【SSS日記ログ。】
-------------------------------------------------[タロナカ]
-------------------------------------------------[MZDxMr,KK]
-------------------------------------------------[Mr,KKxベル]
-------------------------------------------------[タロナカ・バレンタイン]
【太陽】
太陽のようだと、言われた。
「いつもの事じゃん」
いや、そりゃそうなんだけどね、結構色んな人に言われてるけどさ。
あの、ナカジに、だよ?
「へぇ、何かまずいのか?」
なんかさ、こう…あぁしまったぁ!って言うか、もうおしまいだぁ!…みたいなのって何て言うっけ?
「はぁ?………致命的?」
そうそれ!なんかさ、致命的な感じが、するんだけど。
「…何が?」
だってさ、しかもさ、だから近くにいるのが辛いとかまで言われちゃったんだよ?
「それはいつもだろ。煩いから近づくなとか、しょっちゅうじゃん」
違うんだって。
なんていうかさ、太陽ってさ、いっつも完全っていうか、何でもかんでも平等に照らすとか絶対っていうか、強いっていうか間違わないっていうか。そんな感じするじゃん。
欠けないって感じ。
…って、ナカジがいつだったかそんな事言ってたんだけど。
俺って太陽じゃないもん。それなりに裏表…はあんまないのかもしんないけど、失敗とか間違いとか弱いトコとかひいきとか下心とか、あるわけよ。
「そりゃあなぁ…ってか、ありまくりじゃね?特に下心あたり」
うっせー。
「まぁでもほら、太陽も欠けるって」
え?
「日食」
あ。
「あれってさ、太陽が月に食われて欠けてんだよなぁ」
―――それいい。
「は?」
俺、日食がいい。
「…はぁ?」
まずー、ナカジを月に例えるでしょ?
「…おう」
何か、影がある感じが似合ってるじゃん。
で、俺を太陽だとか言ってたナカジが、その俺の存在を侵食するわけよ。
「……うん」
だから、日食。
「………お前、ナカジに食われたいわけ?」
どっちかってったら俺がナカジを食べたい。っていうか、食べるっていうか食べてるっていうか。
「月食じゃん」
違うの、俺の存在がナカジに侵食されてんの。だから日食なんだって。
「ああ、そう」
うん、そう。
「幸せそうね、タローちゃん」
おう。
窓の隙間ともいえないような隙間から、影を滑り込ませて鍵を外させて不法侵入。
でもこちとら神様なので、つまり法も何もあったものじゃないわけで、よって不法侵入という言葉は撤回。
微かな音も立てずに忍び込んだ部屋の中で、訪ねた人物は赤に塗れて倒れていた。
溜め息をひとつ。
一瞬動揺した自分と、わざわざ訊ねてやったというのに無視を決め込む部屋の主へ。
「あーと、うん―――帰っててくれ、影」
ふいと手を振って、自分の力を厄介モノのように追い出した。
ああ、相変わらず殺風景な部屋だな、と思った。
だからやけに赤が映えるんだろう。
【カミサマには越えられない境界線】
「ぅ…」
自分が上げたらしい呻き声で目が覚めた。
続いて鈍痛。体の一部を持ち上げられる感覚。触るな、と腕だか手だかを払おうとして、漸く頭が現状を理解した。
視界に映りこんだのはよく知った相手だ。
「…神…」
別に祈ったわけじゃない。
ただ、その相手を通称で呼んだだけだ。本名など知らない。ないのかもしれない。
「あ、気がついたかけっけ」
普段と寸分違わぬ気楽な口調で言って、しかしその手の動きは止まらない。
何をしているのかと不思議に思っていたら、腕がじくじくと痛んだ。怪我をしている部分を神が無遠慮に触っているせいだ。
数秒その様子を眺めて、傷口を綺麗にしているんだと気付く。
寝起きのせいか、血が足りないのか、脳の回転は普段よりずっと緩慢なようだ。
「お前ね、この俺がわざわざ訪ねてやったら血塗れで倒れてるってどういう了見なんだよ。傷の手当てもろくにしてねーし、仮にも神である俺様の手を血で汚すなんていい度胸してんじゃね?」
そういえば、あまりの疲労に傷の根元を縛って止血をしただけで意識を手放したような。
ぱっと見た所大事な血管や神経が傷ついている様子もなかったし、手当てを後回しにしたような。
「…頼んでねぇだろ」
「…てめぇこの、傷口に指突っ込んでやろうか」
それはさすがに勘弁してほしい。
謝罪のかわりに口を噤んで、いつも神の男の背後で蠢いている影がいない事に気付く。
珍しい。いつもなら、ちょっとでも面倒な事はすぐに影に押し付けるくせに。
「影は、」
血で汚れるなどとぼやくくらいなら、俺の傷の手当てなどそれこそ影にやらせればいい事だろう。
言外に言えば、サングラス越しの視線が俺の顔を見る。今日会って初めて、視線が腕から外れた。
「帰らせた。余計な事しそうだったからな」
いつも余計な事をするのはお前の方だろう、と思ったが、傷に塩でも塗られたらたまらないので声にはしない。
視線は俺から外されて、部屋に備えてある救急箱からガーゼと包帯を取り出し案外器用な手つきで手当てをしていく神というのは、なんだか普通の人間のようだ。
「けっけ、神様ってのはさ、基本的に誰かを特別扱いとかしちゃいけないわけよ」
突然、脈絡のない言葉。
ガーゼが適当な大きさに切られて、血の滲んでいる傷口に当てられる。
「まず前提として、この世界に存在するものの運命に介入するのが御法度なんだ。特に、生きるとか死ぬとか、そういう大きな流れには」
厚めに宛がわれたガーゼの上を、ゆっくりと白い包帯が覆っていく。
似合わない光景。
「で、運命に介入できない神様である俺の力の大半を担ってんのが影だ。ぶっちゃけた話、やろうと思えば死ぬはずだった人間の寿命を延ばすことも出来るし、死んじまった生き物を生き返らせる事も出来る。やったらまずいことまで、出来るわけよ」
巻き終わってから、どうやって包帯の端を止めるか思案しているようだった。
結局、テープで適当に貼り付けられる。こんなところだけ仕事が雑だ。
使った後のテープを適当に放り投げやがったが、まだ話の結末が見えてこなかったので黙ったままでいる。
指先が少し赤い。
「ここに影がいたらよ、お前の怪我治しちまいそうだったんだよ」
余計な事というのは、そういう事か。
「―――これは命に関わるような怪我だったのか」
そうとは気付かなかった、と真顔で言ったら、傷の上を叩かれた。ふざけたのが気に入らなかったらしい。
「跡は、残るだろ。擦り傷くれーならともかく、そういう怪我を治すのはあんまよくねぇんだよ。それに…一回やったら次もやっちまうかもしんねー」
一度やったら二度、二度やったら三度。
最初はそうでなくとも、最終的にそれは俺の運命を変え必然であるはずの死を遠ざけかねない。
「俺ってば神様だからさ、けっけに長生きしろ、とか、死ぬなー、とか、言えねーんだよ。俺が願っちまうと」
本当になっちまう。
わざとらしくため息混じりに、少年の姿をとった神様は呟く。
見た目や言動にまるで似つかわしくなく、気の遠くなるような歳月を生きてきたであろうこの存在は、嘘や隠し事が上手い。
悲しいほどに。
「神様ってのは全く持って真実、好きなヤツの為に願うことすら出来ねーんだ」
悪いな、と。
これっぽっちも悪いなんて思っていない口調で、そいつは嘯いた。嘘の上手い神様は、そういう喋り方が似合うのだ。全く、厄介だ。
「んな事、とっくに知ってる」
別に、自分の不注意で負ったこの怪我を治して欲しいだなんて思っていない。
いつか命に関わるような窮地に陥ったとしても、助けて欲しいだとか言うわけがない。
まして永遠の命で神様と生きるなんて、考えた事もない。
その程度の想いだ、というわけじゃ、ない。
「俺は人間で、お前は神様だ。そうだろう?」
むしろ、互いの想いと立場の両方を思い知っているからこそ。
これは、カミサマには越えられない境界線。
「子供は綺麗なものだけ見てたって怒られやしねぇよ。世界の裏側なんか、気にしなくていい」
ばさり、と英字新聞をめくる音が重なる。
銜えた煙草の灰が落ちそうなのが気になっていたら、それは骨張った指に移動して無事灰皿の上でとん、と落とされた。
薄く立ち昇る白い煙。大人の匂い。
「KKさんって、英語読めたのね」
何だか意外。
すっかり行きつけになっているこの喫茶店に私が入ってきた時にはもう読んでいたのだから、それを言うのは今更なのだけど。
「…フランス人で日本語べらべらのお前に言われんのは心外だ、ベル」
新聞から上げられた視線が、ちらりと私に向けられた。
だって必死で勉強したもの、と言うと、知ってる、と返される。
ああそう言えば。まだこの国に来たばかりだった頃、日本語の不自由だった私とこの何でも屋さんは、フランス語で会話をする事が時々あった。
何でも屋さんのフランス語はとても流暢で、それを意外だとは思わなかったのに、英字新聞を読む姿を新鮮に思うのは何故なのだろう。
「でも、いつかは見なければならないんでしょう?」
世界の裏側。子供の目には見せられない、歪んでしまっている部分。
「―――いや、大人にだって世界の裏側を知らない奴はごまんといる。だから、見なくて済むなら見なくていい」
ただ、綺麗なものは。
「大人になると、大概見ていられなくなる。だから子供は綺麗なものだけ見てればいい」
大人になってしまう前に。できれば、綺麗なものから目をそむけずにいられる大人になるのが一番なのだけれど。
「ふうん…よく分からないけれど、そういうものなの?」
「そういうもんだ」
子供のお前にはよく分からないだろうが、と言われた気分だった。
唇を尖らせるとそれを子供っぽいと思われそうで、代わりにティーカップを持ち上げる。
だいぶ冷めてしまったダージリン。このお店の紅茶が好きで、それを目当てに通っている振りをしているのに、KKさんの向かい側に座ると紅茶はいつも冷たくなってしまう。
意識から、外れてしまう。
「―――子供扱い、しないでよ」
わざわざ言ってしまうから、余計そう思われてしまうと分かっているのに。ついつい、ぽつりと。
距離を縮めたくて。背延びがしたくて。大人になりたくて。
「子供だろ」
嫌味な声ではないけれど、その言葉はいつも私を突き放す。
私と何でも屋さんとの間にある距離を、どうしようもなく知らしめる。
ねぇ、本当は知っているの。
あなたが、世界の裏側で、どんな事をしているのか。
その指が引き金を引くたびに、奪われるものがある事を。
あなたは一体どんな気持ちで、裏側からこの世界を見ているのだろう。
あたなと私の目に映る世界には、どれだけの違いがあるのだろう。
分るのは、きっと近づけないという事だけ。
「KKさんも、見ていられないの?」
大人と子供の違い。
けれどきっと、それ以上に。見えているものも、生きている世界も違う。
背伸びをしても、決して届かない人。
「―――大人、だからな」
言葉と一緒に漏れる、白い煙。大人の匂い。
それと一緒にほんの少し、本当にほんの少しだけ、垣間見えた気がする世界の裏側。
「―――意地悪」
貴方は手の届かない人。
【ハッピーバレンタイン 〜タロナカ編〜】
「今年は逆チョコでいってみようと思います!」
チョコレートという甘美なアイテムを、女性から手に入れられるかどうか。
日本中の男性が勝ち組と負け組に二分される運命の日の数日前、放課後の教室でタローは意味もなく挙手してそんな宣言をした。
「…は?逆?」
「バレンタイン!」
何の事やら理解できなかったリュータが聞き返すと、タローはまたも元気に簡潔に返答した。
「あー、最近CMで言ってたな。今年は逆チョコがはやりとか何とか」
言葉の足りない説明を、それでも思い当ったらしいサイバーが補足すると、リュータの脳内でバレンタイン戦略を意識したCMが再生される。バレンタインのCMなのに、メインは男性タレント二人というものだった。
「そうそれ!今年は待つんじゃなくて男の俺からナカジにバレンタイン!」
どうやら今年のタローは世間の流行に触発され、冒頭のような発言に至ったらしい。
「うん、気持ちは分かったが気付こうぜ。ナカジも男だろ」
バレンタインにおける役割において、完全にナカジをあげる側、自分を貰う側として考えているタローにリュータが突っ込み兼訂正を入れるが、当の本人はきょとんとし、
「当たり前じゃん。何言ってんのリュータ」
と、全く自覚のない台詞を吐いた。
「うわ、無意識かよ」
仲間内で一番の常識人を自認するリュータは天を仰ぎたい衝動に駆られるが、そんな事を今更気にしているのはおそらく彼だけだ。
「でも欧米じゃバレンタインっで男が贈り物するのが普通らしいな」
「へー。欧米かっ!」
現に、リュータよりも状況適応能力が高いと思われるサイバーは普通に会話を続け、タローがお馴染みの突っ込みを披露する。
その様子に、リュータもとりあえず細かい事を気にするのを諦め会話に参加。
「欧米だっつの。でも逆チョコって言ってもナカジ甘いもんあんま好きじゃないんだろ?チョコくわないんじゃないか?」
細かい部分を諦め今度は根本に突っ込みを入れるあたり、リュータはどうあってもこの面子での突っ込み役を免れないらしい。
「だから何がいいか相談しようと思って」
周囲巻き込み役のタローが今回も友人達を巻き込む旨を発言すると、無責任煽り役のサイバーが何やら思い出す仕草。
「あー…確か、アメリカとかだと下着贈るって聞いた事あるな」
「それだぁっ!」
「それなのかよ」
曖昧な記憶に基づくサイバーの発言にタローが食いつき、リュータが呆れ半分の言葉を発する。
どうやら今年のタローには、下着をプレゼントというキーワードが引っ掛かったらしい。
基本的に流行りには乗っておくタイプなのかもしれない。
「だって何か本場って感じだし!」
「…そうかぁ?」
それは本当に本場なのか、と言いたいのをリュータは我慢した。この友人が細かい事などまるで気にしないのを知っているのだ。
案の定、タローは意気揚々と宣言する。
「じゃあ今年は俺から逆バレンタインに縞パンで決まりだね!」
何故か下着の柄まで決まっていた。
会話の細部に散らばる違和感は聞き流していたリュータだが、これは聞き流せなかった。
「……なんで縞パン」
ピンポイント過ぎる。
当然の疑問に、問題発言をした当人は何がおかしいのかとばかりに首をかしげた。
「え?流行ってるんじゃないの?縞パンって時々聞く気がするんだけど」
初耳だった。思わず聞き返す。
「…流行ってるのか?ストライプとかでなく、縞パンが?」
「しらねー」
リュータの問いに答えたのはサイバーだったが、彼も知らなかったらしい。タローだけの特殊な情報網でもあるのだろうか。
二人の縞パン論議を置き去りに、タローが新たな議題を提示する。
「でもさー、やぱチョコのないバレンタインってバレンタインっぽくないよねー」
「まぁ確かに。…縞パンだもんな」
リュータ、縞パンを引き摺る。
同じく、サイバーも縞パンを引き摺り、ズレた発言へと発展させる。
「なぁ、縞パンってトランクス?でもそれだと面白みなくね?ここは意表をついて縞ビキニとかどうよ!」
サイバー、爆弾投下。そしてタローに誘爆。
「ナカジにビキニー!?うっわ何それ似合わなそう面白そ―――」
「あれだあれ!せっかくバレンタインなんだし、何か甘いもんも一緒に渡せばいんじゃね?何か一つくらい甘くても食えるもんあるだろ!」
リュータ、拡大阻止を目論む。
「あ、そーだ、そーだよね、そうしよーっと」
誘爆阻止成功。タローはあっさりとリュータの発言によって引き戻され、面白い事態へと発展させ損ねたサイバーは軽く舌打ちをした。
また妙な方向へ持って行かれる前に、リュータが重ねて問う。
「ナカジでも食べれそうな甘いものって、何か知ってるか?タロー」
「うーん…なんか、前にこれは好きだって言ってたんだど、何だったかなぁ…」
何とか思いだそうとしているタローの頭の中には、既に縞ビキニなる面妖なものはないようで、リュータはこっそりと息をついた。
タローからナカジにそんなモノが贈られた日には、ナカジの機嫌が最悪のものとなった上、それによって大騒ぎするタローに泣きつかれるのが目に見えていた。
「あ」
「思い出したか?」
数秒の黙考の後、タローが不意に声を上げる。
場を引っかき回すのを未然に防がれたサイバーが聞き返すと、タローが思い出した事に気を良くして笑顔で答えた。
「確か、塩ようかんが好きだって言ってた」
今年のバレンタイン、ナカジにはタローから宣言通り縞パンと塩ようかんが贈られた。
後日談。
「なぁナカジ、お前はタローにチロルくらいやったのか?」
そう尋ねたサイバーは、射殺すような視線でナカジに睨まれた。
「あー…でも、あれだ。タローからは貰ったろ?逆チョコとかって。チョコじゃないけど」
今度は宥めるようにリュータに聞かれ、ナカジは数秒熟考する。
しばらくして、眉間にしわを寄せ、しかし納得したような理解に苦しむような奇妙で複雑な表情を浮かべた。
「………バレンタインとやらのつもりだったのか、あれは」
「それ言ってなかったのかよあいつ…」
贈答内容があれでは宣言しなければ分からないだろうに、とリュータは顔を引きつらせ、サイバーは笑いを堪えたのだった。
塩ようかんは無事おいしく頂かれたらしいが、縞パンの行方は要として知れず。