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ナーシング助産院をご利用頂いた方から、体験談を頂きました。

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3.11震災体験  塩釜市 H様


 6年前のあの日、私は仕事で石巻にいました。 いつものように出社し、いつものように仕事をしていた時に、その時間は訪れました。
 今まで経験した事のない様な揺れを感じ、我を忘れて建物の外に出るために走っていました。外に出ると電柱が大きく揺れ今にも倒れてきそうな中、立っている事が出来なくて地面に座り込みました。近くにいた職場の人達が、私の周りを囲むように手を繋いで倒れそうな電柱から守ってくれた光景は、今でも思い出すと涙がこみ上げてきます。
 揺れがおさまると、サイレンが鳴り響きました。 「大津波?」 仕事場は1階に事務所があり、その上に立体駐車場があった為、駐車場に避難する事にしました。しばらくすると、雪が降ってきました。海から離れていて津波がくる場所ではないと思っていたので、上司も雪が強く降る前に早く帰っていいよと言ってくれました。私も、もう少し落ち着いたら帰ろうと思っていました。混線する回線の中、やっと家族と連絡が取れて安心しました。帰ろうと事務所に荷物を取りにいき、車に乗ろうとした瞬間、上から「津波がそこまできている、早く車を2階にあげろ」と叫んでいるのが聞こえました。「え、津波?」私が車を2階の駐車場に避難させようとした時には、津波は膝の上まで迫ってきていました。自宅は塩釜にあり、もう少し早く帰っていたら、帰る途中で津波にのみ込まれていたと思います。 海の方からどんどんと海水が流れてきて、1階にある事務所は、天井まで水が浸水していました。余震に怯えながら、車の中で一晩過ごしました。車のラジオから聞こえてくる地震の被害状況があまりにも酷すぎて、現実的に考えることが出来ませでした。
 そして次の日、水はひいていませんでした。飲み物も食べる物もなく、近隣から避難してきた人を含め建物には約200人もの人が取り残されてしまいました。流れ着いたゴムボートで、近くのスーパーに食べる物を探しにいきました。 そしてそれを少しずつみんなで分け合いました。水一本、紙コップ半分の冷凍ピラフ、かつおぶしが私の食べ物でした。1日ぶりに口にした冷凍ピラフの美味しいこと今でも忘れません。震災から2日たっても3日たっても水がひく気配がありませんでした。食べ物ももうなく、みんなに焦りが出始めた頃、親切な方達が船で助けに来てくれ、震災から3日目に建物から避難する事が出来ました。
 安心していたのも、つかの間ここからどこへ行けばいいのか?どうやって塩釜に帰ればいいのか?途方にくれる私に、船で一緒に救出された矢本に住んでいるという女性が、一緒に行動しましょうと言ってくれました。石巻からヒッチハイクし、トラックの荷台に乗って私たちは彼女のお家がある矢本まで向かいました。そして、彼女のお家に一晩泊めてもらえる事になりました。震災で大変なはずなのに快く泊めてくださり、そして温かいおにぎりまでご馳走になりました。 次の日は、早朝からヒッチハイクと歩きで、震災から4日後の夕方、無事に自宅へ帰る事が出来ました。
 今振り返ると、震災でとても大変な思いもしましたが、それと同時に人の温かみに大きくふれた体験となりました。


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