江若鉄道廃線ウオーク 平成28年5月8日(日)
連休のせいか大分気が緩んでいます。快速で近江舞子駅まで行って、バックしてスタートの比良駅に行く予定でした。
読んでいた古代史の本に夢中になっていたからでしょうか、近江舞子駅から引き返えすべく慌てて、
反対側ホームに移動します、その目の前をなんと京都行き電車が、今下りたホームの横から発車して行きます。
集中力の欠如ですね、その電車を見ながら反対側ホームに駆け上がったわけですから。
本が面白かったのはいいですが、ガッカリです。
次の電車では、出発時間に遅れます、今日の参加はアウトです。
今日は見送りにしようと、諦めて後の電車で戻ります。なんと比良駅の上から見ると、未だ下で皆体操をしています。
大慌てで下りて出発している列の最後尾に駆け込みました。セーフです。こんなこともあります。
今日はやっぱりついている日なんでしょうか。
今日は「江若鉄道廃線ウオーク」です、浜大津から近江今津を結んでいた鉄道で、昭和44年JR湖西線の建設に伴い、
廃線となったそうです。結局近江から若狭までの鉄道は未だありません。
昭和44年がつい最近のことと思うのは、年をとっていると云うことでしょうね。47年前のことです。
その比良駅から廃線跡の道路を近江高島駅まで歩きます。
今はサイクリング道路として整備しています。歩きやすい道ですが、湖岸からは離れています。
小生、以前に琵琶湖一周を何分割かで歩きましたが、その道より山側のJR湖西線沿いの道です。
先ほど乗換に失敗した近江舞子駅を過ぎ、樹下神社から北小松駅へ。
岩除地蔵尊を見て、白髭神社が昼食場所です、ここは近江では最古の神社と云われています。
白髭明神とは、高句麗の王「若光」でその年とったときの姿だとも云われています。
謡曲「白髭」とは
勅使が近江の国の白髭の社に参詣すると明神の神霊が漁翁の姿で現れ、白髭明神の縁起を詳しく語り、
比叡山が仏法修行の清浄地として、外道魔物を入れない地となった縁起を語る、やがて明神は真の姿を現して
楽を奏し、天女も龍神も現れて(天皇の)御代を祝う。と云うのがその粗筋です。
祭神は猿田彦命です。紫式部の歌碑、与謝野鉄幹・晶子の歌碑、芭蕉の句碑等があります。
紫式部は父の赴任地へ一緒に移動途中に「白髭神社」へ立寄ったようです。
奥には八幡三所社として、加茂社、八幡社、高良社が祀られています。
高良社がここにあるのも気になりますね。ここは鳥居が湖の中にあるのが特徴です。
食後は鵜川四十八躰仏へ、対岸の近江の守護を務めた六角義賢(よしたか)が、亡き母の供養のため観音寺城
の対岸となるここ鵜川を西方浄土と見立てて阿弥陀如来坐像を造立したのではないかと云われています。
次の「乙女が池」の名前の由来は判りませんが、万葉の時代ここは「香取の海」と呼ばれていたそうで、
万葉集の歌碑があります。またここは大溝城の外堀だったようです。
藤原仲麻呂(恵美押勝)が挙兵に失敗し、高島郡三尾崎で捕らえられ「勝野の鬼江」で斬罪されたと伝えられる地です、
また継体天皇の生まれはここ三尾です、母(振媛)は敦賀の三国の人ですが、継体天皇の二人の妃は三尾から迎えています。
古代史では気になる地域ですね。
その近江高島駅が今日のゴールです。
快適な日和の中、諦めかけていたウオーキングにも参加出来て、古代のミステリーゾーンとも云える近江高島に来て、
ますます古代史から離れられなくなってきました。今日はラッキーな一日でした。
ひょっとしたら、今の私の命もこんな危うい状態で続いているのかも。
コース 14km 時間
JR比良駅(スタート) - 樹下神社 - 北小松駅前 - 岩除地藏尊 - 白髭神社(昼食) -
10:25 11:30-35 11:40 11:55 12250-13:20
鵜川四十八躰仏 - 日吉神社 - 乙女ヶ池 - JR近江高島駅(ゴール)
13:35-40 13:45 13:55 14:05