


自立の基本は、自分の身の回りは全て自分で出来る事が条件です。
| 現実的に自立とは何か、自分なりに理解すると同時に 直面するバリアにどう向き合い,本人が本当に真剣に考 え行動に移すことができるか自分で判断する事が、一 番大切であると思います。(障がいの程度で困難な場合 があるかも) 障がい者の自立、復帰は障がい者自身が、自ら自立に 向けて何らかの行動を起こすべきであると自分は考え ている。自分自身の自立に対するポリシーは、常に自ら 行動を起こし,自分で物事を解決する志を持つことである。 自立、復帰は障がい者の障害程度により大きく左右され るが自立、復帰が可能かは行政側、病院にも相談を。 自立するには本人の決意が重要と考えます。自分もその 一人であったとと思います。自分はマナアーズ運動が支え |
職場復帰に向けての取り組み方については、最初は自 分でプランを立て、病院側とも相談して今後の復帰(特に OT)について進めてみました。自分のHPにも記載してい ますので読んでいただければ幸です。復帰は自立出来 てからのステップです。 脳外科病院には3ケ月、転院先病院(リハ専門)と合計4 ケ月間の闘病生活でした。リハにもVariousなトライをした。 自分自身も本当に復帰が可能なのか自問自答しながら 復帰に向けてのスタートでした。その自分の行くてには苦 難のバリアが待っていた。 更に復帰は自分にも多くの問題を克服しなければならな い問題があった(勤務先までの、交通手段、言葉、歩行 バリアフリーの問題)次から次と難題があったが、OT、MS W、自分とで解決をして復帰をした。 |
| 自立は障がい者に取って難しい問題ですが復帰するた めには避けて通ることの出来ないバリアだと思います。 本人のマインドの持ち方によっては自立に大きく影響す る可能性があります。自分は幸にしてベットで麻酔が切れ 1週間後過ぎ頃から、自分には自立、復帰するという強い 意志を持つことができた事が大きな励みになった。 自分は多くのバリアに直面して何回か悩み、苦しみ、挫 折がありましたが、それを克服する事が出来ました。 自分は家族の大黒柱として家計(家族)を維持しなけれ ばと言う責任感が大きく動かす事になった要因の一つだ と思います。 |
退院後も外来でリハビリに通い続けていくらかでも良くな る事を願うと共に自己リハビリを近くの長岡山での厳しい 訓練を同時に開始した。 桜の咲く季節に退院し、まだ山は桜が咲いてた季節で午 前中に坂の上り下りの訓練、石段の上り下りと汗が出て 水分補給は水筒持参で訓練を天気の良い日はほとんど 毎日のように行って訓練をした。精神的な動揺があります 足は棒のようになり痛くても休まなかった、山から真っ直ぐ 温泉で体を癒すが効き目はそれほどない。目的を達成す るまではやるしかなかったので訓練、訓練の日々とメンタ ルとの闘いであった。 |
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| 本当に自分にムチを打ちながら、実際復帰してみるとそこには、現職時との違いが明らかに違 いがあった、そこに復帰の難しさがある。勿論自分の仕事が現職時と違いがあるのは理解して いるが障がい者のレッテルの影響が、ここまであるのか嫌と言うほど感じた事はない。 誰でも病気や障がい者になるリスクはあるが、実際自分がなって経験するのは耐え難いことで る。しかし現実は厳しいと言う事を経験をした。結果として現実を認めざるをえないのが、悲し いことでもある。 職場のバリアフリーにしても同じ事が言える、いくら自分が努力しても自分にも限界あることも 知ってはいるが、人間平等に生きる権利は保障されていてもまだまだ日本人の社会の障がい 者に対する認識の無知さにはとても悲しいことです。本当にこれで良いのか、自分に置き換え て考える事が出来ないのは空しさで一杯です。 自立、復帰と、言っているが社会で現実的に受け入れる体制が出来ていないと言っても良いで しょう。景気が悪くなれば真っ先に矛先が障がい者が犠牲者にとんでもない事であるが、それが 現実の社会なのだ。政治も当てにならない誰を信じて生きて行けばいいのか露頭に迷う。 自分は復帰は5年を限定して復職し、そしてリタイヤし、カジを大きく切り人生を余暇に生きる事 を決めた、自分に取っても良かった決断だと思っている。残された人生を如何に楽しく過すかは 自分で判断でされるべきです。(現在は海外旅行をエンジョイしている) 復帰後も様々な問題に直面し全ては自分の判断で決めるしか方法はない。聞きたくない事もあ っが遠回りに聞こえてくるものです。誰が何を言おうと自分に信念があればそれで言いと思いま す。自分が障がい者なになり、人生を生き生きと生きる事が如何に大切な事であるかを学んだ。 |
| 自分に取って自立&復帰迄の長いプロセスは、自分 に取って生涯忘れることはできない、振り返って闘病 生活のいろいろなメンタル面での葛藤や人生の瀬戸 際まで追い込まれた事が何回あったろうか。 回りのサポートや家族の支えもあり、乗り越え目的に していた復帰の5年間は、自分には特に厳しい冬期 間、早朝の車運転には特に注意が必要であり心身と も疲れる日々であったと記憶しています。 過去になったとは言え、自分に取っては今になって言 える事ですが、良くここまでやれたと自分を褒めてや りたい。 途中での様々な諸問題にも臆せず、自分の信念を最 後まで通すことが出来たことは賞賛に値すると信じて います。辛い5年間であった事には間違いない。 |
闘病生活での車椅子生活全てが、復帰後はこれまで病 院で経験した事を実際に職場に移す事になる。階段の 上り下り(バリアフリーも完全でない)は神経の使う場所 であり疲れもピークて勤務が終わり家に着いた時は直ぐ に横になり疲れたの一言です。 実際職場復帰は、自分が考えていた以上に辛い仕事で あった。しかしここで引き下がる事は出来ない、強く自分 に言い聞かせて仕事に打ち込んだのが良かった。 仕事の疲れもあるがそれ以上にメンタル面の疲れが非 常に大きいと言った方がいいでしょう。自分に取っては若 さがエネルギーとなり、職場復帰の5年間を達成出来た と思います。 これまでの辛さを乗り越え、辛い訓練に励んだことが結 果として今の自分があるのだと思います。 |
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