山 鬼
昔、むかし、山奥の小さな村に権助という猟師がいました。権助はなまけもので、村人が猟にさそっても、ふとんの中でゴロゴロ。母親のおためが、まじめに仕事をするように注意すると、いびきをかいて、すぐに寝てしまいます。
村人たちはそんな権助のことを、
「食っちゃ、ねえ。食っちゃ、寝えの権の助」と、馬鹿にしています。
しかし、権助の耳は不思議なもので、人の悪口だけは聞こえないのです。
「あの子も、もう三十になった。嫁がいてもいい年じゃがのう」
母親のおためが村人にそう言ってためいきをつくと、ちょうどそのとき権助がやってきました。大きなあくびをひとつすると、
「食べ物も底をついてきたようだし、あしたにでも猟に行くべ」
権助は背伸びしながら、ふたたび大きなあくびをしました。
どうした風の吹きまわしか、なまけ者の権助が突然、猟へいくと言い出したので、村人たちもおためも、長作の変わりようにポカーンと口を開いたままです。
「なにかあっんか?」
「体のぐあいでも悪うなったんじゃないか」
目を白黒させながら権助の顔をのぞきこみます。
「おまえら、なに考えてんだ。体の調子がいいから猟に行くんでねえか」
権助は豆粒みたいな目を大きく開いて大声で笑うと、ふたたび大きなあくびをして、熊のようにノシノシ歩きながら、家の中に消えていきました。
次の日の朝、目をさました権助はクモの巣がはりついた猟銃を片手に外へでました。外は粉雪が舞って、たいまつの火もこおりつくほどに冷えきっています。
権助は暗やみの中をただひたすら歩きます。
ひと山、ふた山、み山越え、権助は獲物を追って、ただひたすら歩きます。
そのうち、権助は道を見失ってしまいました。辺りはとっくに明るくなっています。しかし、北から吹きつける雪のためにほとんど先は見えません。しかも、北風はいよいよ激しくなるばかりです。
さすがの権助も前に進むことができずに、岩の陰に腰をおとし、風が落ちつくのを待つことにしました。
「それにしても、えらい所まで来てしもうたのう」
権助が寒さに身をちぢめながら、ためいきをついていると、
「ゴー、ゴー」
突然、山もふたつに割れんばかりの大きな音が聞こえてきました。
「な、なんだべ、あの音は?」
鉄砲を片手に権助は音のする方へ向かって、おそるおそる近づいていきます。
「な、なんだ、これは!」
よく見ると、大きな木のようなものが山道をふさいでいます。
「このへんに、こんなに大きな木などないはずだけど……」
不思議に思った権助は力いっぱい、それを蹴飛ばしました。
すると突然、近くの木々がザワザワと動きだし、山全体が大きく揺れたかと思うと、地響きをあげ、岩山より大きな大男が権助のまえに立ちはだかったのです。
権助は大男に向かって鉄砲を撃ちました。しかし、鉄砲の玉は大男の胸にとどくのがやっとで、なんの役にもたちません。権助はとうとう、銃を捨てて逃げだしました。
雷鳴のような大声をだしながら、大男は権助を追っかけてきます。とうとう権助は大男につかまってしまいました。
「ブタみたいによく太って、おいしそうなやつだ。ムシャ、ムシャ」
大男は、とうとう権助を食べてしまいました。
いっぽう、母親のおためは待てども待てども権助が帰ってこないため、村の長老の長作のところへ相談に行きました。
長作は目を閉じ、うつむいたまま何やら考えていましたが、
「おためさん、こりゃもしかすると山鬼に食われたかも知んねえぞ」
「山鬼というと、わしらが小さいころから聞いておる、あの山鬼のことですかえ?」
「そうじゃ。山のむこうの、また向こうの山に住んでいるといわれる山鬼じゃ。もっとも、この村でまだだれも見た者はおらんし、伝え話しかもしんねえが……」
それから二日過ぎ、三日めが過ぎても権助は戻ってきません。
長作は村人と話しあって、山鬼が住むという山へ行くことにしました。
村人はそれぞれカマやオノ、猟銃を手に山深く入っていきます。朝はまだ暗いころに村を出発したのですが、すでに日は西の空に傾いていました。
「伝え聞いたところでは、この辺りだと思うが……」
切り立った岩山を見あげながら、長作がいいました.
村人は山鬼に気づかれないように、物音たてずに歩いていきます。そのとき、
「なんだ、こりゃあ」
突然、村人のひとりが大きな声を張りあげました。
「し、静かにっ」
長作は山道をふさいでいる大きな丸大のようなものに近づくと、
「これだ、これがうわさの山鬼だ」
村人たちは小声でいいました。
そのときでした。大地も揺れんばかりのいびき声が、山の上のほうから聞こえてきました。
「幸い、山鬼は眠っている。いまだっ」
カマやオノを手にした村人たちは山鬼のまわりを取り囲み、長作の合図で山鬼の心臓めがけていっせいに飛びかかりました。
「グァーオ」
目を覚ました山鬼は、胸から滝のような汗を流しながら、村人をつかまようとします。
「撃てーっ」
長作の号令で、木のかげに隠れていた村人たちは、山鬼めがけていっせいに鉄砲をうちます。
「ガーオ、グァーオ」
目をつぶされた山鬼は、しばらく気も狂わんばかりに暴れていました。しかし、そのうち力つき、カミナリが落ちたときのような音をたてながら、その場に倒れてしまいました。
「うわさには聞いておったが、それにしてもすごい鬼じゃ」
山の頂上付近から中腹にかけて、あお向けに倒れた山鬼を見ながら、長作が言いました。村人たちは恐ろしさのあまり、青白い顔をしたまま、声もでません。
「ところで権助は、ほんとにこの鬼に食われたんかの?」
「んだ、んだ、ほんとに食われたんかの?」
皆、首をかしげます。そのとき良作が言いました。
「食われたかどうか確かめるために、山鬼の腹を裂くことにしよう。もし権助が山鬼に食われたとしたら、まだお骨ぐらい残っているだろ」
「せめてお骨だけでもおためさんに届けたいの」
村人たちは、山鬼の腹を裂きはじめました。
それからどのくらいたったでしょう。
「グースカ、ゴースカ。グースカ、ゴースカ」
「な、なんだ、この音は?」
「もしかして、山鬼の赤子かもしんねえぞ」
村入は山鬼の腹を、さらに裂いていきます。
「な、なんだ、こりゃ?」
しばらくして、山鬼の腹を裂いていた村人の一人が突然、奇妙な声を発しました。
「ど、どうした!」
皆、山鬼の腹にかけ登り、中をのぞきこみました。
「こ、こりゃ権助じゃねえけ!」
山鬼の腹の中でいびきをかいていたのは、なんと権助だったのです。
村人が権助の手を引いて山鬼の腹から助けだすときになって、権助はようやく目を覚まし、
「どこだ、ここは……?」
目を白黒させながら、皆を見まわしました。「それにしても朝早うから皆、なにしてるだ?」
権助の言葉に、皆、ポカンと口を開けたまま、あきれかえって声もでません。
それからの権助はよく働き、母親のおためさんに親孝行したかって……。
いえいえ、親孝行どころか、あいも変らず、食っちゃ寝、食っちゃねの毎日だそうです。
完