2012年 武蔵野テンカラ会 釣行記 NO8

通い慣れた新緑が目にまぶしい。昨年渓川さんと来た時には最初から釣り始めたが 私達は少し歩くことにした。今回の釣行は源流域をつめて林道まで到達する長行程の予定である。私は30代の頃に数回踏破しているが、すっかり忘却をしていて、
源流域の渓相も遡行時間もまったく記憶がない・・・余裕ある釣行をする為には時間稼ぎの必要がある。しかし、新緑の中を静かに流れるにその決心をいとも簡単に変えさせられてしまった。左岸から流れ込んでくる支流の合流地点までは僅かな歩行だったが、連なる良淵を目の前にすると我慢が出来ずに竿を取り出していた。水温計で計ると10℃でテンカラにも充分な条件だった。この辺りは釣り人も多く訪れるので釣果は期待出来ないと判っていても、やはり何時もの事ながら胸がときめく・・・新緑の中を駆け抜ける風はすがすがしい。歩行で温まった身体にはひんやりと気持ちが良い・・・交互に釣り上がったが、魚は留守の様だ。良淵が続いてやがてザラ瀬となり、餌釣りでは見逃す様な浅瀬の隅々まで毛ばりを流すが魚の反応はなかった。

通い慣れた

そよ新緑、釣

さわやかな風の中・・・新緑の山々を見て

こんな楽なルートがあるとは・・・

滝上は桃源郷か・・・それとも・・・まずは私が先頭で登ることになったが、V字状になったガレ場は足元が滑り落石の危険がある。後方の渓英さんに当たってはならないのだ。慎重に登りながら、右手の岸壁に足場があるか探しているうちに昔このルートを登った事を思い出していた。そうだった・・・もう少し上から岩を登った様な気がする・・・記憶を辿って上がると岸肌に僅かな足場を見つけた。よじ登って見ると狭いながらも足場が続き何とか渡れそうである。「渡れそうな箇所をみつけました」下方にいる渓英さんに声を掛けて慎重に第一歩を踏み出した。この岩場はも無く、一枚岩で指をかける箇所も見つからない僅かな足場も落ち葉が積っていて渓流靴で払いながらの前進である。足を踏み外せばもちろん命の保証はないが、釣りで命をかる事など考えられない・・・絶対安全だと判断しての決行であった・・・期待の一投目は私が・・・しかし・・・滝上には釣り人の足跡はまったくなかった。私達は小休止の間、少々興奮気味だった・・・なにしろ釣り人がほとんど入らない源流なのだ。魚が群泳していてもおかしくない・・・

当時ルートが思い出せない

このあたりは前回来た時にも魚影がなかったので焦りはない。やがてこの最初の大淵が現れる。ここは左右から二人で攻めるもやはり反応はなかった・・・右岸を高巻いて滝上に出ると、いつもの様に穏やかな渓相が迎えてくれる。ここからしばらく大淵はない。しかしいかにも魚がいそうな渓相は釣り人を飽きさせない。2人で交互に釣り上がるが、どうした事か今日は魚影が見えない。昨年、渓川さんと訪れた時には毛ばりの反応は良くなかったが、魚影は淵々で確認が出来た事を覚えている。ようやく渓英さんに良型ヤマメがきた。渓は落差のある渓相と変わり、大淵が連なり良ポイントは多くなる。だが相変わらず魚の反応はにぶい。時々、申し訳なさそうにゆらゆらと毛ばりに近づき、プイと横を向いてしまう。私の逆さ毛ばりはあまり美味しそうに見えないらしい。いかにも大物が潜んでいそうなその淵でねばっていると、前方で釣っていた渓英の声が聞こえた。急ぎ駆けつけると渓英さんが満面の笑顔で立っていた。高く上げた竿の先は弓なりに曲がり、さらにその先のラインは水中で右左と激しく動いている・・・リリース前にカメラを向けると、じつに見事な源流ヤマメがきらきらと光輝いていた・・・やったね!渓英さん!!ようやく掛かってくれた渓の妖精に感謝しながら、心から祝福の言葉をかける私だった。

高く上げた竿の先はなり!

通い慣れたをまた訪れて

それにしても魚が釣れない・・・目の前には豊かな淵の連続である。例え、釣り人が頻繁に通うでもこれだけの淵があれば魚は残っているだろう。この渓には釣り人の入った形跡がないにも関わらず魚影がない。渓英さんは時々良型岩魚を釣り上げてはいるが、いつもの釣果ではないのである。やがて渓相もザラ瀬が続く様になり林道も近くなる。ここまで釣り上がると渓英さんの伝承毛ばりにもまったく掛かる様子が無くなってしまった・・・間もなく渓は二俣となり、私達は本流筋である左岸から流れ込む沢へと向かった。沢はザラ瀬からまた良淵に変わっているが魚影は全くない。私達は少し釣り上がった時点で納竿して林道を目指すことにした。林道への登りは以外にも緩やかだった。私はもっと下流域から急登をして林道に出ていたが、こんな楽なルートがあるとは知らなかった。

やがてこの渓の最大の難所にさしかかった。大淵を従えたこの滝は左岸を巻くのだが、岩場が濡れていて苔が蔓延り滑りやすい・・・滝上に降りても更に前方に岸壁が迫り足場が悪い。先達の私はそこで足を滑らせて流れに落ち込んでしまった。すぐ下には滝つぼが私を待っているかの様に轟音を立てている。「大丈夫ですか、手を出しましょうか」渓英さんの大きな声が聞こえる。しかし渓英さんが降りて来ても足場が滑るだろう。「大丈夫です」と云いながら私は右岸寄りの岩にハンドホールドを探していた。だが私の指先はむなしく岩肌を滑らすだけだ。「落ち着け、落ち着け」と心で言ながらの直前まで下がると足元にしっかりとした岩の感触があった。全身ずぶぬれになったが不思議と寒くはなかった。今日は6月上旬の暖かさ、それが幸いしたようだ・・・・難所を抜ける事が出来た安心からだろうか、周囲をゆっくりと見渡せる余裕が出来た。新緑が目にしみる。本当に素晴らしい大自然だ。健康だからこそこんな深山まで来られるのだ、釣果などどうでも良い。健康な自分に感謝をしながら今日一日を楽しく釣り上がろう・・・こんな気持ちになりながら至福の時を噛みしめていた。

釣果などどうでも良い

沢合流地点まで午前10時に到達。その後、渓英さんが岩魚を釣りあげたところで沢が合流する地点に着いた。時計を見ると午前10時でいつもよりかなり早い到達だった。合流点から先は大淵が続く、餌釣りの人が絶対見逃さないそのには、やはり魚はいない様だ。渓が左に大きく曲がると間もなく通らずの滝が現れる。この滝は一人が水に浸かって、その肩にもう一人が乗れば何とか登れる所だが、釣り上がって来た釣り人のほとんどが此処で引き返し沢へと入って行く様だ。本日の私達の目的はこの滝上を釣ることだった。私が30代の頃には単独で何度もこの滝を越えている、しかし滝を前にして左右の崖を見渡しても、その当時のルートが思い出せないのだ。ようやく決心したのは右岸のガレ場を登り、さらに立ちはだかる岸壁を渡るルートだった・・・

5月17日

小休止の場からそう遠くない所に良淵がある。水面の上には倒木が横たわっていて毛ばりを落とすのには難しそうだったが、此処は私の逆さ毛ばりで試すことになった。渓英さんが後方で見守るなかでの、期待の一投目は運よく絶好のポイントに入った・・・一匹、いや二匹、いや三匹、きっと毛ばりに突進して来るだろう・・・私の胸の高鳴りは頂点まで達していた・・・しかし、出ないのだ!同じポイントに数回落としたが出て来ない・・・「ここだけ岩魚がいないのでしょう、もっと上流に行けばうじゃうじゃいますよ・・・」この時点では今日の貧果を疑う余地は全くなかった。途切れ途切れの記憶・・・懐かしい渓相、釣り上がると同時に以前の記憶が蘇って来た。あれほど時間が過ぎているのに目の前の渓相はほとんど変わっていなかった。次々と思いだす懐かしい思い出に浸ると魚が釣れない事も忘れてしまう・・・渓英さんの釣り姿をカメラに収めることで充分に満足をしている私だった。

釣り人がほとんど入らない源流

渓忠 渓英

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林道までの源流踏破は長い間の夢だった。おそらく、単独では来ることはなかっただろう・・・渓英さんというすばらしい釣友がいてこそ出来た釣行だったと思う。渓英さんに感謝しながら、まぶしい林道を歩くことになった。今年のお父さんは昨年のお父さんではないのですよ・・・いつも我が家で諭される言葉である。たしかに何処の釣行でも昨年よりは疲労感が倍増している。しかしながら、釣れても釣れなくでもこんなに楽しい釣りをやめる事など出来ない・・・さわやかな風の中、新緑の山々を眺めながら私達は長い道程の第一歩を歩きだした・・・          

                                                       渓忠記

上流に行けばうじゃうじゃいますよ・・・