拍手御礼SS 「太陽の劣勢」


ふと気がつくと、もうだいぶ日が傾いてしまっていて、窓から差す陽の光はオレンジ色だった。

目線の高さになった大きな夕日に乾は思わず目を細めた。
読みかけの本を右手に持ち直し、左手の腕時計に視線を移せばここを訪れてから2時間経っている。
レシピ本と栄養学の本を返して次なる本を物色している内に一冊に読み耽ってしまったのが原因だ。

乾はポケットから取り出したメモ帳から一枚破り取ると今読んでいたページに挟んで、その本を借りるべく寄り掛かった棚から身を離した。

「物色終わったんスか?先輩」

出ようとしていた通路の反対側からやって来た人物に乾は珍しいことに頭が真白になった。
しかし、それも一瞬のことで、乾はすぐに返答した。

「珍しいな。お前が図書室に居るなんて。どうしたんだ?」
「‥明日、小テストがあるんスよ」

見れば脇に教科書とノートを抱えている。
乾は少し疲れたような表情の後輩を見て、思わず彼の夕焼けの光を孕んだ髪に手を伸ばした。
仄かに温かい髪が、さらりと零れる。乾は何度も何度も海堂の頭を撫でた。

「もしかして随分ここに居た?」
「え、あ‥はい」
「黒は熱を吸収する色だからね。髪が温まってるよ。陽が当たる場所に座ってただろ」
「‥西の、窓際に居ました」

体温より少し熱い髪に乾は苦しくなる。
どのくらい同じ空間にいたのだろう。何故気づかなかったのだろうと、責めた。

海堂は乾の推理力に瞠目し、そして乾の様子に気づいた。
まただ。海堂は視線を斜め下に落として心の中で呟いた。

乾はたまに、こうやって海堂の頭を撫でたり肩や背中を叩いたりしてくることがある。
海堂が頑張っている時や落ち込んでいる時など状況は様々だが、その度に海堂の胸は音を立てて軋んだ。
他意は無いのだとどれだけ自分に言い聞かせても、乾の自分を見つめる瞳がつよすぎて推測を捨てきれない。だから海堂はせめてもの抵抗に俯くのだ。乾を見ていたら認めてしまいかねないから。

「‥海堂は、俺がここに居るって知ってたんだよな?声かけてくれればよかったのに。理数系苦手でしょ?教えてあげたよ」

海堂が困っていることが見て取れたので、乾は海堂を開放した。いつものパターンだ。

「そうっスけど‥。これ以上アンタを頼るわけにはいかないっスから」
「海堂‥‥‥」

乾だって分かっていた。
テニス部の、面倒見が良い先輩と少し無愛想な後輩。
それ以外の関係性を築いてしまったら、すべての均衡が崩れてしまうことは目に見えている。

認めては、いけないのだ。絶対に。

「あのさ、海堂」

「良かったら一緒に帰ろう」

そのくらいは許してくれるだろう?という意味合いを込めて、擦れ違い様に肩をぽんぽんと叩いた。

海堂は本を借りにカウンターへと向かう乾をゆっくりと目で追って、嘆息した。
海堂は窓越しに茜から濃紺に変化する空を見た。
太陽が闇に飲み込まれる様子をどこか愛おしく眺めた後、その場を離れた。



◇おわり◇



2006.07.22 収納



【ブラウザバックでお戻りください】