「どうした?」
顔を覗き込むと、その生徒は俯いてしまった。仕方ないので保健委員に視線を投げかけると、困ったように首を傾げられた。
どうやら顔色が悪いというだけで保健室送りにされたらしい。
本人が何も答えなくても具合が悪いのは明白だった。俺はソファーに腰掛けるよう指示して、急いでベッドの用意にかかった。
「利用記録に記入して、体温も計ってくれ」
「はい」
「……大丈夫です、私。授業に出られます」
唐突に勢いよく立ち上がると、それがいけなかったのか体がぐらりと傾いた。保健委員が慌てて腕を伸ばして崩れ落ちるのを避け、少し遅れて俺も手伝って彼女をソファーに戻した。
「おい、大丈夫か?しっかりしろ。俺の声が聞こえるか?」
意識を確認しながら隣に座り脈拍を測る。
トクトク…と急ぎ足の脈は俺を不安にさせたが、俺の問いかけにはすぐに頷いた。
「寝不足か?」
刺激しないように少し声を潜めて問う。
緩く首を横に振った。
「朝食は食べてきたか?」
無反応。
俺が溜息を吐くと、傍で様子を見ていた保健委員が躊躇いがちに口を開いた。
「…あの、海堂先生。梨香、最近ダイエットしてるんです」
「ダイエット!?」
驚いて思わずぐったりとした肢体に目をやってしまった。一般的な高校生よりずっと細い体なのに、何故ダイエットが必要なのか。全く理解できない。
「…いつからだか分かるか?」
「ええと…確か、一週間前には始めてたような……。それからずっとお弁当持ってきてなくて、昼はサプリメントとドリンクだけで」
無茶苦茶だ。俺は呆れ果ててしまった。
女っていうもんはどうしてかダイエットに関心が尽きない。過剰なまでに太っているっていうんなら必要かもしれないが、少なくともこの生徒には必要ないと思う。
そう考えたが、俺は頭を振って打ち消した。
必要だから、こんなふらふらになってまで頑張っているんだ。人の行動には何かしら理由があるはず。
俺はゆっくりと言葉を探していった。
「……どんな経緯があったのか知らないから、俺はダイエットすること自体は咎めない。でもな、一つだけ言うなら食事制限はやめておいた方がいい。お前は今、たくさんの栄養を必要としている時期なんだ」
「…でも、早く、やせなくちゃっ!」
「確かに食べなきゃ体重は減る。けど、鏡で自分の姿を見たか?肌がさがさになって、顔青くして、痩せたっていうよりやつれて。それで満足か?」
視線が泳いだ。
俺は静かに待った。
「………そうじゃ、ない…」
ぽつりと震える唇から零れた言葉に俺は安堵する。
「そうだろ?だったらちゃんと食べて、体調が戻ったら、一緒に他の方法を考えよう」
「い、っしょ、に…?」
「必要ならな。俺はこれでも昔はテニス部だったんだ。その時にちょっと運動のことを齧ったから、運動に関してはちっとは役に立つだろ。それに食生活を見直したいんだったら家庭科の橘先生に相談してもいいし。使えるもんは使っちまえ」
デリカシーに欠けるが体育の桃城先生も使えるし、とかなんとか提案していると、面白かったのか保健委員が控えめに笑い出す。
俺はごほん、と咳払いして倒れた生徒の荷物を取ってくるよう指示を出した。
「…海堂先生って、やさしいね。びっくりした」
俺は彼女の呟きにこそ驚いた。次いで、じわじわと温かい気持ちが沸き起こってくる。
知らず、俺は笑んでいた。
「…ありがとな」
弟を励ますときのように彼女の肩をポンポンと優しく叩いて、俺は立ち上がる。
「吐き気がなかったら、これ食べろ」
「クッキー?」
「アーモンド、平気か?」
「あ、はい。…でも、これって、誰かからの貰い物なんじゃ?」
なんとなく、気恥ずかしくなってしまった。菓子作りが趣味な男って、やっぱりそうそういないんだろうな。
「作ったのは俺だからそういう心配はいらねぇ。味の保障はしねぇけど」
そのままくるりと踵を返して戸口へと向かう。
後ろからラッピングを解く音が聞こえたが、敢えて無視だ。
「親御さんに連絡してくる。保健委員もすぐ戻ってくるだろうから、一緒に待ってろ」
「…はい」
そう告げて、俺は保健室をあとにした。
だから気づかなかったんだ。
その生徒の瞳から、涙が零れていたことに。