歴史の町・安堵町から広瀬神社(砂かけ祭り)へ    令和2年2月11日(火・祝)





さてさて小生の好奇心はどこまで行くのでしょう。

昨年、ここの広瀬神社に来たのは丁度「砂かけ祭り」の前日でした。

皆さんが準備をしているのを見学しましたが、本番はどうなのか気になって仕方がありませんでした。

今年、それに合わせて、安堵観光ボランティアの会が企画をしてくれているのを見て、

参加することとしました。

法隆寺駅から歩きます、安堵町内の観光箇所を見て、最後に広瀬神社の「砂かけ祭り」です。

法隆寺は斑鳩町ですし、広瀬神社は河合町です。中にあって安堵町も町内の宣伝をかねて、

広瀬神社の「砂かけ祭り」の宣伝をしています。

安堵町は我慢のボランティアですね。太子道に沿って遺跡は沢山あるのですよ。

先ずは斑鳩町です。

 成福寺跡 --- 創建849年 本尊 聖徳太子十六歳像(現在 奈良国立博物館蔵)
             聖徳太子の葦垣宮跡ではとも云われています。

 上宮遺跡 --- 奈良時代の宮殿クラスの掘立柱建物跡、井戸跡があった。
             建物は称徳天皇の行幸の折の「飽波宮」と考えられる。

 銚子丸古墳 -- 駒塚の南100mの14m円墳、黒駒の舎人銚子丸の古墳と云われている。
 駒塚古墳 --- 全長49mの前方後方墳、聖徳太子の愛馬黒駒の墓との伝承がある。

ここから安堵町です。

 善照寺 ---- 浄土真宗本願寺派 1467年開山、境内に樹齢250年の根上松「富生の松」
             がある。

 広峰神社 --- 姫路の広峰神社を本社とする。ここが聖徳太子の葦垣宮跡ではないかとも。

 飽波神社 --- 安堵町の総社、聖徳太子の夢のお告げにより、牛頭天王を祠に祀ったのが
             始まりとされる。鳥居の額は人間国宝の安堵町富本健吉氏による。

 極楽寺 ---ー 聖徳太子の建立した「常楽寺」の跡と云われる、往生要集の恵心僧都源信が
             1006年に再建し、極楽寺と改めたと云われる。
             境内の別のお堂には「広島大仏」がある。

 高塚 ーーーーー 小さな古墳で、聖徳太子の「タカ」を埋めたとも云われている。

 かかし公園 -- 最近作られた「聖徳太子の大カカシ」と沢山の一般カカシです。

最後に河合町の砂かけ祭りです。

 広瀬神社 --- 大和のすべての川が合流する地点の神社、天武天皇のころ始まった「砂かけ祭り」
             が有名、午前の殿上の儀は拝殿を田んぼにして、田人、牛役、早乙女が苗代作り
             などの所作を行う。午後の庭上の儀は拝殿前の広場を田んぼとして、田人、牛役、
             参拝者が砂をかけあう。盛んなほど豊作となると云われる。

砂かけ祭りの方は小生も20分くらいの見学でギブアップしました。しっかり砂を浴びました。

小学生は雨合羽にゴーグルで参加です、それに最後は砂を持って投げつけてきます。

もちろん砂かけ役は空高く思いっきりまき散らします。

一番喜んでいたのは子供たちでしたね。


コース        10km          時間

法隆寺駅(スタート) - 天理軽便鉄道遺構 - 成福寺跡・上宮遺構 -
  9:35             9:45              10:00   

調子丸古墳・駒塚古墳 - 善照寺 - 広峰神社 - 飽波神社 - 民族資料館 -
    10:10          10:35-40   10:50      11:10-15     11:25-35

文化観光館(昼食) - 極楽寺 - 高塚 - かかし公園 - みゆき橋 -
  11:50-12:30       12:45    13:00     13:15-20     13:40  

広瀬神社 - 法隆寺(ゴール)
13:55-14:25     14:55  

皆さん砂の防御は確かです

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