1m”という名の高い壁3年振りの北海道で起きた奇跡−

 

 5月の初め、研究生という形で大学に残っていた一つ下の後輩から電話がかかってきた。「就職が決まったので7月中に北海道を離れることになったのですが、まだイトウを釣ってないんです。一緒に行きませんか?」 ということだった。私も大学を卒業し、北海道を離れて丸3年が経ち、東京で管理釣り場のヒレのない魚を釣ることに少々フラストレーションが溜まっていたので、金曜日に休みをもらい土日と合わせて北海道に行くことにした。

 610日の朝、東京は23℃あり、半袖のシャツがちょうどいい陽気だったが、女満別はまだ春を迎えたばかりといった感じで、14℃しかなかった。慌てて上着をとりだし、あたりを見回すと懐かしい顔が迎えてくれた。再会の挨拶もそこそこに、車の中では最近の釣果の話で盛り上がっていた。昼間のうちは学生時代にお世話になった人たちのところへ挨拶に行き、夕方相方の家で作戦会議となった。相方は私が来ると決まった時点で我慢できなくなったようで、既に一度行ってきたという事だった。話を聞いてみると、ボイルはあるのだがルアーに反応はなく、(相方はルアーマンである)周りにフライマンの姿もあるのだが、釣れている様子はないということだった。

 夜10時、いよいよ出発である。網走から釣り場までは約300Kmあるのだが、夜の北海道はどこへ行くにしても時速100Kmで計算がたつので、早朝から釣り始めるにしても12時に出発すれば十分なのだが、2人ともすでに興奮状態で、いてもたってもいられず釣り場へと向かった。途中、局地的に強い雨が降り心配したが、釣り場についた時には雨は上がっていた。

準備をしてポイントへと向かう。まずはイトウ釣りでは超有名な川のとなりにある私にとって実績の高い川の河口へと入った。ここはいつも風が強いところなので心配していたが、幸いほとんど風はなかった。ここのイトウはウグイとトゲウオを主食としているのだが、この時期ウグイは産卵のために中・上流域へと遡上しているので、メインベイトはトゲウオとなる。トゲウオは降海準備のため河口域に5~数十匹で群れをなしており、岸際で引き波を立ててウロウロしている。それをみつけたイトウが群れに突っ込んでエサを取るため、激しいボイルがおこる。このため、ルアーにしてもフライにしてもトゲウオのサイズやカラーに合わせたものを岸際にキャストして狙うのが、この時期のこの川でのイトウ釣りである。私は9ft #8のロッドにType2のシューティングヘッドで釣り始めた。相方は9ftのトラウトロッドに7cmのフローテイングミノーである。4時ごろから釣りを始め、7時ごろまでは雨も降らずそこらじゅうでイトウのボイルがみられた。時には私の足元で60cmほどのイトウがボイルするほどである。決して状況は悪くないのだが、私のフライにも相方のルアーにもヒットはなかった。7時を過ぎたころから雨が振りだし、風も強くなってきた。雨脚はだんだん強くなり、イトウのボイルも見られなくなったため、移動することにした。

 最初の釣り場から30分ほど車を走らせ、風裏になるポイントへと移動した。このポイントは中流域になるのだが、遡上中のウグイの休憩所になっているところで、それを狙ってイトウが入ってくるポイントで、私が大学3年生の時にわずか3時間ほどの間に70cmクラスのイトウを4本あげた縁起のいいポイントである。しかしポイントに着いてみると、前日からの雨で増水しており、濁りもかなり入っていたためフライでの釣りは断念せざるを得なかった。私自身も久々の北海道だったため、なんとしても一本釣りたい気持ちはあったが、まだイトウを一本も釣った事がない相方に任せる事にした。ここでは河口域とは異なりウグイがメインベイトとなるので、ルアーやフライも大きめのものを使う事になる。一投目でルアーを追ってくる姿が見えたらしく、しばらくそこで粘っていた相方に待望のイトウがヒットした。慎重に引き寄せ、無事取り込むことができたイトウは45cmだった。イトウとしては小さい部類だが、彼にとっては初めてのイトウである。しばらくまじまじと眺めたあと、写真を撮ってリリースした。イトウが釣れたのを目の当たりにし、俄然やる気が出てきたが雨はさらに強くなり、やむを得ず昼食をとるためコンビニへと車を走らせた。

 昼食をとって仮眠したあと、起きてみると雨は霧雨状になっていたため釣りを再開することにした。ポイントは朝たくさんのボイルを確認できた川である。15時ごろから18時ごろまではまったく反応が見られなかったが、辺りが暗くなるにつれてボイルが見られるようになってきた。時折強い雨が降りやる気を失いそうになるが、今日しかないんだと自分に言い聞かせてロッドを振りつづける。しかし、一向にアタリは来なかった。

湿原の川は周りに電灯などはなく、日が落ちてしまえば何も見えなくなってしまう。それに加えて今夜は月も出ていないので、暗くなっても釣りができるのは唯一電灯のある国道の橋の下だけになる。最後の望みをかけて橋の下に移動すると、ボイルしているイトウの姿をみつける事ができた。何とか一本とロッドを振りつづけるが、私にも相方にもアタリはない。しかしイトウのボイルはまだ続いている。22時を回り、そろそろあきらめるしかないと思いはじめた。「23時で終わりにしよう」と相方と話し、ラストチャンスにかけて竿を振りつづけたが、アタリはこなかった。

しかし……

 まもなく23時になろうという頃、最後の最後でゴツン!!と強烈なアタリがあった。しかし全然動かない。なんだ根がかりかと思った矢先、イトウ独特のゴンッ!ゴンッ!ゴンッ!と頭を振る感触が伝わってきた。「きたーっ!!!」 相方を呼び寄せ、慎重にファイトするも全然寄ってこない。それどころか流れに乗ってどんどん下っていき、バッキングラインが滑るように出ていく。油断すればロッドごと持って行かれてしまいそうな手応えがさらに力を増していく。魚との距離を詰めたいが、橋があるため魚を追って下ることもできない。何とかだましだましラインを回収するが、回収した分だけまた引き出される。周りが暗いため魚は見えないが、かなりの大物であることは間違いない。どれほどの時間がたったか分からないが、自分には1時間以上に感じた。やっと魚が寄り始め、街灯の下まで出てきた。80cmはあろうかという魚はさらに下ろうとする。いよいよ取り込みというところまでこぎつけて改めて魚を見ると本当にでかい。丸く扁平な頭に太い胴体、飛行機の尾翼のようなヒレ、まるで魚雷のようだ。とり込もうとネットを取り出すも、相方の持っていたサーモン用のネットに入りきらない程である。何とか頭からネットに入れて尾びれの付け根をつかんで岸に上げることができた。幸い雨のおかげで岸際の草は濡れていた。

岸にあげたイトウを改めて見ると80cmどころのサイズではない。これまでの最高は88cmである。恐る恐るメジャーをあてるとなんと98cm。何度も相方と確認したが、間違いなく98cmだった。婚姻色が残っているのか、それとも興奮のためなのか魚体は赤く染まっており、巨大な頭部は獰猛で精悍で70cmクラスの魚とは顔つきも違う。尾ビレは手を目一杯広げたのと変わらない大きさで、脂ビレですら500円玉ほどの大きさがある。釣り上げた後も心臓はバクバクで、写真を撮ろうにも手が震えて撮れない。相方も横で目を見開いたまま固まってしまっていた。

ふと我に返って時計を見ると2330分を過ぎていた。約30分もファイトしていたのである。やっと落ち着きを取り戻し、写真を撮りまくってリリースした。

小さい頃からイトウという魚に憧れ続け、釣りをするために大学も北海道を選び、いつかはメーター・オーバーをと夢見ていた。残念ながらメーターには届いていなかったが、限りなく近い一匹をキャッチする事ができた。もちろん運も良かった。わずか5cm程しかないフライを飲み込まれる事もなく、河口部でこれといった障害物も無いため、十分に泳がせられるところで掛かったからキャッチする事ができたのも事実である。しかし、何よりも諦めることなく、ロッドを振りつづけたからこその結果である。

 こんな魚が釣れることは二度と無いかもしれないが、目標である1mにはまだ達していない。次のチャンスがいつになるかは分からないが、いつの日かメーターオーバーをキャッチできると信じてまた挑戦したいと思う。



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