おらが村に塾が降る


作品を書いて

 

 最近、子供たちが、皆でいっしょに遊んでいる風景をあまり目にしない。
子供の数が減少したこともあるだろう。かっての遊び場が無くなってしまったこともあろう。

 学歴中心の社会が優先し、親は子供が少しでもレベルの高い学校へ進学するのを望み、
子供たちも塾へ通わないと友達から取り残されそうな不安感を抱いているのも否めない。
企業や社会が学歴を重くみ、また個人もそうした偏重に囚われ固執しているからやむを得ない。

 だが、追いつけ、追い越せの点数中心の教育は、やがて、他人に対する思いやりを失ってしまうのではないだろうか。

 人々は戦後、経済成長を最大の目的に掲げ、蟻のように働いてきた。経済が豊かになれば幸せが訪れると考えた。

 しかし、日本が世界でもトップクラスの経済大国に成長した現在、果たして、本当に人々の生活は豊かになっただろうか。

 なにもない寒村を通して、子供たちの幸せ、人々のつながりとはなんだろうか、を問いかける。

 二十数年まえのバブル全盛時代にバブル崩壊危機を書いた作品のひとつ。
 現在のアベノミクスもバブルの膨張と崩壊を背中合わせに持っている。

 

 

        (一)

 山懐の村。森閑とした辺りにカラスの鳴き声が響いている。

♪かーごめ、かごめ。かーごのなーかの鳥は……」子供たちの歌声が遠くから聞こえてくる。

大樹の陰で村人たちが数人、なにごとか話している。

村人1「東京の業者が堀りあてた温泉な、大

学の先生が調べたところじゃ、たいそうな

ものらしいな」

村人2「たいそうなものって?」

村人1「土に眠っているお湯のことじゃ。か

なりの量だし、お湯の質も良くて硫黄分が

多いそうな」

位八「湯が出ないのに、湯田村ってどうして

 言うのか、子供のころから不思議に思うて 

 おったが、これでやっと分かった」

村人1「昔、この村に湯が湧き出ていた。そ

 れで湯田村っていったんだな。

  ところで、この村に建つという観光ホテルじゃが、七階建てらしいな」

村人2「いや、最初は七階の予定だったのが、十階建てに変わったそうな」

和吉「話しじゃ、千人以上の客が泊まれると

 いうが、ほんとにそんなに多くの客が集ま

るんじゃろうか」

村人1「和吉さん、いつもそんなことばかり 

 いうてるけど、相手は東京の業者だよ。頭

 のいい連中で、富士山だって買おうかという、つまり金の神様だ。そのへんは、ちゃんと計算してるよ」

村人2「いつもは、村長より頼りになる和吉

さんでも、今回ばかりは聞きとうない。

なあ、みんな」

村人たち「ああ、そうだ、そうだ」

和吉「べつに、ホテル建設に反対してるわけ

 じゃない」

村人2「でも、わしの耳にはそんなに聞こえ

 るぞ。村が豊かになるんで皆、大喜びだ。

いくら和吉さんでも、村の景気に水を差す

ようなことは言わんでほしいな」

村人1「そうじゃ。言葉には気をつけてもら

わないとな」

和吉「村の発展を望まない者なんていない。

 でもな、……」

 

 そのとき、与助が上機嫌で通りかかる。

位八「おっ、与助さん。このまえの村対抗の

運動会は、お疲れさま。

ところで、いつになく、嬉しそうな顔し

て、どうした?」

与助「ああ、ちょっとな。ところで、皆さん

 こそ、まじめな顔して何の話しかえ?」

村人2「例の温泉の話しだ」

与助「おまえさんたちも温泉の話しか。どこ 

 へ行っても、村はその話しでもちきりじ

ゃ。

  実はわしもそのことで、村長さんとこへ 

 行くところだ」

村人2「温泉のことで?」

与助「南の山の麓に、観光ホテルができるだ 

ろ。なんでもその西一帯にゴルフ場をつく

るそうでな」

村人1「西一帯といえば、おまえさんの畑が 

 あるところじゃな」

与助「そうじゃ。あの一帯を買いたいって、

東京の業者が村長のところへ来てるそうな」

和吉「ところで、条件が良かったら売る気で

 いるんか?」

与助「もちろんだ」

和吉「でも、与助さん。あの土地を売ってし

 まったら、先々はどうしていく」

与助「わしのことは心配せんでええ。村長か

らまえもって聞いた話じゃ、畑は高い金で買ってくれるし、それにわしと女房はホテルで雇ってくれるそうだ。

鍬や鎌を持って血眼で働かなくたって

いいし、こんな夢みたいな話しはない」

和吉「でも、この地に生まれ育ったわしらが 

 畑を売って、もしものときは、どうする?」

与助「もしものとき、って?」

和吉「いつまでも景気がいいとは限らん。い 

ったん景気が悪うなって、泊まり客が減っ 

たらどうする」

与助「どうなるというんじゃ?」

和吉「それは自分で考えることだ。

それに、わしらは接客などやったことがない。想像以上に大変だと思うよ」

与助「でも、百姓は体ばかり使うて、金には

 ならん。こうした生活は、もうこりごりじゃ」

和吉「情けないことを言うんじゃない。頭を

使って汗を流し、野菜の成長を楽しみながら、収穫を祝うのが百姓だと思うが……」

与助「わかった、おまえさんの言うことは十

 分わかった。じゃ、急ぐんで、またな」

  与助、急ぎ足で立ち去る。

和吉「……」

村人1「どうした、和吉さん?。元気ないな」

和吉「う、うん。なんでもない。ずいぶん冷

 え込んできた。わしらも帰るか」

 

(二)

 和吉の家。

和吉「ただいま」

キヨ「お帰りなさい。遅かったですね」

和吉「与助たちと話しとった。ところで、敏

 彦の姿が見えんが……」

キヨ「学校から帰ってランドセルを放り出す

と遊びにいったきり。先ほど帰ってきて、 

いま、風呂に入ってますよ」

和吉「元気でいいな」

キヨ「でも今日、家のまえでたまたま担任の先生にお会いしたら、『宿題を忘れて困ります。おかあさんからも注意してください』ですって」

和吉「宿題を忘れるのは困ったことだが、あ

の子のことだ。そのうち自覚するだろ」

キヨ「いつも、そのうちそのうちって」

和吉「そう神経質にならない方がいいと思う」

キヨ「でも、宿題ぐらいはやらないとですね」

和吉「宿題の件はワシから話しておこう。

ただ、子供の教育にあまりせっかちにな

らないことだ。あの子を信じよう」

キヨ「私たちの子ですもの。信じていますよ」

和吉「ところで、例の温泉ホテルの件だけど

……」

キヨ「そうそう。ホテルには大きなプール、

それにホテルの西側一帯にはゴルフ場ができるって噂ですね」

和吉「実はそのことなんだ。いま、与助さん

に会ってきたんだが、あの一帯をすべて売るつもりらしい」

キヨ「西一帯の土地っていうと、あの辺りは 

 ほとんどが与助さんの畑ですね」

和吉「昔は沼ばかりでだれも近寄れない荒れ

地だった。それを与助さんはいまの畑にした。寝るのも惜しまず働いて」

キヨ「それを売ってしまうお気持ちなんです

ね」

和吉「ああ。いま、村長の家に、東京から業

者が来ているそうな」

キヨ「それにしても、農家にとってなにより

大切な畑を売ってしまって、のちのちどうするおつもりなんでしょうね」

和吉「どうするもこうするも、畑は高い金で

買ってくれるし、与助さん夫婦はホテルで

雇ってくれる。もう鍬は持たんでいいと大

喜びだ」

キヨ「百姓やめて、ホテルの従業員ですか。

ホテルの従業員って、やったことのない人

にとっては大変だと思いますよ。考えなお

すよう、おっしゃらなかったんですか?」

和吉「注意したが、わしの忠告など、うわの

 空だ」

キヨ「村長さんに相談して、やめさせること

 はできないんですか?」

和吉「村長みずから、土地を売るよう勧めて

いるから困っている」

キヨ「村長さんみずから乗り気なんですね」

和吉「困ったもんだ。現に村長も自分の土地

の半分以上を売っている」

キヨ「見たこともない大金を目の前に積まれ

たら、人って変わるんでしょうね」

和吉「それは人によるんだろうけど、温泉が 

見つかってからというもの、皆なんとなく 

浮き足だっているのは確かだ」

キヨ「気のいい人たちばかりですから、心ま

で都会の人たちに変えられなきゃいいんで

すけどね」

  そのとき、敏彦が風呂からあがってくる。

敏彦「とうちゃん、お帰り」

和吉「敏彦、ここへ来て座れ。どうだ、学校

 は楽しいか?」

敏彦「うん……、でもね」

和吉「どうした?。黙り込んで」

敏彦「楽しいけど、勉強があるから、それが

 ちょっとね」

和吉「ハッハ……。学校は勉強するところじ

 ゃないのか?」

敏彦「とうちゃんは小さいとき、勉強好きだ 

 った?」

和吉「正直いって、嫌いで、し、た」

敏彦「ハハハ……。やっぱり」

和吉「やっぱりはないだろ。ただ、宿題だけ

はやっていたぞ」

敏彦「ふーん。そうだね。宿題忘れちゃいけ

ないね」

和吉「しかし、こんな日もあったなあ。大雨

が降ったため、上級生に連れられ、みんなで早めに下校したときなんか、楽しかった。

もう少し降ってくれれば、なんて思ったこともあったなあ」

敏彦「翌日は学校が休みになるからね」

和吉「こいつー」

 大声で笑う和吉親子。

 

        (三)
 三年後。東都観光ホテルの落成式。

 万歳三唱。拍手と同時に花火があがる。

支配人「本日の進行をおおせつかりました当

 ホテルの支配人、笹渕と申します。

本日はお忙しいなか、はるばる御足労いただき、まことにありがとうございます。

それではさっそくですが、当観光ホテル社長、粟森の挨拶にかえさせていただきたいと思いますが、そのまえに、簡単にその略歴と人となりを披露させていただきます。

昭和十五年、旧東都帝国大学を主席でご卒業……」

  出席者のあいだから、思わずため息がも

 れる。

支配人「話しは、翌年の昭和十六年、真珠湾

攻撃、アメリカ議会で対日宣戦布告が可決された年のことでございます。

社長はこのとき、日本は二、三年のうちにアメリカに敗れ、そののち、進駐してくる米兵のためのクラブやホテルが、必ず必要になるであろう、そうお考えになられたのでございます。

もちろん、商売など簡単にできる時代ではございません。憲兵にでも知れたら、それこそ監獄に放り込まれる時代でございます。ですから、土地の売買などの計画は当然、秘密裏に遂行なされたのでございます。

   それから四年後、終戦をむかえ、社長のお考えは的中、進駐軍によってクラブやホテルが栄え、社長は数年にして千金を手になさったのでございます。

ただいまお話しいたしましたことからも、先見の明と果敢なる勇気、時代に押し流されない確固たる信念をお持ちの社長のお人柄がお分かりいただけたかと思います」

村人「すごいお方じゃのう」

支配人「それでは、経営の神様として全社員

があがめ慕っております泡森社長にご登場

願いたいと思います」

  ふたたび、花火の音。拍手。

社長「当ホテルの工事に着手して丸三年、本 

日ここにめでたく、落成式を迎えることが

できました。これもひと重に、本日ご出席

いただいておられます衆議院議員であられ

ます西田先生。さらに長田村長さま、それに皆々さまのおかげにございます。壇上からではございますが深くお礼申しあげる次第でございます」

   拍手。

村人「あれが社長さんだ。堂々としてさすが

 じゃの」

社長「さて、今回の源泉から湧き出す豊富なお湯を利用しました大型温泉ホテルを中心に近代設備を誇るプールや娯楽施設、テニスコート、ゲートボール場、それにコースも最高、グリーン状態も完璧なゴルフ場。将来はスキー場や遊園地を計画しておりまして、日本最大の娯楽設備を誇ります。当社にとりましても、将来の明暗を分ける極めて重要な事業でございます」

参加者「がんばれよーっ」

社長「ご声援、ありがとうございます。

どうか、皆さま、今後、子供さんからお年寄りの方まで、幅広くご利用いただけますよう努力いたしますので、ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願い申しあげます」

  社長の祝辞に熱心に聞き入っている与助

 とキク。

キク「とうちゃん、よかったねえ」

与助「ああ。なにもない村じゃったからな。豪華なモノを……、ほんにありがたいこっちゃ」

キク「とうちゃんは接客係、温泉もタダで入

 られるんじゃろ」

与助「そりゃ、そうじゃ」

キク「百姓から観光ホテルの接客係かあ。ず 

 いぶん偉ろうなったもんじゃ」

与助「フフフ……。人をからかってから」

  照れながら嬉しそうに笑う与助とキク。

支配人「さて、それではここで、当ホテルの 

建設に際しまして並々ならぬご尽力を賜り 

ました衆議院議員の西田先生にご登場願い 

たいと思います。盛大なる拍手でお迎えく 

ださい」

  拍手と歓声。

西田議員「ただいま、ご紹介に預かりました 

西田角蔵でございます。隣村出身でござい 

ますので、皆さまとは以前から親類同然の

お付き合いをさせていただいております。

現在のわたくしがこうしてありますのも、ただひと重に皆さまの温かいご支援のたまものでございます。この場をお借りしまして、深くお礼申しあげます」

 

  西田議員の話しに耳を傾ける与助とキク。

与助「西田先生も立派になられたもんじゃ。 

子供のころは鼻垂れ小僧で、村一番の悪ガ

キだったが」

キク「ほんに、手のつけられん悪ガキじゃった」

与助「村の氏神さまに小便をひっかける。大

人に向かってゴム銃でドングリを弾いちゃ逃げまわる」

キク「そうそう。昨年亡くなった清七さんな

んか、いつもゴム銃でドングリぶつけられ

てたな」

与助「そういえば清七さん、角蔵の野郎、捕 

 まえたらぶっ殺してやるって、鬼の形相だ った」

キク「清七さんが怒るのが、角蔵さんにとっ

 て、これまたおもしろい」

与助「そういえば清七さん、どんぐりが頭に 

当たって、血を流しながら病院へ担ぎこま 

れたこともあったな」

キク「村一番の悪ガキが、いまじゃ国会の大

 先生。立派になったもんじゃ」

与助「道路が大きくきれいになったじゃろ。 

あの工事も西田さんが地元のために国や県 

に強う働きかけたんで、ようやく予算がお

りたそうな」

キク「ありがたいこっちゃ」

与助「それに将来は東京から三、四時間で来 

れるよう、高速道路も計画されているらし

い」

キク「昔は馬車がやっと通れるほどの道しか 

 なかったのに、神さま仏さまじゃ」

 

西田議員「皆さん、永年努力してここまでこ 

られた。その血のにじむような汗を、これ 

からは当ホテルでゆっくり流されて、いつ 

までもお若く、ご健康であられますよう。

  また同時に、当ホテルの繁栄をお祈りし 

ながら、挨拶に代えさせていただきたいと 

思います」

     拍手。

西田議員「なお、来年は選挙の年でございま

す。臥薪嘗胆、私利私欲を捨て、ただひたすら皆さまのために邁進する覚悟にございます。
東都観光ホテルの反映とともに、どうか、この西田角蔵の応援をもよろしくお願いいたします」

支配人「皆さま、それではもう一度、西田先

 生に温かい拍手をお願いいたします」

     拍手と歓声。

 

        (四)

 ホテル内。与助と位八が露天風呂の掃除を

している。

与助「ちくしょう!。どこのどいつが吐きお

ったか、岩風呂にガムを吐きおって。床に

くっついて離れんわ。

位八、そこのタワシ取ってくれ」

位八「大きな声出したら、客室まで聞こえる

ぞ」

与助「わしの知ったことか。それより早う、

 タワシ取ってくれ」

位八「手と足があるだろ。自分で取れ、自分

で」

与助「働き過ぎて、腰が痛いんじゃ。早う取

 ってくれ」

位八「ほれ、投げるぞ。それにしても、なに

 をそんなに荒れてんだ」

与助「おまえ、腹立たねえか。支配人がわし 

らを雇うときに、お客相手のきれいな仕事 

をしてもらうって言ってただろ。

  それがひと月たっても風呂掃除だ。野良 

着みてえなよれよれの服着せられて、朝か 

ら晩までヤモリみてえに床に這いつくばっ

てよう」

位八「そう腐るな。この仕事も結構、楽しい

じゃないか」

与助「なにが楽しいもんか。楽しかったこと 

といえば、女湯で若い客が倒れたときぐら

いだ」

位八「三週間ほどまえだったか、湯にのぼせ 

 て倒れたあの女性客のことか?」

与助「そうだ。看護のためわしらの控え室に 

運び込んだ若い女だ。フフフ……。楽しか

ったといえば、あのときぐらいだ」

位八「客が倒れて、なにが楽しい」

与助「なにも分かっちゃいねえな。おまえが

部屋を出て、わしと客ふたりになった。バ 

スタオル一枚巻いて横たわった女の看病だ。三流のストリップなんて問題にならんわ」

位八「看病にかこつけて、若い女の体をしげ 

 しげ眺めていたんか」

与助「ああ。悪いか?」

位八「それにしても、情けないやつだな」

与助「なにが情けない。思いだしたが、情け

ないといえばな、このまえ脱着場にパンツ

が置いてあったから、忘れ物と思ってつま

むと臭え。どこのどいつか知らんが、クソ

で汚したパンツを 脱着場のカゴの中に捨

ててやがる」

位八「たまには、そんな客もいるだろよ。

  ところで、おまえさんが口にする、きれ

 いな仕事ってどんな仕事だ?」

与助「それはな、白いシャツに蝶ネクタイ締

めて、カウンタで客の受付けしたり、ホテルの中を案内してまわる。支配人はそう言ってたぞ」

位八「でも、ものは考えようだ。客の受付け

は気を使うし、客にはいつも頭を下げにゃならん。とてもわしらには向いてないと思うが……」

与助「そりゃ、おまえだろ。わしには向いて

いる。

ただ、これだけは言っとくが、そのうち

村のものが温泉入りに来る。村の連中は馬

鹿でもお客だ。わしらは床を這いまわって

風呂掃除。どんな面して皆に会うんか、考

えてもみい」

位八「いや、風呂掃除だって立派な仕事。ふ

つうどおり、堂々としてりゃいい。ワシたちの仕事をバカにするような者は村には一人もいない。
だれに迷惑かけるわけじゃなし、恥ずかしがることなんか少しもないよ」

与助「おまえさんとは感覚が違う。

ところでおまえさん、なんの不平も言わ

ず黙って働いているが、もしかして、わしよりたくさん給料もらってるんじゃないだろうな」

位八「つまらないこと言うな」

与助「だったら腹が立つだろよ」

位八「別に立たない。それより空を見てみろ」

与助「また急に、何を言い出す。UFOでも

飛んでいるんか?」

位八「UFOもいいけど、遠くでなにかチラ

 チラ輝いているだろ」

与助「オパールかネパールか知らないが、な

 にも見えねえぞ」

位八「星が見えないか。今夜は雲もなく、宝

石みたいに空が輝いている。こんな空の下で仕事ができるってありがたいことだぞ」

与助「なにが宝石だ、星だ。色気づいた小娘

 じゃあるまいし」

位八「それに湯気のおかげで寒いおもいをし

 なくてすむし、感謝、感謝だ」

与助「わしなんか、天井が無くて大迷惑だ。

 雨が降ったらずぶ濡れだし、それに風が吹

いたら涙雨。洒落にもならんわ」

位八「おまえさん、ずいぶん変わったの。夕

方遅くまで畑を耕していたあの頃のおまえ

さんはどこへいった」

与助「また、説教か。いい加減、やめてくれ」

位八「いや、止めぬ。子供たちのリレーの監

督を熱心にやっていたころのおまえさんは、どこへいった?」

 

        (五)

 与助の家。ドアを開く音。

与助「おい、帰ったぞ」

キク「お疲れさん」

与助「与一は、もう寝たか?」

キク「塾の宿題、多過ぎるってブスブス言い 

 ながら、寝てしまいましたよ」

与助「いま苦労しときゃあ、将来、苦労せん 

でいいからな。わたしらの苦労をあの子に

はさせとうない。親の気持ち、子知らずだ」

キク「ところで、お仕事どうでした?」

与助「相変わらず、ヨレヨレの作業衣を着て、床を這いまわっているわ。

おまえは?」

キク「あたしも、若いコックさんに怒鳴られ

ながら、皿洗いしたり、ゴミ出ししたり。でも、ひと月まえに比べたら、ずいぶん慣れましたよ」

与助「相変わらず、追いつめられたゴキブリ

みたいに若い兄ちゃんに怒鳴られているん 

か。お客においしい飯炊いてやるって張り

切っていたのに……」

キク「ンでも、仕方ない。わたしらは百姓以

 外、なにも経験ないしな。

そうそう。この頃、コックさんたちも、気軽に冗談言ってくれるようになったよ」

与助「おまえは我慢強くていいな。わしゃ、

風呂掃除やってて、悔しゅうなって、とう

とう支配人に文句言ってやった。 

接客係だといいながら一日中、風呂掃除

じゃないけ。約束が違うぞ、ってな」

キク「そんなこと、あの支配人に言ったんで

 すか?」

与助「すると支配人のやつ、当ホテルの仕事

はすべて接客係です。もちろん風呂掃除も

例外じゃない。自分の仕事を接客係でない

と考えているんなら、ただちに考えを改め

るように、だと」

キク「……」

与助「そこで風呂掃除は接客係じゃないって 

言ってやった。すると、私が言ったことは

会社の方針。従えないのなら、辞めていた

だいても結構ですよ、だと」

キク「おまえさん、強い口調で言ったんだろ?」

与助「ああ」

キク「あまりたてつくと、あの人恐いよ。ず

いぶんワンマンで冷たい人って聞くから」

与助「わしらから土地を買うときはニコニコ

 しながら、猫なで声を出しとったが……」

キク「商売人って、そんなもんですよ」

与助「ホテルはいつ辞めてもいい。その代わ 

りだ。土地の売買も無かったことにしても

らわないとな」

キク「それは無理ですよ」

与助「なぜだ。おまえまで、向こうの肩を持

 つ気か?」

キク「バカ言うでない。契約してしまったん

だから、土地はもう戻らん。それにホテルを辞めてしまったら、相手の思う壷、こちらの負けだよ」

与助「だったら、裁判所に訴えてやる。わし 

 ら百姓をだまして、土地を奪ったってな」

キク「止めたがいい。契約は契約、負けるに

決まってる」

与助「契約がどうした。わしら百姓は土地が

 なくては食っていけん」

キク「そんなこと、土地を売る時点で分かっ 

ていただろって言われるのがオチ。仮に訴

えても、裁判所もうてあってくれないでし

ょうし、皆の笑いものになるだけ」

与助「じゃ、どうすりゃいい?」

キク「ここは黙って辛抱して働くことですよ。

そのうち、いいこともあると思います。

なっ、おまえさん」

与助「おもしろくない。ちょっと出かけてく

る」

キク「こんなに遅う、どこへ行く?」

与助「パチンコだ」

キク「このごろは、仕事から帰ると、パチン 

コばかり。家でゆっくりしとった方がいい

と思いますよ」

与助「すぐ帰ってくるから」

キク「あまり夢中になるでないよ。ギャンブ

ルで勝ったって話し、あまり聞いたことが

ないから」

与助「ああ」

 与助、家を出る。

キク「以前は働き者だったが、ホテルができ

てからというもの、ほんに変わってしまった」

(六)

 パチンコ店。

与助「なんじゃ、この台は。三万円もつぎ込 

んで一回もかからん。くそたれがっ。茂作

の店なんかやめて、他の店に行きゃよかっ

た」

  そばでパチンコをうっている喜八に話し

 かける与助。

与助「なあ、喜八。茂作の店はケチでまった

 く、おもしろくないな」

喜八「辛抱強く打ってりゃ、そのうち目が揃

うよ」

与助「三万円もつぎ込んだのに、まったくか

からん。玉を出したのは新装開店のとき一 

回きり。まったく、イヤになるわ」

喜八「でも、与助さん。おととい、大箱七、

 八杯出しとったじゃないか」

与助「あれはまぐれじゃ。土地でしこたま儲

けた金でこんなに大きなパチンコ店を開い

たんだから、もう少し出さんと、茂作のや

つバチ当たるわな」

喜八「おまえさんも土地で儲けたんだから、

茂作の悪口は言わんほうがいい。辛抱して

打ってりゃ、そのうちかかる」

  しばらくして。

喜八「ほらリーチじゃ。来た、来た。ほーら、来た」

店内アナウンス「ただいま、三百六十番台、大当たりがでました。ありがとう、ありがとうございます」

与助「フン。なにがありがとうございますだ。

それに、つぎ込んだ金が千円。なにがありがとうございますだ。おいっ、喜八」

喜八「うん?」

与助「わしゃな、きのうからその台に五万円 

 打ち込んでる」

喜八「そうか。そりゃ、すまん。でも勝負は

 取ったり取られたりだからな」

与助「なにが、取ったり取られたりだ。ハイ 

エナみたいに人のあとばかり打ちおって。

その台はな、きのうからわしが五万、他の

連中が七、八万つぎ込んでいる。みんなの

恨みがこもっていることを忘れるな。いい

か」

与助、台をたたく。あわてて、経営者の茂作がやってくる。

茂作「与助さん、少しは静かにしてください

よ。まわりのお客さんから苦情が出てます

から」

与助「なに言うか。さっきから喜八ばかり大

当たり。おまえ、監視カメラで覗きながら、わしにだけ出ださんようにコンピュータ、触っているんじゃないか?」

茂作「バカなこと言わないでくださいよ」

与助「いや、おまえなら、やりかねん。いい

か。もし、きょうも出さんかったら、おま

えの店には二度とこないぞ」

茂作「イヤだったら、来られなくて結構です

よ」

 ふたたび、喜八に大当たり。

与助「くそーっ、喜八のやつ、またかけやが

 った」

他の客「おいっ、黙って聞いてりゃ、言いた

い放題こきやがって。いい加減にしろ。文

句があるなら出て行けっ」

  与助、パチンコ店をでる。

与助「なんだ、あのサングラス野郎は。よそ

者のくせして偉そうに。なにが出て行けだ。

まったくイヤな野郎だ。気分直しに酒でも

飲みにいくか」

 

              (七)

スナック。数人の客がカラオケに興じてい

る。

与助「アキちゃん、いるか」

ママ「あら、与助さん。いらっしゃい。おい

でなられたら、いきなりアキちゃんなのね。

アキちゃん、残念ながら、きょうはお休み

よ。ママがお相手じゃいけないの?」

与助「ママもいいけど、アキちゃんがいいの」

ママ「まあ、お上手だこと。(笑い)

何にします」

与助「いつものやつ」

ママ「水割りね。ボトル一本、キープしとき 

 ましょうか」

与助「ああ」

ママ「ところで、与助さん。なんだか元気な 

いみたい。なにかおもしろくないことでも

あったの?」

与助「ああ、ありありよ。ホテルの支配人と

ちょっと揉めてね」

ママ「まあ!、支配人と……。支配人ってホ

テルでいちばん偉い人でしょ」

与助「偉いかどうかわからんが、生意気なや

つでね」

ママ「そのことは噂で聞いてるわ。かなり厳

しい人らしいわね。

でも、与助さん。仕事で支配人なんかと直接お話しできるなんて、すごいじゃない」

客1「与助さんは大切な土地をホテルに売っ

てやった。そりゃ、いくら支配人でも与助

さんには頭があがらんよ。なあ」

与助「そのとおり。だが、支配人のやつ、そ

 うした恩義なんか、とっくに忘れやがって」

客1「偉そうにしてなあ。わしもあの男は大 

 嫌いだ」

ママ「そうそう、忘れてた。せっかく与助さ

んがみえたのですから、お仕事のことは忘

れて、皆さんで乾杯しましょう」

客2「そうそう。乾杯だ」

  乾杯のあと、カラオケに興じる与助たち。

 

      (八)

 同・スナック。

客1「村もずいぶん変わったな」

客2「吹きさらしの寒いあぜ道が舗装道路に 

なって、ホテルが建ち、パチンコ店ができ、それに米屋と酒屋だけだったこの周辺もネオン街になった」

客1「何もない村だったからな」

与助「それにしても、あの茂作が村一番大き 

なパチンコ店の社長だからな。とても考え

られん」

客2「いい場所に土地を持ってたからな。こ

のネオン街もほとんどがやつの土地だった」

与助「ケチだし、運のいいやつだ」

客1「ところで話しは変わるが、最近、塾が

 次々にできているという話し聞いたか」

客2「最初は東京から来た従業員の子供向け

にひとつあったのが、いまじゃ五つか六つ

に増えた」

客1「塾も東京からの輸入品。いまじゃ村で

 もほとんどの子が塾に通っているそうだ」

客2「どこかのおぼっちゃん、おじょうちゃ 

 んみたいな格好してな。信じられん」

客3「通塾ファッションっていうのか、うち

の子も着たい、着たいってせがむから買ってやったが、高いのなんのって。通塾ズボンに通塾シャツ、それに帽子、靴、たまらんよ」

客1「勉強しに行ってるのか、ファッション 

 ショーに行ってるのか、分からんな」

客3「そうそう。それに、スカーフも揃えに

 ゃならん」

客1「舶来の紳士服が買えるな。まったく、 

なにがどうなってんのか、ワシらにはさっ

ぱり分からん。

ところで、与助さんも塾に通わせてるんか?。

与助「ああ」

客1「与一くんもたしか、六年生だったな」

与助「ああ。あまり感心したことじゃないと

思うが、仕方ない。子供らにはわしらのようにきついおもいをさせたくないしな」

客1「そうだな。勉強、勉強って子供に無理

強いするなんて言語道断なんて言っていた者でも、いざわが子になるとなあ」

客2「奇麗ごといっても、いざサラリーマン

になるなら、一流大学出ておかないと、それこそ、一生平社員でこき使われる」

客1「若いもんからアゴで使われなど、情け

ないしな」

客2「名の知れた会社に入っておかないと、 

 厚生福利は悪いし、それに嫁の来てもない」

客1「ひどい会社になると健康保険さえない

そうだし、一生社員にもなれない。仕事が大変な割には将来も約束されない」

客2「十五の春が人の一生を決める時代か」

客1「ああ。高校から大学までの進学によっ

 て、なにもかも決まる」

客2「世の中、学歴じゃないなんてテレビで

偉そうに話してる者だって、ほとんどが一流大学出の肩書きを持っているし、よく言うよって感じだな」

与助「十五の春かあ。そういえば、わしが十

五のころは、亡くなった親父の代わりに、朝から晩まで鍬もって畑を耕してた」

客1「わしもだ。畑を耕したり薪を拾ったり、弟をおんぶしながら働いたもんだ」

客2「昔はみな百姓だったし、それはそれで

 よかった。だが、いまは時代が時代だし」

客1「時代には逆らえないな」

与助「そういゃ、最近、温泉を利用してプー

ル教室ができたというが……」

客2「プール教室?。プールで何を教えるん

か?」

与助「正しい泳ぎ方を基礎から教えるらしい。
なんでもホテル側が東京から一流のコーチを招いているそうな」

客1「インストラクターとかいうそうだな」

与助「ほう。おまえ、詳しいな」

客1「うちの子二人とも勉強がイヤで、代わ

りにプールに通わせてくれって、きかないから、仕方なしにやってるけど」

与助「そういえば、おまえさんところの洋一

ちゃんだったか、いくつになったかの?」

客1「息子は中学一年、むすめは中学三年だ」

与助「ほう、そんなに大きゅうなったか。ふ

たりともついこの頃まで鼻垂れて、レンゲ

畑の上で転がりまわっていたが……」

客1「その娘もこのごろ急に派手になってな。夕方になるとカラオケに行くっていうて、化粧して出かける」

与助「中学三年で化粧か。そりゃ、ムシがつ

いたわ」

 笑い。

客1「妙に色気づいてよ」

客2「年頃っていえば年頃だしな」

客1「叱っても、親の言うことは聞かん」

客2「うちもそうじゃ。中学生にもなって、 

後片づけせえちゅうても知らん顔、叱ると

ふくれ面して二階の自分の部屋に逃げるし、とにかくモノを大切にしない」

客1「欲しいものはなんでも手に入る時代だ 

 からな」

客2「贅沢になって、親の苦労なんか分かり 

 ゃしない」

客1「図体ばかり大きゅうなって、口にする

ことも妙に大人じみてよ」

客2「かわいげがないな」

ママ「私たちだって、子供の頃に親から同じ

ようなこと、クドクド言われたじゃない」

客1「まっ、そういゃそうだけど」

ママ「ロックンロールっていうんですか、不良の音楽ばかり聴いちゃいけないだとか、髪を長くして怒られたり、スカートの裾が短いだとか……」

笑い。

ママ「それより、愚痴っぽくなると、せっか

くのお酒がまずくなりますよ。カラオケ代サービスしますから、歌いましょう」

 

      (九)

 与助の家。

敏彦「与一くーん、遊ぼ」

与一「いま宿題してるから、きょうは遊べな

い。あしたにして」

敏彦「宿題終わるまで待ってるよ」

与一「でも、宿題が終わったら塾がある」

敏彦「きのうも、おとといも、毎日塾だね」

与一「水曜と日曜が休み。覚えておいて」

敏彦「塾、塾って、まるでつるし柿みたいだ

 ね」

与一「つるし柿?、なーに、それ」

敏彦「吊されたままで、自由に遊べないから

 かな。つるし柿なんか言ってごめんね」

与一「駄ジャレか。それより、敏ちゃんも塾

 へ行ったらどう?」

敏彦「学校の勉強もイヤなのに、塾まで行こ 

 うとは思わない」

与一「でも子供のとき、しっかり勉強しておかないと大人になって苦労するぞ」

敏彦「苦労って……?」

与一「まず、いい大学へ行けない。それに、

会社に入っても一生平社員。

  それに、企業にも雇ってもらえないし、

一生バイト暮らしで、給料も少ない」

敏彦「だれから聞いたの?」

与一「とうちゃんが話してた。でも、とうち

ゃんだけじゃない。皆言ってるよ。勉強だけが人生じゃないなんて言う人もいるけど、そういう人は稀で、現実はそう甘くないって」

敏彦「じゃ、おれも、塾へ行った方がいいの

 かなあ」

与一「鉄は熱いうちに打てっていうだろ。で 

 きるだけ早い方がいいと思うよ」

敏彦「鉄は熱いうちって?」

与一「そんな諺も知らないの。先んずれば人

を制すって諺もあるよ」

敏彦「ふーん。なに、その先んずればって?」

与一「塾へ行かないから分からないんだ。塾

の入り口に大きく書いてあって、毎日塾の先生に続いて復唱してるよ」

敏彦「とにかく、塾へ行きゃいいってことか」

与一「うん」

敏彦「なんだか分かんないけど、すごいね」

 敏彦、与一の家を出て文太の家へ向かう。

 

      (一〇)

  文太の家。文太、椅子の上に立って、窓

から外を見つめている。

敏彦「文ちゃん、遊ぼう」

文太「ごめん。いま、塾の宿題やってんだ」

敏彦「ところで、椅子の上に立って、なにや

ってんの?」

文太「(声を潜め)だれにも言うなよ」

敏彦「う、うん」

文太「実は与一の様子を見てるんだ。

 あいつ最近、急に成績があがったからな」

敏彦「でも、そんなことして何になるの?」

文太「あいつが一日にどのくらい勉強してる 

 か調べているんだ」

敏彦「ふーん。どうして?」

文太「つまり、与一以上に勉強しないと、や

 つには勝てないってこと。分かる?」

敏彦「あ、ああ。……。お、おれ、帰る」

 

      (十一)

  良太の家。

敏彦「良ちゃーん、キャッチボールしよう」

良太「ごめん。これからプール教室へ行くん 

 だ」

敏彦「プール教室って?」

良太「プール教室も知らんのか」

敏彦「でも、いま冬だよ。寒くないの?」

良太「バカだな。ホテルの温泉を使ってるか 

 ら夏よりずっと温かいよ」

敏彦「ふーん。すごいなあー」

良太「敏ちゃんも行ったら」

敏彦「とうちゃんに相談してみるよ」

良太「それがいい。おまえ、塾にもプールに 

も行ってないけど、ほんとうのこと言うと、塾にもプールにも行かなかったら、友達がいなくなるぞ」

敏彦「どうして?」

良太「だって、皆と話しが合わないだろ。皆

が話すことといったら、試験のこととか、

水泳教室で何級になったとか、そんな話し

ししかしないからね」

敏彦「そうか。おら、なにも知らないんだ」

ピシャリと閉まる障子の音。敏彦、元気なく家路につく。

 

      (十二)

山路に差し掛かったとき、急に雪が舞い

始める。

敏彦「雪だ、雪かあ」

  寒さと悲しさのため一瞬、幻覚に襲われ 

 る敏彦。

敏彦「あ、空から塾が、塾が降ってきた。

ひとーつ、ふたーつ、みーっつ。たくさん、たくさん、降ってきた。

ふーっ、冷たいなあ」

 

      (十三)

  外は吹雪。敏彦の家。

キヨ「まあ、こんなに冷たくなって」

キヨ「さっ、早う、中にあがりなさい」

 キヨ、タオルで敏彦の体を拭いてやりなが

ら。

キヨ「心配したよ。どこへ行ってたの?」

敏彦「友だちのウチ……」

 しばらくして

敏彦「か、かあちゃん」

キヨ「う、うん。どうした?」

敏彦「かあちゃん、お、おら……」

 泣きながら、

敏彦「塾へいきたい」

キヨ「また、急に、なにがあったの?」

敏彦「みんな、塾へ行っている。塾へ行かな

いと皆と話しもできないし、遊べない」

キヨ「おまえが塾へ行きたいんなら、かあさ

ん、反対はしないよ」

  そのとき、父親の和吉が風呂からあがっ

てくる。

和吉「辺りは暗くなるし、雪も激しうなって、とうさんもかあさんも心配したぞ」

敏彦「ごめんなさい。

ところで、とうちゃん」

和吉「どうした?」

敏彦「与助さんとこの与一くん、塾へ通って

 いるんだって。それに文太くん、良太くん

も」

和吉「ほう。与助さんの息子さんがなあ」

敏彦「塾へ行かないと、みんなと話しができ

ないし、いっしょに遊べない」

和吉「どういうことかな?」

敏彦「みんな、塾のことで話題がいっぱいで、将来のこと、真剣に考えているみたいなんだ」

和吉「将来のことって?」

敏彦「塾へ行って勉強しないと、いい学校へ

進めないし、就職先もないって」

和吉「ほう。とうさん、初めて聞いた」

敏彦「それに、一流大学へ行ってないと、会

社に入ってからも一生平社員で、後輩からは、ああせいこうせいって、文句ばかり言われるって」

和吉「なあるほど。一流大学かあ。

それで与一くん、塾へ通っているんだ。

まさか、東京くんだりまで通っているわけじゃないだろ」

敏彦「村に塾ができたんだ。それが四つも」

和吉「ほう。ひとつできたことは知ってたけ

ど、四つもあるというのは知らなんだ」

敏彦「ボクも塾へ行きたい」

和吉「塾へ行かないと話が合わない。困った

もんだ。おまえがどうしても塾へ行きたいのなら、とうさん別段、反対はしないよ」

 

      (十四)

炉端で和吉夫婦が話している。

和吉「夜が更けて、いちだんと冷え込んでき

 た」

  和吉、障子を開いて、息子の寝顔を見つ 

 める。

和吉「さっきまでベソをかいていたが、

幸せそうな顔して寝入っているわ」

キヨ「あの子も遊び相手がいないようで、か

わいそうですね」

和吉「それにしても、小学生のうちから学校

以外で勉強させる方が、かわいそうな気がするけどなあ。

外で思いきり遊んだ方が楽しいだろうに」

キヨ「そうですね。でも、皆が塾に行き、あ

の子だけとなると、ですね」

和吉「そうだけど、ただ、気になることが……」

 炉端の火をかき混ぜながら、

和吉「勉強で仲間と張り合い、自分のことし

か考えない人間にならなけらればいいが。子供は勉強だけでなく、遊びの中から多くを学ぶ」

キヨ「たしかに、そうですね」

和吉「お互いをいたわりながら、ゆっくり育

つことが大切だと思うんだけど」

 

      (十五)

  数年後。和吉、新聞を読んでいる。そばでキクが編み物をしている。

和吉「困ったことになったな」

キヨ「なにかあったんですか?」

和吉「この二、三日、株が急落していたよう

だが、昨日は暴落したそうな」

キヨ「まあ、あなたらしくないですね。突然、株の話しだなんて。株の暴落が、そう大変なことなんですか?」

和吉「今回ばかりは村もその影響を受けかね

ない」

キヨ「どういう意味です?」

和吉「以前はこの村も百姓ばかりだった。貧

しさは貧しさなりに、世間の景気とは、ほ

とんど無関係だった。

でも、今回はそうじゃない。村のほとん

どの者がホテルに雇われている」

キヨ「……」

和吉「ホテルは景気に敏感だ。それに、いま

まで黙っていたが、最近、ホテルの客も急激に減っているそうだ」

キヨ「まあ!」

和吉「この村はもともと温泉が見つかったと

いうだけの土地だ。歴史があるわけじゃなし、国立公園のような風光明媚な自然があるわけでもない。

不景気の煽りでお客が減ると、当然ホテルとしては従業員を減らしてくるだろう」

キヨ「そうですね」

和吉「まあ、そうならないことを願うしかない。

それに、飲食店はじめ、他のサービス関連の店も少なからず、その煽りを受けるだろう」

キヨ「景気の影響を村全体が受けるってこと

ですね」

和吉「くどいようだが、村のもの皆、野菜果

物を収穫する土地を売り払ってしまった」

キヨ「畑を手放すのをずいぶん止めたのに、

悔しいですね」

和吉「ああ。景気がどうこうというより、い

ずれこんなことになると分かっていて止められなかった。残念だ」

 

      (十六)

 ホテルの支配人室。支配人と与助。

支配人「あなたもご存知だろうが、最近、お

客の数が減ってきている。千数百人お泊りいただける施設に毎日百人程度と、できた当初の五分の一以下」

与助「で……?」

支配人「そういうわけで、私らも色々と努力

 してきたが、累積赤字は増えるいっぽうで

ね」

与助「累積赤字……??」

支配人「働きゃ働くほど損益が増えていくっ

てことだ。このままだと、倒産ってことにもなりかねない」

与助「で、それがわしとどういう関係で?」

支配人「急な話しで申しわけないが、今月い

っぱいで辞めていただきたい」

与助「あっしが!」
支配人「ああ。こうした話しをする私も辛い。しかし、事情が事情だけに分かって欲しい」

与助「そりゃないでしょ。突然言われても、

百姓はやめたし、働くところがないじゃ

ないですかえ」

支配人「たしかに。だが、ホテルとしても経

 営努力して皆さんの雇用を守ろうとしてきた。その結果が、どうしようもないところまできている。

  ホテルが倒産すると、どういうことにな 

 るか。そのへんも考えてもらいたい」

与助「わしが辞めたぐらいで、どうにもなら

んでしょ」

支配人「とにかく、臨時雇いの皆さんには随時辞めていただく予定でいます」

与助「じゃ、わしは臨時雇いって言うんです

 かい?」

支配人「採用時の契約でそうなっています」

与助「そんなバカな。あんたな、わしらから

土地を買うとき、わしらを社員として雇い

ますって言ったがな」

支配人「(書類を手に取り)これが採用時の

契約書です」

 与助、書類を覗き込む。

支配人「ここにあなたの名前。そしてここに、臨時雇いと書いてあって、あなたの押印がある」

与助「そんな契約などしたことないわ」

支配人「でも、現にあなたの印鑑が」

与助「印鑑を押した覚えなんかないわ」

支配人「でも、現に押してある」

与助「押した覚えなんぞない。どうしても辞

 めろというなら、ワシにも考えがある」

支配人「どうなさるおつもりで?」

与助「裁判所に訴える」

支配人「ハッハッハ……。お訴えになっても

結構ですよ。でも、世間のモノ笑いになっ

ても知りませんよ」

与助「世間のモノ笑い?」

支配人「そう、世間のモノ笑いです。あなた

は笑われてもいいでしょうが、あなたには

奥さんや子供さんもおられる。世間さまか

ら後ろ指を差されるようなことはなされな

い方が良ろしいんじゃありませんか。ヘタ

すると、この地に住めなくなりますよ」

与助「この土地はもともと、わしらの土地じ

 ゃ。よそ者のあんたに、言われる筋はない」

支配人「でも、あなたはその土地をよそ者に

 お売りになられた」

与助「なにを言う」

 与助、支配人に掴みかかろうとする。

支配人「あれ、お殴りになる。おもしろい。

 どうぞ殴ってください」

与助「……」

支配人「ハッハハ、遠慮なさらんで。さあ」

与助「くそーっ」

 与助、身を震わせながら支配人室を出る。

 

      (十七)

 与助、道ばたで村人数人と話している。

与助「それで、おぬしたちも、辞めるように

 言われたんか?」

村人1「最近、客が減っているんで、気持ち 

を引き締めろっては言われたが、辞めろな

んてはなあ」

村人2「んだ、わしも言われなかった」

与助「おぬしはどうだ?」

村人3「わしもだ。ただ、最近不景気で客が 

減ったから、勤務成績の悪い者は近いうち

に辞めさせられるかも知れないって噂は聞

いた」

与助「おまえらは何も言われんで、わしだけ 

言われた。ってことは、わしは勤務成績が 

悪いってことか」

村人3「辞めてくれって言われたんなら、そ 

うかも知れんな。おまえ、よく遅刻してい 

たから。それに、支配人の悪口、よう言っ

てたしな」

与助「支配人の悪口言って、なにが悪い。本

当のことを言っただけだろ」

村人3「仮に悪くても、ホテルのトップの悪

 口を言っちゃだめだ」

与助「おまえこそ仕事も満足にできないくせ 

 して、偉そうなこと言うな」

村人3「おまえさんよりできるわ」

与助「なにィ、このぼけなすが」

村人3「ワシに、仕事できないって、おまえ

さんが言うたから、おまえさんよりはできるって言ったまでだ」

与助「こ、このヤローっ」

 与助、村人に殴りかかる。

村人1「これっ。与助っさん、やめんか」

与助「こいつ、おれのこと、バカにするから

だ」

村人3「ほんとのことを言ったまでだ」

与助「なにぃ」

 与助、ふたたび殴りかかろうとする。

村人1「これっ、与助っ、やめろ。……。

  おい、皆、帰るぞ」

村人たち、与助を残して立ち去る。道の

真ん中に一人残された与助。

与助「どいつもこいつも、バカにしやがって」

 

      (十八)

 与助の家。戸を慌ただしく叩く音。
与助「おーい。帰ったぞ。早く開けろ」
キク「また、飲んてきたんだね」
与助「飲んで悪いか」
キク「少しは、体、気ぃつけないと。それに…」
与助「
それに、どうした?」

キク「お金もないんです。与一の学費、二ヵ

月分も納めてないし、それにあしたまでに

学費払わないと」

与助「学費もない?。そんなことないだろ」

キク「ないったら、無いんです」

与助「畑を売った金があるだろよ」

キク「ありません。パチンコや飲み屋さんに

いくら使ったと思ってらっしゃるんですか?」

与助「パチンコや飲み代といっても高がしれ

てるわ。私立中学なんかにやろうとするか

ら金がない。金が無かったら塾をやめさせ

ろ。

第一、わしらが子供を私立なんぞにやる

ような柄じゃない」

キク「でも与一は、毎晩遅くまで勉強してい

ますし、将来は昆虫学者になるって、目を

輝かせながら頑張っているんですよ。

いまさら、やめろなんてかわいそうでしょ」

与助「金がないなら仕方ないだろ」

キク「それより、パチンコとお酒を少し控え

てくだされば」 

与助「わしのわずかばかりの楽しみを奪わん

でくれ。汗水流してかせいだ金だ」

キク「汗水流して働いたお金だからなおのこ

とでしょ」

与助「ところで、おまえ、わしに内緒でへそ

くりしてるんじゃないだろうな」

キク「まあ!」

与助「畑を売った金は5千万だぞ」

キク「へそくりなんかしてませんよ。嘘だと 

 思ったら、貯金通帳見て下さい」

キク「あなたが毎日出金してるから、これこ

のとおり」

   預金通帳を取り出し、与助に見せる。

与助「た、たったのこれっぽっち!。冗談じ

 ゃない」

キク「毎日、朝からお酒飲んでるから、少し

おかしくなってるんじゃないの」

与助「なにぃ!」

与助、キクの襟首をつかんで押し倒す。

障子の音。隣の部屋から与一が起きてくる。

与一「とうちゃん、どうした?」

与助「かあちゃんが、わしに頭がおかしいな

んて見下げたことを言うからだ」

与一「かあちゃん、だいじょうぶ?。いくら

なんでもひどいよ……。かあちゃん、鼻血 

出してるじゃないか」

与助「おまえのことで喧嘩になったんだ」

与一「……」

与助「学費や塾の月謝がないってわしを責め

 るからだ」

与一「……、わかった。お、おれ、塾やめる」

キク「余計な心配はせんでいい。おまえは安

 心して勉強してりゃ、それでええ」

与助「わしら百姓の子が目の色変えて勉強す

る必要なんかない」

与一「分かった。でも、とうちゃん。かあち

 ゃんに暴力ふるうのはやめてくれ」

与助「親に向かって説教なんかせんでええ。 

 早う寝れ」

 

         (十九)

  同・与助の家。

 与一と母親のキク。与助、そばでいびき

をかいている。

キク「ごめんなさい。とうさん、仕事がなく

てイライラしているから。それにとうさん、

あんなこと言ったけど、ほんとはおまえに

学校へ行ってほしいんだよ」

与一「うん。でもオレ、やっぱり、やめるよ」

キク「やめようと思ったらいつでもやめれる

でしょ。頼むから、そんな悲しいこと言わ

ないでちょうだい」

与一「……」

キク「学校は楽しいんでしょ」

与一「うん」

キク「だったら、やめるなんて言わないで。 

さっきお金がないなんて言って、おまえに

心配かけたけど、おまえを学校にやるお金 

ぐらいあります」

与一「……。うん、分かった」

キク「夜も更けてきたし、そろそろ寝ましょ

う」

与一「布団で寝れるって幸せだね。

かあちゃん」

キク「なーに?」

与一「遠くで蛙が鳴いてるね」

キク「もう夏だね」

 

           (二〇)

 和吉の家。和吉、新聞を読んでいる。

和吉「来るときがきたな」

キヨ「どうしたんですか?」

和吉「東都観光が倒産したようだ」

キヨ「まあ!、東都観光が、ですか!」

和吉「小さな村だからそれ相応の旅館で良か

ったのに、ゴルフ場や遊園地にまで手をひ

ろげたからなあ」

 

           (二一)

 数ヶ月後。道ばたで村人たちが数人、な

にごとか話している。

村人1「ヨシさんの店も閉めたんか」

ヨシ「ああ。半年ほどまえから、急に客が減

ってな。まとめて十人、十五人と来ていた 

ホテルからの流れ客もピタリと絶えてしま

った」

位八「ヨシさんの店、安くてサービスもいい 

んで、けっこう流行っていたのに。この調

子だと他の飲み屋もやっていけるかどうか

心配だな」

村人1「パチンコ店も、最近じゃ全然客が入

ってないようだし、客が入らないから玉も

出さない。出さんからさらに客は減る。悪

循環だな」

村人2「茂作には悪いが、パチンコ店も時間

の問題だな」

村人1「で、位八さんは、これからどうする?」

位八「東京さ行って働くしかないな。土地が 

ないから、いまさら百姓はやれんし……。

ところで、おまえさんたちは?」

村人1「わしも東京さ行く」

位八「でも、東京さ行って、働き口が見つか 

 るかのう。日本中、不景気だからなあ」

村人2「とにかく東京さ行くしかない。働い

て仕送りしなきゃ、家族全員オマンマの食 

いあげだからな」

位八「とにかく、がんばるしかないな」

村人2「最初からやり直しだ」

村人1「あれ、むこうからフラフラ歩いてく 

 るのは与助じゃないけ?」

村人2「与助じゃ。昼間からグデングデンに

飲むのはヤツしかいない。キクさんを亡く

してひと月も経たないっていうのによ」

村人1「まったく、だらしないヤツだ。残さ

れた息子の与一がかわいそうでならん」

村人2「どんなに落ちぶれても、あんなには

なりたくないな。それにしても、飲む金が

よくあるもんだ」

村人1「キクさんがため池に落ちて死んで、

 ガッポリ保険金もらったらしいからな」

村人3「なんでも保険金欲しさに、与助が後

ろから池に突き落としたというじゃないか」

位八「わしも噂で聞いてはいるが、はっきり

したことは分からんで、あまり口にしない

ほうがいい」

村人たち、相づちをうつ。

与助「これは、これは皆さん。貧乏長屋のゴ

キブリみたいに雁首そろえて、何をしてお

いでで?」

 村人たち、無視して返事しない。

村人2「みんな、帰ろ」

  村人たち、帰ろうとする。

与助「おい、ちょっと待て。おまえら、わし

 の悪口言うとったな」

村人1「なにも、おまえの悪口なんか言やし

 ないよ」

与助「いや、その目はわしの悪口じゃ」

村人2「おまえの悪口言うたからって、それ

がどうした。朝から酒ばかり飲んで、悪口

言われても仕方ないだろ」

与助「なにーっ」

与助、殴りかかる。が、反対に押し倒さ

れる。

与助「いてーっ、なにするか、この野郎っ」

村人2「いままで黙っておったが、今日という

きょうは我慢ならん」

  ふたたび殴り合いになる。

村人1「良介さん、やめろ」

村人2「わかった。きょうはこのぐらいで許

してやるから酒を飲んで二度とわしらのま

えに現れるな。いいな」

 

          (二二)

 変わり果てた村をひとり見つめている和吉。

和吉「あれだけ賑わったホテルもコンクリー

トの残骸になってしもうて。窓ガラスは割

れ放題。笑い声があふれた玄関先には人影

さえ消えて……」

 和吉が立っている近くで突然、もの音が 

する。

和吉「ああ、野良犬か。びっくりするなあ。

おまえも食べ物がないんだな。

皆、出稼ぎに行ってしまった。それにし

ても、あの一時の賑わいはなんだったんだ

ろうな」

キヨ「お、と、う、さん」

   和吉、振り返ると、背後にキヨが立って

 いる。

和吉「おお、かあさんか。どうした?」

キヨ「いま、ラジオのニュースで言っていた

んですけど、議員の西田さんと村長さんが、

収賄容疑とかで、警察に連行されたそうで

す」

和吉「こうなると思っていたよ。土地の買収

で便宜をはかってやったお礼に業者からワ

イロもらっていたんだろう」

キヨ「ラジオでもそんなこと言ってましたね」

和吉「景気がいいときは表に出ないことも、

いったん景気が悪くなって損失を被る人間

が増えてくると、表沙汰になるもんだ」  

キヨ「でも、あの村長さんまでが」

和吉「人はお金に弱いからな。あっ、それよ

 り、あの声は……」

 遠くから子供たちの笑い声。

キヨ「おとうさん、あっち、あっち。ほら、

 みんな、元気に遊んでますよ」

和吉「おう、おう。嬉しそうに転げまわって」

キヨ「元気な子供たちの姿を見るのも、久し

ぶりですね」

和吉「子供たちも、やっと本来の姿に戻った

感じだね」

キヨ「おとうさんたちは出稼ぎで留守だし、

その日の暮らしもままならない中で、どう

生きていくんだろう、なんてつまらない心

配していたんですけど……」

和吉「この村の者はみんな、もともと親類み

たいなもの。皆、仲良しだから、くじける

子なんていない。心配ご無用」

キヨ「弾けそうな笑い声を聞いていると、な

んだか、私たちが元気づけられますね」

和吉「失った土地は返ってこない。でも、ま

だまだ畑にしてない荒れ地がある。一生懸

命に耕して、昔の畑を取り戻す」

キヨ「ええ。そのうち、出稼ぎに行った人た

ちも帰ってきますよね」

和吉「目のまえに広がるふるさとの山や川、

木々、すべてがみんな、かあさんの懐だ。

必ずや戻ってくる」

キヨ「最初から出直しですね」

和吉「これからも、よろしく頼むよ」

キヨ「こちらこそ」

和吉夫婦、照れたように笑う。

子供たちの笑い声に混じって、わらべ歌が

聞こえてくる。

♪かーごめ、かごめ。かーごのなーかの鳥は……」

 

                   ー完ー