◇ 国が震災孤児を保護し、養育してください
   公立の全寮制孤児施設の創立を願います
 Kさんは空襲で母親か焼死、父親が大やけどで入院したため親戚へ預けられましたが、幸い父親は命をとりとめ退院できました。Kさんは親戚で孤児扱い、冷たくされたましたが、父親が戻ると親戚がとたんに豹変したといいます。「これほども親がいるのと、いないのでは、親戚の態度が違うものかと驚いた」と集会で証言していました。
 66年前の第二次世界大戦中に、戦争孤児になった子を「国児院をつくり養育しょう」という運動が盛り上がったことがありました。「親は国難に殉じて死亡したのであるから、孤児には矜持を持たせなければならない」という趣旨でした。この構想は敗戦により実現しませんでしたが、当時は戦争で明日の命は保証されていない時代でしたので、いつ親が死ぬかわからない、そうした危機にさらされていましたから、大人は「もし我が子が孤児になったらどうなるか。親のように愛情はかけてもらえない。惨めな生活になる」と危惧、我が子の将来を考え、親が死んでも「孤児は、国が保護し、国児として育て、誇りを持たせよう」としたのではないかと思います。
 現在も、震災、原発事故などで、誰が、いつ、どこで死亡するかわからないという状況になり、もしかしたら我が子だけが残されるかもしれないという、他人事でなくなってきました。我が子や孫が、ひとり取り残されたらどうなるか、と考えてください。
 なにか事変がおきたとき、何よりも真っ先に家族の安否の確認をします。家族が無事だとホット安心して「家族のために頑張らなければ」という気持ちになります。命さえあれば、家族が無事であったなら、この困難をのりこえられると思います。
 66年前の首都東京は、一面の焼け野原になり壊滅状態になりました。東日本大震災の10倍の死者が生じ、300万人が家を失い、難民となりました。何一つ援助がなく、それでも命さえあれば、努力して経済大国になりました。私は日本の底力を信じてします。
 ただ、家族を失った人は元気がでないでしょう。まして孤児は家族の絆を断ち切られ、悲嘆のどん底にいます。訴える術をしらない孤児を救済するにはどうすれよいでしょうか。それは国が保護し、国の子どもとして養育してもらうのが最良の方法と思います。
 全寮制の施設に入所させ、同じ震災孤児同士の仲間がいることで、支え合い、励ましあうことができ、心の傷も癒やされます。親戚へ預けると孤立します。心は癒やされません。
 民間の孤児施設ではなく、国児院のような国の施設を造って欲しいのです。新しい建物でなく、古いホテルのようなところでいいのです。孤児たちはぜいたくは望みません。
一番ほしいのは愛情であり、心の通じ合える仲間なのです。
 このたび震災で死亡した人一名につき500万円が支給されるそうですが、孤児も遺族です。単純に計算して孤児150人で7億5千万円、義援金も加えればかなりの額になり、全寮施設の設立もそれほど難しい問題ではないと考えます。
 そして孤児の個人財産も20歳で自立できるようになるまで、国の関係者が管理してくだされは、将来の人生設計がたてられます。
 日本は少子化で将来が危ぶまれています。国児として養育されれば、誇りを持つ人間に成長するでしょう。国や社会に感謝し、未来の日本を再生させる役割を担ってくれるに違いありません。日本の子どもです。孤児たちに希望を与えてください。

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