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2011年3月2日


「野の花がどのように育つのか」

 まだまだ春は遠いと思っていた2月25日の朝、教会の玄関と駐車場の境目に一輪の
ビオラが咲いていました。ビオラは小ぶりのパンジーとも言うべきもので、とても強い
花だそうです。天と地をお造りになられた神様は、今年も美しく色とりどりの花々を
咲かせてくださるのでしょう。 
                  
「野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、 この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。 まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。 それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。 何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。だから、明日のことまで思い悩むな。 明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」
マタイ6章

         
2011年12月7日


「晩秋の木」

  よく北海道の夏は短いと言われますが、実は夏よりも秋のほうが短いのではないかと 感じています。初夏に植えた草花の大半が、この半月のうちに枯れてしまいました。秋は
足早に過ぎ去り、美しいクリスマスの季節が始まります。それでもまだ咲き残っているマリーゴールドを妻がプランターに移し変え、風除室に置いてくれました。
  新約聖書ユダの手紙の中に「晩秋の木」という言葉が記されています。晩秋に枯れ果てた木は二度目の死を迎えたのだ、というのです。私たちの人生は死によって中断を余儀なくされてしまうものですが、キリストは十字架の死によって死に打ち勝ち、復活によって信じる者に永遠を与えてくださるお方です。
 「愛する人々よ。あなたがたは、自分の持っている最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げ、聖霊によって祈り、神の愛のうちに自分自身を保ち、永遠のいのちに至らせる、私たちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。」
                                            ユダの手紙

        

2012年1月10日
        


「エドワード君」

  一昨年から英会話教師として釧路に来ているエドワード君に、日本の食べ物で何が一番好きですかと訪ねたときに返ってきた答えは『たこわさ』でした。 母国イギリスでは誰も食べないというタコ料理のおいしさと緑茶にはまっているそうです。日曜日の礼拝ではスクリーンを見ながら日本語で賛美し、 聖書の言葉を聞き取ろうとがんばっているエドワード君。主の祈りや**使徒信条も日本語で告白しています。 彼は今年のオリンピックで日本人客のガイドをしようとはりきっています。オリンピックでは世界中から人々が集まってきますが、 釧路にある私たちの教会にも、これまでにフィリピン、韓国、台湾、アメリカ等、様々な国の方々が来られました。 それぞれが楽しく素晴らしい出会いでした。

「この後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う民の中から集まった、だれにも数えきれないほどの大群衆が、 白い衣を身に着け、手になつめやしの枝を持ち、玉座の前と小羊の前に立って、大声でこう叫んだ。 「救いは、玉座に座っておられるわたしたちの神と、小羊とのものである。」黙示録7章

主の祈り
「天にましますわれらの父よ。
願わくは御名みなをあがめさせたまえ。御国(みくに)を来たらせたまえ。
御心(みこころ)の天になるごとく、地にもなさせたまえ。
われらの日用の糧(かて)を、今日も与えたまえ。
われらに罪をおかす者をわれらがゆるすごとく、われらの罪をもゆるしたまえ。
われらをこころみにあわせず、悪より救いいだしたまえ。
国と力と栄えとは、限りなくなんじのものなればなり。アーメン。」

                 **使徒信条
                 「われは天地の造り主、全能の父なる神を信ず。
                  われはその独り子、われらの主、イエス・キリストを信ず。
 主は聖霊によりてやどり、おとめマリヤより生まれ、
 ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、
 死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、
 三日目に死人の内よりよみがえり、
 天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり。
 かしこより来たりて生ける者と死にたる者とを審きたまわん。
 われは聖霊を信ず。
 聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、
 からだのよみがえり、とこしえの命を信ず。アーメン。」


 

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