源平ゆかりの地ウオーク 平成24年2月11日(土・祝)
源氏と平家@
京都府ウオーキング協会です、いいですね、大河ドラマと云えば京都は必ず登場します。
今回は神戸のように「平清盛」としなかったのがいいですね、大局的にテーマを付けたのが成功です。
これで平家の悪いところもテーマにできます。
でも今回は平家平家です、先ずいつもの集合場所が梅小路公園、ここが西八条殿跡です、広いです若一神社までです。
若一(にゃくいち)神社が清盛公の住まい跡です、ここには祇王の「もえ出るもかるるも同じ野辺の草いづれか秋にあはではつべき」
の歌碑もあります、仏御前のおはなし、平家物語のお話です。確か清盛公お手植えの「楠木」もあります。
あと西寺跡から矢取地蔵、この地蔵が空海の身代わりに矢を受けたと云われる地蔵様です。
そばに羅城門跡の碑、ここが都の外れです、芥川龍之介の「羅生門」のところです。
あと「六孫王神社」ここは清和源氏の発祥の地です、清和天皇の六男の子、源径基(つねもと)が源氏の始祖とのことです。
あとは東寺を見て、南烏丸児童公園で昼食休憩します、今日は自由歩行ですので早めにスタートします。
新熊野(いまくまの)神社、後白河上皇が清盛に命じて造らせた神社です、次も清盛に造らせた三十三間堂です。
途中に見つけました大門の手前に坂本龍馬の寓居したとの跡の碑。三十三間堂前には後白河上皇の住居跡の法住寺があります。
後は「六波羅密寺」を見て、京都駅がゴールです。
「六波羅密寺」は空也上人の創建された寺です。「ひとたびも南無阿弥陀仏という人のはちすのうえにのぼらぬはなし」とは
空也上人の言葉です。
びっくりしました、六波羅蜜寺で宝物庫を見学して出てくると、女性が倒れていて二人程の人が介護しています。
傍の女性の、こんなに沢山人がいるのに、医者か看護婦さんはいないのかしら。声が気にかかります。
私も何か手伝いをと思いましたが、知識も無く、寺の方が救急車の手配をしているのを見ながら、薄情にもそこから離れます。
我ながら何も出来ない自分が恥ずかったです、程なく救急車が到着したので、安心して六波羅蜜寺をあとにしました。
たぶん「てんかん」の発作だと思われますが、辛かったです。
コース 14km 時間
梅小路公園(スタート) − 若一神社 − 西寺跡 − 羅城門跡 − 六孫王神社 − 東寺 − 南烏丸児童公園(昼食) −
10:25 11:00-05 11:15 11:30 11:40 11:45-50 12:10-20
新熊野神社 − 三十三間堂・法住寺 − 六波羅密寺 − 豊国神社前 − JR京都駅(ゴール)
12:50 13:10-25 13:40 13:55