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 武蔵野テンカラ会 2009年 釣行記 No9

  

  N川源流 桃源郷を目指して


   渓忠 幸渓 敏渓 正渓

   6月27日                        文責 敏渓

【その後の楽しみ】

 車にて片付け最中、早朝会話した茨城3人組みも戻ってきた。  やはりこの渇水では釣果は思わしくなかったようである。 片付けを終え、温泉に向けてゲートを後にした。 温泉は前回同様、幸の湯である。  質素ではあるが源泉かけ流しの温泉が気持ちがいい。 名物の打たせ湯は肩凝りも飛んでいくようであった。  前回は気がつかなかったが、目ざとい幸渓さんのご要望で○根を背景(写真をご覧ください)に温泉の玄関で記念撮影。 温泉のあとは、少しおなかがすいたようであり、お蕎麦を食べて帰ることとし、以前敏渓が見つけた板室温泉街のお蕎麦屋さん”やしお”に入った。 改めてここの蕎麦はうまいと実感。 皆も満足そうであった。 渓歩き、釣り、温泉、お蕎麦と充実した1日を過ごし、お蕎麦屋さんの駐車場にて解散ということになった。 いやあ皆さんお疲れ様でした! ご一緒でき本当にありがとうございました!

【楽な帰り道】

 今回の第一目標であった、最奥の探索は渇水の為か釣りにとっては桃源郷とはいえないものの、緑の濃い林の中を、湧き水のような水の流れに沿っての渓流歩きこそ、自然の中に溶け込んだ一時であり、気持ちのよい時間であった。 竿を全くこれまで出さなかった、幸渓さん・渓忠さんも明るい表情である。  最奥を出発したのが9時少し前頃。 駐車ゲートを出発してから凡そ4時間後位と思われる。
 第一ラウンドの釣行は終了し、これより自転車置き場所までの帰途となった。 途上、道路がある筈との予想のもと、正渓さんが林の中を少し上を駆け上がり、廃道を発見!  廃道は道路に復帰できないほど草で覆われていた。 我々はこの廃道を延々と歩き下った。 途中途中、遡上した渓を見下ろしながら、いやあ随分と遡上したものであると感心しながら自転車置き場に辿りついた。  途中山菜取りの地元の方に出会い、 ”釣りですか? この渇水じゃ難しいでしょ!”のお言葉をかけられた。(確かに実感!) 
 さて自転車置き場で、幸渓・渓忠組と、正渓・敏渓組に分かれ、途中竿を出したいところで竿を出すこととした。 先に下った幸渓・渓忠組の後に続き、正渓・敏渓組はゆっくり道を下り、とある渓にて自転車を止め渓に降り立ったが、そこでフライマンを発見。 その他の渓でも、良さそうなところでは、すでに人が入り込んでいた。  それでも、ある一箇所で竿を出したが成果なく、正渓・敏渓は改めて自転車で下ることにした。 途中、例の茨城3人組に正渓さんが声をかけたが芳しくない返事であった。 帰途は下りであり、加速がつきあまりペダルを漕ぐこともなく、ゲートまで辿りつける。 敏渓は渓を眺めながら、正渓さんはゲートまで一気に下った。

【さあ、出たか?】

 正渓さん・敏渓は自由にラインを飛ばしながら期待をしながらの遡上。 幸渓さん・渓忠さんはあいかわらずの談笑ペース(竿をしまったまま)で歩を進めるパターンが続いていた。 6時15分頃から竿を出し始めたと思うので凡そ2時間近く2名が釣りを、残りの2名が渓歩きを楽しんでいた。 途中、正渓さんも敏渓も魚の反応はみたものの、敏感に毛鉤を見切られたことがあった。 気候はといえば、快晴の林の中の釣行なので適度な気温と言えた。 あとは地合待ちだろう。 このパターンはきっと8時半過ぎ頃から釣れるパターンであろうとの想像で、敏渓はだんだん期待感がでてきた。  とある小さな溜まりで敏渓は姿勢を低くしたままでラインを飛ばした。 来そうな気配である。 いやここに出ると思いながらの一投であった! 水面が少し盛り上がった! 竿を引いた! 手ごたえあり! 来たあ−! ラインを緩めず手元に手繰り寄せた。 イワナである。 本釣行で最初のイワナであった。 ”やったあ!!” 釣行開始後、凡そ2時間弱後の初釣果であった。 さあこれからである、これからがバンバン釣れる地合である。 正渓さんにも気合が入った。 程なくして正渓さんにも来た! きれいなイワナであった。 

”そうです、これからバンバン釣れるパターンに突入したのです!” ”地合に乗ったのです!” との気持ちになったところ、突然 幸渓さんから”ハイ、終わり〜!”の掛声に、”えっ!、え〜〜何で〜や?” とビックリ! 確かに渓も細くなってきたこともあり、引き上げてもいいかなと思われるところであった。 幸渓さんは半分は冗談のようであったので、引き続き小渓を釣りあがることとした。 しばらくして、渓もかなり細くなったところを最終地点として、小休止を取り引き上げることとした。

 魚影を見かけたのは凡そ、自転車止めまで半分来た位のところか、まだまだ道は遠い。 当初の予想は平坦なので30分位でいけるのではと高を括っていたが、いざどうしてどうして、平坦ではなく、登りでは1時間以上かかってしまった。 4時45分頃に出発し、自転車止め到着が5時55分なので凡そ1時間10分近くかかってしまった。この自転車止め地点は道路が全く埋もれてしまって消えたように見える地点である。ここまでに自転車を降りたのは、登りと石ゴロでの数箇所。  自転車で1時間以上ということは8km近くは来たのかもしれない。自転車止め近くの溜まりには前回は魚が数匹泳ぐのを視認できたが、今回は気配すら見えない。やはり水の少なさのせいだろうか? 自転車漕ぎで熱くなった体を少し冷まし、自転車をロックし、さあこれから釣行だ! 堰堤を越え、林の中を流れる渓を遡上することとなった。

【魚はでるのか?】

 水が少ない為、林の中を流れる渓を歩くのはたやすいことであった。 4人でしばらく渓を楽しみながら竿を出さず歩を進めることとなった。 どのくらい歩を進めただろうか、なかなか魚影を見かけることはなかった。 前回、これは!という溜まりが、 今回は、少し深みの流れ位でしかなかった。 
 しばらく遡上し、まず最初に竿を出したのは正渓さんであった。 ここはというポイントにて竿を伸ばしトライしてみた。 はてさて反応は? 魚がいるということだけは分かったようである。  正渓さんの”居そうだ”の顔色に、敏渓も竿を伸ばし始めた。 この小渓では一人二人の釣りがいいところ。 幸渓さん・渓忠さんさんはと言うと全く竿を出す気配はなく、竿を伸ばした二人を静観しているのみであり、幸渓さん・渓忠さん間で釣行の思い出話や世間話に花が咲いているようである。 これを余裕というのであろう。 テンカラベテランはガツガツなどしない領域に達しておられる。(これは特に最近感じている点である) 余裕の二人は釣果はどうでもよいのであり釣行を楽しめる達人の領域なのであろう。  反面、テンカラ経験が少ない二人は、首をひねりながら、何故魚の反応が少ないか分からないながら、ラインを飛ばすのであった。
 談笑のベテラン2人と、黙々の二人の釣行となった。  でも反応ないですね・・・。  敏渓が思うに、過去の少ない経験からやはり地合ちゅうもんが渓流釣りにもあるのではないか? と考えていた。 どうも早朝は釣れない。 夜明けのまづめ時間帯を過ぎ、水温も低くはないながら、魚には魚の都合ちゅうもんがあるのであろう。 渓忠さんは流れ内の石をひっくりかえし川虫を確認。 ”川虫がいるから魚はいないわけない”との判断を下した。  つられ川石をひっくり返した敏渓は黒川虫の小さいのを発見、”う〜ん、こんなにおいしそうな餌があるのだから・・・”と思いながら、ラインを飛ばすのであった。 しばらくし、前回の折り返し地点に到着した。  前回はこの折り返し地点がとても美しく、この先はもっと美しいものでは? と想像していたものだが、このような渇水では、この地点さえ写真を取る程の場所ではなかった。 この前回折り返し地点の少しの溜まりに、ラインを飛ばしたのであったが、全く反応はなかった。  さあ、いよいよ難しくなってきた。  

【平坦な道の筈が・・・】

 さて、我々4名の自転車チームはゲートを後にし、道路を一路、道の行き止まりを目指して進むことになった。 前回の釣行時は徒歩で往復したもので、とても斜面と感じることはなかったが、いざ自転車で走って分かったのだが、徒歩では気がつかない道も自転車だと明らかに登りであることが、漕ぐペダルの重さで感じ取ることができた。  いやあ”平坦なところでご心配ないです”と申し上げたことは間違いであった。 少し負担を感じる登りの道路であったが、手押しになる部分はそれ程連続することもなく、ただただペダルを漕ぐだけで、飽きてきた。  徒歩で来た時は、”何と美しい!”と感じたポイントがあちこち見えたのが、自転車だと気がつかない。  いや、それだけではなかった! 以前より野草が大きく伸び、渓のよいところが見えないのであったと後で気がついた。 原因のもう一つは、現実的に水量が少なく、渇水状態に近いからでもあった。 普段テンカラ釣行している我々には渇水といえど、釣りができない水量ではないことは明らかであり、黙々とペダルを飽き飽きしながら漕いでいくのであった。  何箇所か自転車を止めて渓をみたものの、魚が見えないではないか!  渇水で、魚影も見かけず、本当に大丈夫? という疑念を抱きつつ、汗かきながら少しの登り道をペダルを漕ぎ進むのであった。
 先頭を行く敏渓は、とある道路淵をみたところ、大きな魚が7メートル位走り、岩陰に潜む姿を始めて見つけた! とても太ったメタボ岩魚のようであった。あとから来た正渓さんに”メタボ魚! メタボ魚!”と言ったものの、”励ましのために言ってんじゃないの???”と信用してもらえず、後からきた幸渓さんもどうでもいいような感じで、行き過ぎてしまった。その後、とある橋で正渓さんが”バラッと5匹位魚が走った!”とのことがあり、やっと魚影をみたことを信じてもらえた。

【やはり車が!】

 消灯後、疲れているので無理に寝ようと思ったが、これが以外と難しい。 羊を数えても眠れず、仕方がないので、狭い車内で釣りの準備をしたり、横になったり。 そのうち、2時半頃であったであろうか(時計が止まったこともあり正確には不明)、林を通してヘッドライトが! やはり来たか! その車は暗闇をゲートまで突き進み、狸寝入りしている私の車の横で向きを変えた。  その車がどうなったか? 推測だが、「もうすでに4台もの車があったんでは・・・、釣り場所を変えるとするか?」 と思っていたかどうか? 先頭の前にいなかったような気がするが・・・。 とか考えながらうつらうつら。 でも眠れない。
 そのうち3時半頃だろうか、まだ暗い内にまたもう一台。 今度はゲート近くの少しの空きエリアに車を止め、何と釣の道具らしきものを準備しているではないか?  暗い中黙々と(窓を閉め切っているので声は聞こえない)準備を進めている。  「渓忠さん幸渓さん正渓さん、彼らに負けちゃうよ! 早く起きて出ようよ!」 と声を上げたかったが、真っ暗闇の中の車内で声を上げても仕方なく、ただただその車を見ているだけてあった。 彼らは準備を着々と進め、車内から少しの明かりが見え隠れし(その後、前祝を挙げているとのことであった)、自分は半分はうつらうつらとしていた。

【インターはどこが最適か?】

 高速出口は今回は黒磯板室インターとした。(単に未経験場所を確認する意味で)インターを出てナビに従って走ったが、そのルートだとコンビニがないことに途中気がつき、少し西那須塩原インター方面に戻り、コンビニで朝食・昼食などを購入。  正渓車・幸渓車・敏渓車の順でコンビニを後にした。  振り返れば、やはり西那須塩原インターが多少距離はあっても、高速の看板や道路の看板も充実しているし、何よりコンビニもいくつかあるので便利である。県道をはずれ、山道に入いった。 今回は3台であり、全く不安もなく、どんどん山道を登っていき、最後の細い道を通りぬけ終点のゲートに到着した。
 ゲートでは予定通り渓忠さんの車1台のみが静かに止まっており、我々3台はその後につけた。ゲート到着が凡そ1時20分頃だったであろうか? 前祝いを上げることなく、満点の星と久しぶりの天の川鑑賞の後、就眠の準備をし、特に起床時間を決めるまでもなく(明るくなれば目が覚めるでしょうの感覚)床についたのが1時30分頃であった。 

【まずは佐野ラーメンで腹ごしらえ】

前回5月の釣行は、桃源郷を求め、上流へ上流へと遡ったものの、最後まで川を極めることができないまま終わってしまった。 その後、正渓さん・幸渓さんと再会した5月中旬に、再釣行を決定した。今回、改めて川の上流は如何となっているのか? そこには夢のような景色が待っているのか?と気持ちを抱き、自転車という道具を使って極めようとしたものであった。
 当初の釣行予定者は幸渓さん、渓忠さん、敏渓の3名であったが、出産後の奥様の寛大な”あなた行ってきていいわよ”の温かいお言葉を得た正渓さんが急遽参加できることとなった。 (”あ〜ぁ、いいなぁ自分も行きたいなあ”と切ない小さな声で奥様の傍でつぶやいたにきっと違いない。)さて集合は、渓忠さんはいつものように睡眠を十分とるため前夜に現地入りするとのこと。 他のメンバーは佐野SAにて24時に待ち合わせを決めた。 敏渓が待ち合わせに着いた23時30分頃には、丁度 幸渓さん・正渓さんともに佐野ラーメンを食べ終わったところであった。 お腹も満ちたり、3名は佐野SAを23時35分頃に出発した。  

【第二ラウンド】

 先に下った幸渓さん・渓忠さん及び少し遅れて下った正渓さんの自転車がゲートにおいてあった。 見ると3名とも川でラインを飛ばしているではないか! ゲートの橋下の石ゴロからつり上がったようである。 ここは一番水量もあるところであり、すでにかなりな人が入った場所と思い気や、幸渓さん・渓忠さん・正渓さんともにここで数匹釣り上げたようである。 ここで4名の釣りとなり第二ラウンドの釣りを行った。 渓の枝別れした場所で、幸渓・正渓組と渓忠・敏渓組とに別れ、13時30分頃まで釣りを楽しんだ。 4名ともこの辺りの場所が一番釣りを楽しめたところであった。 

【茨城弁もいいぞ!】

 その内、何と渓忠さんが車から出て来て、その車(茨城県と分かるナンバープレート)の方とお話を始めたではないか!  間をいれず正渓さんも出て来て一緒に会話を! な、何だ! 皆寝込んでいたわけではなく、気になっていたのではないか!茨城県の方はメンバー3名のルアー釣りのようで、この区域はよくご存知のようであった。 お話の内容からは、現在は非常に水が少ない川となっているとのことなど、いろいろお話をされていた。 結構気さくな感じを受け、また茨城県訛りが心地よい響きとなって聞こえてきた。 (茨城訛りもなかなかいいではないか!) お人柄も良いような御仁とお見受けした。 この茨城3人組の方は、我々より早く出立された。程なく我々も準備をし、用意した自転車をゲート上で受け渡し、いざ出陣となった。