2006/10/13
今日の妄想。
小汚い自販機の内部から、ゴトン、という音がしてキャサリンは身をかがめた。蓋を
押しのけて落ちてきたタバコを取り出すと、さっそくビニールテープに手をかけ包装を
外し、中からひとつをつまみ上げた。
タバコを購入したことで一息をついた形になったキャサリンは、この一箱を買うために
ずいぶん遠出をしてしまったことを、ここでようやく気にかけた。道路はあるものの
両脇はうっそうとした雑木林が囲んでいて、都市らしいものが遠目から感じられる
程度にしか見えない。そばにいたはずの兵達の姿はもちろん、大げさな音を出す戦車の
ズンとした存在感すらほとんどわからなくなっていた。
それでもまったく焦ることなく、いつも通りにキャサリンはポケットから携帯灰皿と
小さめの百円ライターを出すとタバコを口にくわえた。
人の気配?
火をつけようとしたまさにそのとき、キャサリンは歩く人の音を聞いた気がした。
それも雑木林の中から。
まさか、誰かいるのかしら?
運がよければ、潜伏してる敵のスパイでも見つけることができるかもしれないと、
身体を忍ばせてキャサリンは音のした方へ近づいていった。
土の上ではパンプスも鳴らない。地面は硬く雑木もさほど多くないおかげで歩きやすい。
太い木の幹に寄りかかると、人影を探した。
嗅ぎつけた音の主は、キャサリンの前を堂々と歩いていた。想像よりは容易く正体を
確かめることができたことよりも、歩いている男が呆れるほど見覚えのある狐色の
コートと帽子をまとっていることの方が、キャサリンにため息をつかせていた。
キャサリンは潜めていた身を出すと、相手が気づくようにわざと足音を荒くした。
前を歩いていた男はぴたりと立ち止まったかと思えば振り返り、そしてボソっと呟く
ように話しかけてきた。
「……なんだ、キャサリンか」
「やっぱりビリーなの」
互いに顔を合わせるのは数ヶ月ぶりであったが、ビリーは驚きも動揺も再会を懐かしむ
こともしていなかった。ただ黙ってそこに突っ立っていた。
相変わらずのマイペースなビリーに呆れたキャサリンは、ポケットに預けておいた
タバコを取り出すと、火をつけて煙を吐き出した。
「まったく、ツイてないわ。吸い損ねるとこだった」
じっとこちらを見つめ続けるビリーの顔を睨みながらぼやく。
ビリーは帽子に手をのせて言った。「それは悪かったな」
少しの間が空いた。
「なぁ、やけに静かすぎると思わねぇか?」
周りの木々を見渡しながらビリーが言ったとき、キャサリンはタバコを深く吸い込んで
いたせいですぐに答えることができなかった。
「そうね、言われてみればそうかもしれない」
ビリーはその言葉を聞いて満足したのか、身体を元の方向に戻すと再び歩き出した。
「ちょっと! どこに行くのよ!」
少し声を張り上げたキャサリンに対して、狐色の背中は振り返ることも立ち止まる
こともせずに淡々と答えた。
「この先に丘がある。見下ろせば状況がもっとわかるかもしれねぇ」
しばらくその姿を見つめていたキャサリンは、タバコを再び口にくわえると、黙って
後からついて行った。
丘の上はなかなかに見晴らしがよく、この周辺の様子が見てとれた。
川が二人のいる丘のそばを流れていて雑木林に埋もれていく。デコボコした平野に
自販機のあった道路がズッと一直線にのびており、橋につながっている。
キャサリンはその橋を渡ってきたことを思い出すと、自分達が待機していた場所を
特定することができた。
「……禁煙したんじゃねぇのかよ」
隣に立っていたビリーがぼそりと言った。
「馬鹿ね、嫌がるオトコもいないのに、禁煙してどうすんのよ」
「それもそうだな」
ビリーは懐からタバコを取り出すと、ジッポーで火をつけた。
自分は多すぎるほど吸うくせに、女が吸うのは嫌がるのも相変わらずだわ。
うまそうに煙を吐くビリーに対してキャサリンは再びぼやいた。
「サクテキでもねぇのに、奴らの姿が無ぇな」
「ちょっと!橋の方を見て!」
キャサリンが指した方向を見ると、ブラックホール軍の戦車が川岸に潜んでいるのが
チラリと見えた。二人がその様子を探ろうと気を張った瞬間、ドドーンと大きな音が
して橋が落ちていくのが見えた。
橋は衝撃でバラバラになり、砂煙を上げて壊れていく。
「なるほど、俺たちの隊を島に孤立させる気だったのか」
「馬鹿!」
のん気にタバコを吸い続けるビリーの顔を見てキャサリンが言った。
「いま孤立したのは私たちよ!部隊に戻れなくなったじゃないの!」
「……あ」
ビリーの吐いた煙が風に乗り、丘の下へ流れていった。
つづく
・・・
イイ!ビリー×キャサリン、すごくイイ!!
イードミではできない妄想がいろいろとできますねーw
あ、未成年はタバコ吸っちゃダメですよ。
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2006/10/17
今日の妄想。つづき。
川は大きなうねりをあげて、土色に濁った泥水を押し流している。壊された橋の破片が
美しく流れていたはずの川の水を立派に汚していた。
「やっぱり渡れそうにないか。人が簡単に渡れるようだったら、橋を落とす意味が
無いものね」
キャサリンは向こう岸をぼんやりと見つめていた。ビリーは周囲を見渡し、地面を
睨みながら戦車のいた形跡と移動してできた轍を踏んで言った。
「追跡は性に合わねぇな。なんとか渡れるところがあればいいんだが」
「遠回りしてでも、道を探すしかないわね」
ふぅ、と大げさなため息をつきながらビリーは地面から顔を上げてぼやいた。
「お前の運も尽きたんじゃねぇのか」
キャサリンは顔をビリーに向けて即座に言い放った。
「あんたといると運が落ちるのよ」
川は悠々と流れている。
あてもなく二人が歩き続けても、川幅はさほど変わらなかった。
慣れない運動とブラックホール軍を警戒して気を張り詰めてきたせいなのか、身体は
疲れきっていた。キャサリンのパンプスは土を吸い込んで、色をすっかり変えている。
「ああもう。こんなサバイバルは私の性に合わないわ!」
「同感だな」
キャサリンは立ち止まり、膝に手をついて息を整えた。目の前を歩いていたビリーも
帽子を押さえながら、ふぅふぅと息を切らしている。
黄金色の光を放ちながら太陽が今にも沈もうとしていた。川の水に光が反射し輝いて
いる。雑木林も夕日の恩恵を受けて、赤く身を染めていた。キャサリンの前で人影は
ゆっくりした動作でタバコの煙を吐いた。
「今夜はここで野宿だな」
「ええぇ?」
落ち着いたビリーの声とは反対に、心底嫌そうな声でキャサリンが叫んだ。
ビリーはテキパキと火をおこすと川原の石に腰掛けた。
「……本気で今夜ここにいる気なの?」
ずっと立ちっぱなしでいたキャサリンは「せめて道路まで歩かない?」と続けた。
「勝手にしろ」
冷たくビリーが言い放つと、むっつりしながらキャサリンはビリーの対面に腰掛けた。
空腹でため息が出てくる。何か口に入れたい、とキャサリンは思った。こんなことに
なるなら携帯食でも持ち歩いていればよかった、とも。タバコだけはまだずいぶん
残っているのだけれど。
「こんなとこで火をおこしたりして。敵軍に見つかるわよ」
刺々しくビリーに言うと「そのへんはお前の運でどうにかなるさ」と返ってきた。
まったく、こんなときにばっかり人を当てにしないでほしいわ。
心の中でそうぼやくと、キャサリンの脳裏に思い出が甦ってきた。そしてパチパチと
音を立てる火をぼんやりと見つめながら、ぼそりと呟いた。
「前にも、こんなことがあったわね」
ビリーが顔を上げた。
「マックスが一人で先に行っちまってな」
「慌てて二人で追いかけたら、はぐれてしまった」
「結局マックスに見つけてもらったんだ」
ふふふっと、二人は笑いあった。
笑い声は小さく響いて暗い雑木林に沈み、川の流れに溶けていった。
「……ねぇビリー。あなたはレッドスターに」
「やめな。もう俺たちはあの頃とは違う」
カチン、とビリーはジッポーの蓋を親指で上げながら言い放った。
「お前はレッドスター国の司令で、俺はもうそこの人間じゃ無ぇ」
焚き火のか細い光で帽子の影が伸び、ビリーの表情は見えなかった。けれど帽子の下で
どんな顔をしているのか、キャサリンには分かっていた。そして、その影をじっと
見つめていた。
ふいにビリーが手招きをして言った。
「俺のタバコが無くなっちまった。お前のを分けてくれないか」
「いいけど、あんたの嫌いなメンソールよ」
キャサリンがそう告げると「ちっ」と小さく舌打ちをして、ビリーは手を引っ込めた。
火はゆらゆらと揺れ、二人の影が水面で波を打っていた。
つづく
・・・
えーと。おわかりかと思いますが、次回がメインデッシュですw
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2006/10/18
今日の妄想。つづきのつづき。
夜が更けてきた。
川の水が容赦なく気温を下げていく。雑木林はうっそうとした暗闇に変わり、弱い
月明かりで川原の石がぼんやりと白く浮かぶ。
キャサリンは寒さに身体を震わせていた。
「寒そうだな」
焚き火に枝を足しながら、ビリーが呟いた。両腕を抱えた体制でキャサリンは必死に
虚勢を張った。
「こんなサバイバルは想定外よ。けど不満を言ってもどうにもならないじゃない」
「焚き火程度じゃ、もう足りねぇな」
「川の近くだから余計に寒いのよ。だから道路に移動しようって言ったのに」
「向こう岸の様子がわかる位置にいたかったんだ」
そんな会話をしながら、ビリーは焚き火に砂をかけ、火を消した。途端に辺りは夜の
闇に呑まれていく。目がその暗さに慣れたときにビリーが立ち上がった。
「すぐそこに岩場がある。あそこなら、ここより寒さが凌げるんじゃねぇか」
凍えて声を出せないキャサリンは、静かに立ち上がった。
「こいよ」
変わらぬ口調でビリーが呟いた。ガタガタと震えながら、キャサリンは一歩ずつ慎重に
ビリーへ近づいた。互いに届く位置になったところで、ビリーはキャサリンの肩を
抱き寄せて、己のコートの中へと引き込んだ。キャサリンは腰に手をまわしてビリーの
呼吸を感じた。だんだんと忘れかけていた感触が奥から甦ってくる。その温かさに
負けるとうっかり泣いてしまいそうな気がして、キャサリンは感触を薄めるために
口を開いた。
「あとで後悔するわよ」
ふう、と息をついてビリーがぼそりと言った。
「おっかねぇな」
ビリーはキャサリンの髪に触れ、続けて呟いた。
「レッドスターの司令が川原で凍死じゃ、格好がつかねぇだろう。俺もホイップの
だんなに怒られちまう」
「嫌なオトコ」
キャサリンは顔を上げた。二人の目が合った。その目を見続けながら、ビリーは冷え
きったキャサリンの頬をなでた。そして、そのままゆっくりと距離を縮めていった。
突然、ドカーンと大きな音と光が周囲に響きわたった。二人はすぐにその方向へ
顔を向けた。爆風で木々がざわつき黒い煙が光の傍から立ち上っていくのが見えた。
「そう遠くねぇな。歩けるか?」
ビリーが言い、キャサリンが続けた。
「なんとかね」
二人は爆発の方へと歩き出した。ドンドン、と弾丸の発射する音が絶え間なく聞こえ、
キャタピラの鈍い金属音がうっすらと鳴っている。どうやら雑木林を抜けたところで
戦闘が起きているようだった。
林を抜けると、戦車が向かい合って並んでいる様子が二人の目に入った。青い戦車と
黒い戦車。
「イワンか」
ビリーが言った。
「あら、車が近づいてくるわ」
横を向いてキャサリンが言った。それは見覚えのある赤い車だった。車から身を出して
子供が手を振っている。顔を見ずとも、二人にはそれが誰だかわかっていた。
「じゃあな。オレはあっちだ」
顔を合わせぬまま、ビリーが言った。キャサリンは狐色のコートが動くのを感じた。
「……やっぱり、1本だけタバコを分けてくれないか」
「いいわ」
キャサリンがポケットから箱を取り出すと、さっとビリーが1本抜いた。そして無言の
まま、背を向けて歩き出した。
「おーい! キャサリンー!」
自分を呼ぶ声が近づいてきても、キャサリンはビリーの歩いていった方向から目を
背けることができなかった。タバコの箱をぎゅっと握り締めたまま立ち尽くしていた。
いやだわ、感傷的になっちゃって。
首を振って頭を切り替えると、キャサリンは手に持ったままの箱からタバコを取り
出そうとした。
ふと自分の手が目に入った。触れたビリーの存在が、はっきりと残っていた。
「キャサリンー! 大丈夫か?」
目前まで来たリョウの声がはっきりと聞こえてくる。
ええ、大丈夫よ。
心の中でそう言うと、タバコをポケットに戻し顔を上げた。
去ったビリーの姿は、もうどこにも見当たらなかった。
・・・
イイ!ビリー×キャサリン、すごくイイ!!
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