◆特別寄稿◆  Page 3/3




脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)

東札幌脳神経クリニック 院長 高橋明弘

 ― Page3目次 ―
              【9】続発症・共存症など
             【10】特発性低髄液圧症と外傷後脳脊髄液圧症の相違点
             【11】髄液産生低下型の脳脊髄液減少症
             【12】脳脊髄液減少症の遅発発症
             【13】気圧過敏
             【14】交通事故、労災事故、スポーツ外傷、不登校と外傷後脳脊髄液減少症

【9】続発症・共存症など

 外傷後脳脊髄液減少症の場合、診断されるまでに数年〜数十年経過している患者はザラです。長引く体調不良の間に、脳が敏感になり、うつ病、片頭痛、痙性斜頚、むずむず脚症候群、などを続発してしまいます。このため、一つ一つの症状の変化を聞くと、改善していると答えるのですが、総合的に何パーセント改善したかを尋ねると、0%と答える患者もいます。この場合は、うつ病の治療が必要と考えます。鎮痛剤を数年間、毎日飲んでいたという患者もザラにいて、薬物乱用の治療が必要です。頭痛のパターンが変化して片頭痛が明らかになり、トリプタンやバルプロ酸が有効な患者もいます。有酸素運動は血行を促進して髄液産生を増加させます。いくつかの治療を併用しても自覚症状の改善が頭打ちになり、そのレベルが満足できるものでなければ、次のブラッドパッチを勧めています。1回のブラッドパッチで治癒する患者は10%−20%程度です。通常は複数回のブラッドパッチが必要です。複数回の治療を施行して、数年経過してから「治った」と報告にくる患者もいます。むち打ち損傷が原因である場合、頚肩腕に限局した症状が残存する患者もいます。頚椎椎間関節症、胸郭出口症候群、等を合併しているためで、これらに対する追加治療も必要です。ブラッドパッチで髄液漏れが治癒しても、症状が残存する患者も存在し、軽度外傷性脳損傷が注目されています。
 治ったと報告してくれる患者は多いのですが、油断大敵です。体調が良いので雪かきをしたら症状が元に戻ってしまった。体調がよいのでドライブしたところ再度交通事故で受傷して、症状が元に戻ってしまった。このような話を多く聞きました。治ったと報告してくれた患者に対しては、3ヶ月くらいかけて、計画的に運動量と行動域を増やすように指導しています。

【10】特発性低髄液圧症と外傷後脳脊髄液圧症の相違点

 特発性低髄液圧症と最近気づかれた外傷後脳脊髄液圧症は脊椎部からの髄液漏出という点は共通ですが、相違点があります。
 特発性低髄液圧症は硬膜の弱い部位が自発性に又は軽微な外傷が引き金となり破裂する、特定の個人に発症する病気と考えられています。病初期には顕著な起立性頭痛があり、重症例では、昏睡状態となって死亡した例も報告されています。頭部MRIでは、血管拡張や脳下垂などを認めることが多く、合併症として硬膜下水腫や血腫を認めることもあります。脊髄MRIで硬膜外に漏出した髄液が認められることもあります。髄液が湧き出るように漏出するため、画像所見として現れやすいと推測されます。病初期に髄液圧を測定すると低いことが多く、髄液漏出部位は頚椎部または胸椎部に多く、原則は一ヶ所漏れ(複数箇所のこともある)で、髄液漏出量は多く、ブラッドパッチはその近傍に行うことができれば1回で治癒する確率が高いのが特徴です。ブラッドパッチで髄液漏出が急に停止することにより、または、髄液漏出孔のサイズが大きいので血液が硬膜外腔からくも膜下腔に流れ込むことにより、低髄液圧が高髄液圧になり、一時的に高髄液圧に対する処置を要することもあります。治療後の安静期間は通常1週間です。
 外傷後脳脊髄液減少症は身体への衝撃による髄液圧の急激な上昇が脊髄神経根部の硬膜を損傷する、誰にでもおきうる外傷と考えられています。顕著な起立性頭痛は稀で、3時間くらいで症状が出現することが多く、全身性の多彩な症状を呈します。頭部MRIでは所見に乏しく、治療前後の検査を比較して僅かな変化が認められる程度です。脊髄MRIでも所見に乏しいので現実です。多くの病変から滲むように漏出するため、漏出した髄液がすぐに血管内に吸収されて、一か所に貯留しないため画像所見が乏しいと推測されます。髄液圧は正常範囲であることが多く、RI脳槽シンチで調べると、漏出部位は腰椎部、仙椎部中心で多発性です。腰椎部にブラッドパッチを施行しても1回で治癒することは稀で、通常は広範囲に複数回の治療が必要です。治療後は長めの安静臥床が必要で、治癒するまでの期間は激しい運動を控える必要があります。

【11】髄液産生低下型の脳脊髄液減少症

 髄液産生低下型の脳脊髄液減少症は軽度のものを含めると日常の臨床では非常に多く経験します。髄液は動脈血を原料として、血圧を動力源として産生されるので、脱水や低血圧では髄液産生量が減少します。脱水患者や低血圧患者にみられる起き上がった時の頭痛は低髄液圧性頭痛で、立ちくらみ・めまい・全身倦怠感等を伴います。風邪や下痢、二日酔いのために頭痛を含む体調不良も脳脊髄液減少症で、点滴治療で改善します。以前の誤った常識のため水を飲まない習慣の人がいます。トイレに行きにくい環境のために水分を意識的に飲まない人もいます。吐き気などのたに水を飲めなかった人がいます。慢性の水分不足により髄液産生低下型の脳脊髄液減少症となり、起き上がった時の頭痛やめまい、慢性疲労やうつ症状を引き起こします。このような人には、十分な水分とミネラルの摂取を最低3ヶ月間継続することを指導すると症状が軽快することがあります。

【12】脳脊髄液減少症の遅発発症

 身体に衝撃を受けた直後、あるいは、数日後から症状が出現すると、それが原因であると判断されますが、数カ月〜数年後、時には、数十年経過してから発症することがあります。このような場合、患者本人が外傷のことを記憶していなかったり、無関係と思っていたりすることがあり、精神的なものと判断されがちです。しかし、精神科治療には反応がよくありません。RI脳槽シンチで検査をすると、外傷後脳脊髄液減少症タイプの髄液漏出が認められる患者がいます。髄液が漏れても産生量が十分だと髄液量は保たれて、脳脊髄液減少症は発症しません。しかし、脱水・過労・睡眠不足のエピソードをきっかけとして髄液産生量が低下して、発症することがあります。このタイプは、一度発症してしまうと、水分摂取だけでは回復が困難で、ブラッドパッチが必要になることが多いようです。

【13】気圧過敏

 低気圧が近づくと、気圧が低下して身体が膨張します。髄液を包む硬膜管も膨張して、髄液は相対的に少なくなり、症状が悪化します。気圧の傾きに敏感で、天気予報ができる患者もいます。

【14】交通事故、労災事故、スポーツ外傷、不登校と外傷後脳脊髄液減少症

 労災事故や交通事故などの後に、頭痛・倦怠感などの後遺症のために苦しむ人たちがいます。画像診断で明確な異常所見が認められない場合には、外傷後症候群や外傷性頚部症候群と診断され、「利得目的疾病」、「心因反応」などと判断されることもあり、特別な治療法はなく、労災や自賠責の画像偏重主義の補償制度では補償対象とならず、患者は肉体的・精神的・経済的に苦しみ、引きこもりで質の低い生活を続けてきました。数年〜50年間、質の低い生活を続けてきたが、外傷後脳脊髄液減少症と診断されて、ブラッドパッチでようやく苦痛から解放された患者が多数います。「難治性むち打ち症=脳脊髄液減少症」のような報道のため、脳挫傷と診断された患者は、自分は違うと思ってしまうようですが、起立で増悪する頭痛・倦怠感が続く場合には外傷後脳脊髄液減少症の可能性が高いと考えます。
 外傷後脳脊髄液減少症の発症年令はほぼ全年層に及び、心の問題による不登校と判断されていたり、保健室通いを繰り返したりする児童生徒の中にも外傷後脳脊髄液減少症の患者が存在し、保存的治療やブラッドパッチにより改善して復学しています。児童生徒患者の場合は、1年未満であれば保存的治療に反応する確率が高いので、保存的治療のチャンスを逃さないために、周囲の大人の気づきが特に重要です。

― 3 ―

 上へ