連載7回目

みんな良い人…なのか

 日本という国で日々生活を送っていると、この国の人たちが他人を甘く見すぎる傾向があるのではないかと考えることがある。無論全員そういう傾向があるとは限らないが。
 ここでいう“他人を甘く見すぎる”とは、公共の場などで赤の他人を本質的に善良な人だと思い込むことを云う。性善説に依存していると云えなくもないような気がしてならないが、ちょっとニュアンスが異なると思う。要は殆どの人はいい性格をしている為、自分に危害を加えることはないだろう、という過信を無意識に抱く傾向があるのではないかと云いたいだけである。


 なぜこのようなことを最近になって考えるようになったかと云うと、近々海外に留学することになったからだ。いくら国内メディアが凶悪化する犯罪や公共の場でのマナー悪化についてあれだこれだと取り上げても、アメリカや欧州諸国などと比べれば、日本はまだまだ安全な国だと思う。現に若い女性が一人で地下鉄の最終電車に乗って無事に家まで帰れる時点で半ばそうだと認めざるを得ない。アメリカなどの場合よほど根性が据わっていなければ、老若男女問わず一人で深夜に走る電車になんて乗れたものではない。

 そのような平穏な国に身を置いていると、人間の性とでも云うべきなのか、廻りに対する警戒感が自然と薄れてくる。この警戒感の薄れを良く云ったら、廻りの人たちを無意識に信用しているとでも云った方がいいのだろうか。街なんか歩いていると、ジーンズの尻ポケットに財布が半分以上見える様に突っ込んで歩く人達を散見する。その格好を見る限り、どうぞスリをして下さいと云わんばかりである。恐らく見栄えの良さを意識したうえでそのようなことをしているのだと思うが、財布を突っ込むに当たっては、誰も盗みはしないだろうという過信が無意識にあるのかもしれない。「人間は本質的には良いのだから・・・」と。

 また、自分の経験を挙げるようで恐縮だが、以下のようなこともあった。
 私が普段行くスポーツジムのロッカー室での話。ジムのロッカーは暗証番号を入力することによって施錠・またその解除が出来るようになっているのだが、その日ワークアウトを終えてロッカーに戻り、施錠の解除を試みたら、番号を入力するボタンが反応しなかった。ちっ、これは困ったなと思いながら、ロッカー室に備え付けの電話でフロントの人に事情を説明し、係の人を呼んでもらった。
 係の人が来るまでの間、どうやってそのロッカーの使用主が自分であるかを証明するか考えていた。係の人に開けてもらって、中に入っている財布から学生証を出して証明した方がいいかなんて考えていたら、係の人が颯爽と私のもとにやってきた。
 「おまたせして申し訳ありません」
 「あ、いえ。このロッカーです。お願いします」
 「分かりました、少々お待ち下さい」
 そう云いながらポケットから鍵を出し、ロッカーの扉を開けた。
 「あ、ありがとうございます」
 そう云いながら、証明について何か云おうとしたら、係の人は悪意の無い笑みを浮かべながら会釈してこれまた颯爽とロッカー室を後にした。
 どうやら証明についての話は杞憂に終わってしまったようだ。そしてその時起った出来事のあまりの軽さに思わず拍子抜けしてしまった。なぜなら、使用主の確認をしなかった他に、暗証番号の入力ボタンの操作も確認しなかったからだ。これじゃあ何かしらの犯罪が起ってもおかしくはない。
 細かく説明するのもアレだが、盗み目的なら適当にロッカーを選んで、そのロッカーが開かないと云って係員に開けてもらい、中の貴重品を盗むことだって出来る。これで貴重品はロッカーにしっかりと保管して下さいなんて云っているから困ったものである。たまたま私のケースを担当していた係が若干抜けていたらいいのだが、もしほぼ全ての従業員が何の確認もなしにそのようなことをしていたら、客は客であまり落ち着けそうにない。尤も、そのような手口の犯罪が起ることを気にかける人が居たらの話だが。ジム側の従業員も良く云えば客を信用し、露骨に云えば、まさかうちの顧客に限ってそのようなことはしないだろうと高をくくっているのかもしれない。

 ざっと私の経験談も含めて例を二つ挙げてみたわけだが、日本人は他人を甘く見る傾向があると断言しているわけではない。あくまでもこういった傾向があるのでは、と提起しているだけである。

 でも仮にその傾向が本当だとしたら、それが振り込め詐欺の被害を拡大させた数ある理由のうちの一つと考えても差し支えないのではないだろうか。もちろんそれが最大の理由ではないのは百も承知だが。

 散々書いた挙げ句にこう云うのも何だが、別に他人を良く評価することがいけないと云っているわけではない。少なくとも疑心暗鬼に苛まれて、精神的負担を積み上げるよりかはよほどましだからだ。ただ、日本人は他人を無意識に善人だと思いすぎる傾向があるのではないかと思うだけの話で、このままだったら新種の犯罪が容易に発生しかねないと取り越し苦労とも云えるような危惧を抱いているだけである。国家の外交や安全保障政策に関しても似たようなことが云えるのだが、まぁそのことに関しては青二才である私が言及することではない。



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