2ナカ1ナカ ラブラブ
【ある朝の攻防】
「正道朝だよー起き――たね、偉い偉い。おはよう、今日も適度に不細工だね」
某日某朝。
既に日課となりつつある起き抜けの俺の拳による一撃は、しかし狙った相手に軽々と片手でいなされる。
腹が立つほど胡散臭い笑顔を浮かべた後藤仲路の顔が、ここ最近俺が朝一番に目にするものだ。
不法侵入者で鬼畜外道で変態の声を目覚まし代わりとして迎える朝は、何度味わってもいつも最悪以外の何物でもない。
が、元々一人暮らしであるはずの狭い部屋には、起き抜けでも食欲をそそられずにはいられない、実にいい匂いが漂っていた。
「さあさあ、ご飯よそってる間に着替えちゃって」
反抗を思いつくよりも先に、言われるがまま夜間着のボタンへ手をかけてしまう自分の慣れと条件反射が哀しい。
と同時に、最近思う事がある。
毎日のように決まった時間に起こされ、当たり前のように用意されている朝食。袖を通したシャツはしっかりアイロンがけがされていて、学ランにも皺一つない。
甲斐甲斐しい。気持ち悪いくらいに。
今更だが、この男が勝手に自主的にやっている事とはいえ、自分のやっている事に疑問はないのだろうか。
「―――いただきます」
それでも、目の前に一部の隙もなく用意された完璧な日本人の朝食に向かって手を合わせてしまう自分は、何と言うか実に愚かしい生き物だと実感。所詮十代男子では、己の食欲に打ち勝つ事等出来ないという事か。
見た目だけでなく味の方も文句のつけようのない純和風の朝食を味わっていると、不意に男の手が伸ばされる。
「ご飯粒ついてるよ」
指が俺の頬をひと撫でして、後藤はそのご飯粒を躊躇いなく自らの口へと運んだ。
「っ…」
あまりに寒い一連の出来事に、俺の背中に隠しようのない怖気が走る。
…照れてるんじゃないかとか言った奴、よく考えてみろ、今の動作を行ったのは180cmを超える長身の成人男子だぞ。控え目に言っても気色悪いだろうが!
あまつさえその張本人はにこりと微笑んで、
「なんか、新婚さんみたいだねぇ」
等とのたまいやがるものだから、俺は耐えられなくなって近くにあった灰皿(いつの間にか後藤が勝手に持ち込んだもの)を引っ掴んで、力の限り投げつけた。
相手が普通の人間ならば必殺の一撃となるそれは、しかしあっさりと片手で受け止められる。パシンとか軽い音がしたが、ちょっと待て、俺が全力で投げた灰皿は陶器製のはず…!
「危ないなぁ正道、こんなの当たったらいくらお兄ちゃんでも死んじゃうよ」
嘘だ。絶対嘘だ。至近距離の一撃必殺を簡単に見切った人外が、灰皿が頭部に当たった程度で絶命するとはとても思えない。
現に、危ないなどとのたまうその口調に一切の緊張感は含まれていない。
「減らず口も大概にしろよてめぇ…!」
「あ、そろそろ出ないと遅くなるんじゃない?」
精一杯凄んでみせても、相手がこの男では効果がないどころかまともな会話にすらなりはしない。
腹立たしいのは、その態度が天然などではなく全て計算に基づいているであろう事だ。
だがしかし、更に言い寄ろうにも時計の指している時刻は確かにそろそろ俺が家を出る時間であり、仕方なく渋々と立ち上がる。
「はい、お弁当」
鞄を持ち上げ下駄を履いたタイミングで差し出された、木綿の布に包まれた弁当箱をつい慣習で受け取ってしまって、考える。
食事の用意、部屋の掃除、洗濯、そして弁当まで。
ふと気がつけばいつの間にか、一人暮らしでは至らない部分も多々あった諸々を、(悪乗り・悪巧みさえなければ)ほぼ完璧といえる水準でこなしてもらっていた。
人として、感謝していない、わけではないのだ。
「ん?どうしたんだい正道」
突っ立ったまま黙っている俺に、後藤が訊ねてくる。
「……いや、別に」
一度くらい、礼を言おうかと思ってしまった。
そんな考えを抱いてしまった事自体が物凄く癪で、どうせ言うなら聞き流されるくらいさらりと言ってしまうのが一番楽そうで、でも今のタイミングではそんなのは無理で。
結局、やはり礼を言うのは癪だという結論に至るか至らないかのところで思考を放棄し、家を出てしまおうとした時、するりと腕を掴まれた。
「あぁ、もしかして」
近い距離で唇から零れた声のトーンは、何故か少し低い。
駆け抜ける嫌な予感。いつの間にかもう片方の手は腰に回っていた。
「昨日の夜の事、思い出しちゃったとか?」
「――はぁっ!?」
あまりにも的確に的を外した変態の発言に、俺は手を払うより先に素っ頓狂な声を上げた。
が、その隙はこの男を相手にするにはあまりにも致命的で、腰にまわされていた手が何の躊躇いもなく学ランの下に侵入してくる。
ちなみに、昨夜の事など出来るならば一生思い出したくない。
「てっめ…何してやがる…!」
冗談じゃない。朝っぱらからこの相手にこの状況は、本当に洒落にならない。
勿論朝じゃなくても洒落にならないがな!
「しょうがないなぁ正道は。こんな朝早くから、学校行くよりお兄ちゃんとしたいだなんて」
「言ってねぇぇえぇっ!」
力の限り叫んで全力で抵抗。
もし相手が本気ならばこの程度で逃げられる可能性など零に等しいが、どうやら今回はあくまで質の悪過ぎる悪ふざけだったようで、どうにか拘束からの脱出に成功する。
―――逃げられない、と悟ってしまっている己に思わず絶望しそうになったが、今はそんな事をしている場合ではない。
一度は受け取った弁当を男の顔目掛けて投げつけ、俺は前言…というか、少し前の考えを声に出して否定した。
「俺は、死んでも貴様に感謝なんかしないからな!」
傍から見れば全く意味の繋がらない主張だろうが、流されやすく間抜けな自分の為に、そうせずにはいられない。
俺は心底、後藤仲路という男の存在に迷惑している。
高らかに宣言したわりに、再び捕まるのを恐れ逃げるように家を出る自分を情けなく感じたのは、きっと気のせいだ。
数時間後。
投げつけ置き去りにした弁当が直接後藤の手によって学校の俺の元へと届けられ、また一つ迷惑を被る事になるのを、この時の俺は知らない。
近年、ラブラブというテーマで何かを書く度に、自分がその定義を酷く勘違いしていることを思い知ります。
何が言いたいかというと、石凪さん的にはこれでもラブラブなんですよ、と…[石凪]
絵は仕様なので、捏造5割増しでお送りしております。頬染め辺り。[浮絵]