歴史侍 七の太刀 作、工藤 麗 平成17年9月

 「忍者」そう聞いただけでわくわくしてくる。手裏剣を投げ、風のように走り、高く飛ぶ。池の中に潜み、天井に張り付き、敵に気づかれることなく一撃でしとめる。そんな姿に自分を重ね合わせて想像し、にやりとしてしまう。

 忍者の歴史は意外に古い。戦国時代のイメージが強いが実は飛鳥時代からその存在が確認されている。つまり有史以来忍者はいたといってよい。彼らの仕事は飛んだり跳ねたりして敵をやっつけることだけではなく、諜報活動が主なものだ。戦や生き残りをかけた争いごとなど、他者との競争の際、情報の重要性というものは時代を問うものではないらしい。

 彼らの最大の魅力はなんといっても忍術だ。「木の葉隠れの術」や「水遁の術」など、忍者だけに身を隠す術が多いのだが、その中で普通の人にもできそうなのが「観音隠れ」だ。観音隠れとは、植木や立ち木、壁や塀などの近くに寄り添い、大胆に棒立ちし、袖で顔を隠し目だけ出して息を止める。これが敵の意表をついて意外と見つからないらしいのだが、さすがに現代では通用しなさそうだ。大の大人が顔を隠し、棒立ちしていたら間違いなく怪しい。忍者ごっこは程々にしたほうがよいが、興味がある人はぜひ試していただきたい。あるいは本当に見つからないかもしれない。

 東京都新宿区の西念寺にあの服部半蔵の墓がある。服部半蔵は徳川家康に仕えた忍者だが「槍の半蔵」として恐れられ、忍者としてより武将として多く働いたようだ。江戸城(現皇居)の西側にある半蔵門。半蔵の屋敷が近くにあったことからそう呼ばれているのだが、この門は万が一落城の際、甲州街道を通り甲府城へ落ちる為の重要な門だった。家康の信頼が厚かったことがわかる。西念寺には半蔵所要の槍が現存しているが、数年前私が訪れたときは見ることはできなかった。 ・・・? 忍者のように忍び込んで見ればよかったのか?もしも見つかりそうになったそのときは・・・、「観音隠れ」だ。

戻る