急激に冷え込んできたと海堂は曇天の空を見上げながら思った。
すでに自主練メニューの3分の2以上を消化してしまい、あとはクールダウンを兼ねたマラソンが5Kmほど残っているのみだった。
なんとはなしに道端で足を止めると熱を帯びた体を凍えた空気が吹きぬけた。
今年は12月になっても全国的に温暖な気候が続いていたので、それで海堂は一気に冬の気配を感じ取ったのだった。
「いくら寒くなったからといっても、そうそう東京に雪は降らないと思うが」
言葉と共に当てられた熱量に海堂は思わず飛び退いてしまった。
振り向いた先にいるのは、やはりメニューを組んだ乾だ。
乾は海堂の反応に少し眉を顰めた。
「海堂」
「な、なんスか!いきなり人の顔にあちいもん押し当てて!」
「そこまで熱くないと思うよ?冷え性の俺が持てるくらいだし」
そう言って乾は手の中の缶を放った。
海堂は慌ててキャッチする。
「先輩の奢り」
「……どうもっス…」
ぺこりと両手で持ったままの礼に乾は笑って、ポケットからもう一缶取り出した。
温かい缶の周りの空気が揺らめいて見える。
「このまま送っていくから、今日はもう走るの止めて帰りなさい」
「なんでっ…!?」
すっと近づいてきた乾を睨み上げた海堂だが、理由は殆ど分かっていた。
「寒気が来てるの知らないはずないだろう。今日はあまりにも寒い。あの量のメニューをやったら逆に不調をきたす」
「…、だけど」
「もうすでに体がかなり冷えてる。汗掻いたら余計に熱を奪われるから。早く家に帰って温まりながら筋肉をマッサージした方がいい」
「………………」
「な、海堂」
ダメ押しに缶を持つ逆の手で肩を包まれて、海堂は息を吐いた。
吐き出した息もはっきりと白い。
まるで雪のように。
「……代わりに、家に寄っていってくれますか?」
乾は海堂の提案に息を呑んだ。
けれども次の瞬間には海堂と同じ白さの雪をつくりだして返答した。
「よろこんで」
寒い寒い冬の夕暮れ。
海堂は両手で、乾は片手に暖を持って向き合う。
けれども一番温かいのは。
二人触れ合う部分だ。
二人の雪は、互いの唇で溶けた。
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