ESSAY

 《思い出の監督達》 (3) 西村昭五郎監督は飲み友達

 1983年夏、那須博之組「セーラー服百合族U」のアフレコ中、西村組制作室前を歩いてた私を見て、制作室の中にいた西村監督、「あの子でいいですわ」(関西弁)と言ったそうだ。  西村組は風祭ゆき主演「女教師は二度犯される」を撮ることになってたが、風祭ゆきさんが突然引退表明したらしく、後釜を探してたらしい。
 演技事務の植松さんが事務所のマネージャーと私を新宿にある河豚料理屋に接待し、私を口説いた。
 またもや、ピンチヒッター女優である。
 撮影は淡々と進む。毎日定時には終了。監督の駄目だしも無い。
 小沼組と那須組の後なので、なにか腑に落ちない。
 監督曰く「平均点の芝居してくれれば、何も言いまへん」
 出来上がり良かったらしく、会社は喜んで初号の時、常務の武田さんが私の頭を撫でた。入りも上々。
 西村監督とは、よくお酒を一緒に飲んだ。
 1986年の熊本映画祭にも一緒に行った。熊本映画祭でシナリオライターの桂千穂さんが脚本賞を受賞、誰から花束をもらいたいかと聞かれ私の名前を言ったことで呼ばれた。
 西村監督に花束渡してる時、会場にいたシナリオライターの荒井晴彦さんが「ひとひらの雪」の男優賞で来ていた津川雅彦さんに「西村監督の女」だと言ったそうだ。勘違いされても仕方ない。監督の女性関係は監督本人からも聞いている。監督曰く「セックスフレンド」「茶飲み友達」と区別して付き合ってるそうで、私は「酒飲み友達」だそうだ。
 映画祭の後、私はカラオケビデオ撮る為に大分で児玉組スタッフと合流することになってた。その前に映画祭実行委員長の手配で黒川温泉に監督と行った。
 もちろん部屋は別。露天風呂は雪景色。お盆を浮かせて熱燗。風流!
 監督に「旅の恥はかきすて、一緒に入る?」と誘ってみたのだが、「いえ、私痩せてますので」と断られる。後年、一緒に入れば良かったと言われた。(笑)
 私の結婚後もよく飲んだ。監督にガールフレンドが出来た時も紹介してくれて一緒に監督宅で鍋を食べた。失恋したときも教えてくれた。
 1993年、監督が滋賀の養老院?に入居することになって、お別れ会をしようという事で私は妊娠10ヶ月の身重の躰で和田堀公園を一緒に散歩し、西永福のステーキハウスへ。監督はお肉が好きなので、最後くらいは私がご馳走しようと思ったのだが、結局ご馳走になってしまった。
 以後、会ってない。今でも変わらず若々しいそうだ。会いたいなあ。

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 (1) 浦山桐郎監督との酒談義

 (2) 小沼勝監督の執拗な演出

 (4) 神代辰巳監督の濡れた欲情

 (5) 下駄男!? 相米慎二監督

 (6) 細越さんが縁結びの伊丹十三監督

 〜あとがき〜
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