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【もう、いいかなあ】

 敏渓は歩行途中、とある道路際の真下に尺近い黒い魚が泳いでいるのを視認し、糸を垂らしたのであったが、あきらめのいい敏渓は直ぐにそこを離れ、近くの瀬できれいなイワナを1匹釣り上げた。実は敏渓が尺近い魚影を見かけた場所で、帰途、何と正渓は持ち前の根気と技術で3匹を釣り上げたのであった。 (恐るべし正渓!)なお、正渓は他の場所 (D川に流れ込む誰も見向きもしないような、木製の土砂止めを乗り越えチンケな細流)で 幸渓から託されていたスペシャル毛鉤を試したところ、“即パク”で釣り上げていた。(幸渓スペシャルは効果あり!の報告を帰途、車中より報告させていただいた)歩行にも疲れたころ、落ち込みのプールにて数匹の魚を見かけ、そこで釣ってみようと敏渓は準備を始めた。 敏渓はそのプールで竿を伸ばし、ラインを飛ばしたものの、警戒されてしまって釣り上げることができず、毛鉤を枝にとられるのみであった。正渓もその近くでラインを飛ばしたが成果を得られず、疲れた正渓は「もうこの辺にいるから」との声で桃源郷の夢を捨てた。 (でも実はもう少し上の堰堤でもやっていた)敏渓はといえば、先行したフライマンを見かけることがなかったので、きっと上流へと行ったと思い、やはり「この先に桃源郷があるのだ!」との夢を捨てきれず、一人上流へと追いかけた。しかしながら行けども行けどもフライマンを見かけることができなかったが、とても美しい渓でほっと一息。ここを最終点として、渓を下ることとした。敏渓は凡そ1時間以上桃源郷を期待し上流に向かったものであったが、その間正渓は「こごみ」や「たらの芽」の野草取りを楽しんでいた。 この時期の楽しみは、釣りだけでなく野草取りも楽しい一時なのである。 (敏渓は野草に疎いものでこごみぜんまいとの区別がつかず、野草取りはしたことがない)。


 武蔵野テンカラ会 2009年 釣行記 No7



 N川源流釣行記


  敏渓 正渓

  5月9日                        文責  敏渓

【渓の戻り道】

 帰途は渓沿いの旧道路を戻ったのだが、やはり長時間歩行してきた分、長時間歩行で帰らなければならない。 早朝は震えるほどの寒さも、いつしか汗をかくような春の日差しの中、長い、なが〜い道のりを戻るのであった。 我々が早朝つり上がった石ゴロの流れでは多くの人が釣っているのを見かけ、「いやあ、随分と人がいるね」と感動したものであった。 快晴の中、見上げると青空に雪を残した山なみが姿を現し、疲れながらも気持ちよく駐車した近くの橋に辿りついた。

【最後の釣り】

 車止めの橋に辿りついたら、多くの車と人が居ることにびっくり。 何と数人のフライマンがこれから釣りを開始しようと歩いてくるのであった。 我々は数人とすれ違う中、ひょっと橋下の流れをみたら、何と尺クラスの魚が3匹、いや6匹、いやもっと群れをなして泳いでいるではないか! これを見た正渓、もちろん釣るべくして即座に橋下に行き、ラインを飛ばした。(橋上から敏渓は釣れるのを期待していた)何回もラインを飛ばしたが、どうも方向が違っているようである。「もっと右、岩寄りだよ〜」と叫ぶ敏渓。 しかし流れの音に敏渓の叫びに気づかず。敏渓は笛を取り出し「ピイツ、ピー もっと右、もっと右」と指さしながら叫ぶ。その内、これから釣りをしようとしていたフライマン&レディが橋上に集まってきた。ギャラリーも魚の群れを見つけ、「わあ大きい!」「わあすごい!」と歓声を上げ応援。多くのギャラリーに囲まれ 「ピイツ、ピーもっと右」と動作しながら叫ぶ敏渓 「これでいいか!」と届かぬ声を上げる正渓 「そこ、そこ! ok!」と叫ぶ敏渓大物が釣れたら、皆で拍手・喝采は間違いない!ギャラリーに見つめられ、笑いながらも何回も粘ったが、正渓の根性をもってしても釣ることができなかった!    う〜ん残念! (いまだにこの群れが、イワナかヤマメか尺ハヤか、謎だけが残ってしまった。)

【釣りから歩行者へ】

 この岩ゴロゴロの場所を凡そ2時間位かけつり上がった。 岩ゴロの後は平坦な渓相に変わり、いくつかの溜まりを見かけては渓に入り竿を出したものの、なかなか毛鉤を咥えてくれるところまでは至らず、途中で3名のフライマンらしき方に追い越されてしまった。 もうこうなったらしょうがない! と釣りから歩行者に変身し、渓に沿って旧道路を歩いてみることとした。 いくつかの落ち込みの淀みがあるのを眺めながら、歩行と少しの竿振りを繰り返していくのであった。なお、この旧道路は今では廃道となっている。 おそらく予算の関係から面倒見られなくなったものであり、何箇所かで崩れた土砂が道に流れこんだり、倒木が道路を横断し歩行者を遮っている場所もあった。 また、日陰では残雪が何か所かあった。途中、先を行ったフライマンの一人がラインを飛ばしているのを見かけたが、我々はこの渓のさらに上流がどんなになっているか見極めようとどんどん歩行を続けた。 正渓が昔来た最奥地を越え、きっと桃源郷のような美しいところがあるのではと思い、さらに奥に進んだ。

【驚き!の第一投・・・・】

 寒い中、渓にて早速正渓は少し下流側、敏渓は少し上流側で準備に取り掛かった。 しばらくして「おー!」と驚きの声を上げたのは正渓であった。 敏渓はまだ準備も終わらない中の一声でまさかと思ったが、正渓はなんと第一投でイワナを釣り上げたのであった!確かにたくさんのイワナが泳いでいそうな気配の渓であり、あまりの速さに驚いた敏渓は、「おいおい、ここってそんなにいるのかあ!」と、正渓の驚きの一投後、ここはと思われるあちこちでラインを飛ばしてみたものの反応がない。 振込みに専念し、何投も何投も繰り返したがやはり少しも反応なし!敏渓は気が入り過ぎ、とある石に躓き体前面をバシャ!と水面に付けてしまった。 同時に大事な帽子が流れていくではないか! 必死に竿の先で「待て!」とばかりに引っ掛けようとしたが、そのままススッーと川下へ。 「正渓さん!正渓さん! 帽子!帽子!」と川下を指差し叫ぶものの、発見できず、「う〜ん残念!」とあきらめなければならなかった。 釣れないのと、帽子を失ったことで一層濡れた衣服の冷たさを感じ、「寒いの何の!」。 濡れてもいない正渓の「寒いですね!」の言葉に拍車をかけられ、思わず、ぶるぶるっと震えてしまった。かなり岩ゴロの流れを遡上したところの大きな岩の陰の落ち込みで、正渓が投げた毛鉤が水面下の枝にひっかかり、毛鉤を取ろうと近寄ったところ、凡そ10匹の魚が悠々と泳いでいる姿を正渓が発見。 しかしながら、うまく毛鉤を咥えてもらえそうもなく、あきらめることとなってしまった。

【一路目的地に向けて出発】

 仕事を終え帰宅後、釣行準備・シャワーを浴び、正渓が敏渓宅に迎えに来たのが24時少し前。交通手段はもちろん車であるが、最近正渓が手に入れた4リッターの四駆SUVの高級外車であり(燃費は当然ながら期待できない)、初めて敏渓は同乗させていただくことになった。 力強いエンジン音とともに、24時に敏渓宅を、一路栃木県の目的地に向けて出発した。目的地は那珂川源流のD川である。 D川は正渓が昔お父上に連れられ、いい思いをしたとのこと。 敏渓も那珂川源流近くの温泉に何回か逗留したこともあり、この近くをもう少し極めてみたいという思いと、たまには平坦な渓相も見たいという思いがこの目的地を決めることとなった。眠い目を擦りながら東北道を北上、いったんサービスエリアで休憩をとり西那須野インター下車。(実は、板室・黒磯インターができていたのでこちらの方が近い)途中のコンビニで朝食・昼食を購入し再び目的地に向け出発した。

【夜の山道はいつも不安】 

 さて県道からはずれ山道に入ると、なんとなく不気味な山道であった。  敏渓はトンネルの先に沢山の猿がいて、ハイク時不安を感じたことが過去の記憶から蘇ったが、深夜のドライブでもあり、そんな心配は無用であった。 目的地近くになり、正渓は先に数台車がいるのではと危惧していた。 (それ程人気がある川のようである。)そんな山道をひた走り、目的地までに程なく到着することとなった。 駐車車両が一台も無く(GW直後のせいかも)正渓の危惧は消えた。 到着時刻は2時40分頃であった。 大きな月が暗闇を少し明るく照らし、不気味な夜を吹き消してくれるようであった。起床目覚ましを4時に正渓はセットし(敏渓はいくらなんでも4時は早いんではないの?と思ったが、結果的には正解であった) 眠りについたのが、3時少し前であった。 

【第二車登場】

目覚ましの電子音に正確に4時に起こされることになったが、準備すべきか惰眠をもう少し続けるか、うつらうつらの中、「来たー!」の声とともに、林を通した先にヘッドライトが見えた。 当然この時間であれば釣り師であろうことは想像に難くない。 あわてて釣行準備に入った。すぐに地元ナンバーのジムニータイプの車が到着した。 気になる正渓は車から降りてきた釣り師に話しかけ、何やら動向を探っていた。 フライマンであった。 お互いどの辺から入るか探りあったが、結局我々は車止めの直下からお先に行くこととなった。

【こんなに早い釣行は初めて】

 川の様子について、簡単に触れておきます。当渓は車止めから数百メートル(感覚的には500メートル)は大きな石がある流れで、どちらかというとテンカラ向き。 その上流はなだらかな開けた川の流れで、全体を通して傾斜が殆ど感じられないような渓である。 我々が釣行を開始したのが、この車止め直下の大きな石がゴロゴロしているところからであった。開始時刻は朝の4時半。 (何せモタモタしていたら地元のフライマンに先行されてしまいそうで開始したもの)4時半はまだまだ山の陰であり、写真を撮るには明るさが足りない状況の中で、水もかなり冷たい。(それ以前に敏渓は車の中で、あまりの寒さで起きてしまった)本当に寒い中での釣行開始であった。

【唐突な誘い】

 会のメンバーを釣行の行動パターンからあえて色分けすると、『いつでもいけちゃう隊』、『いつでも行き隊』、『イベント参加し隊』の三種類に分類できると思う。『いつでもいけちゃう隊』は渓忠、渓英、渓山を中心とする、文字通り暇と金には困らないで、行きたいときにいつでもいけるメンバー(いわばご隠居タイプ)といえる。 従い、この隊の釣行は主に平日となる。次の『いつでも行き隊』は土日祭日を中心としていつでも行きたいが、仕事や家庭事情などもありなかなか自由には行けない。 しかし、明日でもいけそうだと判断したら、速攻で決めて決行する、幸渓、正渓、敏渓を中心とするタイプである。もう一つの『イベント参加し隊』は会のイベント参加型で渓隆、渓太、などに代表されると思っている。今回の釣行はまさに、『いつでも行き隊』の正渓が休前日の金曜日朝10時に携帯メールにて、釣行を隊のメンバーに唐突に呼びかけたものであった。この正渓の呼掛けに、幸渓は残念ながら仕事で会社から応援のみ。 一方、敏渓は個人の用事をたくさん抱えていたが、誘惑に勝てず、喜んで参加することとした。目的地を決めるまで携帯メールのやりとりが正渓・敏渓の間でいつもと同じように始まり、結局目的地を決定したのは、帰宅後の出発直前であった。

【振り返って】

  渓を後に出発した我らは疲れを癒すため、「幸の湯」に立ち寄ることとした。 凡そ1時間しか睡眠をとっていない二人は、お風呂上りに1時間爆睡したのち、東京に向け出発した。今回の釣行を振り返り、渓の感想を述べてみたい。普段、どちらかというと少し険しい源流が多かったので、以前よりもっと平坦な釣りを願ったことがあった。 その願いからすれば、この渓は願いがそのまま体験できたことになる。 里川ではなく、山の中をゆったり流れる渓は、釣りはしなくとも散策でも癒される渓であると個人的には思っている。奥多摩のような日陰の多い渓ではなく、明るい開かれた渓であると感じた。(釣行から数日経過したのち思ったのは、このような渓もすばらしいし、改めて険しい源流もまた、素晴らしいとの思いに至った) いつまでもいつまでもこのような美しい渓は残っていて欲しいものである。今回の釣行はこのような平坦な場所であり、怪我をするようなリスクの少ない渓であり、正渓さんとお互いに心配するようなことがなく、自由な釣りができた。 (その分、釣り写真が少ないこととなってしまったが)でも、やはりここは人気があるところ。 人が多いのが残念。次回、またここに来ることがあったら、さらに上流の限界を伸ばしてみたい。 桃源郷が待っているような気がしてならない。 「また行きたいところか?」と問われれば「また行きたい!」と素直に返答してしまう。最後に、同行していただいた正渓さん、このような美しい渓を紹介していただきありがとう 運転ありがとう 野草(こごみ)もいただきありがとうとお礼を申し上げたい。