【過去拍手集。】
------clap_novel-no,11[タロナカ]
自分の唇がカサカサしてるのに気がついて、ポケットに手を突っ込んでがさがさと漁った。
食料として詰め込んだキャンディーの袋をかき分けて、指先が目的のものに触れる。
リップクリーム。
折れないようにちょっとだけ中身を繰り出して唇に塗ってたら、なんか怪訝そうな視線を感じた。
ナカジだ。
「なにー?」
「…それは普通、女が使うものじゃないのか」
男の貴様が使うのはどうなんだ。
ってそんな、未確認物体を見るような目で見なくても。
「えー普通だよ?唇カサカサのままほっとくと痛くなるじゃん」
「……」
何でそんな納得いかないって顔をするんだろう。
「…俺の見間違いでなければ、貴様の持っているそれには『ピーチアプリコットの香り』と書いてあるように見えるんだが」
「うん!凄いおいしそうないい匂いするんだよー」
あ、眉間に皺がよってる。何で。
そういえば、ナカジの唇ってカサカサしてるよなー。
冬とかだと時々切れてるし、きっとリップクリームとか使ったことないんだ。
よぅし、いい事思いついちゃった。
「ナカジもさ、使ってみればいいじゃん。乾燥して血が出たりしなくなるよー。試しに俺の貸したげるー」
「貴様の甘ったるい匂いのやつなんぞいらん」
そういわないでさ、と腕を引っ張って顔を寄せたらおでこに手を置かれて、接近を拒まれた。
あ…アレ、おかしいな、ナカジってば不意打ち弱いはずなのに。
「タロー…今ここで万が一にも口移し、何ぞとのたまったら即刻殺してくれる」
ばれてる!
て言うか痛い!おでこの手に段々力が入ってきてミシミシいってるってば!
「そ…そんな事考えるなんてナカジのえっちー」
「っ!」
ナカジの顔を赤くすることには成功したけど、その直後、俺は思いっきり殴り飛ばされた。
------clap_novel-no,12[タロナカ]
「なぁなぁ、最後の晩餐になに食べる?」
などという、脈絡のない話題を唐突にふったのはサイバーだった。
昼休み、学食で昼食をとり教室へ戻るべく歩いていた廊下でのひとコマ。
「昨日テレビでやってたんだよ。なんかこう、人生最後の晩餐に食べたい料理がどうのとか。ちなみに俺は、ハンバーグかさび抜きの寿司で迷ってんだけどなー」
「どこの幼稚園児だ。俺なら絶対にシュークリームだな」
「何言ってんですか!メロンパンですよ!」
「聞いてねぇよ教師陣」
何故か、廊下を通りがかったDTOとハジメがナチュラルに会話に参加。サイバーの突っ込みを無視して、何事もなかったように擦れ違っていく。
「なぁなぁ、リュータは絶対ピチ丼だろー」
「絶対それ以外」
「えー!!何でだよ、いっつもはこんでんじゃん!」
「だからだっての。いつも見てるもんを最後の晩餐に食いたくねぇよ」
根拠もなく自信満々な回答は、リュータ本人によって不正解が告げられた。「早い・安い・うまい」のどんぶりで人生を閉めるのはお気に召さないらしい。
「ふーん…じゃーさー、ナカジなら何食べんの?」
タローの興味は早々にリュータの正解よりも、今まで聞き流し役に専念していたナカジに移行。
「…最高級の石臼挽き蕎麦粉を使った、手打ち蕎麦。出来れば天ぷら」
「って、ナカジさっき昼飯にも蕎麦食ってたじゃん!つぅか、学食行くといっつも蕎麦じゃん!」
「蕎麦を馬鹿にするな!そもそも機械で挽いた粉を使った量販品の蕎麦と、石臼挽き蕎麦粉を使った手打ち蕎麦ではその香り・味・歯応えに大きな違いがだな―――」
ナカジ、廊下で蕎麦について熱弁。一緒に歩いているタロー・サイバー・リュータの三人では、残念ながらその拘りを理解しきることは難しい。
因みにナカジの今日の昼食は山菜蕎麦、昨日は舞茸天蕎麦、その前は月見蕎麦だった。
「で、タローは?」
珍しく他人に聞くばかりで自分の話をしない友人に、リュータが訊ねる。
訊ねられたタローはいつもの裏も表もありそうにない笑顔で、一言。
「ん?ナカジ」
今だ手打ち蕎麦について熱弁していたナカジの声が止まった。リュータが顔を引き攣らせ、サイバーは逃げる準備に入る。
第二波。
「だってさ、最後の晩餐って事はもうすぐ死んじゃうんでしょ?だったらその前にめいっぱいナカジを…って、ちょっと待ってナカジ、何でマフラー外して構えるのっ!?」
「ってめぇはいっぺん死ねっ!!!」
廊下に響き渡る怒号と悲鳴。
あぁ、地獄絵図。
「…なぁ、あれって照れ隠しなのか?」
「いや、マジギレだと思う」
------clap_novel-no,13[ナカジ21]
「うーん、どれにしようかなぁ」
「…どうせ下らない事なんだろうが、一応聞いてやる。何を悩んでいる変態」
「酷いなぁ正道、お兄ちゃんに向かって変態だなんて」
「誰が兄だ」
「実はね、さっき松田と賭けして勝ったから、お願いを聞いてもらえる事になったんだけど」
「無視かてめぇ…つか、松田って誰だ」
「MZD。MZDって言い辛いじゃん?長いし。だから松田ー」
「…」
「で、そのお願い事を折角だから拍手のネタにしようかなぁと思ってるんだ」
「ネタとか言うな」
「それでいくつか候補を思いついてね、どれにしようか迷ってたんだよ。一応当事者である正道にも意見を聞いてみようかな」
「当事者?当事者はお前だろ…待て、何か企んでやがるな。何を企んでやがる」
「まぁまぁ。えーっとねー、その一、正道を女の子にしてもらう」
「はぁっ!?てめっ…」
「その二、正道を猫耳にしてもらう。その三、正道をメイドさんにしてもらう。その四、正道をショタっ子にしてもらう」
「ふっざけんな!全部却下だ!!」
「因みに組み合わせも可。猫耳でショタっ子とか、女の子でメイドさんとか」
「聞いてねぇ!むしろ事態を悪化させようとするな!」
「えー、世間はこんなどっきりな拍手お礼をこそ求めてると思うんだけどなぁ。ほらほら、試しに猫耳カチューシャとかつけてみようよ。きっと喜んでもらえるよ」
「誰がするかぁあああぁあっ!!」
「あ、ほら、似合ってるよ正道」
「勝手にこんなもんつけるな!変態の仲間だと思われる…っ!」
「もう、わがままだなぁ…反抗期かい?」
「わがまま!?これはわがままなのか!?―――普通の神経してりゃあ、全部嫌がるに決まってるだろうが!!」
「それに、わざわざ拍手を押してくださった方のためにお礼はしなきゃいけないんだからさ、どうせなら喜んでもらえるものにするべきだろう?お兄ちゃんはそのために頑張って考えたのに…正道には来訪者様への感謝の気持ちがないのかい?」
「っぐ……だったらてめぇがやれ!てめぇがっ!」
「え、お兄ちゃんがかい?―――じゃあー、その五、お兄ちゃんがお姉ちゃんになるでいこっか」
「……限りなく気色悪いが、俺に実害がないならもう何でもいい」
「よぉし、じゃあそれで決まりだね☆」
「何故お前が自分の性転換に欠片も躊躇わないのか激しく疑問だが、勝手にしろ」
「松田ー松田ー、今回の拍手お礼は『お兄ちゃんがお姉ちゃんに!?正道君のドッキドキ初体験☆』でいくから俺を女にしてよー」
「待てこらそこの変態野郎っ!!!」
------clap_novel-no,14[ナカタロ]
「ナカジナカジ、相性占いだってー」
ほらここ、と見ていた雑誌を指差してタローが顔を上げる。キラキラしていた。
…どこの女子中学生だ、お前は。
「くだらねぇ…」
しかもお前の見てる雑誌、女性向けティーン誌だぞ。誰から借りたんだ。
本日最後の授業、6時間目・数学の前の休み時間。タローは机の中から引っ張り出した雑誌を懸命に読んでいた。
欠伸をひとつ。再び雑誌に食い入るような視線を送るタローは気付かない。
「えっとー、俺とナカジの星座は…あった!」
よくそんなものに夢中になれるな、と思うが、いちいち言ってやるのも面倒くさい。
まぁ、阿呆の特権というヤツなのだろう。違う気もする。
「んー…お互いにマイペースな二人。しかしどちらかと言えば、貴方の方が彼の言動に振り回される事になるでしょう。―――うわー当たってる!」
しかも音読するのか。
ってか、彼って。コイツはいつも執拗に下克上を狙ってくるくせに、今現在ナチュラルに自分を女側に当てはめている事に気付いていないのだろうか。
「けれど貴方は、最終的にはそんな彼を許せてしまえる人。そんな二人の相性は決して悪くないハズ。これからもお互いマイペースにいい関係を築いていって!―――だって!やった!」
…どうやら本気で喜んでいるらしい。
たかだか雑誌の占いひとつ、何がそんなに嬉しいのやら。
「ほー…なんなら、改めて試してみるか?相性とやらを」
「え」
何か含みがあるように言ってやれば、雑誌をめくっていたタローの手が止まる。
見上げられて視線が合ったのでにやりと笑ってみせれば、その頬が若干引き攣った。
「相性、って…」
どうやら何か察したらしい。
まぁ、俺が言うのだ。普通に気性による相性などをさしているわけもない。
「6時間目サボって保健室で試すのと、学校終わってからお前の部屋で試すのと、どっちがいい?」
選択肢をやろう。
さぁとっとと選べ。
「…ナカジのムッツリスケベ。どうしてそっちにいくんだよ…」
「何か言ったか」
------clap_novel-no,15[ナカタロ]
「ねっ、ナカジ、ギター教えて!」
突拍子も無い言葉と共に目の前に突き出されたのは、勝手に占拠している音楽室のエレキギター。
それを手にしているタローは、いつものアホ面で俺の返答を待っている。
いつもと変わらない夕暮れ前の音楽室。下からは遠く運動部の奴等の声。
期待に満ちたその顔を一瞥した後、弦を爪弾く手を休め、目を伏せながら息をついた。
「何だって急に。」
「ナカジと一緒に弾いてみたいなーって思ったのさっ」
まぁ、そんな所だとは思ったが。
そして教わるはいいが、コードも覚えられず、俺の教えるスピードに付いて行けなくなって結局泣きを見るのも読めている。
あの曲が弾いてみたい、この曲もやってみたい!等と夢物語はいいが、どうせ1時間持たねぇだろ?
「無理だ」
「否定がはえーよナカジ!まだやってもいないのに…」
「教えるのはいいが、俺と一緒に弾くまでにゃ何十年後になるぞ」
「別にナカジレベルまで上手くなりたい訳じゃなくてさぁ…」
同じレベルの奴じゃねぇと一緒になど弾かねぇよ。
と放ったら、途端に歪む阿呆面。
「…ッ、ナカジ…俺と、一緒にギター弾くの、嫌なのかよ…ッ!」
…ヤバイな。泣くか?
現実を突きつけただけのつもりが、受け取ったタローはそうも思わなかったようだ。
女みたいに大きな眼から、涙が溢れる一瞬前。
「―――わかった、教えりゃいいんだろ教えりゃ。一緒に演れるかは、お前次第だからな」
思わず俺が口にした掬い取るような台詞に、歪んだ涙目が歓喜の表情へと一瞬で変わる。
全く、泣いたり笑ったり忙しい奴だ。
「ナカジありがとー大好き!」
「…まず、これからだ」
ギターを抱えなおして横へと腰を下ろしたタローは、俺の差し出した至極単純な譜面を見て、ぽかんと一言。
「俺、楽譜読めないんだった…」
「よし、ギターは諦めろ。」