北海道の釣り イトウ


11
7日朝600分東の空が明るくなり始めた。
取り残されたようにまん丸の月がぽっかりと浮かぶ。
雲がうっすらとピンク色に染まっていた。
きれいな朝焼けだった。

私のフライロッドは大きく曲がり、
得体の知らない魚を、岸に寄せようと引っ張ってみても、
竿が大きく曲がるだけで、
川底にへばりついた魚はびくともしない。
ジリッジリッとリールを鳴らして糸がゆっくりと出ていく。
魚の息づかいが右手に伝わってくる。
竿を持つ手がしびれてきて、左手で支える。

早く姿を見たい気持ち、魚の口から針が外れる心配、
強引にやって、早く決着をつけるか、じっくりとやるか、
まわりの釣り人の視線が気になる。

大物との一対一の至福の時間は、
なんともいえない緊張感とプレッシャーだった。
魚がヒットして、かれこれ
10分が経過していた。





北海道北部猿払村を流れる猿払川は、
上流から中流にかけて、人を寄せ付けない笹と森に囲まれている。

泥炭質の湿原は、農地開発から免れてきた。
源流から海までを生息場所とするイトウが生きる自然がある。

この時期イトウは、越冬のために河口域に下りてくる。
それを狙って釣り人も河口に集まる。
河口域は潮の満引きによって海水が川に入り込む。
大潮の時は、河口域一帯が海の色に変わり、

川の流れが逆流することもある。
エビや小魚などのイトウの餌も豊富で、
大型のイトウが餌を追って回遊し群れを作ることもある。

大潮後は、潮が良く動き、イトウの活性も上がる。
特に
11月の大潮後は、一年の中でも特別で、
一年の締めくくりとして、最後のロマンを求めて猿払川に行く。

8番のフライロッドにタイプ3のシンキングライン。
ティペット8ポンドにフライは白色のゾンカー、サイズは4番。
力いっぱい投げたフライを、ゆっくりと引きイトウを誘う。


ポロ沼からの流れと本流の流れがぶつかる。

海から押し上げてくる流れが複雑に混じり、さざ波を作っていた。
海からの風は潮の香りを運び、岸辺の葦の穂を揺らしていた。

釣りはじめて1時間ほどたったときだった。
フライが足元のかけ上がりに差し掛かったとき、
ガツッと押さえ込むあたりだった。

15分かけて水面に浮かび上がった魚は、85cmのイトウだった。
銀色に光る体にちりばめられた小さな黒点。
分厚くがっちりとした顎に、小さなフライをくわえた鋭い歯。

見事だった。


記念撮影を終え、流れに帰す。
私の手を離れたイトウはゆっくりと川の中に消えていった。
体の力が抜けた。満足に満ちた気持ち。

猿払の自然をこれでもかというくらい見せ付けられ、

自分が試されたようだった。

猿払川に受け入れてもらえた気がした。
大きく深呼吸をした。

地平線が見える広い大地、大きな空、
猿払川はゆったりと静かに流れていた。

2006118