大津宮を訪ねて 平成26年10月16日(木)
今、小生は大阪府高齢者大学の歴史学古代科を受講しています。
今回天智天皇についての発表を予定。その天智天皇の開いた大津宮の跡の錦織遺跡を見学します。
大津に都のあったのは667年から671年の僅か5年のことでした。
この大津宮錦織遺跡は昭和49年代に初めて宮跡らしき遺跡が発見されてからの発掘です。
来て初めて判りました、ここは住宅街の中です、発掘されているのは住宅が撤去できた場所だけです。
当然のことながら、全体は推測による看板絵図から想像するしかありません。
今のJR大津京駅の傍から近江神宮までの間にいくつかの場所が発掘されています。
その大津京駅から近江神宮まで点在している発掘跡を歩きます。
都で無くなったの後、草野となった大津宮を詠んだ柿本人麻呂の歌碑もありました。
近江神宮は紀元2600年を記念して昭和15年に建てられた神社で、正月には百人一首の大会があります。
時間の都合上から神宮傍の蕎麦屋で昼食とします、蕎麦粉10割の白い蕎麦を頂きます。
ここのご主人話好きです、山形の蕎麦の薀蓄を語ります。おいしい蕎麦でした。
次は京阪電車で近江神宮前駅から別所駅まで移動、弘文天皇陵を見学して傍の新羅善神堂へ、
天皇陵は宮内庁管理のためでしょう、しっかりしているのですが、新羅善神堂への道は荒れています。
この建物は国宝なのにどうしたことでしょう、そういえば周辺の樹木にも手入れされた気配がありません。
元へ戻って博物館を目指します。
途中市役所前にインターラーケンまで何kmの立札があります。ビックリしました。ここ大津と友好都市とのことです。
博物館を見て次は三井寺です。大きなお寺です、正式名称は園城寺で、先ほどの新羅善神堂も境内の一部です。
大友皇子の子大友与多王が天智天皇の念持仏を本尊として建立した寺です。
また閼伽井屋の霊泉は天智・天武・持統天皇の産湯として使われ、そのため御井の寺と呼ばれていたことから
三井寺となったとのことです。後は京阪三井寺駅まで歩きました。
コース 時間
JR大津京駅(スタート) - 大津京錦織遺跡の一つ - 大津京シンボル緑地 - 近江神宮(昼食) -
10:40 10:55 11:20 11:30-12:40
近江神宮駅 = 別所駅 - 弘文天皇陵 - 新羅善神堂 - 大津市歴史博物館 -
13:05 13:10 13:15 13:40-14:10
三井寺 - 三井寺駅 = 皇子山駅・JR大津京駅
14:15-14:40 15:05