【SSS日記ログ。】




-------------------------------------------------[ブラウン×ナカジ]


 どこが好きかと問われたら、俺は答えに窮しながらも、きっと。
 その、大きな手が好きなのだと、答えると思うのだ。



 例えば。
 特に明確な意図もなく後ろから抱きつかれた時。
(そろそろいい年だろうってのに、この大人はよくそうやってスキンシップをはかろうとしてくる。油断も隙もない)

 背後からするりと回されるその手が、あまりにも簡単に当然のように当たり前のように俺を捕らえているから、迂闊にも心拍数が跳ね上がる。
 今では誰かなんて問いかけもしない。
 褐色の肌と大きな手と背中を包む体温。
 俺は該当者をひとりしか知らない。



 例えば。  何か俺が酷く落ち込んでいて、慰めるように頭を撫でられた時。
(こんな時はまるで子ども扱いなのだ。後で思い出すと、少し悔しくなったりもする)

 弱っている時ほど、その手の大きさと暖かさに、情けないほど安堵を覚えてしまう。
 その心が、俺の頭をゆっくり撫でる手よりももっと、ずっとずっと大きくて暖かい事を知っているから。
 こんな弱い姿も許されているような気がして、まるまま受け止めてもらっているような気がして、時々涙が滲んでくるのは秘密だ。
 …きっとこの人は気付いているけど、気付いていないふりをしてくれている。



 例えば。
「ナカジ君の指は細くて綺麗だねー。ギターやってる人ってみんなこうなのかな?」
 そんな無邪気そうな言葉と共に、手を繋がれた時。
(しかし何で手を繋ぐ時は必ず指を絡ませて来るんだ。嫌ではない。嫌ではない。が!)

 そんなわけないだろう、離せ。
 身長差のせいなのか体格差のせいなのか、そもそも骨格が違うのか。
 自分の手が華奢に見えて随分頼り無く見えて、白い肌と褐色の肌のコントラストにまで不覚にも恥ずかしさを覚えて。
 慌てて振りほどこうとしても、相手はニコニコとしたまま、まるで応じる気配なし。
 けれどそうやって、しっかりと掴んでいてくれる事が。
 むず痒いと同時に嬉しいだなんて、俺には早々簡単に口に出来るわけがない。



 つまるところ、要約すると、その。
 俺は、きっと。
 そんな大きな手を持った、この人の事が。
 好きなのだと、思う。





-------------------------------------------------[タロナカ・年越し]


 2007年1月1日。まだ本当に日付が変わったばかりの深夜0時。
 滅多に鳴る事のない古びた自宅のインターフォンが来客を告げた。

「誰だこんな時間に…」
「ナカジ!あけましておめでとう!」

 扉を開ければ、見慣れた顔がひとつ、寒さで鼻を赤くして立っていた。

「…何やってるんだお前」
「え、何って…新年の挨拶?ナカジに一番に言おうと思ってさ、カウントダウンしながら走ってきたんだ!」

 それで少し息がはずんでいるのか。
 …なんていうか、
「馬鹿だろう、お前」
「酷っ!」

 いつも思うのだが、何でそんな下らない事に一生懸命になれるのか。

「だってさ…一緒に過ごそうって言ったらナカジ却下するし。だから、一番に言うにはこうするしかないと思って!」
「…やっぱり馬鹿だろうお前」
「酷いよナカジ!」

 そう言いあっている間にも、開かれた扉から冬の冷気が部屋の中に入り込んでくる。
 いくら暖房器具があると言えど、それでは室温が下がるに決まっている。
 早く扉を閉めたいところだが、その、馬鹿な所業とは言えど、わざわざ走ってきたタローをここで締め出すのも、なんだ、少し、忍びないような。
 …仕方ない。

「おいタロー、寒いから扉閉めるぞ。―――帰るか中に入るか、早く選べ」
「え!?…選べ、って」
「っ、早くしろ!」

 俺からの、最大限の譲歩だ。

「ぅえ!?はっ…入る!部屋入れてナカジ!!」

 慌てて中に足を踏み入れるタロー。…そこまで慌てなくたって、別に閉めだしゃあしねぇよ。
 とりあえず、これでようやく扉を閉めて冷気をシャットアウト。大分身体が冷えてしまったので、この部屋の暖房器具の近くへと寄っていく。
 …途中で、後ろから捕まった。
「わぁ、手が冷たい。ごめん、冷えちゃったよね」
「って、何をする!!」

 そのまま、抱き込まれた。暴れても押さえ込む腕は離れない。くそっ!

「あのね、ナカジ」
「っ…何だ」
「今年も、よろしく」

 ああ、そういえば、新年だった。
 …仕方ない、今日くらい、この状況にも妥協してやる。

「―――こちらこそなっ!」

 だから、声の調子や台詞が自棄っぽくなった事は、お前も妥協しろ!





-------------------------------------------------[タロナカ・バレンタイン]


 2月13日。

「ナカジ、これあげる!」
 朝。
 教室に入ってきたタローは挨拶もそこそこに俺の元へかけて来て、ビニール袋を差し出した。
「…なんだ、これ」
 何の印刷もない、真っ白なビニール袋である。まぁ、勿論何かしらが中に入っているようだが。
「お前から物を貰うような覚えがないんだが」
 今日は俺の誕生日でも何でもない筈だ。クリスマスはとっくに過ぎたし、正月も過ぎた。
 こんな半端な時期にこいつから物を贈られる覚えなど、俺にはない。
「いいからいいから!えっと、ナカジ芋羊羹好きだったよね?」
「…あぁ、まぁ、好きだが…」
 どうやら、ビニール袋の中身は芋羊羹らしい。
 いつまでも手を差し出したまま引っ込めやしないので、仕方なく受け取る。
 中を覗いてみると、あまり大きくない箱の包み紙に舟和の文字。
 舟和の芋羊羹…はっきり言って、かなり好物だ。
「…ありがたく、頂いておく」
 我ながら単純だとは思うが、機嫌が少し上昇。
「でねでね!あのね、それで、お願いがあるんだけどっ!」
 …残念ながら、ただではなかったらしい。コイツのお願いといえば代替突拍子もないことかえらく恥ずかしいものばかりなので、自然身構えてしまう。
「それのお返しって事でいいから、明日俺にチョコをください!」
「……はぁ?」
 一体何を言い出すかと思えば、何だそれは。
 そりゃあ、人から物を貰ったのだから、追々お返しをしなければ失礼に当たるとは思うが。
「別に明日じゃなくても、別にチョコじゃなくてもいいだろ」
「駄目!明日じゃなくちゃ、チョコじゃなくちゃ駄目なの!意味ないの!」
「…何でだ」
 何故そんな、明日とチョコにこだわる必要があるのか。
 俺が理解に苦しんでいると、タローが声高らかにその疑問に答えた。

「何でって、だって明日はバレンタインじゃん!」

「…っはぁ!?」
 そのあまりに必死な訴えに、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
 …そうか、明日はバレンタインだったか。二月の行事など、節分くらいしか意識していなかった為に、すっかり忘れていた。意識的に避けていた部分もなくはないが、それは、それ。
「俺だってバレンタインにナカジのチョコが欲しいんだよ!でもさ、きっとただ頂戴って言ってもナカジくれなさそうじゃん!だから、こう、俺なりに考えてみたんだ!何かのお返しってことなら、もしかしたら貰えるんじゃないかって!」
 タローの至極恥ずかしい、必死な訴えは続く。
 き…聞いていたくない…!コイツがここまで馬鹿なやつだったとは…!
 結局、羞恥に耐えられなくなった俺は、朝から大声を上げてタローの訴えを遮る事になった。
「わかった!わかったからいい加減にしろ!」
「えっ!?ほんと!?じゃあナカジ俺に明日チョコくれるの!?」
 …しまった。つい勢いで…!!
「そ、んな事は、言ってな…っ」
 慌てて否定したら、本気で泣きそうな顔をされた。
 これは一体何の虐めだ!
「くっそ…っ!…気が、向いたら…気が向いたらだからな!バレンタインなんぞ、俺は知らん!あくまで、あくまで芋羊羹の礼だ!」
「やったぁ!!ナカジ大好き!」
 まだ貰えるとは決まっていないのにタローが抱きつこうとしたものだから、俺はそれを力いっぱい殴って抱擁を回避。
 殴られたタローはそれでも頬を緩めたまま、見物人を決め込んでいたらしいリュータやサイバーの元へ報告に走っていく。
 くそう…朝からとんでもない事になってしまった…。

 翌日、俺は朝からそわそわと落ち着かないタローに付きまとわれる事となった。





-------------------------------------------------[ナカタロ?・バレンタイン]


 相変わらず懲りもせず、2月13日。

「なーつよしー」
「おーなんだタロー」
「明日バレンタインじゃん?」
「…貰えるかどうかひじょーに怪しい俺にその話題を振る?」
「え、マジで?」
「…母チョコだけとか、悲しすぎるだろ…」
「…頑張れ。ちょう頑張れ」
「で、バレンタインがどうした」
「俺さーナカジにチョコあげようかと思うんだけどさ」
「へー物好きだな」
「でもさ、バレンタインって普通女の子が好きな人にチョコ渡す日じゃん?」
「そうだな。義理チョコという文化を作り出した人は素晴らしいよな」
「…つよし俺の話し聞いてる?」
「聞いてるってー」
「…でさ、俺ナカジの事大好きだからチョコあげたいのは山々なんだけど」
「ちっとも羨ましくないが、それはのろけなのか?」
「チョコあげたらさ、俺自分で女役認める事になったりしないかなー」
「……頼むから、今ここでそんなさらっとお前らの内情暴露しないでくれ…」






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