Eternal Loser

勝ちたかった。
アイツにだけは絶対負けるもんか…そう思ってた。

そもそもが、初めてあのクラスに乗り込んで行った時のこと。
あたしの最大の武器は、勿論この腕っ節。
誰にも負けないってことを見せ付けてやろうと思った。
挑んだのは、腕相撲の勝負。
最初に、女だからと嘗めてかかってきた熱血バカを軽く一捻りしてやった。
そいつはその後、今度は本気だ、とか言いながら10回ぐらい勝負してきたけど、全部あたしの完勝。
クラスの連中をあらかた倒したところで、まだ勝負してない奴がいるのに気が付いた。
それが、アイツ。
あたしが次々と相手を捻じ伏せていく様子を、席から傍観者の笑いで眺めている、優男。
だから、当事者にしてやることで、慌てふためく様子を見てやりたいと思った。
けど、アイツは、少し考える素振りを見せてから、

「分かりました。僕で良ければ喜んで」

落ち着き払った笑顔で勝負を受けて立った。
その平静さが癇に障ったあたしは、有無を言わさず全力で打ち倒してやろう…そう思った。
どんな手を使ってもいい、かかってこい…そんな言葉で挑発するあたし。
クラス全員が見守る中、アイツはあたしの真正面の席に座り、

「カイルといいます。お手合わせ願います」

メガネの奥から微笑を投げかけてきた。
余裕とも取れるその態度は、ますますあたしの内なる闘志をかき立てる。
だから、手を組んだ時に、そのほっそりした指を見て、勝利を確信していた。
こんな貧弱な奴、一秒で充分だ。
彼の掌に少し硬い肉刺があることなど気にも留めずに。
チラリ、とアイツの顔を見る。
目を閉じて、何やらブツブツ言っている。
戦略でも考えてるつもりだろうか。
そんなもの、一秒で終わるんだから何の意味も無いのに。

「よーい、ドン!」

一秒。
…あたしは、鉄の柱と腕相撲しているのだろうか。
どんなに力を込めても、アイツの腕は組んだままの位置からピクリとも動かない。
肘を杭で固定してるんじゃないか、とさえ思える。
けど、相手の腕を傾けさせることすらできないなんて、格闘学科の矜持が許さない。
唸りながら、顔を真っ赤にしながら、全力を右腕に集中する。
そんなあたしを嘲笑うように、アイツは笑みを浮かべたまま、あたしの手の甲をゆっくり、机の上に押し付けた。

「…カイル、幾らなんでも腕力強化の魔法を使うのは反則だろう」

アイツの背後から、数人前に倒した銀髪の男子生徒が苦笑交じりに突っ込みを入れた。

「なぁーんでぇ、カイルずりぃぞ!そんなんだったら俺だって…」
「何を言っているレオン。お前は腕力強化の魔法をマスターしているのか?」
「う…だ、だから勝負の前に俺にかけてくれるとか…」
「それでは自力でユリに勝ったことにならないだろう」
「じゃあセリオス、何でお前は使わなかったんだ?」
「そ、それは…格闘学科の生徒の力を試したかっただけだ」
「またまた、悔しそうな顔してたくせに。どうせ忘れてただけだろ」
「…五月蝿い」

その漫才のようなやり取りで完敗のショックから立ち直ったあたしは、ずるい、と言いたくなる衝動を抑えた。
現に、どんな手を使ってもいい、と言ったのはあたしなのだから。

「いやぁ、やっぱりダメですかね?でも、魔力で腕力は強化できますけど、逆は無理ですからねぇ」

苦笑いするアイツから放たれたその一言は、あたしの胸にグサリ、と突き刺さった。
文武両道を目指してこの学科に編入したあたしが、その壁の高さをまざまざと思い知らされたからだ。
確かに、今のあたしはアイツの使ってる腕力強化の魔法など知らない。
つまり、あたしは現在、アイツに力でも魔法でも勝てない、ということだ。

悔しい。
悔しい悔しい悔しい悔しい。
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。

いつか絶対、リベンジしてやるんだから!
そう高らかに宣言したあたし。

「はは…お手柔らかにお願いしますよ」

ちょっと困ったように頬を掻きながら、それでも笑顔のままのアイツ。
その時からだった。
絶対アイツに勝ってやる、と思うようになったのは。

勿論、現実は厳しかった。
アイツはよりによって、クラスの中でもトップクラスの優等生だったからだ。
魔法詠唱の技術は言うに及ばず、勉学における知識量もあたしとは雲泥の差。
格闘学科の意地で運動ではどうにか面目を保てるけど、アイツは涼しい顔してあたしに迫る体捌きを見せたりする。
しかも、負けたんならしょげてればいいものを、アイツときたら。

「いやぁ、流石ユリさんですねぇ。お見事です」

なんて、いつも通りニコニコしたまま…それが余計、あたしのプライドを傷付ける。
いつか、アイツを見返して、地団駄踏ませてやるんだ…その思いで、あたしは猛勉強を積んだ。

そんなある日の放課後だった。

最近魔力が急上昇している、と先生から褒められて、上機嫌で歩いていた帰り道。
遠目にチラリ、と視界に入っただけの光景に、あたしのテンションは一気に下がってしまった。
アカデミー脇の森の中、木の切り株に座って本を読む蒼い髪の男子生徒…勿論、アイツだ。
頑張るあたしの前にいつも立ちはだかる張本人――今思えば、自分でも本当に下らない僻み根性だと思う。
でも、妬みに駆られたあたしは、アイツをギャフンと言わせることにした…実力で。
いや、実力じゃない…不意打ちだ。
持っていたカバンをそっと置いたあたしは、気配を殺して忍び足でアイツの背後に近寄っていく。
アドレナリンが分泌されているのが分かる。

距離5m…本に集中してるのだろう、アイツは気付く気配もない。
距離3m…風もなければ、辺りに他の人気もない。
距離1m…もう少しで必殺の間合いだ。
そして。
あたしは、右の手刀を構え、チョーップ!!と叫んでアイツの脳天に振り下ろした――

筈だった。
眼前の蒼が旋風のように掻き消え、切り株の上に読みかけの本がドサッ、と落ちた。
同時に、あたしの手刀は頭頂部を打つ感触の代わりに、何かに絡み付かれるような感覚を受けた。
そして、垂直に動かしていたつもりの右腕が、有り得ないことに水平に動き始めたのだ。
右腕はそのままあたしの意思に反して引っ張られ、関節の可動範囲を超えそうになる。
直感的に、自分が何をされたのか分かった――腕を極められたのだ。
肩を外されるであろうという予感と、それに伴う激痛を想像したその時…右腕の拘束が解けて――

「ッ!?ユ、ユリさん!?」

今まで見たこともなかった、取り乱したアイツの素っ頓狂な叫びが聞こえた。

「すいません、女性に手を挙げてしまうなんて…本当にすいません…」

その後、アイツは申し訳なさそうに何度も何度も謝り続けた。
あたしが最初に手を出して返り討ちにされたのだし、寸止めで済んだのだから、アイツには謝る理由なんてない。
けど、アイツのこんなに沈んだ顔は初めてだった――その意味では、あたしの最初の目的は果たされたわけだ。

でも、今のあたしはそんなものにはこれっぽっちも興味がなかった。
アイツの、あの動き。
背後からの打撃を躱しながらその腕をホールドするなんて、並の人間が出来る芸当じゃない。
もしかして、気取られていたのだろうか?…だとしたら腹が立つ。

「いえ、全く…読書に夢中だったものですから。でも…」

そこまで言って、アイツは口篭った。
でも?

「…無意識で、身体が反応してしまうんです。…因果なことなんですが」

無意識で?
有り得ない。
死角からの攻撃に反応して腕を絡め取り、あまつさえ腕の急所を確実に捉えるのを、無意識で?
有り得ない…身体に覚えさせていない限りは。
そういえば、アイツの手には細さに似合わない肉刺があった――何か格闘技でもやっていたのだろうか。
有り得ない…人を傷付けたくないと公言して憚らない、見ての通りの穏健派のアイツが。
現に、そのことを語るアイツの口調は重く、表情も追憶に責め苛まれている様子だ。
でも、何故…無意識で?

考えれば考えるほど、アイツが何者なのか訳が分からなくなってくる。
ただ、一つだけ分かったことがある。
あたしが勝たねばならない相手は、あたしが思ってた以上に手強く、奥が深いということ。
それが分かっただけでも今日は良しとしよう…そうぼんやり思いながら、あたしはその場を立ち去ろうとした。
だから、あたしは辺りへの注意力が全く欠けていたと言わざるを得ない。

ガッ!
何者かに足払いされたような感覚。
…アイツの仕返し?
いや、単にあたしが自分で切り株の根っこにつまずいただけのことだ。
草生す地面が急速にあたしの顔面に近付いて来る。
重力という名の怪力が大地という名の巨大な凶器にあたしを頭から叩き付ける――

筈だった。
衝撃が、当たると思っていた以外の場所から感じられた…痛みは無い。
あたしの首は張子の虎のように揺れたけど、視界は草と土の壁にキスをする寸前の位置で止まっていた。
そしてあたしは、無防備な肩口と鳩尾の辺りに、黒い帯のようなものが巻き付いていることに漸く気付く。

「大丈夫ですか?」

その声で、あたしは身体を支えて転倒のショックから守ってくれたそのベルトの正体を理解した。
言うまでもない、それは――制服に包まれた、アイツの、腕。
でもあたしはアイツに身を預けたまま、未だ動転して動けないでいた。
今までの中のどの位置よりも近くから放たれたアイツのその言葉は、麻酔のようにあたしの全身を硬直させていたから。
その様子に気付いたのだろう。

「…無意識の反応が、こうやっていつも役に立てばいいんですがねぇ」

アイツは微笑みながらそう言って、あたしを真っ直ぐに抱え起こし、切り株の椅子の上に座らせた。
それから。

「気を付けて下さいね、ユリさん。それじゃ、僕はお先に失礼します」

いつものように丁寧に、そしてにこやかに会釈して、アイツはその場を去って行った。

…。

あたしが心身の混乱状態を脱するのには、それからまだ暫くの時間を要した。
それはきっと、認めたくなかったからだろう。

アイツに助けられたという事実。
しかも、目の敵にし、襲撃し、返り討ちにされ、そのくせ謝られたのにこちらからは謝りもしなかったあたしを。

アイツが想像以上に強いという事実。
魔力や学力が断然優れていることは分かり切っていた。
腕を極められた時に、アイツの反応力と急所への精通度が嫌というほど解った。
その腕を解かれた時は、アイツが『人を傷付けない』という意思を断固として守る男だということが。
そして、転びそうになってアイツに抱きかかえられた時、アイツの制服に隠された細い身体が想像以上に筋肉質だと。
格闘学科出身というだけであたしが身体能力で負ける訳がないなんて、単なる思い上がりではないか。

そして――。

…。

勿論、簡単に認めるわけにはいかない。
あたしだって、伊達に格闘学科で女だてらに身体を鍛えた訳じゃない。
座った切り株の上で、改めて闘志を奮い起こすあたし。
こんな所で挫けてたまるもんか…絶対にアイツに勝ってやるんだ――不意打ちが効かない事は分かったから、正面から。
でも、その気持ちに何か、風穴が開いたような…そんな感覚は、どうしても拭い去ることは出来なかった。

その後も、アイツに打ち勝とうとするあたしの修練の日々は続いた。
敵を知り己を知れば百戦危うからず…と、アイツが図書室で見てた本をこっそり読んでみたりもした。
中には、マスターできそうな魔法のヒントが書いてあったりした…尤も、レベルが高過ぎるのが殆どだったけど。
けど、何かがおかしかった。
魔法も勉強も、そして勿論格闘も、集中力は大きなウエイトを占める重要なファクターだ。
けど、最近のあたしは、どうも一意専心する力が失われている。
何をするにしても、雑念が振り払えない。
しかも、集中する努力の中にふてぶてしく割り込んでくるのは…よりによってアイツの顔。
だから、クラスでアイツを見る度に、何かがギクシャクした。

それから暫く経った、休憩時間。

「おっしゃー!やったぜセリオス!」
「…騒がしいなレオン。何があった」
「これが嬉しくない筈ねぇだろ!俺も遂に腕力強化の魔法をマスターしたんだぜ!」
「やっとか…全く、僕に教示を受けながらこれだからな」
「おめでとうございますレオン君。頑張ったんですね」
「おうよカイル!これで腕相撲でも負けなくなるぜ。…お、丁度良かった。ユリ!」

他愛ないクラスの男子の会話から突然呼び出され、あたしは正直ビックリした。

「この間のリベンジだ!腕相撲で勝負しようぜ!今度こそ負けねぇぞ〜!」

熱血バカの挑戦状に、あたしも格闘学科の血が燃え滾るのを感じる。
あたしだって、腕力強化の魔法はつい最近自分のものにしている…負けるつもりなんかない。
ところが。

「ちょっと待って下さい」

意外なところから物言いが差し挟まれた。

「ユリさんへの挑戦権は、僕が持ってるんですよ?」

そんな図々しいセリフを口にしたのは…そう、アイツだった。

「カイル?お前にしちゃ珍しいな」

熱血バカの訝しげな問い掛けは、そのままあたしの心の中の問い掛けでもあった。

「…確かに。前回の腕相撲でユリはカイルに負けているんだったな。
もしここでユリがカイルに勝てば、リベンジが果たせるというわけだ。
それにもしそうなら、今のレオンではユリには歯が立たないことになる。
もし負けるようなら、憂さ晴らしにレオンをコテンパンにしてやれば良い」

銀髪をいじりながら少し嫌味に放言する気障男の言葉には、確かに一理あった。
アイツに勝つための、絶好の機会が与えられたのだ。

「チェッ…まあいいや。カイルー!絶対負けんなよ!!」

そんな声援を背に受けながら、アイツはあの時と同じように、あたしの真正面に座った。

でも。
正直な話、あたしはアイツに勝てる気が全くしなかった。
アイツの反応速度、技量、そして純粋な腕力。
あの不意打ちの日、それをまざまざと思い知らされたではないか。
しかし。

「僕も魔法を使ってやります。だから、ユリさんも全力でお願いしますよ」

あたしにだけ届くような囁き。
アイツのそれは、あたしにやる気を出させるには充分だった。
互いに、肘を机に付け、右の腕を組む。
あの時と同じ――アイツは、目を閉じて魔法を詠唱している。
あたしも、急いで、そして静かに、腕力を増強させるための呪文を唱えていく。

「よーい、ドン!」

掛け声と同時に、全力を以って右の腕を倒す。

変な感覚だった。
…確か、腕相撲って腕が90度曲がったら終わりじゃなかったっけ?
思いつつ目を遣ると、アイツとあたしの腕はまだ繋がっている。
その腕の先を見て、あたしは仰天した。
肘を中心にした遠心力で、アイツが空中を飛んでいるのだ。
アイツはそのまま、ズシン!!という大音響と共に、背中から教室の床に着地した。

「〜〜〜〜〜〜〜〜!!??」

それは、予想外の出来事に動転したあたしの叫び声だったか。
圧倒的パワーを見せたあたしへのクラスメイトのどよめきか。

「…ユリは腕力も魔力も成長している、ということだ。尤も、これはやり過ぎだと思うが」

動揺を隠そうとしつつも、少々上ずった声の気障男。

「お、恐れ入りましたユリ様!勘弁して下さいッ!!」

先程までの勢いはどこへやら、土下座して白旗を揚げる熱血バカ。

そして。

「いやぁ、やられてしまいました。敵いませんねぇ」

背中の埃をポンポンと叩きながら、苦笑いして頭を掻く、アイツ。

誓いは成った。
あたしはアイツへのリベンジを達成した。

…バカな。
そんな筈はない。
こんな簡単に勝てる訳がない。
あたしの気持ちは、全く晴れることはなかった。
だからあたしは、アイツを放課後、体育館の裏に呼び出した。

「すいません、遅くなりました…って、ユリさん?」

放課後、呑気な顔をして体育館の裏に現れたアイツを、あたしは思いっきり睨んでやった。
気に食わなかった――省みて見れば単純にして青二才にも程がある、逆恨みだ。
でも、勝てる力を持っていながらそれを使わなかったアイツ。
何で、あたしに全力を出すように言っておきながら、そっちは手加減をしたのか。

「…はは、手加減なんかしていませんよ。あれが僕の全力です」

嘘だ、どう頑張っても勝てっこない。
腕力増強の魔法を使ってるだけのあたしが、技術や反応や膂力で数段優るアイツに。

「だから、あれが腕力増強の魔法を使っていない、僕の全力です」

…ハァ!?
ちょっと待って、あの時自分で魔法を使うって言ってたじゃん!?

「でも『腕力増強の』魔法を使うとは言ってませんよね?僕が使ったのは、身体に受ける衝撃を和らげる魔法です。
お陰で、背中をぶつけてもすぐに立ち上がれたんですよ。流石に、咄嗟の反応で受身は取ってしまいましたが」

つまり、アイツはあたしを最初から勝たせる気でいたのか。
全てアイツのシナリオ通り…そう思うと、ますます気分が悪い。

「ユリさんは本気で勝負して欲しかったかもしれませんけど、あの時はそうもいかなかったんですよ。
両方が腕力強化魔法を使うと、強化されていない身体のどこかに計り知れない負担がかかってしまいます。
そうなると、取り返しがつかない怪我をすることにもなりかねませんからね。
それに、下手に学校の備品の机や椅子を壊して先生から怒られるのも、面白くないでしょう?」

…。
そこまでは、考えが及ばなかった。
アイツのことだ、本気で勝負したらあたしなんか相手にもならないに違いない。
でも、もしあたしが負けたら、腕力強化の魔法を使った熱血バカとの腕相撲になっただろう。
そうなった場合、さっきアイツが指摘した悪い状況が全て起こってしまうことは容易に想像がつく。
だからアイツは、自分が負けることで、最悪の事態を回避できるよう、物事を誘導していったというわけだ。

勝てない。
どう足掻いても、アイツには、勝てない。

けど、面白くない。
だって…クラスメイトの目の前で、アイツを投げ飛ばしてしまったのだ。
あたしだって格闘学科の生徒、強いと思われるのはステイタスだ。
でも――アイツには、それだけの女とは思われたくない。

心の風穴に、一陣の風が吹き抜ける。
最早、ここまで来たら誤魔化す事なんて出来やしなかった。

この世の女の子のうち誰が、好きな男の人を投げ飛ばしたい、なんて思うものか。
あたしがいつも憧憬の目で背中を追いかけていた人を――

そんな感じのことを勢い任せに口走って、咄嗟に自分の口を塞ぐ。
しかし、最早手遅れ――アイツの表情が、全てを物語っていた。

ところが。

「やっぱり、僕が投げられて良かったですよ」

アイツは、きょとんとした表情から極上の笑みに変わると、そんな言葉をあたしに告げた。

「クラスメイトの前で、腕力を自慢にする相手に恥をかかせるなんて真似、二度も出来ませんよ。
…それが、特別な感情を抱いている人なら、尚更です」

…。
…えっ?
…今、何て?
…特別な、感情?
…それって、まさか?

「ええ、ユリさんが持っている感情と、きっと同じものですよ」
にこり。

KO。
降参。
一本それまで。

悔しい。
悔しい悔しい悔しい悔しい。
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。

…でも、嬉しい。

あたしはそんな想いを心に仕舞ったまま、飛び込んだアイツの胸をポカポカと弱々しく殴り続ける。
そんなあたしを包み込むのは、いつの日かあたしを救ってくれた、アイツの逞しい黒いベルト――。

KNOCK OUT MY HEART 強引に ちょっとだけ SWEETに
「愛してる」と言わせたら あなたの勝ち YOU'RE MY HERO.

END