またまたNew Job 
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その1
その2



これまでの・・・年表?
さて、また年月が経ってしまいました・・・普通の人ならこうも仕事の話題がコロコロ変わったりはしないのでしょうね。先日、父の事務所で働いてる従兄弟(会計事務所なので彼も最近税理士資格を取った)に年金手帳のコピーをお願いしたところ、「わっ、すっげー転職数!」と大声出されてしまいました。

ちなみに、ざっと職歴を年表にしますと・・・

旅行代理店に新卒で入社
  ↓
(2年半)
  ↓
退職、半年間秘書専門学校
  ↓
外資系農薬会社に秘書として就職
  ↓
(5年弱)
  ↓
退職、デンマークとオランダに留学
  ↓
(1年半)
  ↓
手芸店でバイトのかたわら、編物講師としてパート勤務
  ↓
(約2年)
  ↓
新宿のサラ金会社の海外事業部に就職
  ↓
(3ヶ月)
  ↓
部長と大ゲンカ、社長に告げ口されてクビ
  ↓
派遣社員として外資系IT企業に秘書として勤務開始
  ↓
(2ヶ月)
  ↓
正社員として就職
  ↓
(4年半)
  ↓
部署異動、ヘルプデスクとして勤務開始
  ↓
(5年)
  ↓
退職、派遣社員として外資系車両パーツ会社に勤務
  ↓
(3ヶ月)
  ↓
契約終了、Linuxを勉強するため学校へ
  ↓
(3ヶ月)
  ↓
派遣社員として外資系アミューズメント会社に勤務
  ↓
(1年1ヶ月)
  ↓
契約終了、母が入院したためしばらく看護
  ↓
(半年)
  ↓
派遣社員として某通信会社から某エンターテイメント会社に委託派遣
  ↓
(2ヶ月)
  ↓
契約終了、8月10日より外資系不動産投資顧問会社に勤務予定

ほんとだ、なげっ!!
さて、この中で後半のアミューズメント会社から現在までを・・・

とってもいい会社なんだけれど-o(´^`)o ウー
前回もちょっと書いたかもしれませんが、このアミューズメント会社は世界的に(誇張ではなく、ほんとに)有名な会社で、最初派遣の話をいただいた時は正直言って驚いたものです。

でも、はいってみると正社員は6割くらい、後は契約社員と3割近くは派遣社員でした。最近はそういうところが多いらしいですが・・・
はいった部署はITですが、周りを見ると有名なキャラクターのぬいぐるみやらフィギュアやらがいたるところにあり、最初のうちは頭がクラクラしそうでした。

ユーザーの方々は今までヘルプデスクで対応していた企業の中では比較的穏やかで、のんびりしているタイプで、そういう意味では仕事はとてもやりやすかった。
1年以上も続けてこれたのも、そのおかげだと思います。実際、正社員のお話もいただいたのですが、どうしても踏み切れなくて、結局辞めてしまいました。

仕事の問題、というよりも、人間関係の問題ですね。それもごく身近な。
後半はもう何も言わずに黙って過ごしていたのですが、正社員になればいつかは大衝突しかねない、そうなったら嫌な雰囲気を引きずったまま仕事をしなければならない。
それならばいっそ、私が完全に引こう、と。

この理由は誰にも話さず、契約満了という形で終わりました。ちょうど同じタイミングで12月末に母が入院してしまったので、そのまま母の看護という生活にはいりました。

長い冬の看護生活
母の病気は、骨そしょう症による圧迫骨折、外科ではありますが、入院するまでは全身痛い状態になっていて、夜寝ることもできない状態でした。

最初の診断では、入院は2週間くらい、という話でそれなら1ヶ月間をおいてまた仕事を始めれば、という感覚だったのですが、医者が腰の部分にもっと大きな骨折があるのを見落としていたり、院内感染で肺炎から持病の喘息を併発したりで、入院は1ヶ月になり、そのまま病室を移ったりして2ヶ月になり、3ヶ月にはいり、都度派遣会社の人には勤務開始時期を延ばしていただいて新たに仕事を紹介してもらうことになりました。

3月末にようやく母は退院しましたが、長期の入院のため体力も落ちており、退院しても今度は週何回かのリハビリを初めとした通院があります。退院当初はとても一人で通院できる状態ではなかったので、私が付き添うことになりました。

冬の間、毎日のように北風の中を20分歩いて入院していた母のもとへ通ったことを思えば、季節は明るい、暖かい陽射しに変わり、行きはタクシー、帰りはゆっくり自宅まで母と二人で歩いて帰る、という生活は何よりほっとするものでした。

そして1ヶ月たち、母も家の中の仕事は少しずつできるようになり、通院も一人でタクシー使って行けるようになりました。そろそろ私が社会復帰せねば。といってもなかなかタイミングよくいいお仕事は見つかるものではありません。

そんな時、2ヶ月間の短期のお仕事で、ある会社のPOS(レジシステム)のサポートセンタを立ち上げるにあたってフローチャートを書いてほしい、というお仕事が来ました。フローチャートは問題が発生した場合いくつかのテスト項目に対してYesならこう、Noならこう、と判断の基準を作るもの。今までの仕事でもやったことがあるし、もしかしたらこういう仕事からフリーランスのきっかけがつかめるかも・・・と思って6月からこのお仕事に就くことにしました。

信じらんない、これが大企業!?
この仕事、依頼は某大手通信会社からのもので、この会社が今度これまた某(カラオケで有名な)エンターテイメント会社のPOSシステムのサポートを始めることになったから、というものでした。

ところが、仕事開始の2日前になって、大手通信会社(A社)から、「委託契約となっているので、派遣社員ということは先方には言わないでほしい」と言われたのです。

つまり、嘘をつけってことです。

それに、仕事を始めてわかったのですが、先方の会社(B社)に常駐するのは私一人。誰も同じ立場の人はいません。たった一人で、嘘をついていることを隠してお客様企業の中で仕事をするのは、精神的にものすごく辛いことでした。

派遣会社にも辛いと訴えたのですが、「2ヶ月間だけ、我慢してください。」と拝み倒され、確かにすぐほかの仕事が見つかるわけでもないので、なんとか我慢してがんばりました。

でも、このことだけではなく、このA社、本当に大企業なのか!?と思うことだらけでした。


・仕事の背景に関して(B社との間でどこまで話が進んでいるのか、どういった情報がほしいか、など)の説明が最初からなく、10日たってから「まだ説明してませんでしたか?」と連絡があった。
・情報をメールで送ってもきちんと読んでいない、もしくは読むのが遅れていて打ち合わせで双方の情報レベルが合わないのが毎回のようにあった。
・最初の私のB社との作業報告に「同席していただけませんか?」と私がお願いするまで同席する意思はまったくなかった。
・通常、派遣の契約更新は契約終了の1ヶ月前に行われるが、担当者から派遣会社に連絡がはいらず、契約終了の10日前になってやっと連絡がはいり、更新の依頼が来たが、予算の都合ということで1ヶ月間があいた形になっていた。

もう、呆れてものが言えない状態だったので、当然のことながら更新はせず、とにかく2ヶ月間のお仕事だけをきっちり終わらせて終了しました。

最終日、B社の担当の人に、「本当に大丈夫ですよね?8月から阿部さんがポーンと抜けちゃって、また同じことを最初から説明しなきゃならないなんてことにはならないですよね?」って念を押された。 確かに、私が抜けるのに引継ぎ一人来なかったから、不安というか不審には思うだろうなぁ。 それに、今まで私が送った情報をA社がどこまで目を通して理解しているかにもよるんだけど・・・・また最初から説明する可能性は非常に高い、と思ったんだけど、「大丈夫ですよ。」と答えてしまった。(^_^;)

今頃、どうなっているだろう・・・

そろそろ落ち着かないと
このページを書いているのは、前のA社の仕事が終わってすぐ。

8月10日から、赤坂にある外資系不動産投資顧問の会社で、ヘルプデスクとして勤務する予定です。
またまた、派遣です。

フリーランスになることも考えたけど、母のことがあったり、A社の仕事の経験から、自分が健康でもいつ仕事ができなくなる状況が来るかもしれないこと、そしてどんな条件の仕事が来るかわからないこと、を考えて、そろそろ一箇所に長期で落ち着いてできる仕事をしようかと考えました。

従兄弟の言葉ではないけど、社会保険の手続きも都度やらなきゃならなくて、結構面倒だし。

今度の仕事も、内容は今までの経験でどうにかいけそうですが、実情というのは実際働いてみないとわからないので。
とりあえず、がんばってみようかと思います。