冬に眠る
頚動脈に触れる。鼓動を感じる。生きている。ほっと息をつく。
手間をかけさせないでくださいよ、と耳元に囁く。多分聞こえてはいない。
カカシは時折、ふつりと、まるで電池が切れたように懇々と眠る。暖かい季節ならばいいが、冬ならことだ。気をつけてくださいよ、と伝えてはあるが、本人の意思とは無関係に、いっそ暴力的に事態はカカシを飲み込む。だからふたりは冬の間約束をする。3時間ごとの連絡。その連絡が途絶えたら、イルカは彼を探しに行く。冬の間は、ケンカを続けることも難しい。電話が来なければ心配でかけてしまう。あるいは、カカシの方が折れて電話をかけてくる。電話で言い合いになっても、また3時間後には同じことが繰り返される。いつかバカバカしくなって、そこでたいてい、どちらかが折れる。
今から帰ります。どこにいるの。すぐ側のファミレス。迷惑だね!
ふたりで笑って、それでおしまいになるのだ。
カカシの体調は、もちろん不安だ。
けれど、冬は必ず繋がっていられる。耳で、声で。『俺だけが彼を救える』 その事実は正直、イルカを安堵させる。
例えば、とイルカは思う。
例えばこのまま雪の褥で共に眠りについて、二度と目覚めないのはどうだろう。それで俺はこの人を永遠に俺だけのものにできる。何を不安がる必要もなくなる。永遠の冬。それが俺の望むものではないだろうか。
イルカは苦く笑い、首をひとつ振った。
それは、無理だ。触れる手から伝わる鼓動がこれほど愛しいのに、どうしてこの人の死を望むことが出来る。
「積もるなあ……」
イルカは天を見上げると小さくつぶやいた。
どうせなら、俺の薄汚れた心も雪がすべて埋め尽くしてくれたらいいのにな。
思って再び苦笑する。己の心を律せるのは、常に己だけだ。
「眠り姫。起きてくださいよ」
じゃなきゃ王子様がキスをしますよ。ふざけるように言って、イルカはカカシの冷たい唇に顔を寄せた。
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