HOME

食事が終わって槍見橋まで移動をする事になった。槍見橋付近は濁りがなく水量も平年並みの様だ。橋下辺りは禁漁区なのでその禁漁区が終わる更なる上流で、渓英、渓潮さんが竿を出す事となり、渓隆さんは橋下より下流付近を釣り、私と渓川さんは濁りの原因である左岸から流れ込む支流合流点から釣り上がる為に、下流に向かって雪の中を歩き始めた。流れは下流域の濁りが嘘の様に澄んでいる。水温は14℃と暖かい・・・歩きながら右岸を見ると湯気が上がっていた。渓川さんが近寄り手を入れて驚いている、とても熱いそうだ・・・・どうやら右岸上には露天風呂がありそこから流れ落ちている様だった。さらに右岸寄りに下って行くといきなりドドド・・・と音を立てて直径70cmほどの石が二つほど転げ落ちて来た。真下を通っていたら怪我だけでは済まなかっただろう・・・・運が良かった・・・合流点に着いて支流をみると茶色というより黒色に近い状態の水がごうごうと本流に流れ込んでいた。この為に下流域が濁っていたのだろう渓川さんが釣り支度をしている間に、濁りの少し上流にある良淵に毛ばりを落として見た・・・・落ち込みから緩やかな流れに毛ばりが入った時、すぐ下の岩からいきなり黒い影が出て来た。軽く合わせると確かな手ごたえ!上がって来たのが20cmほどの岩魚だった。小型ではあるが、朝から一度も味わった事のない感触に感動した一瞬であった。

上高地行きの道路はまだ固くゲートに閉ざされている、それを右に見ながら大きく曲がりしばらく走ると安房トンネルが見えて来る。昨年までは有料だったが、今は無料になりお金を入れなくても車が近付くとゲートが開く、あとはクマ牧場を過ぎて国道471号をまっすぐ走らせ、宝橋を渡ると目的の栃尾温泉に到着する。飛騨高山地方はまだまだ雪景色・・・出発前に洗車をしようかと迷ったがしなくて正解だった、愛車はすでに泥だらけ・・・洗車の意味がなかった。時計を見るとまだ午後2時30分だ、幸渓さんが予約してくれた宿は(民宿まえだ)入室時間の3時にはまだ早いので明日入渓する蒲田川の様子をみる事にした。この栃尾温泉付近は地震が頻繁にあり、そのせいかは判らないが情報によると魚の反応はいたってにぶいとの事だった。蒲田川は県道476号に沿って右側に流れているが、車中から眺めるとかなり濁って見える、釣り人も少なく所々に人影があるがほとんどがフライマンの様だ・・・蒲田トンネルの手前まで来た時に突然、車がドンと音をたてながら空中に浮いた様な体感がした、ハンドルをしっかりと握りしめながら前方を見ると標識がゆらゆらとゆれている・・・出発時、家族から<岐阜高山地方は地震が多いから注意して・・・>と言われたがこの事だった・・・と気持ちを引き締めて車を新穂高温泉へ向かって走らせた。この時点では同時に東日本大震災が発生しているとはまったく想像できない我々だった・・・

 2011年 武蔵野テンカラ会 No1

翌日13日は新穂高ロープウエイへ行く組と釣り組に別れて行動する事になった。渓英さんと渓潮さんは釣りに挑戦するとの事、我々3名は新穂高ロープウエイに乗る為に新穂高温泉へと向かった。ロープウエイの乗車時間は15分発と45分発があり、我々は運よく待つ事もなくすぐに乗り込む事が出来た。運賃は往復2800円である。しらかば平で一度降りて少し歩いて更に西穂高口へとむかう。全部で10分位の空中散歩であった・・・展望台はまさに絶景・・・感動のひとときである。釣り組との待ち合わせ場所に着いたのは11時40分・・・お二人はまだ来ていなかったが、携帯で連絡をするとすぐから上がるとの事、5分ほど待つと元気な姿が雪の間から見えて来た。やはり今日も反応は鈍かったそうである。今回の初釣行は、かってない大被害をもたらした東日本大震災が日本中を震撼させた時と同じ時期に重なってしまった。地震が来るとわかっていたなら当然中止されていた企画だ、被害に遭われた方々の悲しみと苦しみを考えた時、釣りなどしていていいのだろうか・・・と複雑な思いで胸がいっぱいだった。しかし、高速も止まり帰宅する事も出来ない状況では時間をどう過ごせばいいのか、都合の良い言い訳になるが、迷いに迷った末の選択であった。そして無事に帰宅した際には家庭内電力消費の節減、また災害地への支援等に、最大限に協力する事を私は心で固く誓っていた。

                                   記 渓忠

一体魚達はどこへ・・・更なる濁りが・・・

メガネ橋のすぐ上にあるこの駐車場から下を見下ろすと周囲は一面の雪で埋まっている。私達は滑らない様に慎重に降りた。昨日見た時よりかなりの濁りである、上流部で工事でもしているのだろうか、それとも支流から流れ込んでいるのだろうか・・・水温は14度と暖かいがこの濁りではテンカラは難しい状況と言える。溜息交じりに川をながめている間、渓隆さんは竿を取り出して流れに向かっていた。それに促される様に私達も釣り支度に掛かった。渓隆さんを挟んで下流域に渓川さんが歩きだしたので、私は上流で竿を出す事にする・・・河原はほとんどが雪に埋まっていて歩きにくい。釣り人の足跡を頼りに進むといきなり右足が深場に落ちた。表面を見ただけではわからない雪の怖さである。私が竿を振る場所は以前、渓潮さんと10匹以上の釣果をあげた所であった。
渓相はほとんど変わっていないが水量が多く、しかも濁っている・・・お魚さんはこの濁りでも私の黒系毛ばりを見つけてくれるだろうか。慎重に第一投目を流れに落とす・・・こんな濁りの中でも毛ばりはしっかりと私の目に映っている、これが魚に見えない訳がない・・・しかし釣れない・・・竿抜けになる様な小さなポイントにまで丹念に探るも魚の反応がないのである。表層を流し、中層を流し、そして川底を流す、時には大胆な誘いをするが魚は出て来ない・・・最近の私は歳のせいか諦めがはやい、30分ほどで早々に竿をたたんでしまった。雪を払った石に腰かけて渓隆、渓川の両氏の釣りを観賞する事にした、二人とも苦戦を強いられている様子で、釣果はなさそうであった・・・1時間ほどでこのメガネ橋付近を諦めて、上流に向かう事にする。

武蔵野テンカラ会 蒲田川初釣行

午後は上流でリベンジ・・・そして下流で・・・

雪上をふうふうと言いながら歩いたが、僅かな距離がなんと長く感じた事だろう、河原に降りると渓相が一変する。この辺りは大岩が連なり良淵が続く・・・既に下流を諦めて来ていた渓隆さんが盛んに釣っていた。岩陰から身を乗り出す様に大淵に毛ばりを落としている・・・その姿は完全なテンカラ師・・・風景に溶け込んでカッコ良い。渓川さんも私も早速竿を出して釣り始めたが、この辺りは濁りが更に増しており魚影など見える筈もない・・・11時40分に上流に行った渓英さんからが入った、上流はまったく濁りがなく濁った水は各支流から流れ込んでいる為との事だ。岩魚の姿も何匹か見受けられ、一匹であるが良型の岩魚が釣れたそうである。この時点で一時納竿として、昼食にする事になった・・・すこし車を走らせて下ると右側にそば屋の看板が目に入った。横の駐車場に車を停めて店内に入ると、人の良さそうな年配のおやじさんが出てきた。どうやら老夫婦が二人で営んでいるらしい・・・そのおやじさんは話し好きらしく、川の状態や、釣りの状況を事細かく説明をしてくれるのだが、その声の大きさには閉口する。私が注文したのは750円の天ぷらそばだったが、その味はと聞かれたならなんと答えたらいいのだろう・・・

天気は上々・・・高速はすいすい・・・一路飛騨高山へ

 我が家を出たのは11日午前8時30分、川越市にある渓川宅10時の待ち合わせだが川越インターの混雑を考慮して早目の出発である、途中、三芳サービスエリヤでガソリンを補給する、ハイオクもまた価格が上がった様だ。高速代1000円は助かるが、ここまで燃料費が高くなると喜んでばかりいられない。思ったほどの渋滞もなく高速を降りたのは9時15分、国道16号を狭山方面に少し走らせると間もなく渓川宅である、あまり早く着いては迷惑をかけるので16号を右折してすぐに左折した県道で少し時間調整をする事にした・・・道幅の狭いこの道路でエルグランドを停めているのは多少気がひける、後方に車の列が出来始めたので止む無く再び走らせて渓川宅に向かった。約束の時間より30分以上早かったが、渓川さんはすぐに自宅から飛び出して来た、どうやらかなり前から待ち構えていた様子・・・釣り道具を車に積み終えた所で渓川さんの仕事場を(部屋)見せて貰う事となった、3階にある彼の部屋に入って驚いた、海釣り用、川釣り用、池釣り用の竿がずらりと並んでいる・・・その数は半端ではないのだ、部屋の中央部に机があり、毛ばり作りの道具が整然と置かれており、自作毛ばりに熱心に挑戦していた様子がうかがわれる。

3月12日〜13日

幸先よいスタートだったがその後が続かない。渓川さんと交互に釣り上がるも魚の反応も魚影も見られない。後方から釣り上がって来たフライマンに聞いてみたが、まったく釣れないと言う。俺達に遠慮せず先行して下さいと先を譲ると、その若者はニコッと笑顔を見せてくれた。槍倉橋まで辿り着いたが誰もいない・・・橋上を見上げると渓潮さんの姿がある。お〜いと叫ぶと気がついて手を振ってくれた、上流もヤマメ一匹の釣果との事だった。やはり今日は何処もきびしい・・・まだ時間はある、全員が集合したところで下流域にあるキャッチアンドリリース区域に戻る事にした。そこは我々の宿の近くで夕方までゆっくりと釣りが楽しめそうだ。荒神の湯の駐車場に車を停めて今日最後の挑戦である。川はすぐ下にあり、皆それぞれ竿を手に下って行く・・・河原は広々としているが真ん中を流れる蒲田川は午後3時だというのに相変わらずの濁りだった。此処もまったく反応はなく、魚の姿が見えない。キャッチアンドリリース区間と言えば魚はスレているものの魚影は濃いというのが今までの常識だったのだが・・・5人で4時まで粘ってヤマメが一匹かかったのみ・・・この時点で諦めて(民宿まえだ)へと車を走らせた。

家族の安否・・・友人の安否・・・そして勤め先の・・・

宿に入ってテレビをつけると現実の世界とは想像出来ない悲惨な映像が次々と映し出されていた。間もなく到着した渓英、渓隆、渓潮さんと挨拶もそこそこ、携帯を握りしめ其々の家族、友人に連絡を始めた。幸いにしてどの家庭にもたいした被害がない様子に思わず肩の力がぬける。幸渓さん、正渓さんのご家庭も無事だった様だが、交通機関がマヒ状態でこの高山までは来るのは無理との事・・・とても残念ではあったが、事情が事情・・・気を取り直して温泉に浸かり長旅の疲れを癒す事にした。
12日、8時に朝食を終えて外に出てみると雲ひとつない青空、周りの木々の枝もまったく揺れていない、絶好の釣り日和・・・さっそく身支度を整えて車に乗り込んだ、今日は通称メガネ橋から上流を釣る予定である。途中の川をみると昨日と同じ様に濁っている、駐車場には一台の軽自動車が停まっていた・・・・地元ナンバーである。他に2名のフライマンを見かけたがメガネ橋より下流へと降りて行った、私達は二手に分かれて釣る事として、渓隆さん、渓川さんと私はメガネ橋から釣りあがり、渓英さん、渓潮さんは槍見橋近くを釣る為に上流へと向かった。

渓忠 渓英 渓隆 渓潮 渓川

私と渓川さんが同部屋となったが、部屋は広々としていてのんびり出来る・・・一日の疲れを癒すのに温泉は最高だ。少し熱めだったので水をいれて適温にした。さすが栃尾温泉、10分もに浸っていると全身がぽかぽかとしてくる。楽しみにしていた夕食は6時30分、食卓の上は見ただけで充分満足である。ナマズの刺身を初めて食べたが癖がなく、とても美味しかった・・・アルコールがはいると、そこは気心の知れた仲間同士だ。次から次へと話題が出てくる・・・釣れなくてもいい、この雰囲気が、この仲間達が、好きでやって来たのだ・・・

 奥飛騨はまだ雪の中・・・山々の白さが目にしみる・・・

圏央道の狭山インターに入り、中央道の松本まで渋滞もなく至って順調である。空は抜ける様な青空で風もない・・・話しがはずんでしまい松本を過ぎてしまった事に気がついたのはかなり走ってから・・・幸いにして梓川SAではETC車は国道に降りられるとの事、一安心であった。国道に降りたところで車を停めて渓英さんにをする。渓英車には渓隆さんと渓潮さんが同乗しており、我々同様11日に宿に到着して翌朝やって来る幸渓さん、正渓さんを待つ予定である。渓英さんは転中の為、に出たのは渓隆さんだった。
あの豪快な笑い声が先月の月例会で会ったばかりだというのに、いやに懐かしく感じられる。渓英車は談合坂を過ぎたばかりだとの事、我々のほうがかなり先行している様だ。