アチェ被災証言
語られるアチェ津波被災の真実
証言2「アチェ・コーヒーはコミュニケーション」
(Ruslan:23歳男性、2005年9月3日(土):バンダ・アチェ、ムラクサ村トンコール地区付近のコーヒーショップにてインタビュー)

 フェリー乗り場から数キロ離れたとある場所に、近所の人たちで賑わうコーヒーショップを訪れた。店長のルスラン君は、幸いにも津波が押し寄せてきた時、バイクに飛び乗って命からがら逃げ通せたが、同居していた兄嫁と2歳の姪が津波にのまれ、現在も行方がわからないという。

 津波が去った直後、彼は近所の人たちや友人たちと協力して、瓦礫の撤去や屍の埋葬に従事していた。約1ヶ月が過ぎた頃、自宅のすぐ横にほとんど1人でコーヒーショップを建てた。それは、トタン屋根や流れ着いた木材を利用した小さな店ではある。かかった費用はわずか日本円にして1万円程度*1の粗末な小屋である。しかし、アチェ人の好物は、コーヒーと団欒である。彼の店は癒しの場として、情報交換の場として、1杯わずか10円のアチェ・コーヒーを求めて近所の人々が集まってくる。多い日は、最大150人もの客が訪れるという。もちろん、それで十分な生活が送れる収入にはとても満たないが。もともと家具職人であった彼は、最近、廃材を寄せ集め、雨風をしのげるだけの作業場も作った。それは、いずれは津波で破壊された住宅や家具が、この地には必要となるという想いからであろう。

 私たちが住宅の再建をめぐる政府のこれまでの支援について尋ねた時、彼の口調からそれまでの積極的な歯切れの良さは消え、政府への深い猜疑心をあらわにした。政府は先頃、津波対策のために、家屋基礎のかさ上げといった建築基準の設定や海岸から10キロ以上離れたところにしか住宅を建ててはいけない、といった新たな再建基準を住民の合意なくトップダウンで立法化したからである。今後について彼は、「友人や知り合いからの借金もあるので、コーヒーショップとともに、家具を作り続けていきたい」と語り、その後、曇天の激しいスコールの中、仲間達と笑顔でカラオケに興じていた。最も印象に残ったのは、彼らの南国独特の陽気な笑顔である。彼の小さなコーヒーショップは、所得機会としては今ひとつだが、被災者たちのコミュニケーションと強い人間同志の絆、信頼関係、困難を克服する力を生む場として、その意義は計り知れない。




*1 
バンダ・アチェ市で家を再建する費用は、廃材などを使い、ボランタリーの人によって、人件費が安いので、約2,000,000ルピアであるが、良質な家の場合は、6,000,000ルピアと、日本円でおよそ2万円から7万円ぐらいで建築できる
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