池田の公園と寒梅コース              平成26年3月9日(日)








毎日ウオークの今年度最後のウオークです。

少し遅れて着きましたところ、今年度の皆勤賞の表彰中です。

続いて精勤賞の表彰です、多いですね、これで本日参加者の半分位になります。

小生も来年こそは皆勤賞狙いで頑張ります。

ところで、小生ウオーキングの傍ら、今年度は大阪自然環境市民大学を受講していました。

勤めの日数を若干減らして貰いましたが、何とか一年続けて精勤賞を頂きました。

合計40回の講座の内、欠席は会社の都合で、万止むを得ず欠席した2日だけでした。頑張りました。

ところで最後の発表会で小生は「つる植物」を調べたのですが、ビックリしたことがあります。

「葛」は吉野川上流の国栖の人が都に葛粉を売りに来ていて、「国栖(クズ)」の人が売りに来ていたので、

葛粉と呼ばれるようになったとのことです。

驚いたのは、その国栖の人達は平安時代まで、朝廷での新年等の儀式のときに都に吉野から出て来て、

「国栖(クズ)の奏」を奉納していたとのことです。

後で、ある識者に聞きました。都は文化が進んでいる、地方は遅れていると考えるのは今の人の考えであって、

そのころは地方には中国等の先進文化の渡来人と呼ばれる人も多く、彼らが色んな技術を当時の日本人に教えたのです。

紙漉きだってそうですよ、とのことでした。当時の日本人は謙虚にして、またそれを学ぶのが、うまかったようです。

後世の我々こそが、地方を蔑視し、ましてそれに教えを乞う等は思いもよらないことと思ってしまっています。

このことの方が問題かも知れませんね。


今日歩いたところは「豊島(てしま)河原の合戦」と呼ばれる箕面川の河原、室町時代は何もない河原だったところで、

新田義貞と足利尊氏の合戦があったところで、足利尊氏はここから九州へ落ち延びました。もちろん後に尊氏は再度上洛します。

また義経もここを通って尼崎から九州へ落ち延びようとしましたが、風の勢いが強く押し戻されて大阪の南部の方に上陸したそうです。

先生には、もっと歴史を勉強してから歩きなさいと叱られました。


コース         11km         時間

JR北伊丹駅(スタート) - 軍行橋 - エアフロントオアシス - 弁慶の泉 - 豊島野公園 - 水月公園(昼食) - 
      10:10                  10:30-35         10:50       11:20       11:40-12:45    

池田城公園 - 阪急川西能勢口(ゴール)
 13:00-15       13:40

エフロントオアシス 弁慶の泉 梅(フジボタン) 水月公園の梅
池田城跡にて
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