までは500mぐらいの距離。
このエンジン音で、だいたい方向はつかめる。とりあえずそのまま滑っていく。
でも滑るといっても、視界が悪いために超ゆっくり。
一般のスキー場みたく整地もされていないので、起伏がやたらランダム。
そして雪質が、めちゃくちゃ重い!
この重さは今までに体感したことが無いくらいだ。
おかげでほとんど板が走らない。なかば歩くかんじ。
10分ほど進んだだろうか。もうバスの音は聞こえない。
10分も真っ白のみの視界を進むと、
はたしてこのままの方向でいいのだろうか?何か間違ってないか?
という疑心もでてくる。
兵「隊長殿!もう充分進んだであります!しかし何も変化が起こりません!」
長「ゴールはまだ先ということだ!もうここまで来て後戻りはできぬ!進め!」
兵「しかし、これではあらぬ方向へ行く可能性があります!」
長「愚か者!失敗を恐れてどうする!勇気を持てい!いずれはどこかへ出る!」
兵「そうではありますが・・・・なにか気分もすぐれず・・・あ、あああっ!!!」
と、ここでフラフラして横に転倒してしまった。
長い間、真っ白しか見えない中。太陽だって見えやしない。
そんな中で、起伏の激しい雪原。実をいうと、だんだん酔ってきたのだ。
と、いうよりも、どっちが上で、どっちが下か。平行感覚がバラバラになってきたのである。
そう、俗に言う、なんとか現象である(なんだそりゃ)
いや、まじで、このときは本当に上下わからなくなりました。
今立ってる雪面が、どういう斜度なのか、きついのか緩いのか。
どっちに向かって下ってるのか。さっぱりわからないんだから。
慌てて落ちつくまで、大転倒しないように目を閉じて地面に寝そべる。
じっとしてると、なんとなく落ち付いてきた。
そのまま周囲を観察すると、どうもここは谷らしい。
と、さらにここで目の前に重大な痕跡があることに気がついた。
雪崩だ。
すぐ目の前に雪崩の跡があるではないか・・・・・
さっきロープウェイの上から雪崩の跡を見てきたから、すぐわかった。
たいらに均一な積もった雪ではなく、ボコボコと大小さまざまな雪のかたまり。
「や、やべえ・・・・・・・」
今いるところも、けっこうな急斜面。雪崩の起きやすい春の午後。
滑る衝撃で、雪崩を起こしはじめたら・・・・・!
このとき、生まれて初めて「死」というものを覚悟した。
今までに、車の事故とか色々やってはいるが、
そういうのって、だいたい瞬間的なもの。
だが今回は、死が待ちうけられている、という感じなのだ。
えもいわれぬ、背筋の寒くなるかんじ。頭の中の思考はストップ。
まじっす。冗談でなく。
なんといったって、なにせすぐ目の前に雪崩の跡が見えるんだから。
こいつに巻き込まれたら・・・・・・!!!!!
しかも視界だって確保されていないまま。
助けを呼ぼうにも周囲に人の気配は無い。
もうさすがにこのときには軍隊ごっこも終わり。
頭の中の隊長殿もどっかへ消え去った。
普通のスキー場の場合、管理されているコース内であれば雪崩なんて遭遇することは無い。
しかし、ここは天然の雪山。
室堂のバスターミナルにあった雪情報の黒板を思い出す。
「昨日ボーダーの雪崩による死者1名。登山者の滑落重傷2名
雪崩・滑落による事故が多発しております。充分気をつけて下さい」
(ちなみに後日新聞で読んだら、GW中の日本中での雪山の死者は40人を超えたらしい)
まさに。死ぬよ。このままじゃ俺・・・
慌てて、とにかくこの谷を脱出することにする。
できるだけ雪に衝撃を与えないように、静かにそおっと。
しばらく進んで、岩肌のむき出しの所に出た。
どうやら尾根のようだ。谷は脱出したらしい。
「ふああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
このときの安堵感といったら!ものすごい緊張感から開放されて、全身の力が抜けた。
生きてるよぉ!オニーチャーン!
とりあえず、このままここで立ち止まることにする。
この濃いいガスの中を進んで行く勇気と体力は、すでに残ってなかった。
兵「隊長殿!自分はもう限界であります!衛生兵を!」
長「たわけ!そんなものおらんわ!」
兵「( ̄□ ̄;)し、しかし。自分達はこのままでは、進むも戻るもできませぬ!」
長「うむ。このままガスが晴れなかったら、一晩ここで耐える覚悟が必要であるな。食料の確認!」
兵「500mlのペットボトルの烏龍茶1/3。プリッツ一箱。にごり酒300mlが2本。以上であります!」
長「それだけあればよし!問題は夜の冷え込みだな」
さっきの見た雪情報の黒板によれば、この日の朝8時で気温は氷点下5度。
深夜になれば、想像を絶する冷えこみになるはずである。
よく雪山で遭難して、
「寝るな!寝たら死ぬぞ!」
ってのがあるけど、はたしてこれは氷点下何度までのことなんだろうか。
氷点下何度までは寝てても平気なんだろう。
などとくだらない事を、ぼーーっと考える・・・・
やっぱり俺は死ぬのか・・・・
しばらく待つも、あいかわらず周囲に人の気配は無い。
その後どれくらい待っただろう。気がついたら15時半。
なんと!なかばあきらめていた、ガスが!ガスが晴れてきた!
視界が開ける!いやっほーーーー!!!!
周囲の位置を確認すると、どうやら普通の滑る位置よりも
かなり高い位置を滑っていたようだった。
やはり最初の歩いた軍隊ごっこで、がんばりすぎたらしい(笑)
そして、かなりの距離を移動したつもりだったのに、
まだ室堂から天狗平まで約3kmの行程の、半分しかきてないことにも気がつく。
兵「隊長殿!我々は助かったようです!!」
長「うむ!視界の確保できている間に再び行軍!」
雪の大谷の道路を目印に、ガンガン滑りおりていく。
雪が重いし、斜度も途中からゆるゆるなので、ほとんど直滑降。
いや、雪が重すぎて板が滑らず、歩く(爆)
めっちゃしんどい(^^;
そうこうして、ようやく天狗平に到着。
天狗平山荘でバスの席の予約。
(バスは混雑してるので予約が必要)
スキーブーツから普通の靴にはきかえ、荷物をまとめる。
よくやったよ、俺。
偉いよ、俺。
よく生きてたよ。俺。
ほとんど放心状態でバスを待つのであった。
というわけで、最後の後編へ続く。
〜後編〜